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第1話 昼下がりのパン
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昼の鐘が鳴り、王立ルミナリエ学院の中庭は一斉にざわめいた。
まるでドラマのワンシーンみたいだーー小学生だった”ボク”には、まだこの光景が現実とは思えない。
いや、冷静に考えたらおかしいんだけどね。
つい最近まで、ボクは日本の小学生だったんだから。
もう体育館の光景が遠くなっていて、石畳の中庭がいつものになっている。信じられないよ。
石畳の上を学生達が行き交い、白い制服の袖が光に煌めく。
ボクはいつものように、ゼナイド様の昼食の席へと足を運ぶ。
黒色の髪を揺らす彼女の姿は、日差しの中でひときわ輝いていた。
彼女の立つ場所だけ、空気が澄んでいるように感じた。それがゼナイド・ヴィエンヌという人の持つ、見えない支配力だった。
それに対してボク達は、その光の周りで静かに立つ花のようなもの。
「ポラリス、パンばかり取って。少しは彩りも考えなさい」
ゼナイド様が呆れたように言っていた。
ボクはゼナイド様を慕っている。
「だって、ここのパンが一番美味しいから」
「庶民ね」
と、ゼナイド様が笑っていた。
それを見て、アデリナ・レーゲンスブルク様が紅茶のカップを傾けながら、穏やかに口を開いた。
「気にすること無いわ、ゼナイド様。人にはそれぞれ得意なことがあるもの。ポラリス嬢は”食”に関してだけは、鋭い感覚を持っているのよ」
アデリナ様とゼナイド様は、ライバル同士だったりする。
「……アデリナ様、ありがとうございます」
褒められたのか、慰められたのか分からない。
でも、そう言われると悪い気はしなかった。
「まあ確かに、ポラリスに関してはそう言えているわ」
「光栄です……ゼナイド様」
ゼナイド様の言葉も同様だった。
悪い気はしないし、むしろ嬉しいかもしれない。
彼女の言葉でひとつで、ボクの一日が明るくも暗くもなるから。
「明日、王宮で舞踏会があるわね。リュカ殿下もいらっしゃるとか」
そんなとき、アデリナ様が言った。
リュカ殿下……リュカ・ド・グランカルミア。
この王国の第一王子。
アデリナ様もゼナイド様も、殿下と結ばれたいと思っている。
「ぶ、舞踏会……! もちろん、ゼナイド様もご出席なさるんですよね?」
「もちろん。学院の代表として、貴女達も同行することになっているわ」
ゼナイド様が軽く微笑む。
その瞬間、胸がどくんと鳴った。
王宮、舞踏会ーーどちらも、ボクのような立場には眩しすぎる言葉だった。
「舞踏会は見られる場よ、ポラリス。ひと口の料理の取り方さえ、貴女の”印象”になる」
「はい……気をつけます」
ゼナイド様の瞳は、まるで鏡のようにボクの心を映している気がした。
それでもボクは笑って言った。
「でも……料理は、きっと美味しいんですよね」
ゼナイド様は一瞬だけ目を細め、そして柔らかく微笑んだ。
「貴女は本当に……変わらないわね。ええ、存分に味わいなさい。”その立場で許される範囲”で、ね」
ほんの少しだけ、笑っていない瞳がこちらを見ていた。
その視線に、背筋がひやりとする。それでも、嫌いになれないのが悔しい。
とはいえ、その言葉に込められた優しさと警告を、ボクは理解していた。
それに、心のどこかで少しだけわくわくしていた。
舞踏会で踊るよりも、料理を食べる方に。
自分の居場所の境界線を、ほんの少しだけ踏み越えたくなるようなーーそんな午後だった。
でも、その日を境に、ボクは知らず知らずのうちに、”ゼナイド様の世界”から一歩外へ踏み出してしまっていた。
そしてそれが、あの夜の騒乱の始まりだなんて、まだ誰も知らなかった。
まるでドラマのワンシーンみたいだーー小学生だった”ボク”には、まだこの光景が現実とは思えない。
いや、冷静に考えたらおかしいんだけどね。
つい最近まで、ボクは日本の小学生だったんだから。
もう体育館の光景が遠くなっていて、石畳の中庭がいつものになっている。信じられないよ。
石畳の上を学生達が行き交い、白い制服の袖が光に煌めく。
ボクはいつものように、ゼナイド様の昼食の席へと足を運ぶ。
黒色の髪を揺らす彼女の姿は、日差しの中でひときわ輝いていた。
彼女の立つ場所だけ、空気が澄んでいるように感じた。それがゼナイド・ヴィエンヌという人の持つ、見えない支配力だった。
それに対してボク達は、その光の周りで静かに立つ花のようなもの。
「ポラリス、パンばかり取って。少しは彩りも考えなさい」
ゼナイド様が呆れたように言っていた。
ボクはゼナイド様を慕っている。
「だって、ここのパンが一番美味しいから」
「庶民ね」
と、ゼナイド様が笑っていた。
それを見て、アデリナ・レーゲンスブルク様が紅茶のカップを傾けながら、穏やかに口を開いた。
「気にすること無いわ、ゼナイド様。人にはそれぞれ得意なことがあるもの。ポラリス嬢は”食”に関してだけは、鋭い感覚を持っているのよ」
アデリナ様とゼナイド様は、ライバル同士だったりする。
「……アデリナ様、ありがとうございます」
褒められたのか、慰められたのか分からない。
でも、そう言われると悪い気はしなかった。
「まあ確かに、ポラリスに関してはそう言えているわ」
「光栄です……ゼナイド様」
ゼナイド様の言葉も同様だった。
悪い気はしないし、むしろ嬉しいかもしれない。
彼女の言葉でひとつで、ボクの一日が明るくも暗くもなるから。
「明日、王宮で舞踏会があるわね。リュカ殿下もいらっしゃるとか」
そんなとき、アデリナ様が言った。
リュカ殿下……リュカ・ド・グランカルミア。
この王国の第一王子。
アデリナ様もゼナイド様も、殿下と結ばれたいと思っている。
「ぶ、舞踏会……! もちろん、ゼナイド様もご出席なさるんですよね?」
「もちろん。学院の代表として、貴女達も同行することになっているわ」
ゼナイド様が軽く微笑む。
その瞬間、胸がどくんと鳴った。
王宮、舞踏会ーーどちらも、ボクのような立場には眩しすぎる言葉だった。
「舞踏会は見られる場よ、ポラリス。ひと口の料理の取り方さえ、貴女の”印象”になる」
「はい……気をつけます」
ゼナイド様の瞳は、まるで鏡のようにボクの心を映している気がした。
それでもボクは笑って言った。
「でも……料理は、きっと美味しいんですよね」
ゼナイド様は一瞬だけ目を細め、そして柔らかく微笑んだ。
「貴女は本当に……変わらないわね。ええ、存分に味わいなさい。”その立場で許される範囲”で、ね」
ほんの少しだけ、笑っていない瞳がこちらを見ていた。
その視線に、背筋がひやりとする。それでも、嫌いになれないのが悔しい。
とはいえ、その言葉に込められた優しさと警告を、ボクは理解していた。
それに、心のどこかで少しだけわくわくしていた。
舞踏会で踊るよりも、料理を食べる方に。
自分の居場所の境界線を、ほんの少しだけ踏み越えたくなるようなーーそんな午後だった。
でも、その日を境に、ボクは知らず知らずのうちに、”ゼナイド様の世界”から一歩外へ踏み出してしまっていた。
そしてそれが、あの夜の騒乱の始まりだなんて、まだ誰も知らなかった。
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