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72.真名かおる
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「どう言うことだ?」
目の前の相手はやって来て早々だと言うのに酷く訝しげに、同時に私のことを疑わしい瞳で見つめた。その視線で油断なく辺りの状況を観察しながら、床を這うような低い声で呟く。ここに呼び出された理由が分からないでいるのは至極当然のことだが、正直なところ私も色々と気がつかなければそのまま流していたかもしれない。
「なんでだ?」
「そんなことより聞きたいことがあるのよ。」
わざわざ一人でここまで呼び出されて、相手だってこれで何もないと思っている筈がない。それでもここでの会話が相手にとっても何かを明らかにするのではないかと、相手も内心では考えているのが分かる。
「聞きたいことってなんだ?」
私の疑問は至極単純だ、何故目の前の相手があんな風に関わったのか?それだけのこと。だけど、最終的にその問いに辿り着く迄は幾つか答えて貰わないと。先ずは
「何で………杉浦を脅したの?」
「なんのことだ?」
「杉浦陽太郎、一番初めに脅してたのあんたよね?」
何のことだかと、相手は気にも止めた風でなく平然とした顔で言う。
杉浦陽太郎が何故あんな風に自分が詐欺をしていると分かるように、散々吹聴して歩いていたか。そう指示されていたからに過ぎないことは、あの男とほんの少し話せば分かる。杉浦は虚栄心が強く自意識過剰、でもあの男は完全な愚か者という訳じゃない。自分の言葉がどういう結果に結び付くか位は理解していた筈なのに、三浦に罪を擦り付ける発言ができるわけがない。しかも杉浦は三浦の変容に、自分が関わってしまったという自覚があった。だからこそ杉浦は殺される可能性に怯えたんだし、三浦を名乗った者に指示されたまま行動して、あんな風に無惨な最後を迎えた。でも杉浦は最初の時点で和希がそんなこと出来ない状況にあったのを知りはしなかったし、杉浦の身の回りでは和希の事を知ることができた人間はいない。だから真実が見えない杉浦は騙された。
「上手く信じこませたわね、脅迫相手が和希だって。」
「なに言ってんだ、そんなことする意味ないだろ?」
「意味があるからしたんでしょ、もう分かってるのよ?」
中学までの同級生でも取り分け仲が言い訳じゃない二人の関係。しかも今なら一目瞭然で分かるけれど当時は表に出ていなかった関連性は、外崎の店《random face》。槙山の言葉で分かるけれど、親友だった槙山忠志が知らないうちに和希を店に連れていったのは恐らく杉浦陽太郎だ。店という場所を与えただけの外崎宏太が重症を追わされたのを知っているのは、実は範囲が限定されるって気がついている?和希がどんなことを被害者にしたか知ってて怯えるってことは、杉浦は恐らく誰かの遺体を見てるのよね?例えば仲間だった四人のうちの誰か、とか?じゃ杉浦がそれを知ってるって気がつくのは誰だと思う?勿論杉浦が友人に遺体状況を話すってこともあるわよね?外崎宏太ですらあの傷だもの、普通の大学生程度の遺体って散々だった筈。でも杉浦は遺体に関して、けして友人には話さないと思う。だって誰がそれをしたのか、杉浦は知っていた筈だもの。
「それで、何の意味があるっていうんだ?」
「確信は持てたわ。でしょ?」
私の言葉に上っ面の平静が一瞬凍る。たった一瞬だけど、私の目にはその反応で十分な答えだ。
目の前の相手は三浦事件に杉浦が関係がある可能性には気がついていたけど、実はその確信が持てなかった。だからあえて三浦の名前で杉浦を脅迫したのだ。それをすることで杉浦がどんな反応をするかで、答えが出るから。そして、予想通り杉浦は和希が脅迫してきたと錯覚して予定通りの反応で答えた。自分が事件に関与して密かにまだ生き残っているのだと、自分で証明して見せたのだ。そうして逆に蟻地獄にはまりこんだと気がついていても、自分を破滅に追い込まされた。私は反応から見つけたそれを顔には出さず相手にも指摘せずに、全く違うことを口にする。
「大体にして詐欺の計画犯が和希だなんて、おかしすぎるわ。」
「そりゃ、知能犯の考えることだからな。」
「知能犯だからこそおかしいのよ、後から付け足した感満載で。」
大体にして足が付きそうなスマホで指令した?しかも、やり方を伝えたらスマホは即廃棄?その上転売品の保管場所は月極めのトランクルームなんて、根本的におかしいでしょう?と私が笑う。
「おかしい?どこが?」
「スマホで命令されたのを、馬鹿正直に守る理由よ。」
「怖かったんだろ?三浦が。」
「怖いのは監視よ。和希じゃないわ。」
杉浦陽太郎が恐れたのは和希を語った監視の目だ。誰かが全てを知っていて自分を監視していることに怯えて、唯々諾々で命令に従った。従えば更に自分が追い込まれると知っていて従うのは、最後には助け貰えるという餌に縋ったからだ。例え警察に捕まる想定でも助けて貰えると条件があったから、杉浦は素直に従った。それなら理解できる。
「最初の品物はトランクルームじゃなくて家に送りつけたでしょ?」
「へえ?じゃ金の話は?振り込め詐欺は?」
「勿論払わせるわよ?だって、警察に捕まった時杉浦が驚かなかったら下手に疑われるに決まってるじゃない。それにあんただって資金が必要でしょ?」
ふうんと馬鹿にしたように言うけど、その目が一つも笑っていない。爬虫類のような温度の感じない冷ややかな目に、私はあえて艶然と微笑んで見せる。オークションの写真に関して実際には齟齬があるのは分かってるけどトランクルームの転売品は、実際に後から踏み込まれた事務所の保管庫だったとしても後付けの理由は扱っていた商品から意図も簡単に完成する。
何しろその頃には既にそれを否定できる人間なんか一人もいない。ある意味では目の前の相手の完全犯罪というわけだ。まあ杉浦があそこで人生まで終えることになったのは、別だったとしてだけど。
「それに、和希を外に出すのに荷担してるでしょ。」
私の皮肉めいた指摘にも、相手はまだ平然としている。杉浦の三浦事件への関与に確信を持った上で、更に騒ぎを大きくして一見和希への視線を集めたのは、改めて誰もが和希が逃げ出せる状態でなく逃げるわけがないと思わせたのに一役かっている。退行していて子供のような和希を大勢に印象付けたけれど、あの時の和希が子供と同じ思考だったからといってその能力まで子供並みに衰えてた訳じゃない。
「なんでそう思う?」
「何人も証人を作った。」
「それがなんだ?」
「わざとらしいのよ、あの時だけ。」
それに和希の隔離されていた病棟のある建物は、実は二階建ての別棟になっていて一階には全く降りられない設計だ。何しろ感染症の患者を隔離する目的もある特殊な病棟で、出入り口は本館の二階に繋がる渡り廊下のみ。そこはどんなに上手く病室から抜け出たとしても、通り抜けるにはカメラに映るしかない。元は感染症の隔離病棟なんだもの知らずに無理に通ろうとすると、病院の警備員が駆けつけてくるって知ってる?夜間は看護師の持つ鍵がないと扉も開かない。看守だって鍵を持ってるだろうけど、それは病室の鍵だけで病院の通路の鍵は持たされないのよね。
看守が二人体制じゃなかったのは驚きだけど、仮眠でその場にいないのが当然だったとしたら暗い病室に入るなんてあり得ないって分かるでしょ?虎の檻に一人で看護師が入るわけないじゃない。脱走が翌日まで気がつかれなかったのは、実は和希が通路を通らなかったからだ。記憶傷害の青年は廊下の先が分からなかったから、本来なら補助錠で開かない筈の窓を開けて外に飛び降りた。だけど、本来なら開かない窓の錠が外れていたのは何故?
「簡単よね、行ったついでに鍵を外しておけばいいんだし、タイミングを作ってやればいい。」
「看守の喉笛を食い千切ったのはあいつの意思だろ?」
あら私が知らないことまで勝手に話してくれた。私は初めて聞く話にコロコロと子供のように笑い声をあげる。和希ってば看守を殺して出てくるなんて、随分とハードな脱走方法だこと。
「気に入らないことをさせられたのかしらね、例えば性的暴行とか?」
「白々しいな。もう聞いたんだろ?」
あんたの言葉で察したのよと心の中で呟きながら、意味深に微笑みかけると相手は鋭く小さな舌打ちをした。
「だが状況証拠ばかりだな。」
「そうねぇ。でも、あんたが病院に始めて行った訳じゃないのは分かってるわよ?」
「なんだと?」
「だって、もう和希が黒髪だったの知ってたでしょ?」
三浦和希は違法薬剤を投薬されているって話だったけど、それで死滅した可能性のある脳細胞が復活?そんな訳がない。そんな薬が存在したら、とうにノーベル賞もの。恐らく記憶維持の点では和希は、依然として記憶傷害のままなのだ。
なら違法投薬は何なのか?そんなのこれまでの和希を見れば簡単。人間は限界を作る生き物で体力の限界を自分自身で認識できるのが普通だけど、それをさせない薬。強い多幸感を与えたり痛覚を鈍らせたり、精神刺激を起こして暴力的になるもの作用を持つ薬。その効果を進藤が流通させる前に試したのだとしたら?リミッターのない和希の身体能力は、ある意味異常だ。素手で人間を撲殺なんて、普通は痛くてやれる筈がない。それに恐怖感も麻痺してるから、人を襲うのに場所が狭かろうが高低さがあろうが関係ない。苛立ちに感情は押さえられないし、少しでも不満に感じれば暴力的な行動に出る。それにあの華奢な体で人を引きずらずに移動させる事も出来る。だけど、そんな状態でも外に出さないと出来ないことがある。
「逃げ出させたかったんでしょ?あすこじゃ手が出せないから。」
「どういう意味だ。」
「倉橋院長の保護は想定外だった。あれって逆に保護されてたのよね?」
自分の病院の感染症隔離室をわざわざ提供した倉橋健吾。精神科があるからって有数の病棟一つの正規の機能をダメにして、たった一人の犯罪者を隔離する。普通はそれって警察関連の病院の仕事。
「だからあえて申し出ても、和希を保護したかった。」
相手の視線が更に温度を下げ始め、私の言葉が確信をついているのが明らかに見える。倉橋院長の死因は腹上死なんて言われてるけど、正直なところはね、あの倉橋亜希子が男と寝てるとはチラッとも思ってないのよ。何故かって?性的に暴行を受けて自殺未遂までして、それを年単位で執念深く恨んでいる女が他の男と寝る?ほぼあり得ないわよ、執念深いってことはね?同時に情が深いってことなのよね、DV男を恨んでる間は他の男なんか出来ない。あのタイプの女は他の男に情が移ったら、恨みも薄れるもの。
つまり腹上死はデマとして、八十の老人のストレスになることが多々あったんじゃないかってこと。例えば殺人やら自殺未遂やらを起こした上に、延命で未だ植物状態で介護を受ける息子とか、後は例えば長男夫婦の事故死が第三者の関与とかだったと知ったらストレスは倍増。その上稀代の殺人鬼が血縁者だとか、しかも自分が違法に人工受精させちゃったとか聞いたら、もうストレスで即倒れそうなものよね?しかも、和希が看守を殺して逃げちゃったんじゃ、下手したら自殺したくなるかも知れない。
「三浦を外に出してどうするって?」
「色々とあるわよね、直接したいとか?もう一度………殺したいとか。」
「……想像でよくそこまで言えるな。」
想像ではあるけど、一つ確信を持っていることがある。
三浦和希のことで、私だけが理解している事。和希は私に対しては完全な青年なのに、時に完全に女性になる。男に性的に乱暴されたことも関係しているんだろうけど、それは和希が狂気の中で和希の心にもう一人の真名かおるを作ったってこと。しかも記憶傷害のせいでそれは私とも和希自身とも混同されて、どちらが自分のしたことなのかすら思い出せない。だけど和希自身は本心では自分が女であることを認められないから、時に男に対しては二つの対応が起こる。
男に対して女としてしなをつくる真名かおると、女扱いする男を攻撃的に排除する和希。
退行していると思われていたのは恐らくその女性の部分、暴力を振るうのは薬で補強され増強した元々の男性の部分。和希が外に出て今も真名かおるを探すのは、認められない女の部分である真名かおるを自分で殺すしかないからだ。だから和希は顔すら覚えていないのに真名かおるを探す。記憶障害なのに顔を覚えてなくても真名かおるの存在を和希が忘れないのは、自分の中に消えない真名かおるが居るからだ。女装した和希が妖艶で魅力的な女を演じるのは、和希の中の真名かおるがそういう存在ということだろう。そんなアンバランスな状態なのに、同時に目の前の相手も外でないと和希にしたいことが出来ない。
「想像だろ?全部。」
「想像でないこともあるわよ?取引したでしょ?」
私が艶然と微笑みながら告げた言葉に、相手は暫く無言になったが無表情のままゆっくりと口を開く。
「何で……そう思う?」
「遅すぎたのよね。」
遅い?と戸惑う言葉が、相手の口から溢れ落ちる。今までの行動と全く違う行動。それがなければきっと私も気がつかないままだったのに、それに気がついてしまうと最初からあった疑問が沸き上がる。
「だっておかしいわよね?ここまで真っ先に調べに来たのに、今回だけは一番遅い。」
「偶然だ。」
私はその言葉に耐えきれずに声をたてて笑い出す。偶然一番大事な場面に最後にやって来るなんて、殿を飾るにも程があるじゃないか。私の甲高い笑い声を、不快そうに見据えて相手が口を開いた。
「いい加減こっちの質問にも答えて貰わないとな。何故…真名かおるの名前を使って呼び出した?」
私が呼び出した意図を汲んでもらえていなかった事に、思わず私は呆れすら感じてしまう。なんだ思ってたより頭の回転がわるかったのねと呟いて、私は再び笑いだしてしまった。
「私がそうだからよ?そう、思ってなかったの?」
「真名かおるは……お前の筈がない………。」
何故かそう相手が口にするのは、私がそうではないと否定する理由がハッキリ持てないから。つまり相手は私が真名かおるの可能性があると、実はずっと前から内心考えていた筈。何故そう思うのか当ててあげましょうかと私が悪意の塊のように嘲笑う。恐らく観察力や判断力を総合して言ってるんでしょうけど、随分と判断基準が大雑把。
「真名かおるは、恐らく医学的な知識もあった筈だ……。」
「あら、私が医学的知識がないなんていった?」
これと言う理由は内心あるのだろうけど、目の前の相手はそれ事態に納得してはいなかったに違いない。
「和希の精神状態や集団心理なんか、医学じゃないわ社会心理学よ?」
「お前がそれを使ったと証明出来ない。」
「証明出来ないのが、証拠じゃない。馬鹿ね?」
私はせせら笑いながらそう口にする。当然だ、できると証明したら、私自身が逮捕の対象になってしまう。そんなことも分からないのと視線を投げると、相手の表情が次第に変化していく。
「杉浦が仲間からもう抜けてたのは惜しかったけど、他のやつらは簡単に乗ってきたわ、もう知ってるでしょ?」
「……乗ってきたなんて嘘だ。」
ああ、そこだったのねと私はわざと艶然と微笑む。
「あの中に大切な人でもいたの?残念ね。」
その言葉に始めて目の前の相手は私を憎悪の滲む瞳で見据えると、忌々しそうに唇を噛み締めた。
「お前が………本当に真名かおるなのか………?」
真名かおるの存在自体を怪しむ人間が多かったのと、最後の被害者が真名かおるではなく瀬戸遥だったことでよりその考えは強くなった。外崎宏太の証言が信じられなかった理由?それくらいの嘘を作り出しそうだと考えたのと、映像証拠が一つもなかったから。和希がレイプされた画像は散々あるのに、外崎宏太が真名かおるが関わったといいながら一つも画像がないんだもの。これだって外崎宏太を知ってたら、答えは一つしかないのよね。真名かおるはいて画像もあったけど自分も写ってた、だから宏太は馬鹿じゃないから証拠なんて残さない。
「ふふ、だったらなんだって言うの?」
「なんで今まで見つからなかった?」
「やぁね、本当に何度も同じこと言わせないで。私がそうしたかったから、それだけよ。」
私の当然と言いたげな言葉に愕然とした青ざめた顔に、思わず顔に笑いが浮かび上がってしまう。それにしてもなんて愚かな話しなんだろう?わざわざ稀代の殺人鬼を街に放った理由が復讐。
それに警察が未だにその事を公にしないのは、三浦の扱いに関して恐らく性的な暴行を含めた違法な行動を黙認していたから、違法投薬に関して目を瞑って見ないふりをしていたのは正直なところ違法薬剤が脳機能の改善と信じて恩恵に預かりたい警察署長がいたせいも大きい。何で知ってるのかって?そんなの……
「お前のせいで……。」
「やぁね、自業自得じゃない。」
「それは……あいつが悪いんだ。あいつが誘いかけてきただけで……。」
その返答に私は呆れ果ててしまう。ここにも性的暴行はした方も悪いが、された方も悪いなんて言い出すような人間がいたわけだ。やったことを差し置いて責任転嫁なんて、どこまで卑劣な行為か本当にわかってない。
「された方が悪いなんて、最悪の悪人理論。」
「お前に何が分かる!!」
「人を虐げた奴なんて屑よ。死んで当然でしょ?」
私が平然とした顔で投げつけた言葉に、怒りに満ちた視線が矢のようにつきさ去ってくる。
「息子なんだぞ?!」
「あら、レイプされた方も誰かの子供だし、殺された方も殺した方も誰かの子供でしょう?何言ってるの?今更。」
「三浦をおまえが引き込まなかったら……俺だって………。」
呆れてしまうような発言とその表情に、私は違うことまで見抜いてしまうと甲高く勘に障る笑い声をあげ始めた。目の前の憤怒の表情が私の異様な笑い声に微かな戸惑いを浮かべて言葉を失うけれど、私はおかしくてしかたがないと笑い続ける。
「息子の復讐のためかと思ったら、なに?自分のやったことに怯えてるだけじゃない。なんて浅ましいの?息子と同じ屑じゃない。」
「黙れ!!」
「屑がのうのうと生きてるなんて許さない。」
「お前こそ、人を騙して金を巻き上げた屑だろうが!」
その言葉に私はピタリと笑いを止めて、冷ややかに男の顔を見据える。
「当然よ、犯されて対価を受け取ってきただけだもの。あんたみたいに抵抗できない相手を力ずくで犯したりしない。」
相手が私の言葉で言葉を失う。
隔離病棟で性的暴行、記憶障害で女にされた和希が、あの能力で抵抗しなかったのは、相手が一人ではなくて多人数だったから。看守だけではなく他に何人も、例えば目の前の男のように和希に殺された人間の身内なんかがそれに加わったのだとしたら?多勢に無勢ってことだ。それなら相手が和希の無抵抗を退行のせいと誤解して、相手が油断して一人になるのをじっと待つしかない。そう判断できる和希は、少なくとも幼児に退行なんかしていないということだ。偶然のタイミングが逃げさせたんじゃない、その状況を待ったんだと教えてやる。
「………和希がまだ覚えているか、それを知りたいのよね?」
「………お前は、答えを知ってるのか?上原。」
その不安げにすら聞こえる相手の問いかけに、私は心の底から相手を馬鹿にした満面の笑みで答えた。
目の前の相手はやって来て早々だと言うのに酷く訝しげに、同時に私のことを疑わしい瞳で見つめた。その視線で油断なく辺りの状況を観察しながら、床を這うような低い声で呟く。ここに呼び出された理由が分からないでいるのは至極当然のことだが、正直なところ私も色々と気がつかなければそのまま流していたかもしれない。
「なんでだ?」
「そんなことより聞きたいことがあるのよ。」
わざわざ一人でここまで呼び出されて、相手だってこれで何もないと思っている筈がない。それでもここでの会話が相手にとっても何かを明らかにするのではないかと、相手も内心では考えているのが分かる。
「聞きたいことってなんだ?」
私の疑問は至極単純だ、何故目の前の相手があんな風に関わったのか?それだけのこと。だけど、最終的にその問いに辿り着く迄は幾つか答えて貰わないと。先ずは
「何で………杉浦を脅したの?」
「なんのことだ?」
「杉浦陽太郎、一番初めに脅してたのあんたよね?」
何のことだかと、相手は気にも止めた風でなく平然とした顔で言う。
杉浦陽太郎が何故あんな風に自分が詐欺をしていると分かるように、散々吹聴して歩いていたか。そう指示されていたからに過ぎないことは、あの男とほんの少し話せば分かる。杉浦は虚栄心が強く自意識過剰、でもあの男は完全な愚か者という訳じゃない。自分の言葉がどういう結果に結び付くか位は理解していた筈なのに、三浦に罪を擦り付ける発言ができるわけがない。しかも杉浦は三浦の変容に、自分が関わってしまったという自覚があった。だからこそ杉浦は殺される可能性に怯えたんだし、三浦を名乗った者に指示されたまま行動して、あんな風に無惨な最後を迎えた。でも杉浦は最初の時点で和希がそんなこと出来ない状況にあったのを知りはしなかったし、杉浦の身の回りでは和希の事を知ることができた人間はいない。だから真実が見えない杉浦は騙された。
「上手く信じこませたわね、脅迫相手が和希だって。」
「なに言ってんだ、そんなことする意味ないだろ?」
「意味があるからしたんでしょ、もう分かってるのよ?」
中学までの同級生でも取り分け仲が言い訳じゃない二人の関係。しかも今なら一目瞭然で分かるけれど当時は表に出ていなかった関連性は、外崎の店《random face》。槙山の言葉で分かるけれど、親友だった槙山忠志が知らないうちに和希を店に連れていったのは恐らく杉浦陽太郎だ。店という場所を与えただけの外崎宏太が重症を追わされたのを知っているのは、実は範囲が限定されるって気がついている?和希がどんなことを被害者にしたか知ってて怯えるってことは、杉浦は恐らく誰かの遺体を見てるのよね?例えば仲間だった四人のうちの誰か、とか?じゃ杉浦がそれを知ってるって気がつくのは誰だと思う?勿論杉浦が友人に遺体状況を話すってこともあるわよね?外崎宏太ですらあの傷だもの、普通の大学生程度の遺体って散々だった筈。でも杉浦は遺体に関して、けして友人には話さないと思う。だって誰がそれをしたのか、杉浦は知っていた筈だもの。
「それで、何の意味があるっていうんだ?」
「確信は持てたわ。でしょ?」
私の言葉に上っ面の平静が一瞬凍る。たった一瞬だけど、私の目にはその反応で十分な答えだ。
目の前の相手は三浦事件に杉浦が関係がある可能性には気がついていたけど、実はその確信が持てなかった。だからあえて三浦の名前で杉浦を脅迫したのだ。それをすることで杉浦がどんな反応をするかで、答えが出るから。そして、予想通り杉浦は和希が脅迫してきたと錯覚して予定通りの反応で答えた。自分が事件に関与して密かにまだ生き残っているのだと、自分で証明して見せたのだ。そうして逆に蟻地獄にはまりこんだと気がついていても、自分を破滅に追い込まされた。私は反応から見つけたそれを顔には出さず相手にも指摘せずに、全く違うことを口にする。
「大体にして詐欺の計画犯が和希だなんて、おかしすぎるわ。」
「そりゃ、知能犯の考えることだからな。」
「知能犯だからこそおかしいのよ、後から付け足した感満載で。」
大体にして足が付きそうなスマホで指令した?しかも、やり方を伝えたらスマホは即廃棄?その上転売品の保管場所は月極めのトランクルームなんて、根本的におかしいでしょう?と私が笑う。
「おかしい?どこが?」
「スマホで命令されたのを、馬鹿正直に守る理由よ。」
「怖かったんだろ?三浦が。」
「怖いのは監視よ。和希じゃないわ。」
杉浦陽太郎が恐れたのは和希を語った監視の目だ。誰かが全てを知っていて自分を監視していることに怯えて、唯々諾々で命令に従った。従えば更に自分が追い込まれると知っていて従うのは、最後には助け貰えるという餌に縋ったからだ。例え警察に捕まる想定でも助けて貰えると条件があったから、杉浦は素直に従った。それなら理解できる。
「最初の品物はトランクルームじゃなくて家に送りつけたでしょ?」
「へえ?じゃ金の話は?振り込め詐欺は?」
「勿論払わせるわよ?だって、警察に捕まった時杉浦が驚かなかったら下手に疑われるに決まってるじゃない。それにあんただって資金が必要でしょ?」
ふうんと馬鹿にしたように言うけど、その目が一つも笑っていない。爬虫類のような温度の感じない冷ややかな目に、私はあえて艶然と微笑んで見せる。オークションの写真に関して実際には齟齬があるのは分かってるけどトランクルームの転売品は、実際に後から踏み込まれた事務所の保管庫だったとしても後付けの理由は扱っていた商品から意図も簡単に完成する。
何しろその頃には既にそれを否定できる人間なんか一人もいない。ある意味では目の前の相手の完全犯罪というわけだ。まあ杉浦があそこで人生まで終えることになったのは、別だったとしてだけど。
「それに、和希を外に出すのに荷担してるでしょ。」
私の皮肉めいた指摘にも、相手はまだ平然としている。杉浦の三浦事件への関与に確信を持った上で、更に騒ぎを大きくして一見和希への視線を集めたのは、改めて誰もが和希が逃げ出せる状態でなく逃げるわけがないと思わせたのに一役かっている。退行していて子供のような和希を大勢に印象付けたけれど、あの時の和希が子供と同じ思考だったからといってその能力まで子供並みに衰えてた訳じゃない。
「なんでそう思う?」
「何人も証人を作った。」
「それがなんだ?」
「わざとらしいのよ、あの時だけ。」
それに和希の隔離されていた病棟のある建物は、実は二階建ての別棟になっていて一階には全く降りられない設計だ。何しろ感染症の患者を隔離する目的もある特殊な病棟で、出入り口は本館の二階に繋がる渡り廊下のみ。そこはどんなに上手く病室から抜け出たとしても、通り抜けるにはカメラに映るしかない。元は感染症の隔離病棟なんだもの知らずに無理に通ろうとすると、病院の警備員が駆けつけてくるって知ってる?夜間は看護師の持つ鍵がないと扉も開かない。看守だって鍵を持ってるだろうけど、それは病室の鍵だけで病院の通路の鍵は持たされないのよね。
看守が二人体制じゃなかったのは驚きだけど、仮眠でその場にいないのが当然だったとしたら暗い病室に入るなんてあり得ないって分かるでしょ?虎の檻に一人で看護師が入るわけないじゃない。脱走が翌日まで気がつかれなかったのは、実は和希が通路を通らなかったからだ。記憶傷害の青年は廊下の先が分からなかったから、本来なら補助錠で開かない筈の窓を開けて外に飛び降りた。だけど、本来なら開かない窓の錠が外れていたのは何故?
「簡単よね、行ったついでに鍵を外しておけばいいんだし、タイミングを作ってやればいい。」
「看守の喉笛を食い千切ったのはあいつの意思だろ?」
あら私が知らないことまで勝手に話してくれた。私は初めて聞く話にコロコロと子供のように笑い声をあげる。和希ってば看守を殺して出てくるなんて、随分とハードな脱走方法だこと。
「気に入らないことをさせられたのかしらね、例えば性的暴行とか?」
「白々しいな。もう聞いたんだろ?」
あんたの言葉で察したのよと心の中で呟きながら、意味深に微笑みかけると相手は鋭く小さな舌打ちをした。
「だが状況証拠ばかりだな。」
「そうねぇ。でも、あんたが病院に始めて行った訳じゃないのは分かってるわよ?」
「なんだと?」
「だって、もう和希が黒髪だったの知ってたでしょ?」
三浦和希は違法薬剤を投薬されているって話だったけど、それで死滅した可能性のある脳細胞が復活?そんな訳がない。そんな薬が存在したら、とうにノーベル賞もの。恐らく記憶維持の点では和希は、依然として記憶傷害のままなのだ。
なら違法投薬は何なのか?そんなのこれまでの和希を見れば簡単。人間は限界を作る生き物で体力の限界を自分自身で認識できるのが普通だけど、それをさせない薬。強い多幸感を与えたり痛覚を鈍らせたり、精神刺激を起こして暴力的になるもの作用を持つ薬。その効果を進藤が流通させる前に試したのだとしたら?リミッターのない和希の身体能力は、ある意味異常だ。素手で人間を撲殺なんて、普通は痛くてやれる筈がない。それに恐怖感も麻痺してるから、人を襲うのに場所が狭かろうが高低さがあろうが関係ない。苛立ちに感情は押さえられないし、少しでも不満に感じれば暴力的な行動に出る。それにあの華奢な体で人を引きずらずに移動させる事も出来る。だけど、そんな状態でも外に出さないと出来ないことがある。
「逃げ出させたかったんでしょ?あすこじゃ手が出せないから。」
「どういう意味だ。」
「倉橋院長の保護は想定外だった。あれって逆に保護されてたのよね?」
自分の病院の感染症隔離室をわざわざ提供した倉橋健吾。精神科があるからって有数の病棟一つの正規の機能をダメにして、たった一人の犯罪者を隔離する。普通はそれって警察関連の病院の仕事。
「だからあえて申し出ても、和希を保護したかった。」
相手の視線が更に温度を下げ始め、私の言葉が確信をついているのが明らかに見える。倉橋院長の死因は腹上死なんて言われてるけど、正直なところはね、あの倉橋亜希子が男と寝てるとはチラッとも思ってないのよ。何故かって?性的に暴行を受けて自殺未遂までして、それを年単位で執念深く恨んでいる女が他の男と寝る?ほぼあり得ないわよ、執念深いってことはね?同時に情が深いってことなのよね、DV男を恨んでる間は他の男なんか出来ない。あのタイプの女は他の男に情が移ったら、恨みも薄れるもの。
つまり腹上死はデマとして、八十の老人のストレスになることが多々あったんじゃないかってこと。例えば殺人やら自殺未遂やらを起こした上に、延命で未だ植物状態で介護を受ける息子とか、後は例えば長男夫婦の事故死が第三者の関与とかだったと知ったらストレスは倍増。その上稀代の殺人鬼が血縁者だとか、しかも自分が違法に人工受精させちゃったとか聞いたら、もうストレスで即倒れそうなものよね?しかも、和希が看守を殺して逃げちゃったんじゃ、下手したら自殺したくなるかも知れない。
「三浦を外に出してどうするって?」
「色々とあるわよね、直接したいとか?もう一度………殺したいとか。」
「……想像でよくそこまで言えるな。」
想像ではあるけど、一つ確信を持っていることがある。
三浦和希のことで、私だけが理解している事。和希は私に対しては完全な青年なのに、時に完全に女性になる。男に性的に乱暴されたことも関係しているんだろうけど、それは和希が狂気の中で和希の心にもう一人の真名かおるを作ったってこと。しかも記憶傷害のせいでそれは私とも和希自身とも混同されて、どちらが自分のしたことなのかすら思い出せない。だけど和希自身は本心では自分が女であることを認められないから、時に男に対しては二つの対応が起こる。
男に対して女としてしなをつくる真名かおると、女扱いする男を攻撃的に排除する和希。
退行していると思われていたのは恐らくその女性の部分、暴力を振るうのは薬で補強され増強した元々の男性の部分。和希が外に出て今も真名かおるを探すのは、認められない女の部分である真名かおるを自分で殺すしかないからだ。だから和希は顔すら覚えていないのに真名かおるを探す。記憶障害なのに顔を覚えてなくても真名かおるの存在を和希が忘れないのは、自分の中に消えない真名かおるが居るからだ。女装した和希が妖艶で魅力的な女を演じるのは、和希の中の真名かおるがそういう存在ということだろう。そんなアンバランスな状態なのに、同時に目の前の相手も外でないと和希にしたいことが出来ない。
「想像だろ?全部。」
「想像でないこともあるわよ?取引したでしょ?」
私が艶然と微笑みながら告げた言葉に、相手は暫く無言になったが無表情のままゆっくりと口を開く。
「何で……そう思う?」
「遅すぎたのよね。」
遅い?と戸惑う言葉が、相手の口から溢れ落ちる。今までの行動と全く違う行動。それがなければきっと私も気がつかないままだったのに、それに気がついてしまうと最初からあった疑問が沸き上がる。
「だっておかしいわよね?ここまで真っ先に調べに来たのに、今回だけは一番遅い。」
「偶然だ。」
私はその言葉に耐えきれずに声をたてて笑い出す。偶然一番大事な場面に最後にやって来るなんて、殿を飾るにも程があるじゃないか。私の甲高い笑い声を、不快そうに見据えて相手が口を開いた。
「いい加減こっちの質問にも答えて貰わないとな。何故…真名かおるの名前を使って呼び出した?」
私が呼び出した意図を汲んでもらえていなかった事に、思わず私は呆れすら感じてしまう。なんだ思ってたより頭の回転がわるかったのねと呟いて、私は再び笑いだしてしまった。
「私がそうだからよ?そう、思ってなかったの?」
「真名かおるは……お前の筈がない………。」
何故かそう相手が口にするのは、私がそうではないと否定する理由がハッキリ持てないから。つまり相手は私が真名かおるの可能性があると、実はずっと前から内心考えていた筈。何故そう思うのか当ててあげましょうかと私が悪意の塊のように嘲笑う。恐らく観察力や判断力を総合して言ってるんでしょうけど、随分と判断基準が大雑把。
「真名かおるは、恐らく医学的な知識もあった筈だ……。」
「あら、私が医学的知識がないなんていった?」
これと言う理由は内心あるのだろうけど、目の前の相手はそれ事態に納得してはいなかったに違いない。
「和希の精神状態や集団心理なんか、医学じゃないわ社会心理学よ?」
「お前がそれを使ったと証明出来ない。」
「証明出来ないのが、証拠じゃない。馬鹿ね?」
私はせせら笑いながらそう口にする。当然だ、できると証明したら、私自身が逮捕の対象になってしまう。そんなことも分からないのと視線を投げると、相手の表情が次第に変化していく。
「杉浦が仲間からもう抜けてたのは惜しかったけど、他のやつらは簡単に乗ってきたわ、もう知ってるでしょ?」
「……乗ってきたなんて嘘だ。」
ああ、そこだったのねと私はわざと艶然と微笑む。
「あの中に大切な人でもいたの?残念ね。」
その言葉に始めて目の前の相手は私を憎悪の滲む瞳で見据えると、忌々しそうに唇を噛み締めた。
「お前が………本当に真名かおるなのか………?」
真名かおるの存在自体を怪しむ人間が多かったのと、最後の被害者が真名かおるではなく瀬戸遥だったことでよりその考えは強くなった。外崎宏太の証言が信じられなかった理由?それくらいの嘘を作り出しそうだと考えたのと、映像証拠が一つもなかったから。和希がレイプされた画像は散々あるのに、外崎宏太が真名かおるが関わったといいながら一つも画像がないんだもの。これだって外崎宏太を知ってたら、答えは一つしかないのよね。真名かおるはいて画像もあったけど自分も写ってた、だから宏太は馬鹿じゃないから証拠なんて残さない。
「ふふ、だったらなんだって言うの?」
「なんで今まで見つからなかった?」
「やぁね、本当に何度も同じこと言わせないで。私がそうしたかったから、それだけよ。」
私の当然と言いたげな言葉に愕然とした青ざめた顔に、思わず顔に笑いが浮かび上がってしまう。それにしてもなんて愚かな話しなんだろう?わざわざ稀代の殺人鬼を街に放った理由が復讐。
それに警察が未だにその事を公にしないのは、三浦の扱いに関して恐らく性的な暴行を含めた違法な行動を黙認していたから、違法投薬に関して目を瞑って見ないふりをしていたのは正直なところ違法薬剤が脳機能の改善と信じて恩恵に預かりたい警察署長がいたせいも大きい。何で知ってるのかって?そんなの……
「お前のせいで……。」
「やぁね、自業自得じゃない。」
「それは……あいつが悪いんだ。あいつが誘いかけてきただけで……。」
その返答に私は呆れ果ててしまう。ここにも性的暴行はした方も悪いが、された方も悪いなんて言い出すような人間がいたわけだ。やったことを差し置いて責任転嫁なんて、どこまで卑劣な行為か本当にわかってない。
「された方が悪いなんて、最悪の悪人理論。」
「お前に何が分かる!!」
「人を虐げた奴なんて屑よ。死んで当然でしょ?」
私が平然とした顔で投げつけた言葉に、怒りに満ちた視線が矢のようにつきさ去ってくる。
「息子なんだぞ?!」
「あら、レイプされた方も誰かの子供だし、殺された方も殺した方も誰かの子供でしょう?何言ってるの?今更。」
「三浦をおまえが引き込まなかったら……俺だって………。」
呆れてしまうような発言とその表情に、私は違うことまで見抜いてしまうと甲高く勘に障る笑い声をあげ始めた。目の前の憤怒の表情が私の異様な笑い声に微かな戸惑いを浮かべて言葉を失うけれど、私はおかしくてしかたがないと笑い続ける。
「息子の復讐のためかと思ったら、なに?自分のやったことに怯えてるだけじゃない。なんて浅ましいの?息子と同じ屑じゃない。」
「黙れ!!」
「屑がのうのうと生きてるなんて許さない。」
「お前こそ、人を騙して金を巻き上げた屑だろうが!」
その言葉に私はピタリと笑いを止めて、冷ややかに男の顔を見据える。
「当然よ、犯されて対価を受け取ってきただけだもの。あんたみたいに抵抗できない相手を力ずくで犯したりしない。」
相手が私の言葉で言葉を失う。
隔離病棟で性的暴行、記憶障害で女にされた和希が、あの能力で抵抗しなかったのは、相手が一人ではなくて多人数だったから。看守だけではなく他に何人も、例えば目の前の男のように和希に殺された人間の身内なんかがそれに加わったのだとしたら?多勢に無勢ってことだ。それなら相手が和希の無抵抗を退行のせいと誤解して、相手が油断して一人になるのをじっと待つしかない。そう判断できる和希は、少なくとも幼児に退行なんかしていないということだ。偶然のタイミングが逃げさせたんじゃない、その状況を待ったんだと教えてやる。
「………和希がまだ覚えているか、それを知りたいのよね?」
「………お前は、答えを知ってるのか?上原。」
その不安げにすら聞こえる相手の問いかけに、私は心の底から相手を馬鹿にした満面の笑みで答えた。
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