Vanishing Twins 

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52.瀬戸遥

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蒼く澄んだ高い空を見上げながら、彼女は私に向かって言った。

「ねぇ、覚えてる?どうしてカナタってつけたか?」

その言葉が空に吸い込まれていくのを見つめながら私は小さく首を横に振る。彼女はその言葉に微かに微笑みを浮かべ、風に制服の軽いスカートの裾をはためかせながらまるで羽根が生えて飛んでいきそうな勢いで鉄柵につかまり伸びあがり私を驚かせた。

「私とあなたの名前、繋がっているの。」

彼女はそう言いながら私に向かって微笑む。隣に立っているわけではないけど、確実に私にだけ向かって彼女は微笑んでいる。

そうだったね。
あなたが付けてくれたんだったね…この名前は。

その私の声は彼女に届く前に風に滲んで飛び散った。



※※※




白々と差し込む光の中で不意に意識が表層に浮かび上がったかと思うと目が開いた。窮屈な酸素マスクに覆われた口元に、感覚のない体が酷くだるい。彼女は眼だけで辺りを見回すと、そこはどうやらどこか個室の様だった。

「遥?!!!気がついたの???」

久々に聞く母の声が耳に痛い。
驚きのあまり甲高く鋭く声を上げた母は、視界の中でへなへなと床に座り込んでしまうのが見えた。その背後から続いて声を聞き付けたのだろう、父と直人の姿がぼんやりと見える。

声を出そうとするが擦れて声が上手くでない。

体がバラバラになってしまったかのような痛みもある。何より右の脇腹から背中にかけての違和感は、酷く強くて彼女は戸惑いながら直人に目で訴えかける。その視線に気がついた様に直人がそっと彼女に歩み寄り、彼女の眼を見つめながらその青白い手をそっと握りしめる。
床に座り込んだ母がさめざめと泣きだすのをなだめる父の声を聞きながら彼女は直人を見上げた。

何が起こったの?

その瞳が問いかける言葉に彼は微かな戸惑う表情を浮かべ、ふっと彼女の両親を見やった。そして、話していいのかと戸惑う様に両親に向けて問いかける直人の声音に、彼女の父が何かを答えたのが微かに聞こえる。そして、真正面から彼女を見下ろした直人は静かに口を開いた。

「君は三浦和希に刺されたんだ。かおるという女性と思われて。」

彼女は微かに驚いたように目を見開き、握り締める直人の手を微かに握り返す。
自分が病院に居る事に改めて彼女は微かに目を細めると、刺されたのはこの右脇腹の違和感なのだろうかとぼんやりと鈍い体の感覚の中で思った。以前から暫く続いていた痛みはもうないが、あれはこれを予知でもしていたのだろうかと絵空事めいた思考が過る。それでも、刺されたより、酷く空虚な空洞になってしまったかのような感覚に包まれている。
戸惑う様な表情で直人を見上げる彼女の瞳に、少し躊躇いながら直人は重い口を開いた。

「彼はその場で自殺しようとしたけど、忠志君がギリギリのところで助けたんだ。」

三浦和希が自分の首に突き立て始めたナイフを、咄嗟に駆け寄った槙山忠志の手が刃の部分を握り横に凪ぎ払っていた。槙山忠志の火事場の腕力なのか三浦和希の腕力をものともせず横に凪ぎ払ったせいで、ナイフの柄の部分で完全に手の骨が粉々に砕けるはめになったものの首は致命傷には至らなかった。
彼女を刺したのは沢山の人の視界の中の出来事だったので、三浦和希が犯人なことは疑いようもないのは確かだった。

「でも、意識は戻ったけど、残念だけど……」

その後、意識の戻った三浦和樹は、自分達を襲った三浦和希ではなくなっていた。
三浦和希には瀬戸遥を刺し自宅に押し入った以外に、少なくとも何件かの殺傷事件の容疑者として身柄を探されていたらしい。勿論その中には菊池直人の事件も含まれている。しかし、目を覚ました三浦和希は完全に幼児程に退行しており、普通の会話すら成り立たない状態から回復する気配もないのだと言う。

可哀想に

病床の中で彼女は自分がそう呟くのを聞く。
言葉を放つことはできないが、思うままの光をその瞳に浮かべると直人は微かに小さく微笑んだ。そしてその手を包み込むように優しく握りしめた。
混乱した母を抱きかかえた父がそっと席をはずしたのを見送る。暖かく大きな手に包まれた自分の手を見ていた彼女の瞳から不意に涙が溢れ、それは酷く苦く塩辛い涙の雫となって頬を伝い落ちて行く。直人はその涙の意味を知っているかのように彼女の顔を、無言のままジッと見つめている。その2人を包むように窓からは、静かに暖かく穏やかな白い日の光が音もなく差し込んでいた。
日の光の中でとめどなく溢れるその涙の意味が、彼女自身にはまだ分からなかった。まるで自分ではない誰かが泣いている様に嗚咽も上げないのに涙だけがハラハラと伝い落ちて行く。
直人はジッとその涙を見つめていたがやがて、空いた手で彼女の涙を拭いながら顔を見つめ重く暗い声で言葉を紡いだ。

「刺された右の脇腹から…君の……。」

そう言いかけて微かに言い淀む。しかし、彼女のまっすぐなみ瞳に促されるように言葉が、消毒薬の微かに匂う室内で日の光に溶ける様に直人の口から零れ落ちた。

「ソコに君の片割れが…。遥。」

その言葉の意味は一瞬彼女には分からなかった。しかし、不意に稲妻のような理解が閃き彼女は目を見開く。

ソコにいた…私の片割れ?


そしてそれは、あの時折訪れた熱く脈打つような痛みへと思いを馳せる。

あの脈動が片割れだった?

自分の体内にあったあの痛みを伴う存在が、私の半身自身だった。急激に現れたあの痛みは確かに彼女が戻ってくると同時に遥にもたらされた小さな異変ではあった。
それがカナタかかおるが目覚めたことの産んだ現象だったのだろうか。では、今のこの何もなくなってしまったかのような空虚な感覚はどういうことなのか。彼女の視線に気がついて直人は言葉を繋いだ。

「彼女等は逝ってしまったよ…遥。」

静かな直人の声。
それがまるで遠くからの声のような気がした。
遙かなたの声。
酸素マスク越しに彼女の口から目覚めてから初めての嗚咽がこぼれ落ちる。

この体の空虚な空洞になってしまったようなこの場所に確かにもう一人はいたのだ。
誰も知らず、誰も気がつかなかったけれど、確かにソコには生きていた。自分の体内に吸収されずに僅かに残って、それでも生きていたという人間の証明。
それは、僅かな幼い臓器のほんの一部で眼も歯も存在していた。何かの衝撃で個として動き始めたのだと付け足す声が微かに聞こえる。
事実が酷く心に突き刺さる。
やはり自分達は双子だったのだという証明と、自分が吸収してしまった彼女の体という存在。
自分のために体を欲したかおる。
体が欲しいと泣きながら言ったカナタ。
どちらがその未熟な体の主だったかも分からない。
そして何よりも、もう永遠に彼女等はいない。
この体内にある空虚な感覚がそれを、酷く残酷に証明しているかのようだ。

遥は息が止まりそうなほどに嗚咽を上げて泣いた。
直人がその頭を抱えるようにしてくれるとそれにしがみつくようにして、慌てて戻った両親の視線など構わず痛みも呼吸の苦しさも構わずに声を挙げて泣き続ける。
何事かとやってきた看護師たちが暫く呆然とその様子を見つめているのも両親が慌てふためいているのも遥にはどうでもいいことだった。
今ここで、この想いを理解して共有してくれるのは、直人以外にはいないのだから。刺すような日の光を涙の雫に反射させて彼女は大粒の涙をこぼした。先ほどの自分の意識と関係のない涙ではなく、心からの熱く苦い激しく奔流のようにあふれ出す遙自身の感情の涙を流す。

もし別々に生まれていたらどんなによかっただろう。
そう思いながら。
消えないで欲しかった。一緒にずっといたかった。
そう思いながら。

今、彼女はただ泣き続けるしかできなかいでいた。
ただ自分を支える腕の中で、子供のように堰を切って泣き続けることしかできない。
6年前のあの突然の眠りという別れとは違う、永遠の別離。それは彼女にとって最大の別離の瞬間であり、そして新しい人生の始まりを示すものでもあった。

その姿を見ていたかのようにふと窓の外で風が薫る。
何かが囁くように微笑むのが意識の遠くに感じる。
はるかかなたで輝く日の光を見透かすかのように穏やかに静かにかおるように、それはソコにいる。

そう、私とあなたは繋がっているんだったね…

そう、まるでそれは、はるかかなたかおる微かな最後の言葉。それは、彼女の心の中、そして夢の片隅で囁くように淡い雪の一片としてあっという間に溶けて、彼女自身の中に同化する様に消えていった。

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