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6月

42.スカシユリ

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昨日はあのまま私と真見塚君は店を出たので、雪ちゃんと気まずいままだ。そんな状態なのにこういう時に限って雪ちゃんと衛が、家で一緒に夕飯を食べる事になっていた。
実際には血が繋がってる訳じゃないんだけど、この場合は親想いって言ってももいいよね。家に来てから衛は、何だか私と雪ちゃんの間が気まずい雰囲気なのに気がついたみたいで心配そうに交互に顔を眺めている。

「そういえば、雪ちゃん、この間麻紀子が突然昔の話を聞きだしてね?」

えぇ?!ここでもまたその話になっちゃうの?
ママ確かに私がこの間聞いたんだけど、どうして今ここで思い出しちゃうのよ?何でこうも気まずい時に気まずさを増やす事態ばかりが重なっちゃうんだろう。
大体にして何でこんなに気まずい感じになってるのかも分からないでいるのに、私は一瞬飲み込んだおかずが喉に詰まるような気がした。

「雪ちゃんのお姫様の話なんて、あんまり懐かしい話だったから私すっかり忘れてたわー。」
「え?お母さん思い出したの?」
「叔母さん!古い話ですから…子供の時の冗談ですよ。」

母の大らかで暢気な笑い声に、雪ちゃんが困った顔をして少し赤くなる。いいじゃないのと笑う母がニコニコと明るい笑顔で私のほうを眺めてから、一生懸命ご飯に向かっている衛を見つめた。結局話を聞こうにも雪ちゃんの抗議の視線にその場はそのまま過ぎてしまった。

ご飯をすませて2人が帰った後に、私は直ぐ様キッチンで鼻唄混じりのママに問いただしていた。ママは不思議そうに食器を洗いながら、私を眺め覚えてないものなのねぇと呟き苦笑する。
掻い摘んだ話はこうだ。
10年位前・丁度雪ちゃんのご両親がご不幸があって亡くなったあたりの事。
雪ちゃんは独りぼっちで気持ちが不安定になってしまって、暫く家で預かられることになって生活していたらしい。私にはそういった部分は全く記憶が無いけど、高校生の雪ちゃんの記憶が突然一杯あるのってそこで一緒に住んだっていう理由なんだと思う。
話を戻すけど、家から高校に通っていた雪ちゃんはやっぱり気持ちが不安定で、落ち込んだり部屋にこもったりしちゃってたらしい。パパもママもそれをどうにもできなかったらしいけど、そこは子供の強みなのか私はそんな雪ちゃんに煩いくらいに纏わりついていたみたいだ。

「で、アンタが雪ちゃんのお嫁さんになるって言いだしたのよ。最初は笑ってたけど意外に真剣でねぇ。」
「はぁ?」

予想外の話の方向性に私はあっけにとられる。私が自分から雪ちゃんのお嫁さんになる?雪ちゃんにそんなこと言ってたの?とか思ったら母は可笑しそうにカラカラと声を立てて笑った。
どうやら私はホントに四六時中雪ちゃんを追いかけ回して、時には高校にまでついていったことまであるらしい!なんてこったい!恥ずかしいなんてもんじゃない!ママが言うには時々雪ちゃんの友達も会ったことがあって、家にも2人位遊びに来てその頃の雪ちゃんの部屋で過ごしてた事があるらしい。勿論子供の私は臆することなく、その部屋にまで入り込みキャッキャしてたのよねとママに懐かしそうに話されたけど。
それってもしかしなくても、恐らく予想通りなんだよね、あーっ!!!子供の頃の私のばかーっ!土志田先生とか鳥飼さんがこの家に来てたなんてーっ!

「その頃の写真なら多分あるんじゃないかしらねぇ?」
「え?ほんと?何処?どれ?」

その反応にアラアラとか言いながらママが、いそいそときちんと整理された戸棚の中のアルバムを探しだす。

「あ、ほらあった。」

うひゃあ!ちっさい私と高校生の雪ちゃんだ!
笑顔の雪ちゃんは今のもっさりした感じより茶色の髪はずっと短くって、顔がハッキリ見えて格好いい!今度会ったら髪型やっぱり短く変えさせなきゃ、眼鏡かけてても……あれ?雪ちゃんのこの感じ誰かに似てない?細面だけど茶色の濃い瞳で写真越しに見ている昔の雪ちゃんが、誰かに似ている気がする。
いや、それはさておき、写真は2人だけじゃなかった雪ちゃんのお部屋にしてた部屋に、どう見ても若いけどヤンチャそうな顔で笑う土志田先生と机の上の何かを覗きこんで完全に不機嫌そうで愛想の欠片もない顔をした今より若くて可愛い感じの鳥飼さんが写ってた。

「マ、ママ?!なんでこんな写真撮ってるの?」
「多分ねぇ新しいフィルムにしたかったけど、一枚か二枚前のフィルム余ってたんじゃなかったかしら。この時確か文化祭の前の出し物で、確かぁ…忘れちゃったわ。」

すごーい!雪ちゃん、本当に高校生だ!土志田先生も鳥飼さんも私達と同じ高校の制服着てる!わあ!この写真自分が写っててちょっとヤだけど、早紀ちゃんとか真見塚君に見せたいかも!

「ママ、この写真貸して!少しの間でいいから貸して!」
「あらまあ、こんな古いのどうするの?」
「学校で見せる!ママこっちの人うちの担任のセンセなんだよ!」
「あらぁ!」

2人で訳もなく盛り上がってしまって、写真の話が一段落したらドッと疲労感が襲ってきたけどママは掻い摘まんでた話を忘れてた訳じゃなかったみたいだ。普段のママだったら盛り上がった途端に最初の話は終わってそうなものだけど、もしかしたらママも気になることがあるのかもしれない。

「まあ、雪ちゃんも優しいから麻希子に話を合わせてくれたりしてね。まぁそんな話の間に雪ちゃんが落ち着いて、あんたもお嫁さんの話をしなくなったし。」

で、雪ちゃんは大学生になったので、自分から一人暮らしを始めるとこの家を出て行ったのだという。
………
…………で?
あれ?それってどういうことなの?おしまい?
だって、私が勝手に雪ちゃんと結婚するって言ってたとしても、雪ちゃんはとっくに他の人と結婚してるよ?その上、今の私に全くそこらへんの記憶が無いんだけど。それと雪ちゃんのあの表情と何がどう繋がってるの?ただ単に子供の笑い話が恥ずかしいだけってこと?え?でも、あれって恥ずかしいから止めてって感じの顔じゃないよね?あれぇ?どう考えたらいいか余計わかんない。

結局1つ謎が解けた途端。その倍以上の謎につきあたってしまった私はぐるぐるする頭で写真を手に自分の部屋に戻り、ベットのそばに置いた匂袋を眺めた。

そうだよね。
確かにこの写真を見れば雪ちゃんの昔は、親戚の贔屓目で見たって格好いい。昔は格好良くって直ぐ傍にいた雪ちゃんが本気で好きだったのかもしれないけど、雪ちゃんは結婚してるし私も今は違うんだもん。これって、時の流れってやつで、どうしようもない事なんだよね。でも、あの表情の意味は凄く気になるから、ハッキリするとこはハッキリしたいなぁ、そんなことを思いながら私は1つ深い溜息をついていた。
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