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序章

第2話

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 この世界に転生して、早いものだが1ヶ月がたった。月日や時間の流れ方などは前世と余り変わらないようで、私はすぐに慣れた。私の体が赤ちゃんだから、というのもあるのだろう。



この世界についてわかったことと言えば、中世ヨーロッパ風のこの世界には魔法がある、ということくらいだろうか。


 この世界には魔力があり、人は誰しもその魔力を持って生まれてくる。しかし、魔力量や発動出来るかどうか、その効果については個人差があり、全員が魔法を発動できるわけではない。


私が想像していたような炎や水の魔法が使える人はほんのひと握りらしい。


そのため、この世界では魔法を使うために、広く「魔石」が使われている。私が見た、ランプにはまっていた赤い石も魔石で、あの魔石の中の魔力が加工されて、魔力の少ない人でも安全に、安価に魔法が使われているらしい。


 魔法、というものは呪文を唱えてイメージを具体化させて発動させる。漫画で見るような詠唱なしの魔法発動は、魔力効率が非常に悪いらしく、あまり使われていないという。


 魔石は、鉱山などから宝石とともに掘り当てられたり、魔物を倒したときにとれるそうだ。魔物は無差別に人を襲う、人間の脅威です。だから私達は魔物を狩り、魔物から武器を作ったり肉をとったりするのですよ。決して魔獣と一緒にしてはいけません、と私の世話をする侍女が言う。


 魔獣は動物と似たような姿をしているが、知能が高く、魔法が使えるらしい。私に読み聞かせされるおとぎ話にもよく出てきている。
 魔獣は人に懐くものもいれば、近寄ると逃げるものも、人を襲うものもいる。……野生動物と同じくくりでいいかもしれないな、ちょっと特別な動物、くらいの認識でちょうどいいかもしれない。


 魔力を具体化させて、魔法というものを生み出したのは人間とは違う、魔法が得意な魔族である。妖精や精霊も魔族の中にはいるらしく、友好的な種族もいれば人間嫌いの種族もいるらしい。人間と比べると数が少なく、国を持たないので、あちらこちらに住んでいるそうだ。いつか私も会えるかもしれない。



 そして、どうやらこの世界には、魔法とは違う不思議な力を持って生まれてくる人間がいるらしい。その不思議な力は 「祝福」 と呼ばれ、様々な強い力がもたらされる。

 過去には、「怪力」の祝福を持った人間が、大きな大きな岩を一撃で粉々にしたり、「飛翔」の祝福で空を自由に駆ける人もいたそうだ。


 ただ、祝福には欠点がある。それは大きく副作用と呼ばれ、その作用も様々であるらしい。

 とても軽くて全く気にしない程度の副作用もあれば、祝福を使用すると、日常生活に支障がでるくらい重い副作用もあるようで……簡単に強い力が手に入るわけではない、ということだ。


 祝福は人を助けるが、また、人をダメにする。
 殿下もきっと祝福を与えられていますからね、よく覚えていてください。


 全てあの緑色の髪の侍女が教えてくれたことだった。彼女は毎日私に話しかけ、たくさんの知識を私に与えてくれる。

 その知識はどれもこの世界のルールのようなもので、私はとても助かっているがそれが少し疑問でもあった。


 どうして私自身のことを話さない?


 どうして私の家族のことを話さない?


 私がこの世界に来て見た人間は、未だにこの緑色の髪の侍女、サラただひとり。

 私は未だに名前もわからない。


 サラが初めの日に言った言葉が頭をよぎり、私の胸をざわつかせる。


【これから大変だと思いますが……助けられない私をお許しください、殿下】


 彼女はその日から、私に足りない知識をたくさん教え込む。まるで何かに追い立てられているように。


 そして明日、彼女は私の元から去っていく。


 彼女と過ごせるのは、今日が最後だ。


「今日は天気がいいですね……お庭に出てみましょうか。」


 カーテンを開け、窓からはいるポカポカとした陽気に目を細めると、サラは何かを考えるように、ぼんやりと外を眺めるとそう言った。


 いい考えだわ、といそいそと上着で私を包み、暖かな日差しのなか外に出ていく。さく、さく、と土を踏みしめる音、さえずる小鳥の声、ざわめく木々の音。


 こんなに沢山の音を聞いたのはいつぶりだろうか。


 庭に出たのは、そういえば今日が初めてかな。のんびりとした空気はとても心地いい。


 ふと向いた横の茂みからは小さなウサギが顔をのぞかせている。まるで自然に抱きしめられているようで、思わずあくびが漏れる。


 庭は様々な花が色とりどりに咲き乱れている。とくに美しいのは真っ赤な薔薇で、大輪の花が私の方へサワサワと、風に揺られながら近寄ってくる。


 サラはそれらの目立つ豪華な花の横を素通りすると、庭の奥の隅の方へと足を向ける。


 そこには、今まで見たことのない美しい花が凛と咲き誇っている……わけではなかった。


 その花壇には、様々な形の葉をした雑草のような草花がもうもうと生い茂っていた。花も何も咲いていないのに、私は何だかとても素敵な場所に来たような気がして、その清涼な空気を思い切り吸い込んだ。


「ここは、あなたのお母様がお好きだった場所なのです。」


 サラは花壇のそばにしゃがむと、少し迷いながら、明らかに雑草とわかる草を一つ一つ抜いていった。


「見た目は雑草のようでしょう。今は開花時期ではないので美しい花は咲きませんが、この手前の部分は、1番好きだったコルチカムが植えられているのです。あとは全て薬草ですね」


 サラが私の家族の話をするのはこれが初めてで、私は驚いてサラの方を見上げた。

 花壇の土を撫で、葉を破る虫をぽいぽいと投げ捨てながら、サラはゆっくりと話し出した。


「あなたのお母様……ソフィア様はとても勤勉な方で……真面目というわけではないのですが、とても聡明な方でした。」


 面倒くさがることも多かったのですけれども、とうっすらと笑う彼女は、どことなく寂しそうに見えた。


「ソフィア様は、頭もよかったのですが魔法の腕も相当なもので……剣も、そこらの騎士に負けないほど強かったのです。ただ、あの方が1番熱心にされていたのは、植物を育てることでした。」


 ぷちり、ぷちりと雑草を抜きながら、彼女は淡々と話す。

「……私はあの方が小さな頃からお世話させて頂いていたのですが、あの方はとても不器用で……何度も水をあげすぎたり、世話をやきすぎてよく枯らしてしまっていました。よく投げ出さなかったと思います。めんどうくさがりのくせに、あの方はいつも努力を怠らない。すぐにたくさんの植物を育てられるようになりました。」


 1番最初に植えた花、コルチカムで。私が送ったんです。


 彼女は静かにそう言った。


 あそこに何も植えられていない場所があるでしょう、と彼女は奥の綺麗に整地された、土だけの部分を指さした。


「子供が生まれたら、あそこでなにか一緒に育てたいのだと、仰っていました。薬草でも植えるつもりだったのでしょう、あの方は薬草学がお好きでしたから。わざわざ異国の毒草を取り寄せて、自分で試してみたりする突飛なお方でした。」



 ……あの場所、どうしたらいいのでしょう。


 ぽつりと呟くと彼女はそれきり黙ってしまった。

 私はじっとコルチカムの植えられている場所を見た。

 さわさわと揺れる草が、私を呼んでいる。



 懐かしいような、暖かいようなものに誘われるように、私はコルチカムの植えられている方へ手を伸ばした。


「……殿下?コルチカムにご興味がおありですか?」

 私が手を伸ばしているのに気づいたサラが、私の体をコルチカムのほうへと近づける。

 風のざわめく音がやけに大きく響きながら、私の小さな指の先がコルチカムの葉へほんの少し触れる。


 瞬間、コルチカムがざわざわと動き始め、葉や茎をいっせいに伸ばし始める。


 はっと異変に気づいたサラが私の体を引き寄せ、花壇と距離をとった。私の触れたコルチカムは、ものの数秒で満開の花を咲かせた。季節なんかまるで無視して、何事もなかったかのようにそこに咲いている。


 一体何が起こったのかと目を白黒させ、自分の手のひらを見るが何もわからない。私は呆然としながらコルチカムを見るしかなかった。コルチカムが完全に動きを止めると、サラは呆然としながら、でも嬉しそうに呟く。


「……驚きました。あなたは、植物を育てる祝福を頂いているのですね……体になにか変化は……なさそうですね。副作用はほとんどが軽いものだと聞いていますから……多分、いやきっと、断言はできませんが大丈夫でしょう。……ちょっと隣の薬草も触ってみませんか?」


 サラは好奇心を抑えきれないようで、うずうずと私にお伺いを立ててくる。


 私もこのなんとも言えない不思議な力をもっと使ってみたくて、サラが指さす薬草に少し力を込めながら触れてみる。先程と違い、少し光りながらほんのちょっぴり成長した薬草を、サラは手馴れた様子で噛みちぎり、出てきた液体を指に塗りはじめる。


「これはささくれを早く治すものなのですが……見えますか?もう治っていますね。これ、普通のよりも効果が高く感じられます。……殿下の祝福は、緑の癒しというもので間違いないでしょう。」


 彼女は少し興奮気味に、早口で緑の癒しについて話し始める。


「緑の癒しはあまりたくさんの人に与えられない祝福なんです。植物の効能を強めることはもちろん、植物を自在に操ることもできるのですよ。それに、自然に愛されるそうです。ああ、だから庭に出たとき、あんなに木々がざわめいて動物もたくさん寄ってきたのですか。……緑の癒しについては広く知られているのですが、貰い受けた人が少なくて、副作用についてはあまり知られていないのです。あまり危険なものでなければいいのですけれど。でも、」


 ああ、よかった と泣きそうな顔で私に笑いかける彼女は、心底ほっとしているようだった。



「寒くなってきましたし、そろそろ中に入りましょう。私は少々おそばを離れますが、いつも通りいい子にしておいてくださいね。」


 るんるんと足取り軽く部屋へ戻ると、サラはぱたぱたと部屋を出ていってしまった。足音が消え、音のないしんとした部屋の中で、私は先程起こったことをもう一度思い出した。


(すごいなぁ……緑の癒しかぁ……お母さんといっぱいおそろいで、……嬉しい。)


 前世の私は、自分で言うのもなんだが頭がよかった。


 格闘技もできるし、植物を育てるのも好きだった。


 きっとこの私好みの部屋を整えてくれたのも、お母さんなんだろう。


(あぁ、会いたかったなぁ)


 サラの話は全て過去を語っていた。お母さんは私を産んだ時に死んでしまったのかもしれない。


 結局この世界でも、お母さんに抱きしめられること、なかったな。


 私は、ぼんやりとお母さんのことを考えながら眠りについた。


 何時間寝ていたのか、起きたらすっかり夜になっていた。

 ふと人の気配を感じて横をむくと、サラが窓のそばにたたずんでいる。彼女は私が起きたのに気がつくと、ゆっくりと私の側へ歩いてきた。

 彼女の白い手が私をゆっくりと抱き上げ、近くにあるソファへと腰かけた。彼女はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「この国はキタルファ王国といって、様々な種族が入ってきやすい国です。獣人、魔族、そして人間。多種多様な姿形をして、……髪の色や瞳の色も多岐にわたります。」


 殿下は最初から私の髪に興味津々でしたね、と笑い、私の頬にそっと触れる。


「けれど、多種多様なこの国で不変の色がただひとつあります。……王族は、金色の髪に、緑色の目をしているんです。建国から変わらなかったその色を、みな尊びました。王妃の髪が何色であろうと、金色が産まれるのです。」


 何が言いたいかわかりますか?と悲しそうに笑う。


「……陛下は、言わずもがな金色の髪に翠玉の瞳。公爵令嬢だったあなたのお母様は美しい銀色の髪に宝石のようなアメジストの瞳をしていました。殿下、あなたは」







  黒髪で、金色の瞳をしています。
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