random face

文字の大きさ
上 下
84 / 107

84.外崎宏太

しおりを挟む
明るい病室の中で俺が喜一から聞き出したのは、俺の予想を遥かに越えた話だった。あの時の進藤隆平の電話の反応から恐らく火災事故に進藤が関係してるのは予測していたが、そこまでの関係だとは考えていなかったのだ。せいぜい利権位の話かと思っていたのだが、ホテル火災ですら倉橋の人間を殺す為のものだったとは正直思わなかった。だが、もっと予想外なのは宇野智雪の両親と進藤の複雑な関係だ。

最初は倉橋俊二の交通事故で香坂智春の母親が死んだこと。

発端ですら既に四十年以上も前の事故だなんて誰も思いやしないだろう。しかもそれを証言した息子・香坂智春が成人して警察官になってから、十年以上も経っているのに再び同じ男に逆怨みで刺し殺された。それですら三十年も前の話だ。

そこから進藤隆平が闇から姿を現し始めたのは、倉橋俊二が自殺未遂をしたのに関係しているのだろうか?

そうしてその後二十三年前のホテル火災のように数件の事故や自殺が密かに続き、倉橋の親戚が少しずつ減っていく。確かに高齢だったり不幸な事故だったりが三十年もかけて起きたのなら、誰も違和感なんて感じやしない。あの不幸が続くとすらも感じない緩慢さで、意図的に減っていく。倉橋健吾の直系の家族は完全に死滅して、その遺産が健吾に引き継がれる。しかも、その遺産はあの倉橋亜希子が、颯爽と全て慈善団体にほぼ寄付して去っていった訳だ。

DVの保護シェルターやら、性的暴行の被害者やらの慈善団体だったか?

あれも意図的に選んでそうだなと苦い思いがする。もしかしたら進藤隆平の母親がそうだったからかと思ってしまうのだ。
兎も角その中でも進藤隆平が特別気にしていたのは、全く身内でもない宮井夫妻の事件だった。喜一から話を聞いた後では全く違う面の見える、強盗放火事件。
倉橋俊二の刺し殺した香坂智春の恋人が、既に妊娠していた。その子供が宮井智雪で、宇野智雪なのだと知れば、進藤隆平があの事件を気にするのは答えは明らかだ。当時強盗の犯人として捕まった金子寛二は、殺害の時刻には現場にいなかったとされ殺人罪には問われなかった。
妻は暴行の上・夫は刺傷の上、放火で焼死。
金子寛二はこれらのことに関して全く知らなかったらしいが、本当に知らなかったのだろう。恐らく実行したのは進藤隆平ではないだろうか。だから、関与していると調べあげられていると知って苛立った。

まだ宮井夫妻の子供が、生きているから。

つまり倉橋一族だけでなく、香坂一族も進藤隆平にとっては、抹消対象ってことなのか?だが、そう考えるとここまで雪が放置された理由も何かある気がする。

「宏太?」

心配気にかけられた声に無意識に顔をあげると、考え事をしていた自分を気遣うような手が頬に触れる。
言い忘れていたが、もうここはあのマンションではない。
実は長年暮らしていたマンションはサッサと引っ越して、戸建てに住み替えたんだ。理由?そんなの簡単うちの了、ああ了は外崎了になったんで、名実ともに俺の了だ。その了があのマンションが嫌だと言うんでは仕方がない。了が妻が自殺した風呂場を使うのが怖いというし、確かにあの風呂場は二人で使うには手狭だ、タイミングよく志賀松理所有の物件を売っても良いと言うから即断したんだ。お陰で即行で新居に転居した訳だが、リビングではなく仕事部屋もでかい風呂場も完備、まだ慣れないうちは了と手を繋いで常に行動と言う俺には最高のオプション付き。
暖かな指先に頬を撫でられ思わず微笑むと、了が心配そうに大丈夫か?と問いかけてきて俺は思わずその腰を抱き寄せた。そうしながらふと雪が宮井麻希子を恋人と告げたのを思い出す。

「もしかして……。」
「ん?どした?」

了を抱き締めながら、もし雪に何よりも大事な存在が出来るのを待っていたんだとしたらと嫌な考えが沸き起こる。誰にも渡したくない大切な存在が出来るのを待っているのだとしたら、それを奪うために何か画策をし始めているのだとしたら。

何から何まで最悪な奴だな。

苦い気分でそう考えるが抱き寄せている了の体温に、思わず良からぬ事に欲望が動いたのはやむを得ない。何せ無意識に俺に触れてくる了が可愛いんだから、少し脱線しても仕方がないことなんだと自分に言い訳しながら了の服を脱がしにかかったのはここだけの話だ。

もう一つ言い忘れていたが、喜一は俺が面会した翌日にサッサと逃げるように退院した。松葉杖で歩けるし手の方はギプスで問題ないから、デスクワークでもするという。まあ、あいつは大人しくしている玉じゃないし、本人がいいなら構わないことだ。ついでに二日前に宮直行も意識不明から回復し、見舞いに行ったらあいつはあいつで女の格好した野郎にカウンターに叩きつけられたとベットの上で不満タラタラだった。

信じられないっしょ?可愛くニッコリしたかと思ったら、次の瞬間ドカーンッて

少なくとも意識が戻って、即文句も言えれば上等だ。聞けば運良く頭の中の出血もないから、あと半月もすれば退院できるという。が、少なくともエコーは四月一杯は休業で、オーナーはカラオケボックスはそのまま廃業する気だという話だ。ところが雇われ店長だった宮は、何でかそこを買い取ってまたカラオケボックスをする気だというから不思議な奴だと思わないか?

あそこなくなったらつまんないし、俺は俺であそこが気にいってんだよね。

そういいながら元気になったら新規開店の色々相談するから宜しくねと平然と笑う宮に、見舞金がわりにコンサルタント料はサービスしてやると約束する。
そんな翌日のことだ。
仕事部屋に籠っていた俺は手元の電話の振動に、何気なくヘッドホンを外す。相手は退院したばかりの喜一で結局本当にデスクワークにいそしんでいる風だが、連絡はまた別な話だった。

『トレンチコートの金子擬き、誰かハッキリしたぞ。』

そうだった。宮井麻希子と喜一の失踪の裏側で、金子寛二にソックリの男が唐突に出没していたのだ。ここのところの騒動で、交番に突き出した金子擬きのことはすっかり失念していたのを俺も思い出す。

『驚くぞ、あれ山田高雄だ。』
「ああ?!山田高雄ぉ?」

同じ室内にいた了が、横で思わず吹き出したのに気がつく。そりゃそうだ俺だって初めて名前を知った時には笑うしかなかったが、ここで再び出てくる名前としては余りにもよろしくない。『耳』の電源を落としながら山田高雄の顔を残念ながら見たことのない俺は、なんで金子寛二に似ていたのかと思案する。

『しかも、整形したんだと。金子の顔に。』
「あ?本気かそりゃ。」

喜一の言葉に呆気にとられるのは仕方がない。結局山田高雄は建造物への不法侵入で逮捕されることになったのだが、最初は捕まるとは思っていなかったらしく人から頼まれたを繰り返していた。
頼まれて同じ行動を繰り返し、頼まれてあの廃墟寸前のビルで数時間過ごして帰って、それでバイト代を貰っている。それを繰り返していたが、次第に粗が出てきて、お前本当の名前は?となったらしい。今回はキムタクではなく向井治と名乗ったというあたりが、あの馬鹿は相変わらず馬鹿なとところは変わらなかったってことだ。
顔を整形したのは進藤隆平に命令され、今までの失敗や使い込みをチャラにしてもらうためだという。決まった場所を徘徊し都立第三の女子高生を探れと命令されていたが、事件の数日は暫くそれは中断でビルに籠れと連絡があったというのだ。つまり雪が俺に相談してきたトレンチコートの草臥れた男は、確かに宮井麻希子の事を調べ歩いていた。偶然その彼女が三浦に接触していたというのはあるが、別な奴も彼女がどんな立場にある人間なのかを調べていたわけだ。結局間抜けなことに洗いざらい暴露した訳だが、山田高雄は変わりに家族の保護を申し出たという。

『進藤隆平にミンチにされて、指だけ送りつけられるから母親を保護してくれってよ。』

呆れる映画紛いの脅迫だが山田高雄には、それを信じるだけの理由もあるに違いない。大体にして自分の顔を全くの別人に変えても構わないほどには、馬鹿とはいえ山田は心底脅えている訳だ。それを考えると不快感がジワリと背筋に走って、俺は思わず了を手招きして抱き寄せる。

『上手くやったら、顔はイケメンに再整形してやると。』
「あー……、うん。馬鹿だな、相変わらず。」
『少なくとも奴もここいらにまた戻ってきてるようだ。お前も無茶するなよ?』
「ん、了解。」

電話を終えた俺に、で?座布団運びがなんだって?と了が問いかけてきて、苦い笑いがその顔に浮かぶ。
記憶にあるか?山田高雄。
随分以前違法薬剤の売人で逮捕された、あのDV男。初めて進藤隆平の声を聞く機会を作って、上原秋奈をホテルで殴り警察が来たと相園に言われて一人で逃げた男だよ。まあ自宅に戻った途端、三課の奴に逮捕された訳だが。既に逮捕歴があるから名義査証なんて馬鹿げている。ところが、顔を整形したからバレないと思ったと言うんだ、相変わらずの馬鹿だろう?指紋ってもんをどうやら都合よく忘れてたらしいんだな。兎も角進藤隆平の命令をこなしたら、破格の金銭を与えられるのと、これから自由にしていいといわれて素直に整形して歩き回った訳だ。

「整形?別な顔に?イケメンにしたわけ?」

当然整形と聞けばそう思うが、喜一曰く金子寛二は強いて言うならホラー映画で一番先に殺される子悪党みたいな顔らしい。しかも、了にこの間探した草臥れトレンチコートのことだと言うと、なんであんな老け顔の不細工に整形すんの?と宣った。しかも山田はまだ三十代だが、整形顔は十か十五は年上に見えるという。

「馬鹿じゃねぇの?あれでもましにした方なのかよ?せめて瞼くらい二重にでもすりゃいいんじゃねえ?」

そこはどうかとは思うが、その口ぶりからすると喜一の例も強ち間違っていなさそうだ。この後整形し直すなんて言われて新しい人生と思ったと言うところだろうが、馬鹿なことばかりやらされているとしか思えない。

「前から馬鹿だからな。」

呆れ果てて呟くと了が馬鹿って問題?と首を傾げている。兎も角不快感は去ったが、これで進藤隆平の最後の狙いが宇野智雪だと言うのは確かな気がした。前に言ったが雪は俺達とにた手段で情報収集をする男で、ただしキレると何をするかわからない一面がある。その男が溺愛しているらしい女子高生。

「了、悪いが一つ頼まれてくんねぇかな?」
「ん?何。」

お前なら人当たりが良いから問題ない筈だと呟きながら頼んだ内容に、了が思わず目を丸くしたのは言うまでもない。
了に退院したばかりの宮井麻希子と接触を頼んだのは、了が稀にみる社交性の高い人間でもあるからだ。勿論仕事の時も有効利用してきたその能力は、ある意味では人たらしなので俺としては男に使うのは厳禁にしておきたい。しかし結果として初見の人間と話すだけでなくアッサリ仲良くなってLINEまで交換してくる手腕は、これは女でも危ういと密かに考える。
何せ以前、了が暇潰しに落としたノン気の間男が突然家にコンサルタントに雇えと乗り込んできて、俺一人だった筈の経営コンサルタント業にあっという間に社員ができる始末だ。

「しゃちょー。」
「うるせぇ、間延びした呼び方すんな。」
「めんどくせぇなぁ、社長。」

何が面倒臭いだ。ちゃんと呼べるじゃねぇかと言うと、了の後輩でもあった結城晴がヘッドホンを外して始まったけどどうする?と問いかける。こいつも可笑しな奴で、ここでしてることに対して全く拒絶感がないらしくあっという間に機器の操作は覚えてしまった。その上必要な情報への判断が俺と似ていて、大体こう聞いてくると録音しろになるのが腹立たしい。
結城晴は了に言わせると、危険なことに普通の社会人に比べて遥かに躊躇いがないタイプだという。スリルってものに弱くて好奇心が強く、こういう行動が違法とは理解しているが、割りきると実行に躊躇いがない。こういう奴ばかりが世の中に大勢いるんじゃ、最終的に三浦和希に育つような奴なんて実は山ほどいる気がしてくる。そう言ったら了に、それを宏太が言うなと笑われてしまった。
兎も角俺が調べたことを確めるために、雪を自宅に呼び出したのは三月末の事。雪の方も彼女が落ち着いてきて安堵しつつあるようだが、聞けばやっぱり自分が交番に叩き込んだ山田高雄のことは完全に忘れていた。

「座布団運び?」
「あー、その発言はお前で三人目だから、もういい。トレンチコートの本名だ。」
「向井治は?」
「偽名。」

呆れるほど清々しい偽名ですねというが、以前はキムタクだったんだからと言うのも飽きてきた。一先ずそいつが彷徨いていたのは、偶然ではないことを説明する。山田を捕まえた時、電話越しで倉橋俊二に頼まれたといっていたが、恐らく雪が山田を捕まえるのは想定内だったに違いない。ということは可能性だが

「雪、お前、進藤隆平って知ってるか?」

目の前の宇野智雪が微かに息を飲むのが聞こえる。

「進藤さんがどうしたんです?」

躊躇いがちにそう口にした雪に、俺はそう来たかと思わず目の前で頭を抱えた。違和感はずっとあったのだ、どうしてたかが出版社の社員に過ぎない宇野智雪が、俺や久保田惣一に似た方法で情報収集をするのか。様々やって効率化を図ると、似た方法になることはありうる。それに雪の特化した方向性も業界と政財界と、俺とは違うから突き詰めて考えることが今までなかった。だがこうなると呆れるほど答えは簡単だ、惣一の弟子の進藤の弟子が、この宇野智雪だってことだ。

「何時からの付き合いだ?」
「高校二年。」

思わず溜め息が溢れる。そうだった、二十三年前から悪行を重ねてる訳だから、十一年前から計画の一貫で介入していてもおかしくない。それにしたって恐らく自分で殺した夫婦の子供に取り入るなんて、心底悪趣味極まりない男だ。

「お前んちの事件の時か?」
「そうですけど……何で知ってるんですか?」

想定通りだと遥かに後味の悪い。雪に伝えない方法もあるが伝えなかったとして悪い結果になるくらいなら、こいつには包み隠さない方が手っ取り早いのも確かだ。

「雪。お前倉橋って名前知ってるか?」
「倉橋?総合病院の院長?」

俺は調べた話を雪に説明してやるために、改めて深い溜め息をついた。
もし雪が進藤隆平を知らなかったら、俺は偶然の重なりか進藤だけの問題だと考えたに違いない。だが既に雪が進藤と接触していて、さんと呼ぶような関係なのだと知れば話は違う。
雪の祖母と実父の死に関係する倉橋俊二の息子が、雪に密かに関わる理由。
火災現場にいた雪に、初めて出会った進藤隆平は犯人を捕まえる方法を教えてやると囁いたのだと言う。それが善意ではなく悪意だったのだとしたら。警察官として正しいことをしようとした雪の父親に対する、純粋な悪意だったのだとしたら。

「……目的は両親じゃなく僕ですか?」
「その時は、たぶんな。」

その言葉に雪は愕然とする。
高校生の、その時。なら、今は?そう言いたげだが、答えは雪じゃなくても容易くわかる。恋人に、血が繋がらないとはいえ我が子。しかも恋人の両親は血が繋がらないとはいえ、雪の唯一の親族。

大事なモノ奪った犯人、探したいか?

そう進藤隆平は囁いたらしい。日陰者として成長しても、父親は大事なモノだろうか?その血筋を絶やすために暗躍していても、父親は父親として進藤が扱っているのだとしたら?父親が死んだのは殆どの人間は死んでいて、一族は後数人というところだった。もし、倉橋俊二が健康な心臓を持っていたらあと少なくとも一年はもっていたかもしれない。だとしたら倉橋俊二に香坂の血縁と一族朗党断絶したと、進藤が笑ってやることは可能だったかもしれないのだ。

「悪いが心配になってな、了が時々お前のお嬢さんの周りに進藤が彷徨いてないか確認に行ってるがよ。今んとこは動きなしだ。」

青ざめた顔をしているのだろう雪が、微かに震えるような声で呟く。

「まだ……何か起きるんですか……。」
「起きなきゃいいが、進藤は態々お前が気がつくように山田某の顔を整形させてまで、彷徨かせてる位だ。」
「整形?」

そう言えば山田高雄が、あえて金子寛二の顔に整形したことを説明するのを忘れていた。それはもう雪にも分かっているだろうが、進藤隆平の悪趣味な思考過程が際立つ。

「恐らくだが、お前がどんなに大切にしてるのか………調べる気だったんだろ。監禁の方はイレギュラーだったろうけど、逆にそこも利用された。」

そんな馬鹿なと言いたいだろうが、三浦が単独で動き回っているのならそれは納得だ。整形は少なくとも半年スパンで行われたことだろうから、三浦が表に出るより前から仕込まれていた。進藤がそろそろいいかと思ったと、惣一と俺に話した言葉が脳裏に浮かぶ。
倉橋の生き残りは全て死んだ。
あと残っているのは、香坂智春の息子・宇野智雪だけといいたいのだとしたら。

「遠坂と進藤の件では別なことでも動いてるからよ、お前はお嬢ちゃんと息子の身の安全を図れ。いいな?」

俺にしてはとんでもない言葉だと自分でも思う。俺自身何でこう言ってやりたいのか、以前はちっとも理解ができなかった。だけど今なら分かる。

大事な人間を奪われた奴は、どんなにマトモな奴でも狂う。

どんなに自分が理性的だと自分で思っていても、いや、そう思っている奴の方が完全に狂う。狂い方は人それぞれなんだろうが、それを意図して起こされる方はたまったもんじゃない。雪が高校時代に進藤隆平に山田並みに進藤に傾倒していたら、恐らくもう一人ずば抜けて知恵の回る進藤隆平みたいな奴が出来たに違いない。だけど進藤の狙いは自分の片腕じゃない筈で、結局は雪自身が破滅するのを狙っている。

「それは……。」

戸惑うように呟く雪が全く納得してないのが分かる。こいつは俺と同じで人がどんなに言っても、自分の目で見ないと納得なんかしない。だけどそうすることが自分の大事なものを失うと分かっていて、俺には見ないふりも出来ない。

「何にも下手に動かなくていいから、大事なもんだけは囲っとけってことだ。分かるな?ん?」
「外崎さん………頭打ちました?」
「うるせぇよ、それも散々言われてるから飽きた。雪、お前はもう少し幸せにならねぇとな。」

納得はしないだろうが、少しは時間はありそうだとその声からは読み取れる。恐らく雪の性格だと自分が知らなかった倉橋俊二のことを調べるに違いないから、少なくとも一週間程は身動きがとれなくなる筈だ。雪が帰った後のリビングで一つ溜め息をついた俺に、了が歩み寄ってくる気配がする。

「雪、大人しくしてるって顔してなかったぞ?宏太。」
「あー分かってる。あいつのことだ、先ずは倉橋のことをがむしゃらに調べるに決まってる。」

いいのかよと了が言うが少なくとも進藤隆平の足取りが掴めていないのも、三浦の足取りも消えているのも事実だ。それに上原杏奈の件は既に暗礁に乗り上げた状況、きっと三浦だろうで済ますには俺には納得できない。
しおりを挟む

処理中です...