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十一話
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俺は狸の介を真っ直ぐに見据えた。
鶴吉さん達は、何も悪くない。真面目にコツコツと働いていた。
それなのに、あくどい狐に騙されてしまった。そして彼らは、権力も力も持たない。ただ、泣き寝入りするしかなかった。
「そんなことが、あっていいはずがないんだ……」
「……だからこそ、そのために俺がいるんです」
「ん?」
あたりの雰囲気の変化に気付いたのか、狸の介が顔を上げた。 俺は床に両手をついた。プライドも、恥もこの瞬間はどうでもよかった。
「俺の事は、嫌ってもらって構いません。人間を信用できないなら、
それでもいい。……でも、同じあやかしを見捨てないで下さい」
気付けば俺は、額を床に擦り付け、土下座をしていた。
「こやつは、その辺の人間とは少し違っての。『鬼の眼』を持っておる」
横から猫又が助け舟を出す。だが、狸の介は「ふん」と鼻を鳴らしただけだった。
「そんな話、信じるわけがないだろう」
狸の介が笑うたび、作務衣の上からでも分かるぽっこりと出た太鼓腹が揺れた。
「それは間違いじゃ。狐の妖術に気付いたのも、この男での」
「ほう?それは誠か。……狸を化かそうなんて真似をするもんじゃねえぞ」
その言葉と共に、狸の介がサングラス越しに俺をギロリと睨んだ。
張り詰めた沈黙。 俺が顔を上げ、その視線を正面から受け止めると、やがて狸の介の口元が三日月型に歪んだ。
「……ハッ。面白い目をするじゃねえか」
狸の介はよっこらせと立ち上がると、棚から三つの全く同じ湯呑みを取り出し、カウンターにドンと置いた。 黒く艶やかな、見事な光沢を放つ茶器だ。
「俺ら狸は『変化(へんげ)』のプロだ。狐の幻術と違い、物理的に質量を持たせて化ける。……いいか、このうちどれか一つは人間国宝が焼いた真作の『天目茶碗』。
残りは俺が葉っぱで化かした偽物だ」
狸の介はニヤリと笑い、紫煙を吐き出した。
「さあ、どれが本物か当ててみな。もし外したら……霊力を頂くとしよう」
「おいおい、それは少しばかり荷が重すぎやせんか……」
猫又が止めに入ろうとするが、狸の介は不敵な笑みを崩さない。
それくらいの覚悟でここに来たんだろう? そう言外に問われていた。
「……やってやる」
俺は茶碗を凝視した。なにか違いがあるはずだ。わずかでもいい、何か見えてくれ!
──見えろ!
俺は右目に神経を集中させた。だが。
(な、なにも見えない……?)
手に取っても、どれも同じ重さ、同じ冷たさだ。そして何より、俺の目に映るべき「兆候」がない。
心臓がドクリと跳ねた。 気まぐれの力か? ここで、一番肝心な時に力が消えたのか!?
「どうした? 時間切れだぞ」
くそ、と奥歯を噛み締める。冷や汗が背中を伝う。狸の介がニヤリと口角を上げたのが見えた。万事休すか。 焦りが思考を塗りつぶそうとしたその時だ。ふと、冷静な「もう一人の自分」が囁いた。
──待て。前提を疑え。俺の眼は、嘘や魔術の痕跡を「煙」として捉えていた。 見えないんじゃない。
――そこに、最初から「煙が存在しない」としたら?
俺はハッとして、三つの茶碗を交互に見比べた。 どれからも、嘘の匂いがしない。どれも、確かな質量を持ってそこに存在している。
……そうか。そういうことか。 俺はゆっくりと息を吐き、脂汗を拭った。
「……全部、本物の茶碗です」
俺が呟くと、狸の介が眉を顰めた。
「あぁ?」
「答えは──葉っぱで化かした茶碗は、一つもありません」
狸の介の表情が凍りついた。俺はさらに畳み掛ける。
「俺の眼には、術がかかっていれば煙が見えるはずなんです。……ですが、何も見えなかった。
だから、すべて『本物の物質』だ」
静寂。店内の空気が止まったような数秒間。やがて、狸の介がくわえていたキセルをカンカン、と机の上で鳴らした。
「……クックックッ」
狸の介の喉の奥から、押し殺したような笑い声が漏れた。彼は大きくため息をつき、頭をガシガシと掻きむしった。
「参ったねえ。人間の分際で、俺の意地悪な引っかけ問題を見破るとはな」
「え?」
「全部、ただの茶碗だ。その辺で売ってる安物だがな」
狸の介はニカっと笑った。サングラスをずらして見せたそのつぶらな瞳は、案外悪くなかった。
「気に入ったぜ、兄ちゃん。名前は?」
「……涼太です」
「涼太か。……持ってけ。狐の化けの皮を剥がす特効薬、『真実の煙管草(きせるぐさ)』だ」
彼は棚の奥をごそごそと漁ると、乾燥した草の束を取り出し、俺に放り投げた。
「そいつを燻(いぶ)して煙を浴びせりゃ、どんな幻術も一発で定着力を失う。狐の野郎に一泡吹かせてきな」
「ありがとうございます、狸の介さん!」
「礼はいらねえ。その代わり、今度来た時は酒でも持ってこい!」
強力な武器を手に入れた。 俺は草の束を握りしめ、猫又と小春ちゃんに向かって力強くうなずいた。
鶴吉さん達は、何も悪くない。真面目にコツコツと働いていた。
それなのに、あくどい狐に騙されてしまった。そして彼らは、権力も力も持たない。ただ、泣き寝入りするしかなかった。
「そんなことが、あっていいはずがないんだ……」
「……だからこそ、そのために俺がいるんです」
「ん?」
あたりの雰囲気の変化に気付いたのか、狸の介が顔を上げた。 俺は床に両手をついた。プライドも、恥もこの瞬間はどうでもよかった。
「俺の事は、嫌ってもらって構いません。人間を信用できないなら、
それでもいい。……でも、同じあやかしを見捨てないで下さい」
気付けば俺は、額を床に擦り付け、土下座をしていた。
「こやつは、その辺の人間とは少し違っての。『鬼の眼』を持っておる」
横から猫又が助け舟を出す。だが、狸の介は「ふん」と鼻を鳴らしただけだった。
「そんな話、信じるわけがないだろう」
狸の介が笑うたび、作務衣の上からでも分かるぽっこりと出た太鼓腹が揺れた。
「それは間違いじゃ。狐の妖術に気付いたのも、この男での」
「ほう?それは誠か。……狸を化かそうなんて真似をするもんじゃねえぞ」
その言葉と共に、狸の介がサングラス越しに俺をギロリと睨んだ。
張り詰めた沈黙。 俺が顔を上げ、その視線を正面から受け止めると、やがて狸の介の口元が三日月型に歪んだ。
「……ハッ。面白い目をするじゃねえか」
狸の介はよっこらせと立ち上がると、棚から三つの全く同じ湯呑みを取り出し、カウンターにドンと置いた。 黒く艶やかな、見事な光沢を放つ茶器だ。
「俺ら狸は『変化(へんげ)』のプロだ。狐の幻術と違い、物理的に質量を持たせて化ける。……いいか、このうちどれか一つは人間国宝が焼いた真作の『天目茶碗』。
残りは俺が葉っぱで化かした偽物だ」
狸の介はニヤリと笑い、紫煙を吐き出した。
「さあ、どれが本物か当ててみな。もし外したら……霊力を頂くとしよう」
「おいおい、それは少しばかり荷が重すぎやせんか……」
猫又が止めに入ろうとするが、狸の介は不敵な笑みを崩さない。
それくらいの覚悟でここに来たんだろう? そう言外に問われていた。
「……やってやる」
俺は茶碗を凝視した。なにか違いがあるはずだ。わずかでもいい、何か見えてくれ!
──見えろ!
俺は右目に神経を集中させた。だが。
(な、なにも見えない……?)
手に取っても、どれも同じ重さ、同じ冷たさだ。そして何より、俺の目に映るべき「兆候」がない。
心臓がドクリと跳ねた。 気まぐれの力か? ここで、一番肝心な時に力が消えたのか!?
「どうした? 時間切れだぞ」
くそ、と奥歯を噛み締める。冷や汗が背中を伝う。狸の介がニヤリと口角を上げたのが見えた。万事休すか。 焦りが思考を塗りつぶそうとしたその時だ。ふと、冷静な「もう一人の自分」が囁いた。
──待て。前提を疑え。俺の眼は、嘘や魔術の痕跡を「煙」として捉えていた。 見えないんじゃない。
――そこに、最初から「煙が存在しない」としたら?
俺はハッとして、三つの茶碗を交互に見比べた。 どれからも、嘘の匂いがしない。どれも、確かな質量を持ってそこに存在している。
……そうか。そういうことか。 俺はゆっくりと息を吐き、脂汗を拭った。
「……全部、本物の茶碗です」
俺が呟くと、狸の介が眉を顰めた。
「あぁ?」
「答えは──葉っぱで化かした茶碗は、一つもありません」
狸の介の表情が凍りついた。俺はさらに畳み掛ける。
「俺の眼には、術がかかっていれば煙が見えるはずなんです。……ですが、何も見えなかった。
だから、すべて『本物の物質』だ」
静寂。店内の空気が止まったような数秒間。やがて、狸の介がくわえていたキセルをカンカン、と机の上で鳴らした。
「……クックックッ」
狸の介の喉の奥から、押し殺したような笑い声が漏れた。彼は大きくため息をつき、頭をガシガシと掻きむしった。
「参ったねえ。人間の分際で、俺の意地悪な引っかけ問題を見破るとはな」
「え?」
「全部、ただの茶碗だ。その辺で売ってる安物だがな」
狸の介はニカっと笑った。サングラスをずらして見せたそのつぶらな瞳は、案外悪くなかった。
「気に入ったぜ、兄ちゃん。名前は?」
「……涼太です」
「涼太か。……持ってけ。狐の化けの皮を剥がす特効薬、『真実の煙管草(きせるぐさ)』だ」
彼は棚の奥をごそごそと漁ると、乾燥した草の束を取り出し、俺に放り投げた。
「そいつを燻(いぶ)して煙を浴びせりゃ、どんな幻術も一発で定着力を失う。狐の野郎に一泡吹かせてきな」
「ありがとうございます、狸の介さん!」
「礼はいらねえ。その代わり、今度来た時は酒でも持ってこい!」
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