シンデレラになりたい私の話

毬谷 朝一

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かぐや姫伝説は疫病とともに

第23話

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アルは森の奥の木の下を指さし、驚いたように囁いた。


「月兎つきうさぎだ。満月の日にしか姿を現さない珍しい魔獣で、滅多に見ることは無い。運がいいな。」


真っ白でふわふわの白い毛を持ったうさぎは、その赤い目をくりくりさせると私達をじっとみていた。よく見ると、額に金色の毛が月の模様を形作っている。

ヒゲや鼻をひくひくと動かす可愛らしい様子に、ほっと心が和んだ。


うさぎはしばらくその場にとどまり、草をむしゃむしゃと食べると森の奥へ消えていった。


「……かわいかったですね、ふわふわでした。」


私がそう言うと、アルは笑って森の奥を見た。


「蜂蜜でもあげたらよかったな。また次会えることを祈ろう。」


そうですね、と笑いながら私達はその場をあとにしようと、足を踏み出した。


その時、ガサガサ!と、そばの茂みから物音がした。


少し警戒をした私達は、ゆっくりと後ろへ後ずさる。すると、ぴょん!と白いかたまりが茂みから飛び出て、私達の方を向くと足をそろえてこちらを見た。


「……月兎……?」


そこには、先程見た月兎より幾分か大きい、月長石のように薄い青がかかった目の月兎がいた。


「普通は赤の目しか生まれないはずだ、変異種か?」


アルが驚いたようにそう呟くと、月兎は耳をぴこぴこ、と動かす。そして、月兎は口にくわえていた大きな木の実をころころ、と私達の方に転がした。

小さな松ぼっくりくらいの大きさの木の実はつるりとした石のようで、光に当たると薄い茶色の表面がキラキラと光る。

宝石のような木の実は、重要性を実感させるようにずしりと重く、国宝のような荘厳な雰囲気を醸し出している。明らかに普通のものでは無い。


私がそれを拾ったのを見ると、月兎はくう、と鳴いた。後ろ足をたん!と叩くと、月兎の姿は光に溶けて、その場から消え去った。


夢のような出来事であった。月兎がいた場所にはキラキラとした光の粒子が残っている。


私の手には、月兎のくれた木の実が確かにあった。


「これは、どうしたらいいんでしょうか……」


そう言うと、アルは乾いた笑いを零しながら、もらっておけばいいんじゃないか、と言った。


その後、私達は夢のような出来事に興奮したようにあれこれと月兎について話した。最終的に、この木の実のことは内緒にする、と決めた。私達はうきうきと森を歩き、薬草をおざなりに採って冒険者ギルドへ帰ると、高ぶった気持ちのままギルドの練習場へ駆け込んだ。


「なんだかすごくワクワクした気持ちです。お相手願えますか?」


私がそう言うと、アルはニヤリと獰猛に歯をみせて笑った。


「奇遇だな、俺もだ。」


そう言うと、私達は互いに距離をとり、一呼吸置いて互いに向かって駆けた。合図はしていないのに、ぴったりとタイミングよく走り出してきたアルに、ますます気持ちが高ぶっていく。


ガキン、と音を立てる剣、息遣い、地を駆ける足音、全てが天上の調べのように私の耳をくすぐった。


ああ、楽しい、楽しい、楽しい!!


本気になっても倒れない相手がいることがこんなにも楽しい。人を殺すための本気じゃないことが嬉しい。アルの剣に弾き飛ばされる体は歓喜に打ち震える。

私を“私”として、なんの色眼鏡もかけずに見てくれる。そのことが何よりも嬉しかった。


言葉で言い表せない感情が胸に渦巻き、私はその感動を吐き出すように剣に力を込めた。



何時間経っただろうか、もしかしたら数分かもしれない。長いような短いような時間が過ぎると、私達はようやく剣を下ろした。


いつの間にか、私達の周りにはたくさんのギャラリーができていた。見られていたのか、と少し恥ずかしくなったが、ギャラリーは皆惜しみない歓声と拍手をくれた。


「……楽しかったな、またやろう。」


アルは剣をぶん、とはらい、私にそう言って笑った。


「……はい!」


私が笑顔で答えると、ギャラリーのなかからヘヴンとヴェレナが顔をのぞかせた。
ヘヴンの満面の笑みに対して、ヴェレナは呆れたような顔で私達を迎えた。


「いやぁ、すごかったね!ライラ、今度僕ともやろう!見てるだけで体が疼いちゃったよ。本当に楽しそうだった。」

ヘヴンが羨ましそうにそう言うのを横目に、ヴェレナはため息をついて私の頭をぐりぐりと撫でた。

「心配だったわぁ、こんなに小さい体がどっか折れないかって。全く心配する必要はなかったみたいだけどね。お疲れ様。」


あっちにお茶を用意してあるわ、とヴェレナに案内され、テーブルでお茶を飲んで一息つく。マリンに預けたギルドカードの精算も終わっていたようで、報酬を受け取った。マリンはアルに用事があったようで、私に報酬を渡すとアルを連れて事務室に戻っていった。


ヘルは大鎌の手入れのために鍛冶屋へ行っていたらしく、暇をしていたヘヴンは商会の手伝いから開放されたヴェレナを連れてどこかへ遊びに行くらしかった。


「ライラも行く?王都のいっちばん栄えてる広場に行くの。美味しいものもいっぱいあるよ!」


美味しいもの、と聞いて少し迷ったが、昼もそこそこの時間でもうすぐ夕方になってしまう。あまり遅くなっては怪しまれてしまうので、丁重に断ってギルドを後にした。また誘うねー!と往来で手を振るヘヴンとヴェレナを見送ると、私は少し急ぎ足で王城へ帰った。


誰もいないことを確認して部屋に戻ると、クローゼットにきちんと装備を隠して、ソファにぐたりと座り込んだ。アルとの手合わせは、体に適度な疲れをもたらしていた。ひんやりとしたソファの冷たさが、火照った体を冷ましてくれる。


私はポケットから木の実を取り出すと、光に透かして眺めた。


なんの木の実だろう。


私は首を捻って庭に降りた。そして、庭の隅にその木の実を丁寧に植えた。何か芽が出るかもしれない。ぽんぽん、と埋めた土の上を叩いて私は部屋に戻った。


しばらく本を読んだり、薬草の様子を見たりしているうちに夜になった。
いつもの様に夕食を食べ、一人で湯浴みをしていると急に眠気が襲ってくる。


ああ、今日は疲れたもんな。


私はベッドにダイブすると、湖に沈むように眠りに落ちていった。






囁くような、水の満ちたような音に気づいて、私は目を覚ました。ひっそりと静かな雰囲気で、真夜中だということがわかる。


私はなにかに呼ばれるように隠し棚を開け、蓬莱の玉の枝を取り出した。淡く光を灯すそれをもって、私は庭に降りてなにかに呼ばれるまま庭の奥へと進んだ。


満月がてっぺんで明るく光っている。雲ひとつない夜空で、満月は普段より大きな姿をしていた。


私は満月を見上げると、吸い込まれるような冷たい空気の中、月の中にうさぎの姿を探した。


さらに進み、庭の隅、私が月兎から貰った木の実を埋めた場所に、満月の光が降り注いでいるのを見つけた。


不思議なことで、先程埋めたばかりだと言うのに既に私と同じくらいの木にまで成長している。光の降り注ぐその木は、私においで、と囁くと、その木の枝をしゃらりと揺らした。


ふわふわとした足取りで進むと、さらり、と音を立てるその木は私を優しく迎えた。


私は呼ばれるまま蓬莱の玉の枝を木に掲げた。


満月の光と、木が奏でる歌のような、囁きの声が蓬莱の玉の枝に染み込んでいく。


木の奏でる歌の旋律を不思議と口ずさんでいると、蓬莱の玉の枝はいっそう輝きを増した。


しばらく不思議な感覚に包まれていると、木は歌をやめて、あたりは静けさを取り戻していく。


はっとして木のあった場所を見ると、そこには小さな実がひとつ、ころんと転がっていた。


木は不思議な荘厳さを失い、ただの木としてそこにあった。役目は果たしたと言わんばかりに、木は沈黙していた。


私は木に頭をたれると、実を拾って部屋に戻った。

実に耳を近づけてみると、実の中から海のような水音がした。


水でも入っているのだろうか。


私は蓬莱の玉の枝とともに隠し棚に厳重にしまうと、落ちそうなまぶたを抑えながらベッドに横たわった。


夢だっただろうか、いや、あれはきっと夢なんかじゃなかった。


ふわふわとした心地に包まれて、私はもう一度深い眠りへと落ちていった。


翌朝、朝早くに木を確かめに行ったがそこには確かに木があった。しかし、あの満月の夜のような不思議な木ではなく、少し変わった形の、普通の木であった。


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