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8月

101.カンナ

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火曜の朝は夏真っ盛りの快晴。お出掛け日和に朝から衛は快活に動き回って、水族館とテーマパークの2本立てに大興奮だ。家のママがいつの間にか準備していたパーカーを着て、ハーフパンツを履いておめかしして大喜びしている。って言うかママの衛の服への情熱が半端ないのが正直おかしい。私が服に関してもうママのおすすめをあんまり聞かなくなったから、衛でそれを発散しているようにしか私にも見えないんだけど。まあ、その様子を見ているだけで、私もウキウキしてくる。こういう子供に服を着せるってママ達にしてみたら永遠に変わらない楽しみなのかな?女の人って自分が着るのも他の人に着せるのも好きだって人多いもんね。私もピンクのカットソーに黒のミニスカートで準備万端。
衛と手を繋いで待ち合わせ駅前の場所に行くと既に早紀ちゃんと孝君が来ていて、2人で並んで手をふってくれる。やっぱりこうしてみると遠くから見ても2人はお似合いだよなぁって思う。
薄い水色のワンピースにジーンズ生地のジャケットの早紀ちゃんと普段からすると珍しいグレーのカーディガンにジーンズ姿の孝君。制服だと気がつかないことって多いんだよね。私服で初めて孝君って男の子にしてはスタイルいいんだなって感心する。
初めて会った2人に、衛はキチンと頭を下げてご挨拶して完璧な笑顔だ。少し遅れてパーカー付きのワンピース姿の香苗が駆けてきて、衛の丁寧な挨拶に可愛いなって笑いながら答えてる。

良かった、香苗も元気そう。

あの後どうなったかはまだ聞けないけど、衛の事が気に入ったみたいで早速手を繋いでいるのには正直者驚いた。香苗がお姉さんみたいなんだもん、そりゃ驚くと思ってたら、一人っ子の香苗だけど近くに住んでる小さな従弟妹がいるんだって笑う。そう言えば家族の事とか香苗と今まで話したことなかったなぁって思いながら、衛と仲良く話しているのを眺める。
智美君は現地集合するって言っていたから、四人で電車に乗って移動だけどその間も衛は皆に仲良くしてもらえてご機嫌だった。水族館の入り口で合流した智美君に衛はきちんと挨拶したんたけど、私に小さい声で「雪に似てるよ?」って囁いてきて、やっぱり智美君と雪ちゃんは似てるんだって改めて納得する。普段から一緒に暮らしてる衛が似てるって感じるってことは、相当似てるってことなのかな?

水族館の中は夏休みの子供連れで沢山だったけど、綺麗な熱帯魚や大きな魚が群れになって泳ぐ姿に皆で大興奮だった。水槽の中で泳ぎながら餌をあげているお姉さんんを見ながら、私はあんまり泳ぐのが得意じゃないけどあんな風に泳げたら楽しいだろうな。そう言えば智美君は泳ぎが得意だったから、一緒に泳いだりしてなんて妄想してしまう。

「僕ね、25メートル泳げるんだよ!」
「へぇ、すごいなぁ。」

お魚を眺めながら衛と智美君が、ならんで楽しそうに話している。衛って考えてみると凄く馴染んでるけど、小学生ってこれが普通なのかなぁ。なんて考えてる私の横に香苗が小さい声で言う。

「凄いいい子だね、うちの従弟なんて3年生だけど言うこと聞かなくて、走り回るよ?」
「あー、そうなの?そっかぁ。」

香苗に言われて納得。やっぱりちょっと普通と衛は違うかも。確かに周りの子供達に比べてしまうと、我儘も言わないし駆け回ってたりもしない。大声もあげないで、ちゃんと誰かの視界にいるようにしてる。雪ちゃんとか鳥飼さんとか、家の家族とか大人とばっかりいるからなのかなぁ?

「あ、信哉くんだ。」

何?今なんて?そう言うとトテテテと衛が駆け出して行先に、確かに薄暗がりに長身が見える。何故?こんなとこで出会うって思ったら小柄な女の人が横にいる。デート?あ、どうしよう、今こっちには孝君が居るんですが。孝君はまだ手前の水槽に夢中で気がついていないから、早紀ちゃんに小さな声でそれを伝えると彼女も驚いたように衛の駆けていった方を見つめる。

あれ?隣にいる女の人って何時かみた事ある気がする。

と考えてた最中に鳥飼さんの方が、衛に声をかけられてこっちに気がついてしまった。苦笑混じりに見ている鳥飼さんの横には良く見たらあの金髪のお兄さんも一緒で、お兄さんの肩には小さな男の子が肩車されてキラキラ目を輝かせて歓声をあげている。

あ、あの子カナタ君。そうだ、あの女の人カナタ君のママだ。

この間香苗と二人で泣いている時に飴玉を差し出してくれたカナタ君の姿に、私は唖然と飴玉のお兄さんってまたもや鳥飼さんかとプチ突っ込みを入れたくなる。鳥飼さん、考えてるよりずっと子供好き?保父さん?どんどん、最初のクールでエキセントリックなイメージが崩れてる気がしないでもない。そして、遂に鳥飼さんの姿に気がついてしまった孝君が、女性同伴の姿に凍りついている。そして、香苗も鳥飼さんを見て何故か目を丸くして、凍りついて立ち尽くした。

あれ?香苗って鳥飼さんと会ったこと無いよね?

ペコリと頭を下げた香苗に、鳥飼さんは少し目を丸くしたけど無言のまま穏やかに微笑んで小さな会釈をする。衛が駆けてきて「信哉くんね、お仕事で水族館のチケット貰ったから、お友達と来たんだって。」と元気な報告をしてくれた。孝君の衛を見る視線が痛いけどこれ以上触れたくないから、あえて無視しようと私は心に誓う。早紀ちゃんも同意見みたいで、あえて触れないまま香苗と黄色と橙色の可愛い熱帯魚に盛り上がってる。

あれ?そう言えば智美君は?

キョロキョロと私が見回しても周囲にはいない。足が悪いから、どこかで休んでるかも知れないけど、水槽の回りは人混みで栗色の髪の毛は見えない。私達がごちゃごちゃしてるうちに、気かつかずに先に進んじゃったのかも。

「智美君は?」 
「さっきまでソコの水槽の前にいたんだけどな。」

孝君に声を駆けると彼もいないのに気がついていなかったみたいで、背の高い孝君が辺りをキョロキョロキョロと見回す。鳥飼さん達はもう先に進んだみたいで姿は見えなくなっていたし、暗がりでは智美君も見つからない。少し先に進んだ方が明るそうだから、私達は連れだって歩き出した。
暫くして水槽が途切れて陽射しの入る通路の端に、智美君の姿を見つける。智美君は先にここまで来て待っていてくるたみたいで、はぐれたかと思ったと言いながら苦笑してる。それが少しだけ何処か私には、あの雪ちゃんのヘラッとしてる時の顔に見えたのはここだけの話だ。


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