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2話
第9話 挨拶地獄と遊び人の罠
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そこからは怒涛の挨拶回り。
背後から囁かれるジルの情報を頼りに、私はにこやかに笑顔を浮かべながら言葉を返していく。
情勢がどうだの、趣味がどうだの、果ては最近の天気がどうだの――くだらない話題を延々と。
表情筋はつりそうだし、喉は乾いて砂漠のよう。
それでも貼り付けた笑顔を続けるのが、社交界という戦場のルールらしい。
時折、亡き伯爵の話が出ると、そっと目を伏せて寂しげな表情を作る。
すると相手が気を遣って話を切り上げてくれるので、むしろ楽になった。
……さすがジル。妙に実用的なテクニックを授けてくれるわね。
そんな消耗戦を繰り返していると、会場の一角から華やいだ声がわっと上がった。
分かる。あれは絶対に――奴だ。
群れ集まった淑女たちを従えて登場したのは、ルシアン・フォンタネル。
背中まで伸ばした赤茶色の長髪をなびかせ、軽くウインクを飛ばせば、周囲の女性は撃ち抜かれる。
プレイボーイが二本脚で歩いていたら、まさにあの姿だろう。
左右に淑女をはべらせて、甘い笑みを浮かべながら軽やかに挨拶を交わす。
「ごきげんよう、レディ達。みんな、今夜も綺麗だね」
「あぁ…ルシアン様。今宵も素敵ですわ!」
「ちょっと、今のは私に向けて仰ったのよ!」
「いいえ、私ですわ!」
ルシアンがその甘い笑顔を向ければ、それを取り合って淑女達が争い合う。
学生時代からまるで変わらないその光景に嫌気がする。
彼が進むたびに人だかりが移動して、そこだけアイドルコンサートのような熱狂ぶり。
私はすぐさま群衆に背を向け、扇子で顔を隠した。
「ジル、挨拶回りは一時中断。外に出るわ」
「かしこまりました、奥様」
今なら逃げられる。
皆の視線はルシアンに釘付け。
気付かれないうちに、出口へ――そう思った矢先。
「あれ? そこにいるのは、オフィーリアじゃないか?」
「ひっ!」
甘ったるい猫なで声が、見事に私を捕まえた。
思わず喉から恐怖の悲鳴が小さく上がる。
一斉に突き刺さる視線。会場中から観測されてるんじゃないかってくらい、痛い。見ないで。
ルシアンはモーゼの様に人波を割り、一直線に私の目の前まで来る。
……駄目だ。もう逃げ道はない。
仕方なくドレスの裾を摘まみ上げ、淑女らしく恭しくお辞儀。
「ごきげんよう、ルシアン様。お会いするのは――学園以来ですわね」
「君に会えなくて寂しかったよ、オフィーリア。
嗚呼、愛しい僕の女神。君は今宵も美しいね」
……はい出ました、ねっとりボイス。
しかも周囲の淑女からの視線が殺意マシマシで痛い。
お願いだから早く会話を終わらせて。
「嗚呼、オフィーリア。君とこうしてまた会えるなんて夢のようだよ」
――こっちは悪夢ですけど?
「君とは積もる話が沢山あるんだ」
――私は1ミクロンも積もってないけど。
「是非今度、我が家に遊びにおいで。君を飽きさせないと約束するよ」
――もうこの会話に飽きてるから無理ね。
しまった。嫌すぎて脳内ツッコミが止まらない。
顔が引きつりそうになるのを誤魔化すように、慌てて扇で口元を隠した。
私の反応が芳しくないことに気付いたのか、ルシアンは探るように私を見てくる。
「君に会いたくて学園を卒業してから何度も手紙を書いたのに……読んでくれなかったのかな?」
「まあ、ご丁寧に……。けれど、私の机に残るのは“読むに値する言葉”だけですの。
あの手紙を読むくらいなら、領地の税務報告書の方がまだ楽しいですわ」
……やばい。ウザさに耐えきれなくて本音が出た。
ルシアンはゆっくりと口元に手を当て、俯いている。長い髪で表情は見えない。
……もしかして、傷つけた? それなら良い、むしろ早く帰って欲しい。
けれど顔を上げた彼は、にっこりと笑っていた。相変わらず胃もたれするほど甘ったるい笑顔で。
「君は学生時代から変わらず手厳しいな。それでこそ、我が愛しの女神だ」
困った事にルシアンの話は終わる気配を全く見せない。
周りの令嬢達に視線を向けても、帰って来るのは殺意ばかり。
――欲しいならあげるから! 誰かこいつを持って帰って!
そんな時、会場にワルツの旋律が流れ始めた。
タイミングの悪さに神様の悪戯を疑いたくなる。
ホール中央ではペアの男女が次々と踊り出す。
――まずい。この流れ、絶対にルシアンと踊らされるパターンじゃない!
案の定、ルシアンが私の手を取り、恭しく頭を下げた。
「オフィーリア。僕と一曲、踊って頂けますか?」
はい来ました、最悪の展開。
鳥肌が立つ。心臓が冷え切って、逃げ出したいと叫んでる。
周囲の淑女たちからは、悲痛な悲鳴にも似た声が漏れている。
私だって悲鳴を上げたい。誰か、代わりに踊ってよ!
私はそっと、ルシアンが取った手を引き戻した。
「申し訳ありません、ルシアン様」
そう……私は今日のために毎日2時間、マチルダ夫人のスパルタ特訓を受けた。
マメが潰れようが、筋肉痛で立てなくなろうが、練習相手の子犬会計士(エディ)が「もう無理ですぅ」と半泣きで逃げようが――毎日みっちり。
そして、舞踏会前日、マチルダ夫人はこう言ったのだ。
――奥様。当日ダンスに誘われたら、こう仰るのです。
私は深呼吸し、その台詞をそっくりそのままなぞった。
「私は今、喪中の身。故人を偲びながら誰かと楽しく踊ることなど出来ませんわ」
そう、私は間に合わなかったのだ。
夫人の全身全霊を賭けた特訓すら、私の踊れなさに敗北した。
だからこの「喪中シールド」が最後の切り札。
未亡人をわざわざ踊りに誘う無神経な輩なんて、普通はいない。
ところが。
私の言葉を聞いたルシアンは「ふーん」と呟き、じっとこちらを見据えてきた。
その視線は、どこかジルの観察眼に似ていて、不愉快なほど鋭い。
彼は私に近づき、耳元に囁く。
「それは嘘だね、オフィーリア。君は伯爵の死を何とも思っていないだろう?」
「……っ?!」
背筋に冷たいものが走った。
ルシアンの声は甘ったるいのに、その中身はまるで剣先。
私が驚いて固まっている隙に、ルシアンの手が腰に回され――否応なく歩かされていた。
「踊ろうよ、オフィーリア。君が楽しんでいる方が、きっと伯爵も天国で喜ぶだろう?」
なめらかなエスコート。支える手に導かれて、思わず足が勝手に前へ出てしまう。
……くそっ、さすが遊び人、手慣れすぎ。
このままじゃ会場の中央に引きずり出される!
無理無理無理無理! 人前でダンスなんて絶対無理!!
そう絶叫しそうになった瞬間、黒い影が音もなく割り込んだ。
漆黒の執事服――ジルだ。
気付けば、私の手は自然に引き戻され、彼の背中に庇われていた。
あまりにも滑らかで、割り込まれたことすら分からなかったほど。
ジルは正面からルシアンに向き合う。
「フォンタネル卿。そのような誘い方は、舞踏会の礼儀にそぐわないのではございませんか?」
低い声。氷のような響き。
普段は無表情なジルだが、その眼差しは確かに鋭く怒っていた。
ルシアンの顔からも甘ったるい笑みが消える。
一瞬で場の空気が変わった。
冷たい視線を交わす二人――無表情同士の睨み合い。
「奥様はこの後のご予定が詰まっております。ご容赦を」
ジルの声は丁寧。だが、一歩も引くつもりのない硬さがあった。
ルシアンは黙ったまま、じろじろとジルを上から下まで観察する。
そして――ふっと口角を上げた。
「へぇ……そういうことか。執事君、君の名前は?」
「私は一介の執事。フォンタネル卿に名乗れるほどの身分ではございません」
「そうか……じゃあ、執事君。ちょっと耳を貸してごらん」
長身二人が、私の頭上でひそひそと。
距離はこんなに近いのに、内容はまったく聞こえない。
――なのに。
「……っ?!」
ジルが小さく震え、慌てて身を引いた。
驚愕に見開いた瞳で、ルシアンを凝視している。
……あのジルが、こんなに取り乱すなんて?!
一体何を囁かれたのよ!
「じゃあね、オフィーリア。また会おう」
軽い口調と共に、ルシアンは取り巻きの淑女たちを引き連れて去って行った。
背中まで軽やかに見えるのが、なおさら腹立つ。
残されたのは私と――硬直したままのジル。
ジルは振り向いた瞬間、私が問いただすより早く、耳元で低く囁いた。
「フォンタネル卿は……社交界で私たちの関係をバラされたくなければ、来週、オフィーリア様と共に彼の屋敷へ来い、と」
「……は?」
一瞬、耳を疑った。
けれどジルの表情は、冗談や言い間違いの余地もなく真剣そのもの。
――つまり、脅迫。
どうやって嗅ぎつけたの、あの男?!
いや、そこも重要だけど、今はもっと大きな問題がある。
この世界の貴族社会で、執事と関係を持ったなんて噂が広まったら――私は破滅。
未亡人の伯爵夫人が下級貴族の執事に手を出した……?
そんな格好の餌を社交界が見逃すわけない。笑い者どころか、信用を失ってすべてを失う。
貴族にとって信用は命。
信用を失った者と商談をする貴族などいない。
噂一つで人生が瓦解するのが、この世界。
背筋を冷たいものが走った次の瞬間――胸の奥に煮えたぎるものが湧き上がる。
あのクソ女ったらし。
この私を脅すなんて、いい度胸じゃない。
扇を持つ手にギリギリと力がこもる。
歯を食いしばり、全身が震える。
――目にもの見せてやる。
そう心に誓いながら、私は怒りに震えつつ、舞踏会の夜を後にした。
背後から囁かれるジルの情報を頼りに、私はにこやかに笑顔を浮かべながら言葉を返していく。
情勢がどうだの、趣味がどうだの、果ては最近の天気がどうだの――くだらない話題を延々と。
表情筋はつりそうだし、喉は乾いて砂漠のよう。
それでも貼り付けた笑顔を続けるのが、社交界という戦場のルールらしい。
時折、亡き伯爵の話が出ると、そっと目を伏せて寂しげな表情を作る。
すると相手が気を遣って話を切り上げてくれるので、むしろ楽になった。
……さすがジル。妙に実用的なテクニックを授けてくれるわね。
そんな消耗戦を繰り返していると、会場の一角から華やいだ声がわっと上がった。
分かる。あれは絶対に――奴だ。
群れ集まった淑女たちを従えて登場したのは、ルシアン・フォンタネル。
背中まで伸ばした赤茶色の長髪をなびかせ、軽くウインクを飛ばせば、周囲の女性は撃ち抜かれる。
プレイボーイが二本脚で歩いていたら、まさにあの姿だろう。
左右に淑女をはべらせて、甘い笑みを浮かべながら軽やかに挨拶を交わす。
「ごきげんよう、レディ達。みんな、今夜も綺麗だね」
「あぁ…ルシアン様。今宵も素敵ですわ!」
「ちょっと、今のは私に向けて仰ったのよ!」
「いいえ、私ですわ!」
ルシアンがその甘い笑顔を向ければ、それを取り合って淑女達が争い合う。
学生時代からまるで変わらないその光景に嫌気がする。
彼が進むたびに人だかりが移動して、そこだけアイドルコンサートのような熱狂ぶり。
私はすぐさま群衆に背を向け、扇子で顔を隠した。
「ジル、挨拶回りは一時中断。外に出るわ」
「かしこまりました、奥様」
今なら逃げられる。
皆の視線はルシアンに釘付け。
気付かれないうちに、出口へ――そう思った矢先。
「あれ? そこにいるのは、オフィーリアじゃないか?」
「ひっ!」
甘ったるい猫なで声が、見事に私を捕まえた。
思わず喉から恐怖の悲鳴が小さく上がる。
一斉に突き刺さる視線。会場中から観測されてるんじゃないかってくらい、痛い。見ないで。
ルシアンはモーゼの様に人波を割り、一直線に私の目の前まで来る。
……駄目だ。もう逃げ道はない。
仕方なくドレスの裾を摘まみ上げ、淑女らしく恭しくお辞儀。
「ごきげんよう、ルシアン様。お会いするのは――学園以来ですわね」
「君に会えなくて寂しかったよ、オフィーリア。
嗚呼、愛しい僕の女神。君は今宵も美しいね」
……はい出ました、ねっとりボイス。
しかも周囲の淑女からの視線が殺意マシマシで痛い。
お願いだから早く会話を終わらせて。
「嗚呼、オフィーリア。君とこうしてまた会えるなんて夢のようだよ」
――こっちは悪夢ですけど?
「君とは積もる話が沢山あるんだ」
――私は1ミクロンも積もってないけど。
「是非今度、我が家に遊びにおいで。君を飽きさせないと約束するよ」
――もうこの会話に飽きてるから無理ね。
しまった。嫌すぎて脳内ツッコミが止まらない。
顔が引きつりそうになるのを誤魔化すように、慌てて扇で口元を隠した。
私の反応が芳しくないことに気付いたのか、ルシアンは探るように私を見てくる。
「君に会いたくて学園を卒業してから何度も手紙を書いたのに……読んでくれなかったのかな?」
「まあ、ご丁寧に……。けれど、私の机に残るのは“読むに値する言葉”だけですの。
あの手紙を読むくらいなら、領地の税務報告書の方がまだ楽しいですわ」
……やばい。ウザさに耐えきれなくて本音が出た。
ルシアンはゆっくりと口元に手を当て、俯いている。長い髪で表情は見えない。
……もしかして、傷つけた? それなら良い、むしろ早く帰って欲しい。
けれど顔を上げた彼は、にっこりと笑っていた。相変わらず胃もたれするほど甘ったるい笑顔で。
「君は学生時代から変わらず手厳しいな。それでこそ、我が愛しの女神だ」
困った事にルシアンの話は終わる気配を全く見せない。
周りの令嬢達に視線を向けても、帰って来るのは殺意ばかり。
――欲しいならあげるから! 誰かこいつを持って帰って!
そんな時、会場にワルツの旋律が流れ始めた。
タイミングの悪さに神様の悪戯を疑いたくなる。
ホール中央ではペアの男女が次々と踊り出す。
――まずい。この流れ、絶対にルシアンと踊らされるパターンじゃない!
案の定、ルシアンが私の手を取り、恭しく頭を下げた。
「オフィーリア。僕と一曲、踊って頂けますか?」
はい来ました、最悪の展開。
鳥肌が立つ。心臓が冷え切って、逃げ出したいと叫んでる。
周囲の淑女たちからは、悲痛な悲鳴にも似た声が漏れている。
私だって悲鳴を上げたい。誰か、代わりに踊ってよ!
私はそっと、ルシアンが取った手を引き戻した。
「申し訳ありません、ルシアン様」
そう……私は今日のために毎日2時間、マチルダ夫人のスパルタ特訓を受けた。
マメが潰れようが、筋肉痛で立てなくなろうが、練習相手の子犬会計士(エディ)が「もう無理ですぅ」と半泣きで逃げようが――毎日みっちり。
そして、舞踏会前日、マチルダ夫人はこう言ったのだ。
――奥様。当日ダンスに誘われたら、こう仰るのです。
私は深呼吸し、その台詞をそっくりそのままなぞった。
「私は今、喪中の身。故人を偲びながら誰かと楽しく踊ることなど出来ませんわ」
そう、私は間に合わなかったのだ。
夫人の全身全霊を賭けた特訓すら、私の踊れなさに敗北した。
だからこの「喪中シールド」が最後の切り札。
未亡人をわざわざ踊りに誘う無神経な輩なんて、普通はいない。
ところが。
私の言葉を聞いたルシアンは「ふーん」と呟き、じっとこちらを見据えてきた。
その視線は、どこかジルの観察眼に似ていて、不愉快なほど鋭い。
彼は私に近づき、耳元に囁く。
「それは嘘だね、オフィーリア。君は伯爵の死を何とも思っていないだろう?」
「……っ?!」
背筋に冷たいものが走った。
ルシアンの声は甘ったるいのに、その中身はまるで剣先。
私が驚いて固まっている隙に、ルシアンの手が腰に回され――否応なく歩かされていた。
「踊ろうよ、オフィーリア。君が楽しんでいる方が、きっと伯爵も天国で喜ぶだろう?」
なめらかなエスコート。支える手に導かれて、思わず足が勝手に前へ出てしまう。
……くそっ、さすが遊び人、手慣れすぎ。
このままじゃ会場の中央に引きずり出される!
無理無理無理無理! 人前でダンスなんて絶対無理!!
そう絶叫しそうになった瞬間、黒い影が音もなく割り込んだ。
漆黒の執事服――ジルだ。
気付けば、私の手は自然に引き戻され、彼の背中に庇われていた。
あまりにも滑らかで、割り込まれたことすら分からなかったほど。
ジルは正面からルシアンに向き合う。
「フォンタネル卿。そのような誘い方は、舞踏会の礼儀にそぐわないのではございませんか?」
低い声。氷のような響き。
普段は無表情なジルだが、その眼差しは確かに鋭く怒っていた。
ルシアンの顔からも甘ったるい笑みが消える。
一瞬で場の空気が変わった。
冷たい視線を交わす二人――無表情同士の睨み合い。
「奥様はこの後のご予定が詰まっております。ご容赦を」
ジルの声は丁寧。だが、一歩も引くつもりのない硬さがあった。
ルシアンは黙ったまま、じろじろとジルを上から下まで観察する。
そして――ふっと口角を上げた。
「へぇ……そういうことか。執事君、君の名前は?」
「私は一介の執事。フォンタネル卿に名乗れるほどの身分ではございません」
「そうか……じゃあ、執事君。ちょっと耳を貸してごらん」
長身二人が、私の頭上でひそひそと。
距離はこんなに近いのに、内容はまったく聞こえない。
――なのに。
「……っ?!」
ジルが小さく震え、慌てて身を引いた。
驚愕に見開いた瞳で、ルシアンを凝視している。
……あのジルが、こんなに取り乱すなんて?!
一体何を囁かれたのよ!
「じゃあね、オフィーリア。また会おう」
軽い口調と共に、ルシアンは取り巻きの淑女たちを引き連れて去って行った。
背中まで軽やかに見えるのが、なおさら腹立つ。
残されたのは私と――硬直したままのジル。
ジルは振り向いた瞬間、私が問いただすより早く、耳元で低く囁いた。
「フォンタネル卿は……社交界で私たちの関係をバラされたくなければ、来週、オフィーリア様と共に彼の屋敷へ来い、と」
「……は?」
一瞬、耳を疑った。
けれどジルの表情は、冗談や言い間違いの余地もなく真剣そのもの。
――つまり、脅迫。
どうやって嗅ぎつけたの、あの男?!
いや、そこも重要だけど、今はもっと大きな問題がある。
この世界の貴族社会で、執事と関係を持ったなんて噂が広まったら――私は破滅。
未亡人の伯爵夫人が下級貴族の執事に手を出した……?
そんな格好の餌を社交界が見逃すわけない。笑い者どころか、信用を失ってすべてを失う。
貴族にとって信用は命。
信用を失った者と商談をする貴族などいない。
噂一つで人生が瓦解するのが、この世界。
背筋を冷たいものが走った次の瞬間――胸の奥に煮えたぎるものが湧き上がる。
あのクソ女ったらし。
この私を脅すなんて、いい度胸じゃない。
扇を持つ手にギリギリと力がこもる。
歯を食いしばり、全身が震える。
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