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五話
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「そんなに堅苦しく考える必要もないわ。それと小春がサポート役としてついてくるから心配はない」
小春ちゃんがこちらを見て微笑んだ。
「やらせていただきます」
俺はあっさりと手のひらを返して承諾した。こんな可愛い子を放っておいては罰があたるというものだ。と都合の良い解釈をしていた。
難しいことを考えても仕方がない。どうせ仕事もないし、やってみるか。
そんなわけで、俺は猫又のところで働くことになった。 だが、この世界は人間の常識が通用しない「あやかしワンダーランド」だった。日々、驚かされることばかりだった。
「霊力」や、それを物質化した「霊符」というものを通貨として扱われていたり、、燃え盛る車輪の妖怪がタクシー業を営んでいた。あんなのに乗って無事に帰れる気がしなかったということも付け加えておく。
そして何より、住人たちの癖が強すぎる。
先日も、事務所の前で「体が乾いて死ぬ!」と騒いでいる河童がいたので、親切心でミネラルウォーターを頭の皿にかけてやった。すると、礼を言うどころか「硬水は肌に合わん!」と激怒され、危うく尻子玉を抜かれそうになったのだ。
そんな異文化の洗礼を浴び続けること一週間。 今日も、研修がてら、俺は三毛猫姿の猫又と、人間の姿をした小春と共に、あやかし銀座を散策していた。
「あ、涼太さん! あそこの『ろくろ首整体院』、すごく腕がいいんだって! 首の結び目を解くのが上手らしいよ」
見れば、首が知恵の輪のように絡まった着物姿の女性が、悲鳴を上げながら施術を受けていた。
「……俺、一生肩こりのままでいいや」
俺が遠い目をして呟くと、小春はケラケラと楽しそうに笑った。
「そういえば」
不意に、小春が問いかけた。
「涼太さんは、どうして弁護士になったの? 人間界でも、大変な仕事なんでしょ?」
突然の振りに、俺は少し狼狽した。 足元を歩く猫又も、興味があるのか、ちらりと俺を見上げ、耳をこちらに向けている。
「……まあ、ありきたりな理由だよ」
俺は視線を逸らし、通りの向こうを歩くのっぺらぼうのサラリーマンを眺めた。
「困っている人を、助けたかったから」
紛れもない事実だ。嘘偽りのない、俺の原点。
「俺、子供の頃、すごく大人しくて気弱でさ。いじめられてたんだ」
古傷が疼く。思い出したくもない記憶が、脳裏をかすめた。
「それに、苗字も変わってたから、余計に標的になった。『お前の名前、呪いみてえだな』って、よく笑われたっけ」
「呪い?」
小春が首を傾げる。
「ああ。俺、両親が離婚してて、今は母親の方の姓を名乗ってるんだけど……その旧姓が、『天邪鬼(あまのじゃく)』っていうんだ」
俺がその名を口にした瞬間。 ピタリ、と。 足元で、猫又の歩みが止まった。 気づかずに数歩進んだ俺は、振り返る。
「どうした、猫……」
言葉が続かなかった。 三毛猫の姿をした猫又が、ブルブルと激しく震えているのだ。全身の毛が逆立ち、尻尾がごわごわに膨れ上がり、金色の瞳が信じられないものを見るように見開かれている。
「……あまのじゃく……?」
猫又の喉から、絞り出すような声が漏れた。
「そんな……まさか、これほどまでに偶然が重なるというのか……!」
「お、おい、どうしたんだよ急に。まあ、だいぶ珍しいには違いない」
俺がおどけて見せても、猫又は反応しない。 小春も、祖父の異変に気づき、心配そうに駆け寄った。
「おじいちゃん? 大丈夫? どこか痛いの?」
猫又は、孫娘の声にも答えず、ゆっくりと俺を見上げた。その瞳には、数百年の時を超えた、複雑な感情の嵐が渦巻いているように見えた。
「……いや、そうではない」
ようやく、猫又は声を絞り出した。
「涼太。以前話した、儂を拾い、救ってくれた恩人の男……儂の最初の『主(あるじ)』の話を覚えておるな?」
「え、ああ。悪鬼から助けてくれたっていう、学者さんのことだろ?」
「うむ」
猫又は、深く、重くうなずいた。
「その男の名前が──『天邪鬼(あまのじゃく)』じゃ」
小春ちゃんがこちらを見て微笑んだ。
「やらせていただきます」
俺はあっさりと手のひらを返して承諾した。こんな可愛い子を放っておいては罰があたるというものだ。と都合の良い解釈をしていた。
難しいことを考えても仕方がない。どうせ仕事もないし、やってみるか。
そんなわけで、俺は猫又のところで働くことになった。 だが、この世界は人間の常識が通用しない「あやかしワンダーランド」だった。日々、驚かされることばかりだった。
「霊力」や、それを物質化した「霊符」というものを通貨として扱われていたり、、燃え盛る車輪の妖怪がタクシー業を営んでいた。あんなのに乗って無事に帰れる気がしなかったということも付け加えておく。
そして何より、住人たちの癖が強すぎる。
先日も、事務所の前で「体が乾いて死ぬ!」と騒いでいる河童がいたので、親切心でミネラルウォーターを頭の皿にかけてやった。すると、礼を言うどころか「硬水は肌に合わん!」と激怒され、危うく尻子玉を抜かれそうになったのだ。
そんな異文化の洗礼を浴び続けること一週間。 今日も、研修がてら、俺は三毛猫姿の猫又と、人間の姿をした小春と共に、あやかし銀座を散策していた。
「あ、涼太さん! あそこの『ろくろ首整体院』、すごく腕がいいんだって! 首の結び目を解くのが上手らしいよ」
見れば、首が知恵の輪のように絡まった着物姿の女性が、悲鳴を上げながら施術を受けていた。
「……俺、一生肩こりのままでいいや」
俺が遠い目をして呟くと、小春はケラケラと楽しそうに笑った。
「そういえば」
不意に、小春が問いかけた。
「涼太さんは、どうして弁護士になったの? 人間界でも、大変な仕事なんでしょ?」
突然の振りに、俺は少し狼狽した。 足元を歩く猫又も、興味があるのか、ちらりと俺を見上げ、耳をこちらに向けている。
「……まあ、ありきたりな理由だよ」
俺は視線を逸らし、通りの向こうを歩くのっぺらぼうのサラリーマンを眺めた。
「困っている人を、助けたかったから」
紛れもない事実だ。嘘偽りのない、俺の原点。
「俺、子供の頃、すごく大人しくて気弱でさ。いじめられてたんだ」
古傷が疼く。思い出したくもない記憶が、脳裏をかすめた。
「それに、苗字も変わってたから、余計に標的になった。『お前の名前、呪いみてえだな』って、よく笑われたっけ」
「呪い?」
小春が首を傾げる。
「ああ。俺、両親が離婚してて、今は母親の方の姓を名乗ってるんだけど……その旧姓が、『天邪鬼(あまのじゃく)』っていうんだ」
俺がその名を口にした瞬間。 ピタリ、と。 足元で、猫又の歩みが止まった。 気づかずに数歩進んだ俺は、振り返る。
「どうした、猫……」
言葉が続かなかった。 三毛猫の姿をした猫又が、ブルブルと激しく震えているのだ。全身の毛が逆立ち、尻尾がごわごわに膨れ上がり、金色の瞳が信じられないものを見るように見開かれている。
「……あまのじゃく……?」
猫又の喉から、絞り出すような声が漏れた。
「そんな……まさか、これほどまでに偶然が重なるというのか……!」
「お、おい、どうしたんだよ急に。まあ、だいぶ珍しいには違いない」
俺がおどけて見せても、猫又は反応しない。 小春も、祖父の異変に気づき、心配そうに駆け寄った。
「おじいちゃん? 大丈夫? どこか痛いの?」
猫又は、孫娘の声にも答えず、ゆっくりと俺を見上げた。その瞳には、数百年の時を超えた、複雑な感情の嵐が渦巻いているように見えた。
「……いや、そうではない」
ようやく、猫又は声を絞り出した。
「涼太。以前話した、儂を拾い、救ってくれた恩人の男……儂の最初の『主(あるじ)』の話を覚えておるな?」
「え、ああ。悪鬼から助けてくれたっていう、学者さんのことだろ?」
「うむ」
猫又は、深く、重くうなずいた。
「その男の名前が──『天邪鬼(あまのじゃく)』じゃ」
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