Vanishing Twins 

文字の大きさ
4 / 55
瀬戸遥の思い出

4.姿見

しおりを挟む
遥にとっては、その日もいつもと同じ1日だった。
平凡に何時もと同じ学校生活。
理不尽な同級生の仕打ちは辛い気持ちになるが、ただ乗りきれば良いだけのこと。そうして、帰途につけば、普段と変わらない日常で終わるはずだった。
一人になって気が抜ける場所までやって来て、パスケースを使いホームに立つ。
やっとで、今日一日が終わる。
そう思いながら遥は、無意識の動きで鞄を片手で探る。

お気に入りの小説を片手に、駅のホームで電車を待つ。ページをめくり先を読み進みながら、遥は俯いたまま文字を追いかける。
次にくる電車に乗って二駅行けば、もう後は家に帰るだけだ。そう思いながら、読書に意識の半分が没頭していた。
そのせいか滑り込んできた電車の扉から押し出される人の群れに、一瞬体を押し返され体が平行を失って後ろにふらつく。ふらついた足が上手く立て直せず体が傾ぐ。

あっ。

尻餅をついて転ぶことを覚悟し、思わずたたらを踏んだ遥の背中を誰かが押さえた。思わぬ助けに遥は、背後からの手に抱えられる体勢で体を立てなおす。
一瞬の出来事にそのまま支えた手に押さえられて呆然としているうちに、電車の扉は閉じ滑る様にホームから走り出す。遥の体を支えた相手が、しまったという様に声をあげた。

「あちゃぁ……ごめん。とっさに支えたとこまではよかったけど、電車一本乗り損ねた。大丈夫だった?」

その声に聞き覚えがあって遥は目を丸くした。
その様子に気がついたのか彼女を支えた手の主も、遥の顔を覗き込むと驚いた様な様子を見せる。その青年の顔は、遥にとってつい最近見た事のあるものだったのだ。

「あれ、……あぁ、そうだ、この間のパスケースの子。」

彼の言葉に見る間に遥の顔が朱に染まる。
青年はその表情を見ると、面白そうに微笑んだ。
帰途の人々で溢れるホームの中で私服の青年と、真っ赤になった女子高生の取り合わせ。それ程異質なわけではないし目立つわけでもないのだが、真っ赤になっている遥だけが恥ずかしいのか焦ったように辺りを気にしている。ふと、思い出したように彼女は青年の顔を見上げた。

「こ、この間は……あ・ありがとうございましたっ。」

大きくペコッと頭を下げた遥に彼は、少し声を立てて面白そうに笑う。

「いえいえ、それにこの間もお礼は聞いたよ。君もこの沿線なんだ?」
「は・はい。」

そう言われればお礼はしどろもどろでも言ったんだったと遥は恐縮したように縮こまる。その様子を面白そうに見つめる青年の視線に、遥は眩しそうに彼を見上げた。
彼女の反応が面白いのか青年は、にこにこと笑いながら見つめていて、遥は何だかいたたまれない気持ちになる。遥はこんな時自分ではなく、表に出ているのがカナタだったらもっと会話もできるのにと思う。そして余計にカナタが起きていてくれたらと、真っ赤になりながら心の芯から思っていた。
それほどの間もなくホームに再び滑り込んできた電車に今度は二人で一緒に乗り込む。先程までよりずっと気さくに青年は話しかけてきて、遥は落ち着かない不思議な気持ちのまま辿々しく答える。その青年がどうして遥にこんなに話しかけてくるのか、微かに疑問に感じながら彼の事を見つめていた。

今まで気がついたことがなかったが、実は降車駅も同じだった。青年は同じ駅で降りると凄い偶然だねと、彼女に向かってやさしい笑顔を向けた。毎日何千人と利用しているなかの出会いは、タイミングが合わなければ一生出会わない偶然だったのだろう。
遥は今まで一度も異性にそんな風に微笑みかけられた事がなかった。驚きあわてながら真っ赤になって頷く。
青年は、菊池直人と名乗った。
また機会があったら今度はゆっくりお茶でもしようと社交辞令の言葉にも彼女は慌てふためいてしまう。そんな彼女の慌てた様子に、再び声をあげて笑いながら彼は約束だねと顔を覗きこむ。出会ったばかりの異性にそんな風に誘われて、遥は余計に縮こまってしまう。こんな物語の中でしか起こらないような異性との経験は、遥にとって産まれて初めての事だった。


※※※





「どうかしたの?遥」


不意にかけられた声に彼女はハッとしたように我に返った。こじんまりと整えられた私室の中で、クッションに寄りかかりながら座る遥は、小説を片手にその視線に気がついた。
姿見の中からこちらを見つめるカナタの声が、不思議そうに自分を見つめながら声をかける。

「帰ってからずぅっと、ボーっとしてるよ?」
「そんな事ないよ?」

焦って鏡に向かって言う遥に、カナタはにやーっと目を細め鏡の中から遥を見返す。
女の子らしい部屋の中で、鏡に向かって話しかける姿は奇異にも見えるが彼女達にとってはこれも日常だ。手に持った文庫本は、開いてから一ページも進んでおらず、読んでいたつもりだが内容も全く頭に入って来ない。

「嘘ばーっか、遥はすぐ顔に出るからばればれだよ?」

カナタの言葉に彼女は気まり悪そうに頬を赤らめた。
諦めた様にパタンと本を閉じると机の上に置かれた鏡を真正面から見つめ遥は、言いにくそうに口を開いた。

「この間の人にまた会ったの。」
「この間?」
「パスケースを拾ってくれた人、菊池さんって言うんだって。」

遥の言葉に少し考え込んだ様にカナタの表情が曇る。いや、もしかして表情を曇らせているのは遥自身なのかもしれない。しかし、やがて何かを思い出したようにカナタは、遥を驚いた様にまじまじと鏡の中から眺め返し口を開いた。

「やっぱりタイプだったんだ?ああいう感じの人。」
「わ、分かんないよ、ただ転びそうになったのを助けて貰っただけ。」

ふぅんと鏡の中のカナタがニヤニヤと笑ったまま目を細め頬杖をつく。遥は焦ったように鏡に乗り出して、彼女にそんなんじゃないよと言う。

「そんなんじゃないのに、名前まで聞いたんだ?菊地さんだっけ?下の名前は?」
「直人さんって言うんだって。」
「やぁだ!ちゃんと下の名前まで聞き出してる!」
「ち、ちがうよ!ちゃんとフルネームで教えてくれただけなんだよ!」

きゃきゃと華やいだように話が続く。
二人で一つの体で生きているとはいえ、やはり二人は別人なのだ。好きな音楽だって、好きな芸能人だって違う。勿論、人の好みだって違う。カナタにとってはそこらにいた青年でも、遥にとっては全く違う意味の出会いなのだろう。そして、何よりこの体の主導権のほとんどは遥のモノである事は大きな事実なのだ。カナタは長い時間体を自由にはできない。テレビ番組を一つか二つか見る程度の時間体を動かすと、暫く眠ってしまうことがその証拠だった。

「まぁ、もともと体はあんたのモノだしね、仕方ないけどさ。」
「カナタ!そんなんじゃ…」

最近どうしてもお互いの好みが食い違うと、最終的にそうカナタが呟く事が増えた。小学生の時のように同じように選ぶ事だけで済む事が減っている。お互いが性格が違いすぎるから、選択肢があるとどうしても遥が優先されていく。それは、人格があってもこの体が遥のものである証拠なのだろう。

言いかけた遥の言葉を遮り階下から母の呼ぶ声が響く。

これに関してはもう言うこともないと、カナタはそれ以上何も言おうとしない。不貞腐れたように遥の様子を眺めているカナタを困ったように遥は見つめた。
こういうことは時々ある。
ポテトチップスの味の好みが遥は塩味がいいのに、カナタはコンソメ味が好きなとき。
遥はモスバーガーが良いけど、カナタはケンタッキーがいいとか。
遥はカフェオレが飲みたいのにカナタはカフェラテが飲みたいとか。
二人の好みが違うのは何時もの事だ。どちらかが折れるしかないのだが、食べ物であれば胃の大きさを考えれば折れるしかない。結局折れるのは八割がたカナタなのだ。それでも時折申し訳ないと先に遥が折れることはあるが、それはカフェオレとカフェラテ位の差だ。
だが、簡単には決められない差が生じた時、優先権は遥にある。それは遥がこの体の持ち主だという証明のようなものだ。
それでも、カナタの様子が遥には、少し今までと違う様な気がした。言葉をかけても答えようともしない。ただ不貞腐れた表彰のまま、遥の様子を眺めている。

「カナタ……。」
「あたしより菊地さんって人のこと、すき?」

不意に言われた言葉に遥は返答に詰まった。
素敵な人だなと始めてみたとき思った。今まで見ていた異性のように粗暴でも不潔でもない、大人ぶって変な言葉も使わない。今まで知っている異性とは違う、人懐っこい笑顔の素敵な人だと思った。でも、それが恋愛感情なのかは分からない。それに、それとカナタを比べる理由もない。

「なに言って……。」

階下から再び母が遥を呼ぶ。振り返り返事をした遥がもう一度姿見を見た時、もうそこにはカナタはいなかった。姿見にはただ自分が映りこんでいるだけだ。

「……カナタ……?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

丘の上の王様とお妃様

よしき
恋愛
木崎珠子(35才)は、大学を卒業後、帝国財閥の子会社に勤めていた、ごくごく平凡なOLだった。しかし、同じ職場の彼に二股をかけられ、職場にも居づらくなり、あげくに両親が交通事故でいっぺんに他界。結局会社を退職し、両親がやっていた喫茶店「坂の上」を引き継ごうと、地元へ帰ってくる。喫茶店の仕事は、会社務めに比べると、珠子にはなんとなくあっているようで...ご近所さんを相手にユルくやっていた。そんな珠子が地元へ戻ってから半年ほどして、喫茶店「坂の上」の隣にある、通称「お化け屋敷」と呼ばれる大豪邸に、帝国財閥の偉い人が越してくると話題になる。珠子は、「別の世界の人間」だからと、あまり意識をしていなかったのだか... 「お化け屋敷」の噂からひと月後。いつもは見ない紳士が、喫茶「坂の上」によってきて。そこから始まる現代シンデレラ物語

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...