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6月

43.ストロベリーキャンドル

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翌日、梅雨の合間の晴れ間の中で雪ちゃんと会う事にした日曜日の夕方、朝から預けられていた衛と手を繋いで駅前に向かう。この間の挨拶大作戦が上手くいったらしく、衛の話題は新しいお友達満載だ。昨日もきっと話したかったんだろうけど、私と雪ちゃんの様子を見て我慢してたに違いない。

偉いなぁ衛、子供なのに気を遣ったりして。

私なんか全然気にもしないで高校生のお兄ちゃん達の中に、突っ込んでいって遊んで貰ってたのかと思うと正直過去の自分にバカーっと言いたくなるけどあの写真を見ると反面良くやったとも思う。元気良く手を繋いで歩いてくれている衛もこれから大きくなったら、こんな風に私とベッタリで遊んだりはしなくなっていくんだろうなと思うと不思議な気分だ。
仕事だから時間が遅くなるって言うので、先にお店に行ってプリンアラモード食べて待っていようと言うと衛は大興奮だった。そんな訳でルンルンで衛と一緒に待ち合わせの『茶樹』まで行くと、予想に反して深碧のドアを入る前に見知らぬ背広の男の人と並んで話している雪ちゃんを見つけた。

「あ、雪、お仕事してる。」

陽射しの射し込む路地の角で、衛の声の先に何時もと少し違う雪ちゃんがいた。
あれ?なんか昨日と違うし、何時もと違うと思ったら雪ちゃん髪の毛切ったの?何時ものモッサリぼさぼさした感じじゃなくて、頬に少し髪はかかっているけど猫っ毛の茶色の髪が日に透けて凄く綺麗だ。何だかあの写真に近い感じの髪型は、何だか懐かしいけど別な男の人見たいにも見える。服もお仕事の背広なんだけど何時もよりキチンとしたシャツを着て、ネクタイなんかも付けている。それが余計に昨日眺めた写真を思い出させる気がして、私は思わず目を細めた。
私がボンヤリ見ていると相手の肩越しで私達に気がついた雪ちゃんが、不意に視線を上げて懐かしい素朴な愛らしさ抜群の微笑を陽射しの中で私と衛に投げ掛けた。何時もヘラッとした笑いだと思ってたけど、髪の毛がないとこんな風な笑顔なんだ。

あれ?

何か、大事なことを忘れてる気がする。
今こうして笑顔の雪ちゃんを見ていて、高校生の雪ちゃんの顔とダブらせた私は自分がそう思っているのに気がつく。何か大事な事を私、忘れちゃってる気がする。
雪ちゃんが視界の中で私が立ち竦んでるのを見て、不思議そうに首を傾げるのが分かったけどどうしようもない。

なんだろう…凄く大事なこと、大事なことを忘れてる気がする。

心配そうにお仕事の話を中断して傍に来てくれた雪ちゃんは、目の前でこうしてみるとやっぱり大人の男の人で正直格好いい。やっぱりキチンとした格好をしたら雪ちゃんは自慢の雪ちゃんに戻るんだ。

「麻希ちゃん?どうしたの?」
「あ、ううん、考え事しちゃっただけ、雪ちゃん髪切ったんだね。」
「あ、うん、大分伸びたからね。ホントに大丈夫?」

心配そうに見おろす雪ちゃんに私が笑いかけると、安心したように雪ちゃんの表情が緩む。衛が雪ちゃんの手を取りながら、延び上がるようにして背を反らし顔を見上げ話しかけた。

「雪、まだお仕事?」
「うん、衛。もう少しだけ待っていられる?ご飯食べに行こうね。麻希ちゃんも一緒に行こう?」

その声に私は何でか急にハッとした。
そうだ、どんなに格好良くって私の自慢の雪ちゃんだったとしても、それは昔の話で雪ちゃんはもう衛のお父さんでもあるんだった。何でか当たり前のその考えはまるで私の頭に氷水でもかけたみたいに染み渡って、私は急に自分が我に返った気がした。

「うん、雪ちゃん、まーと一緒に待ってるね。まー行ってプリンアラモードだーっ。」
「ユックリでいーよ!雪!まーちゃん、僕バナナ食べるんだからねーっ!」
「う…うん?」

私の急な表情の変化に少し戸惑うような顔をしている雪ちゃんを置いて『茶樹』のドアを開く。
背後でお仕事の仲間なんだろう雪ちゃんと同じ年くらいの人にお子さんですか?と聞かれた雪ちゃんが頷きながら何時ものヘラッとした笑い顔を浮かべている。
2人も向き直って私達の後から『茶樹』に入ってきて、奥の席で向かい合わせに座ってお仕事の話を始めたのが見えた。
今回も豪華な生フルーツてんこ盛りのプリンアラモードに衛が興奮キラキラの瞳で歓声をあげ、私と周りのお客さんだけでなく何時ものウエイトレスさんもカウンターのマスターさんまで微笑ましい視線で眺めている。
一生懸命バナナにフォークを刺して口に運ぶ衛を見守りながら、今日はキウイのソースなのか甘酸っぱい鮮やかなミドリのソースのかかったアイスを私も口に運ぶ。そんな楽しげな様子なのに、私は何だかすっきりしない気持ちのまま雪ちゃんの姿を眺めていた。

あの時の気持ちはなんだろう…まるで人知れぬ恋でもしているみたいな苦しい様な…そんな気分だった。

口に生クリームをつけて必死にプリンを掬いとる衛を見守りながら、私は頭の中で色々考えながら笑う。やがて少しその気持ちが衛の仕草のお陰で遠退き、クリスタルのように煌めく器が空になって暫くして雪ちゃんがお仕事を終えて衛の隣に腰かけた。

「ごめんね、遅くなったね。」
「遅いよ、雪。プリンとっくに無くなっちゃったよ?」
「それじゃ宇野さん、自分は社に一旦戻ります。」
「あー、菊池くんごめんね、遅くまで。お子さん小さいんだよね?大丈夫?」

大丈夫ですよとその人は笑いながら、私にも小さな会釈をしてからレジに歩いていく。雪ちゃんが慌てたように何か気がついて、ちょっと待っててと告げて彼に駆け寄ったけど菊池さんっていう人はニコニコしながら大丈夫ですよと話している。多分会計のこと雪ちゃん忘れてたんだろうなぁ、菊池さんって人が何も言わず払ってくれたのに今さら気がついたんだなと内心溜め息混じりで思う。と、殆ど同時に目の前の衛がジュースの残りを啜りながら、まるで私の心を読んだように大人ぶった溜め息をついた。

「まったく、雪、お金払い忘れてだらしないなぁ。」

子供の癖に凄く大人ぶった衛の口振りがあまりにも可愛くて、私は耐えきれずに声をあげて笑いだす。笑われた理由が理解できない衛が、私があまりにも笑うので少しムッと不貞腐れた顔をしたのに戻ってきた雪ちゃんは不思議そうに目を丸くしていた。
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