シンデレラになりたい私の話

毬谷 朝一

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海の姫は空を望む

第32話

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夜は静かで冷たくて、ひとつひとつの音が鮮明に聞こえる。風の音や空気の感触が昼間より近くに感じられる気がして、寂しくて優しい夜が私は好きだった。


窓を開けると、夜の冷たい風が私の頬を撫で耳元で囁く。私は真夜中の風に吹かれながら、ひとり窓辺に座り冷めたハーブティーを飲んでいた。


私が父であるナルシサス王から受けた傷は、だいぶ良くなった。ただ、私を部屋から出してもらえる兆しは未だなかった。


日にほんの少し、庭へ降りること許される。しかし、書庫へ行くにも厨房へ行くにもメイドを呼ぶことを義務付けられた。部屋を度々監視に来る使用人達は、私が部屋から出ようとしていないか、いつもピリピリしていた。


何がそんなにいけないのだろう、私はただ外に出たいだけなのに。


冒険者ギルドに行きたくてたまらなかった。もうそろそろ、“緑の癒し”の副作用が隠せなくなってくるころだ。早くレディに会わないと、また倒れてしまう。


私は冷めきっているハーブティーを一息に飲むと、テーブルにカップを置いた。窓の外に浮かぶ星を見ていると、吸い込まれそうに心が揺らめく。はっと目を逸らして、私は窓を閉めてベッドに横たわった。


飲んだハーブティーはよく眠れる効能がある。最近はこれがないと眠れないのだ。


横になっている私の目に、細くて白い、女のような腕が映る。それは少し筋張っていて、日頃の鍛錬で引き締まった筋肉がついていてよく見ると男のようにも見える。


腕の上のほうには、自分で付けた切り傷が無数にある。寂しくて寂しくて、耐えきれないときにはそうやって自分を傷つけた。真っ赤に流れる血は、まだ自分が生きていると感じられたからだ。


微睡みの中、私は溺れるような息苦しさを感じていた。誰でもいいから、そばにいて欲しかった。


浅い眠りから覚めると、辺りはもう薄く明かりが差し込んでいる。


いつものように朝食を食べ、少し庭におり、監視に来る使用人の目から逃れるように、書庫から持ってきてもらった本を読んでいた。


「よっ。元気か?」


適当なノックとともに、アイゼルが部屋へ入ってきた。


アイゼルは連れてきた家の者に、部屋に2人にするよう伝えた。アイゼルは私の向かいのソファに腰かけると、だらりと深く沈んだ。


「お前の部屋の前、どうなってるかわかるか?」


アイゼルがため息をつきながら私に問いかけた。黙っている私を見て、アイゼルは静かに言う。


「異常だよ、前は全く寄り付かなかったのに今はどうだ。あちらこちらに潜んでやがるし、使用人は用もないのに部屋の前を通る。…気づいてただろ?でも、お前に理由を話す奴はいないんだろうな。」


その通りだ。気配には気づけても、彼らは私に理由を話さない。……以前より壁を作られているようだった。ここ最近は見知らぬメイドや使用人が増え、知っているメイドは配置替えをされたのか見ることはなかった。


「お前に少しでも関わりのあった奴らは、しばらく配置替えだ。誰もお前に近づけられないらしい。兄さんもダメだった、悲しんでたよ。」


私が少しキツい言い方をしたから、愛想を尽かして来ないのだとばかり思っていたが、そうではないと知ってほっとした。


アイゼルは怒ったような悲しむような顔で私の目を見つめた。何か言いたそうなその目は、私を傷つけない言葉を一生懸命選んでいた。


「ソレイユ様、が……」


器用に見えて案外不器用なアイゼルが、柔らかな表現を探すことを諦めたように髪をぐしゃぐしゃにすると、ため息をこぼした。


「どう言えばいいかわからん。中身は一緒だ、回りくどいのはやめにする。」


ぽつ、と呟いたアイゼルの声は、2人きりの広い空間に案外大きく響いた。


「……立太子の式典が近いから、ソレイユ様に危害を加えないかお前を警戒している。」




は?




「ど、う……なんで…」


私が?ソレイユを?なんで?


それに……立太子の式典?聞いてない、何も聞いてない




耳の奥で心臓の音がうるさいくらいに響いている。ぐらぐらと頭が揺れるようで、アイゼルの言葉はどこか遠くから聞こえるようだった。


「……やっぱり聞いてなかったか。明日だよ、ソレイユ様の立太子の儀式。」


体の動かない私を見て、気の毒そうにアイゼルは言った。


「お前はな、目立つんだよ。お前が王座を狙う気はないことみんな知ってる。だがな、お前は頭がいいし、母親は誰もが知る、最も優美で力のある公爵令嬢だったソフィア様だ。お前が思っている以上に影響力があるんだ、お前は。ソレイユ様以上に能力があるって事が周りに気づかれ始めている。お前がもし暗殺して王位を奪っても政治は出来ると思うが、国は確実に荒れる。どっちにとっても都合が悪いだろ。」


「そんなに大きな式じゃない、厳かに伝統を大事にした式だ。だから準備はあまり要らないんだよ。……お前も呼ばれるだろうな。相当周りを固められるぞ。」


せめて金髪ならな、とアイゼルは言った。


「予定よりだいぶ早まったのは、街ではもう噂になっているから。流行病の薬を配ったのは、“黒髪に金色の瞳”の天使のような少年だってな。城はもう大慌てだよ、早く王太子にしないと、どんどん手柄を立てられるって。なんで引きこもってるはずの第二王子の噂が広まってるのかってカンカンだ。」


お前は目立つよ、とアイゼルは悲しそうに言った。


「大人しくしてたって、どうしてもその容姿は目を引く。少し話せばその内面に惹かれる。お前がその気になれば王になるのは簡単だって、みんな思うんだよ。王家の色を持っていなくても、な。ましてや王家に酷い目に遭わされている可哀想な第二王子だ、復讐されるとおもってるんだろ。」


グルグルと回る頭の中、ポツリと私は呟いた。


「……私が、邪魔なんですよね、いなくなればいいって皆思ってる。」


「そう思ってる奴はたくさんいるが、俺は違うってことは覚えとけよ。まずは大人しくしておけ、暇だろうが我慢しろ。」


そう言うと、アイゼルは少し微笑んだ。


「お前が何をしようと、俺はこの先ずっとお前の味方だ。城で暮らすにも外に出るにも俺が手伝ってやる。それにな、合わせたい奴もいるんだ。」


私が首を傾げると、アイゼルはニヤリと意地悪く笑った。


「俺の“婚約者”だ。」


驚いた私を見て、アイゼルはくつくつと笑いをかみ殺した。


「婚約者、いたんですか?全然気づきませんでした、あなたが会わせたがるなんて、一体どんな子なんですか?」


「陽だまりみたいな優しい奴だよ、お前も悪く思わないはずだ。……俺の宝物。」


そう優しく笑うアイゼルは、今までに見たどんな笑顔より暖かに笑った。


「いいですね、あなたの婚約者に会うのが楽しみです。」


アイゼルはふわりと笑うと、私の方をじっと見た。


「ちなみに俺は、お前のことを親友だと思ってる。嬉しいか?」


少し驚いた私は、アイゼルの自信に満ち溢れる表情につられるように、口からぽつりと言葉をもらした。


「嬉しい、ですよ。」


その言葉を聞くと、アイゼルはにいっと笑った。自信に満ち溢れたその目は、私を利用しようなんて微塵も考えていない、澄み切った早朝の朝露のようだった。


「ま、とにかく大人しくしてろ、街には出るなよ。」


そう言って外に出ようとするアイゼルを呼び止めて、私はどうしても街に行かなくてはならない副作用のことを話した。


「……早いとこ行かなければ、まずいんですよ。」


私の理由を聞いたアイゼルはうーんと唸ると、困ったように言った。


「祝福について言いたいことは色々あるが……立太子の式典が終わった後、夜ならいいんじゃないか。監視も薄いだろ、ただしこっそりだぞ。」


念を押して言うアイゼルを見送ると、私は広い部屋を見渡した。ひとりっきりだ。


アイゼルと会って幾分か軽くなった気持ちを壊さないように、私は何も考えないように本を呼んでいた。


少しでも気をそらさないと、叫び出してしまいそうだった。

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