魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第九章 妖鬼の国にて奉公を

金眼の獣

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妖鬼の国。国土の八割以上が山とされる島国。
気が歪みやすい土地とされ、人や物や獣が妖と呼ばれる魔物に転じるという伝承がある。だが伝承は伝承、国民達はただの子供騙しだと笑い飛ばしている。

呉服屋で服を仕立ててもらい、ボロボロの服を捨てた。ついでにと小さな巾着を三つ、石の欠片を入れる為に頼んだ。

「なんか……変わった服だね」

『懸衣型ってやつだね、君の出身国の服と違って平面的に作るんだよ』

長着をかけて帯を結ぶ、温泉の国の浴衣と似ているように思えた。着慣れない服に戸惑いつつも、『黒』に手を引かれて歩く。

「ねぇ、いつまでも『黒』っていうのも変じゃないかな」

髪は白と灰と黒が交じり、目は赤と黒の違った色。そこまで黒くもないのに『黒』と呼ぶのもおかしな話である。

『なら他の呼び名考えてくれる?』

「名前ないの?」

『……忘れちゃった』

分かり易い嘘だ。『黒』は僕から目を逸らし、微かに笑った。

「黒……んー、クロミ?」

『わー可愛い、って言うと思った?  却下』

「だよね、分かってた」

短絡的な名前は気に入らないらしい。だが特に思いつきもしないので、とりあえずは『黒』のままだ。
後ろから大勢の人が列を作って歩いて来る、広い道の真ん中を占拠し、刀を腰に差した男達が道行く人々を怒鳴りつけて退かす。

『……関わりたくないし、避けておこうね』

手を引かれ、壁側を歩かされる。『黒』の体の影から覗いた列の中心には籠が見えた。
四人の男がそれを担ぎ、中には人影が見える。
簾の横から細い指が伸び、金色の目が僕を捉えた。
背骨が氷柱に変わってしまったのかなんて思うほどにゾッとした、あの金の目が僕の体温を根こそぎ奪っていく。『黒』の背に隠れ、視線から逃れようとする。

『……止まれ』

籠の中から妖艶な女の声が聞こえ、男達は恐れながらそっと籠を下ろした。
簾が上がり、白い指が僕を指差した。

『そこの、私の元で働け』

「御前様?  何を?」

『そこの子供らを屋敷まで連れて来い』

簾が下がり、男達は再び籠を担ぐ。女の要件を聞いた男が一人、僕達の元へやって来た。

「御前様がお呼びだ」

『御前……ね、なんで?』

「知らん、いいから来い」

男は粗暴な態度で僕の前を行く、不安とアルのいない心細さから『黒』の手を強く握る。

「ねぇ『黒』、ゴゼンって何?」

『この場合だと……多分偉い女の人、かな』

「なんで僕達が呼ばれたの?」

前を歩く男に聞かれないようにと『黒』は身を屈め、耳元で囁いた。

『獣臭いと思わなかった?  御前は人じゃないね、獣人ならまだいいけど……多分もっと妖しいものだ』

「獣……?  あやしいって?」

『イヌ科の何かだろうね、あの臭いはさ』

男が急に立ち止まる、聞かれたのかと身構えたがどうやら違ったようだ。気がつけば大きな屋敷の前まで来ていた。

「ここだ、失礼のないようにな」

『その前にちょっといいかな?  僕達旅行者なんだよねぇ、だからあんまり長居とかしたくないし出来ないよ?』

「……御前様に逆らえば首が飛ぶ」

『あぁ、そ、よーく分かりましたっと』

小馬鹿にしたように『黒』は両の手のひらを空に向ける。男はそんな『黒』を不快そうに睨んだが、何も言わずに屋敷の門をくぐった。


屋敷の中でも最奥部と言える部屋、更に簾の向こうにあの女は居た。

「特例で御簾を隔ててのみ会話が許される。いいか、くれぐれも失礼のないようにな」

この部屋に来るまで耳にタコができるほど聞いた言葉をまた繰り返す。襖が閉じられ、男の足音が遠のいていく。

『寄れ、座れ』

艷やかな、それでいて冷たい声が背を撫ぜる。
慣れない畳に慣れない正座に足の感覚が薄くなっていく。

『まず……名前を聞こうかの』

簾に映る影が起き上がる。

『……私は『黒』と申します』

とん、と『黒』に肘でつつかれる。

「えっと、ヘルシャフト……です」

『クロに……ヘルシャフト?  ややこしい名じゃの』

「あ、ヘルでいいですよ」

『ふむ、ならばクロにヘルよ。そちらにはここで働いてもらいたい、住み込みでな。なに、給金は弾む。悪い話ではなかろう』

くすくすと影が揺れる。答えを返せず『黒』を見上げれば『黒』も僕を見ていた。
二人で顔を見合わせ、返答を押し付け合う。

「ど、どんな仕事でしょう?」

決して口を開かない『黒』に根負けし、答えをぼかして質問した。

『私の身の回りの世話、まぁ雑用じゃの。掃除に水汲み、届け物も頼むかもしれんの』

「はぁ……それ、なら」

難しい仕事ではなさそうだ、住み込みで給金も良いのなら宿や旅費の問題も片付く。僕一人なら二つ返事なのだが、『黒』はどうだろうかと視線を送る。

『世話、ね、夜の以外なら構いませんが?』

『そちのような子供にそんなもの頼まん』

『なら僕はいいけど……君は?』

「えっ?  あ、ああ、僕も別に」

『黒』の質問の意図が分からず、ぼうっとしてとぼけた返事をしてしまった。後悔の海に落ちていく僕を放って二人は何かを話している。
聞いておくべきなのだろうが、どうにもそんな気になれない。

『では早速頼むとしようかの、茶と茶菓子を持ってまいれ。厨で作っておるはずじゃ』

『かしこまりーっと。ほら行こ』

『黒』に手を引かれて立ち上がる、だが痺れた足は思い通りに動いてくれない。『黒』そんな僕を無理矢理に部屋の外へ連れ出した。

「足、足が……ねぇ、ちょっと待ってよ」

『何時間も座ってたわけでもないのに、なんでそんなに痺れてんの?  ………えいっ』

「うぁ!?  な、なに?」

『いや、痺れてるのをつっつくのって面白いんだよね』

「やめてよ!  それより何か頼まれたじゃないか、そっちやらないと」

『ああ、何頼まれたんだっけ』

痺れた足のなんとも言えない感覚、気持ち悪さに声を漏らしても『黒』は僕の手を引いたまま決して歩みを止めない。
最初は太腿まであったびりびりとした感覚が足首あたりまで減ってきた。
僕がようやくまともに歩けるようになった頃にはもう厨に着いていた。
用件を忘れたように振舞っていた『黒』だが、しっかりと覚えていたらしい。

『こーいうお茶あんまり好きじゃないな、苦いから。でもこーいう茶菓子は結構好きかな、甘いから。そういえば君は餡子どっち派?  つぶ?  こし?  白やうぐいすなんてのもあるねぇ』

「えっ?  えっと……あはは。」

唐突な質問に答えられず、ただ愛想笑いを返した。
普段のように他人との会話でこうなったのなら僕はもう立ち直れないほどに落ち込むが、『黒』との会話ならそうはならない。
何故かって?

『みたらし……きなこ……いや三色も捨てがたいね』

『黒』は初めから僕の返答に興味を持っていないからだ、先程のものも僕への質問に見えるだけの独り言。
期待されていないと分かっている、その気楽さと寂しさは計り知れない。
女の元へ行くまでの間、僕はずっと一方的な会話のような独り言を聞いていた。
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