籠の中の小鳥

早川隆

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第六章

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やがて世間は・・・いや、はっきりと言ってしまおう、あの、世界の支配者たる魔物たちの集団は、その思慮深げな仮面をかなぐり捨て、法律の遵守、社会秩序の維持や権力行使の自制といった表面ばかりの美徳を無視して、僕たちに堂々と宣戦布告してきた。

僕らが都市部に維持していた裏通りの拠点を次々と合法的に攻め潰し、僕らがおぞましい毒ガスで叛乱を計画していたなどというありもしない嫌疑をでっち上げ、山間部に維持していたこの最後の拠点・・・かつてはパソコン工場だった・・・を物々しい警察車輌や装甲車の群れで包囲して、いくつも据え付けた大きな拡声器により、全面的な降伏と、教団の解散を要求してきた。

なにより受け入れ難かったのは、あの方の身柄の拘束と逮捕を通告してきたことだ。まず物理的に、それはできない相談だ。なぜならあの方は、(おそらくは)肉体を備えない非物理的な存在だ。彼は(ないし彼女は)ただ形而上学けいじじょうがく的な絶対存在として、僕らの精神の中にり続ける。僕らは、彼と直接会話を交わすことはないのだ。ただ彼が僕らの中に居て、適宜適切に僕らを導き、正しい道へと、真理の道へと僕らを導いてゆく。彼は、この地上の愚かな魔物どもに捕縛できるような存在ではない。彼は、神なのだ。

しかしそれでも、奴らが彼の存在を消し去りたいというのであれば・・・方法は、ひとつある。この穢れた現世に在り、肉体として実存し、そして彼に仕える僕たち。その僕たちを鏖殺し、ひとり残らず息の根を止めてしまえば、僕らを通じてしか現世にメッセージを伝えることのできないあのお方は、いわば、居ないのと同じことになる。その崇高さ、その気高さは変わらずとも、地上にあのお方の居場所は、なくなってしまうのだ。

そして、それこそが奴らの狙いであることは、もう明白なことだった。

奴らは、僕らを皆殺しにする。そして全てを焼き払い、何もなかったことにして、あのお方の存在を消し去ってしまう。真理などとは遠い、愚かな魔物どもにとって、そうやって真実に蓋さえ被せてしまえば、あとは安心というわけなのだ。愚かな、実に愚かな!



つまり僕らは、僕らの信仰の証を残すため、そしてこの世にあのお方の教えのかけらを遺すため、これから攻め寄せてくる奴らの攻撃に徹底的に抵抗し、死ぬまで戦うことが求められているという訳なのである。僕らは、殉教を決意し、そして清々しい気分で互いを見やり、頷き合った。

しかし、そのとき・・・。

ようやく前面に展開した警察車輌群に動きが出てきて、数十名の真っ黒な先遣隊と思しき一隊が二列になってこちらに歩んで来ようとしたまさにそのとき。



あのお方の声が聞こえてきた。僕ら全員が頭に被った、包帯を巻き付けたようなヘッド・セットの通信リンクを通じて、あの清らかで、弾むようなお声が、聞こえてきた。

あのお方・・・ニャルラトホテプさまのお声が、聞こえてきたのだ。
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