あやかし六法、執行いたします。

丸山隆

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四話

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 湿っぽさを吹き飛ばすような明るい声と共に、ドンッ、と皿が置かれた。  エプロン姿の少女だった。  栗色の髪を高い位置で結い上げ、それが動くたびに猫の尻尾のように揺れている。
琥珀色の大きな瞳。近づいた瞬間、甘いお菓子のような匂いが鼻腔をくすぐり、俺は思わずのけぞった。

「さっきはどうもごちそうさま♪」

少女は俺の顔を見て、にっこりと微笑んだ。距離が近い。パーソナルスペースなどお構いなしだ。

「なんじゃ、知り合いだったのか」

猫又の目が一層細くなった。「そんなわけないでしょ」と俺が否定しようとした矢先、足元の猫(※冒頭の子猫)を思い出した。

「……ひょっとして、コンビニの?」

俺が恐る恐る尋ねると、猫娘はニコッと満面の笑みで返した。

「うん、正解!」

「……」

俺が絶句していると、三毛猫は場が悪そうに咳払いをした。 「うむ。紹介しよう。これは儂の孫娘の『小春(こはる)』じゃ。普段はここで給仕をしておるが、儂の手伝いもさせておる」

「孫娘!? じゃあ、君も……」

「そっ! 私も正真正銘の『猫又』だよっ」

小春はにやりと笑うと、頭の上でピンと見えない猫耳を動かしてみせた。

「涼太という青年じゃ」

「よろしくね、涼太さん♪」

「あはは! とりあえず食べて食べて! 私もまかないでいつも食べてるから、味の保証はするよ」  

小春は『カマイタチの生春巻き』を俺の皿に取り分けた。半透明の皮の中で、何かがシュッシュッと高速で動いている。生物的な蠢きだ。

「……これ、本当に安全なの?」

「大丈夫、毒はないよ。たぶん」

「たぶんって言った今!?」

 俺は覚悟を決めて、その蠢く春巻きを口に放り込んだ。  噛み締めた瞬間、口の中に爆ぜたのは暴力的なまでの旨みだった。  
得体の知れない熱が喉を通り、空っぽだった胃袋に落ちていく。その熱は、冷え切っていた俺の身体の芯までじんわりと広がっていった。

 ああ、生き返る──。

 俺の中の食欲という魔物が、次々にテーブルの皿へと襲い掛かった。  得体の知れない食材への恐怖心など、どこへやら。暴力的なまでの旨みが脳を揺さぶり、箸が止まらない。  
気がつけば、あっという間に辺り一面は、嵐が過ぎ去った後のように、空っぽの皿だけが山積みになって残されていた。

 ふう、と俺は大きく息を吐き出した。  テーブルの惨状を見回した後、猫又は満足そうに髭を揺らし俺の方へ顔を向けた。

「良い食いっぷりじゃ。それだけ食べれば、こちらの世界でもやっていける」

俺は、コップの水を一気に飲み干し気持ちを落ち着かせてから、ずっと気になっていたことを口にした。

「……ご馳走になってから言うのもなんだけど、俺、やっぱり無理だと思うよ」

「ん? 何がじゃ」

「あんたのところで働くって話だよ。俺はただの人間だ。特別な能力を持ってる訳でもないし、ましてや妖怪相手になんて、務まるわけがない」

これは謙遜ではない。冷静な自己分析だ。命がいくつあっても足りない。

だが、猫又は意に介さない様子で、空になった俺の湯呑みに茶を注ぎ足した。

「なに、心配はいらん。昔のように無法地帯というわけではない。今のあかやしの世界は、ある程度は法によって統制されておる。まあ、人間界の法律ほどきっちりとはしておらんがな」

「……その『ある程度』っていうのが、すごく引っかかるんだけど」

 俺がジト目で睨むと、猫又はカラカラと笑い、真顔に戻った。

「それに、おぬしは自覚がないようだが、『あやかしが見える』というのは、それだけで立派な能力の一つじゃ。それがないとはじまらん」

猫又の金色の瞳が、俺の奥底を見透かすように光った。

まあ、確かにそうだ。俺が何故あやかしが見えるのかは謎だが、言われてみれば、思い当たる節はある。昔から、俺の周りでは「おかしなこと」がよく起きていた。

 あれは、小学校の運動会。徒競走でのことだった。ゴール直前まで、俺は二位で走っていた。一位の奴との差はかなりあり、普通ならそのままゴールするはずだった。
だが、なぜか一位の奴が、ゴール手前で急激に減速したのだ。まるで、何かに引っ張られるように。結果、俺が一位でゴールテープを切ったのだが、その時見てしまった。
一位の奴の背中に、見知らぬ「お爺さん」が乗っかっていたのを。お爺さんはそいつの首に腕を回し、ニタニタと笑いながら体重をかけていた。
驚いたが、流石に周りに話せばヤバい奴だと思われる。俺は恐怖を飲み込み、黙っていた。

 その後、その記憶は俺自身も忘れたい一心で、心の奥底にしまい込んでいたんだ。ただ、「見える」という現象は、その後も形を変えて現れ続けた。

 誰かが悪意のある嘘をつくと、その人の顔が一瞬、歪んだ鬼のように見えたり。高校時代、友達が「ブランドの高級時計だ」と自慢げに見せてきた時、その時計の秒針だけがピタリと止まって見えたり。  
後日、その時計は真っ赤な偽物だったと、周りの連中が噂していたのを聞いた。

 何かが変だと、ずっと気づいてはいた。  だが誰にも相談できず、気のせいだと思い込もうとしてここまできたのだ。

「……心当たりが、ある顔をしておるな」  猫又の声で、俺は現実に引き戻された。
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