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瀬戸遥の思い出
1.最初
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全ての最初の始まりは『水』だった。
暖かく滑らかで緩やかな揺り籠のような。
漣を立てはしないのに、それは確かに揺れる。
揺れて、ゆらゆらと漂う。
泳ぐという概念はまだない。
だから、ゆらゆらと漂い続ける。
その世界が全てだった。
その中にやがて『それ』が、存在していた。
幾ばくか水の中で奇跡的な刺激が生じる。
そして、幾度かの分裂の結果、『それ』は何時しか『それら』に変わった。
漂う水の中でやがてそれは様々な分裂を繰り返す。
ある時、『それら』は漂う事に微かな制限が生じたことに気がつく。それに気がついた時『それら』は、自分という存在に気がついた。
自分という存在に気がついて、私達はお互いの事を認識できるようになった。
暖かい水の中でちゃぷちゃぷと揺られながら、遠くに潮が満ちる潮騒の音を聞く。
私達は眠り、覚醒して、お互いの姿を眺める。
恐らく自分の姿と目の前の姿は、同じなのだろうとどこかで理解している。
だから、私達は互いの顔を見つめあう。
この表現がまだ正しいのか分からないが、口元の端をあげ相手にぎこちなく笑いかける。そうすると相手も分かっていると言いたげに、同じように笑みを浮かべた。
最初、私達は一つの細胞の塊だった。でも、何回かの成長の最中、ふいに鏡の様に二つの塊に分かれたのだ。
そう、私達は最初二人で一つだった。
ねぇ、
水の中で私が声をかけてみる。
すると、同じ顔の私がなあに?と答える。
やがてはキチンと指の出来るであろう、まだ指のない手を動かし私に伸ばしてみる。すると、相手も同じように私に向けて手を伸ばす。私達は同じ体勢のまま、暖かな海の中で互いの手を触れ合わせくすくすと微笑む。
同じ顔、同じ眼、そして同じ血の巡り。
変わりのない瓜二つの私達。
ゆるゆると流れ漂いながら、いくつもの細胞が分裂し巨大に成長していく。まるで魔法のように、どの細胞が何になるか決まっていたように、どんどん私達は大きくなっていく。
私達は、そのまま海の中で一緒に存在して成長し、やがてこの海を旅立つ。どちらかが先になるかはともかく、少しの時間の差はあっても同じ時に海を旅立つはずだ。
いつも一緒だよ?
うん、一緒だよ。
私達はほの明るい海の中で眼を開ける。
だいぶ指の形になり始めた手を繋ぎ、お互いに向けてそう囁く。私達は最初から同じ声なので、どちらが話したのかすら分からないくらいだ。
私達は一緒。
微笑みあいながら、潮の満ちる音に揺られ続ける。
ある日突然、私達は終末を迎えてしまった。
私たちは二人で一つだった。
ずっと手を繋いでいたのに私は気がつくと一人だった。
もう一人の私は、目の前にいたはずだったのに。
暖かく揺れる水の心地よさに眼を閉じている間に、私は気がつくと一人ぼっちになっていた。
揺れるこの暖かい水に溶けてしまっただろうか?
もしそうなら、この暖かい水には私が溶けているのだろうか?私はその水をのみ込み、暫く涙する。
飲み込んだら、私は私の中に入ってくるのかな?
そうしたら、この水を飲んだら私は私とずっと一緒にいられる。私はゆっくりと暖かな水を飲みながら、消えてしまった私にこれで何時も・何時までも一緒だよと話しかけてみる。私は何度も既に消えてしまった私に向かって囁いた。もしかしたら、消えたと思ったのは間違いで、何処からか私が戻ってきてくれるのではないかと思ったのだ。でも、どんなに囁いても待っても私は戻らない。
やがて、何度も重なる暖かな潮の満ち引きの中で、私と一緒にいたこと自体が遠く霞むのがわかった。
そうして、私は更に何倍もの大きさに成長していく。
※※※
近年、医療技術の進歩により、受胎から出産までの期間母体内で双胎と確認することが可能になった。その後双子が出産されたのは、実に25%のみだけであるという。
しかし、残り75%は死産というわけではない。実は生まれるまでに、何らかの理由で双子の片方が失われてしまうことがあることが超音波検査によって分かってきた。
妊娠初期に双胎一児死亡が起きた場合、亡くなった赤ちゃんが子宮内で消えてしまうことが多く、この現象を『バニシングツイン』と呼ぶ。
現在の日本で双子の生まれる確率は、全体の僅か約0.6%程である。殆どは単胎出産、つまりは一人の赤ちゃんが無事産まれている。しかし、もしかすると約5%・一人で産まれた100人のうち5人の赤ちゃんは、母体の中では双子だったかもしれない。医学誌によせられる論文には、バニシングツインの割合はまだ正確ではなく10~20%と幅があるという。そうなると実際にはあなた自身も隣にいる人も、残った片割れの可能性があるかもしれない。
「一絨毛膜双胎」は、双子同士で1つの胎盤を共有しているパターンで一卵性双胎の約7割を占めているが、このタイプにバニシングツインが起こる事が多いとされる。
バニシングツインが確認されるのは妊娠6~8週間以内の妊娠初期で、以降の期間に認められた双子は殆どの出生を確認している。そして、双子胎児の心拍確認ができればバニシングツインほぼ起こらないと言われている。また、妊娠初期に起こるバニシングツインは、母体は自覚症状は全くない。また、起きたとしてもその後のもう一方の胎児への影響はほぼ無いとされている。
失われる原因はハッキリとしていない。
現代の医学でも片割れの胎児が消える原因は、母体の組織中に吸収されるのかどうかすら未だ明らかになってはいない。
暖かく滑らかで緩やかな揺り籠のような。
漣を立てはしないのに、それは確かに揺れる。
揺れて、ゆらゆらと漂う。
泳ぐという概念はまだない。
だから、ゆらゆらと漂い続ける。
その世界が全てだった。
その中にやがて『それ』が、存在していた。
幾ばくか水の中で奇跡的な刺激が生じる。
そして、幾度かの分裂の結果、『それ』は何時しか『それら』に変わった。
漂う水の中でやがてそれは様々な分裂を繰り返す。
ある時、『それら』は漂う事に微かな制限が生じたことに気がつく。それに気がついた時『それら』は、自分という存在に気がついた。
自分という存在に気がついて、私達はお互いの事を認識できるようになった。
暖かい水の中でちゃぷちゃぷと揺られながら、遠くに潮が満ちる潮騒の音を聞く。
私達は眠り、覚醒して、お互いの姿を眺める。
恐らく自分の姿と目の前の姿は、同じなのだろうとどこかで理解している。
だから、私達は互いの顔を見つめあう。
この表現がまだ正しいのか分からないが、口元の端をあげ相手にぎこちなく笑いかける。そうすると相手も分かっていると言いたげに、同じように笑みを浮かべた。
最初、私達は一つの細胞の塊だった。でも、何回かの成長の最中、ふいに鏡の様に二つの塊に分かれたのだ。
そう、私達は最初二人で一つだった。
ねぇ、
水の中で私が声をかけてみる。
すると、同じ顔の私がなあに?と答える。
やがてはキチンと指の出来るであろう、まだ指のない手を動かし私に伸ばしてみる。すると、相手も同じように私に向けて手を伸ばす。私達は同じ体勢のまま、暖かな海の中で互いの手を触れ合わせくすくすと微笑む。
同じ顔、同じ眼、そして同じ血の巡り。
変わりのない瓜二つの私達。
ゆるゆると流れ漂いながら、いくつもの細胞が分裂し巨大に成長していく。まるで魔法のように、どの細胞が何になるか決まっていたように、どんどん私達は大きくなっていく。
私達は、そのまま海の中で一緒に存在して成長し、やがてこの海を旅立つ。どちらかが先になるかはともかく、少しの時間の差はあっても同じ時に海を旅立つはずだ。
いつも一緒だよ?
うん、一緒だよ。
私達はほの明るい海の中で眼を開ける。
だいぶ指の形になり始めた手を繋ぎ、お互いに向けてそう囁く。私達は最初から同じ声なので、どちらが話したのかすら分からないくらいだ。
私達は一緒。
微笑みあいながら、潮の満ちる音に揺られ続ける。
ある日突然、私達は終末を迎えてしまった。
私たちは二人で一つだった。
ずっと手を繋いでいたのに私は気がつくと一人だった。
もう一人の私は、目の前にいたはずだったのに。
暖かく揺れる水の心地よさに眼を閉じている間に、私は気がつくと一人ぼっちになっていた。
揺れるこの暖かい水に溶けてしまっただろうか?
もしそうなら、この暖かい水には私が溶けているのだろうか?私はその水をのみ込み、暫く涙する。
飲み込んだら、私は私の中に入ってくるのかな?
そうしたら、この水を飲んだら私は私とずっと一緒にいられる。私はゆっくりと暖かな水を飲みながら、消えてしまった私にこれで何時も・何時までも一緒だよと話しかけてみる。私は何度も既に消えてしまった私に向かって囁いた。もしかしたら、消えたと思ったのは間違いで、何処からか私が戻ってきてくれるのではないかと思ったのだ。でも、どんなに囁いても待っても私は戻らない。
やがて、何度も重なる暖かな潮の満ち引きの中で、私と一緒にいたこと自体が遠く霞むのがわかった。
そうして、私は更に何倍もの大きさに成長していく。
※※※
近年、医療技術の進歩により、受胎から出産までの期間母体内で双胎と確認することが可能になった。その後双子が出産されたのは、実に25%のみだけであるという。
しかし、残り75%は死産というわけではない。実は生まれるまでに、何らかの理由で双子の片方が失われてしまうことがあることが超音波検査によって分かってきた。
妊娠初期に双胎一児死亡が起きた場合、亡くなった赤ちゃんが子宮内で消えてしまうことが多く、この現象を『バニシングツイン』と呼ぶ。
現在の日本で双子の生まれる確率は、全体の僅か約0.6%程である。殆どは単胎出産、つまりは一人の赤ちゃんが無事産まれている。しかし、もしかすると約5%・一人で産まれた100人のうち5人の赤ちゃんは、母体の中では双子だったかもしれない。医学誌によせられる論文には、バニシングツインの割合はまだ正確ではなく10~20%と幅があるという。そうなると実際にはあなた自身も隣にいる人も、残った片割れの可能性があるかもしれない。
「一絨毛膜双胎」は、双子同士で1つの胎盤を共有しているパターンで一卵性双胎の約7割を占めているが、このタイプにバニシングツインが起こる事が多いとされる。
バニシングツインが確認されるのは妊娠6~8週間以内の妊娠初期で、以降の期間に認められた双子は殆どの出生を確認している。そして、双子胎児の心拍確認ができればバニシングツインほぼ起こらないと言われている。また、妊娠初期に起こるバニシングツインは、母体は自覚症状は全くない。また、起きたとしてもその後のもう一方の胎児への影響はほぼ無いとされている。
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現代の医学でも片割れの胎児が消える原因は、母体の組織中に吸収されるのかどうかすら未だ明らかになってはいない。
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