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第九章 妖鬼の国にて奉公を
支配の魔眼
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魔眼、特殊な力を持つ魔性の眼。その能力は多岐にわたるが、大きく分ければ二つ。
まずは一般的な''視る''能力だ。
過去を視る、未来を視る、人の心を視る、などその種類は非常に多い。
メカニズムとしては、魔力による視力の超強化だ。
そしてもう一つ''視た対象''に影響を与える能力。
発火させる、麻痺させる、魅了する、こちらも非常に種類が多い。
こちらは視認により自分の魔力を対象の魔力に混ぜこみ、変質させている。
その中で最も珍しく強力とされるのが対象を支配する能力だ。正確には魔眼ともう一つ、特殊な声が必要とされている。
''視た''対象、声を''聴かせた''対象に自らの魔力を流し込む。一瞬でもその魔眼に視られたのなら、一言でもその声を聴いたのなら、操り人形と化す。
七色の光を放ち、不気味な魔法陣が描かれた瞳。
『……仰せのままに』
虚ろな瞳を僕に向ける茨木。蛇のようにのたうち回っていた黒髪、今はその蛇が死んでしまったかのように大人しい。
『はぁ……全く、素晴らしい能力だね。素晴らしすぎて使うのには時間がかかるらしい』
皮肉たっぷりの笑みを浮かべ、『黒』は僕の肩に肘を置いた。肘から先は、無い。畳の上に出来た血だまりに転がっている。
「大丈夫なの? 手……早く止血しないと!」
跪いた茨木の頭から手を離し、『黒』の腕を強く握った。傷口を縛るものを探す僕を嘲るように血は溢れ続けている。
赤い。赤は、嫌いだ。
『へーきへーき、僕よりあっちを何とかしてよ』
優しく僕の背を蹴って、赤髪の鬼に突き出した。後ろを振り返れば『黒』の両腕に光が集まっている、少しずつ光は腕の形に成形されていく。
心配は本当に必要ないらしい。
『おい! 茨木! お前まで俺から離れる気か……えぇ度胸しとんのぉ!』
割れて尖った酒瓶を逆手に持ち、僕へと振り下ろす。だがそれは茨木に防がれた。
僕の目の前で漆黒の髪が揺れる。その奥に見える顔はまさに鬼の形相だった。
『茨木! 邪魔……すんなぁ!』
茨木は簡単に投げ飛ばされ、柱を破壊した。だが十分に時間は稼いでくれた、懐に飛び込むだけの時間を。
「お前も……僕に服従しろ!」
髪を掴んでぶら下がるようにして下を向かせる。狂気に満ちた黄金の瞳に僕が映った。
高く澄んだ青空、雲一つ内晴天だ。
僕達は二人の鬼を連れて御前の屋敷に来ていた。空とは違って僕の心はどんよりと曇っている、なんなら雨も降っている。
『和平協定、とな?』
『仲良うしましょ、ちゅうこっちゃ』
『ふん、私を散々馬鹿にしておいて……どういう風の吹き回しじゃ?』
『まぁーそないなこと気にしぃな、手土産も持ってきたんや』
茨木は御簾の前にその手土産とやらを置いた。それを見た御前は目の色を変えて御簾を倒す。
『これは……ふむ、本物…………じゃな』
『これで手打ちといきましょうや』
『……ふん! いいじゃろう、だが裏切れば今度こそ首を貰い受けるぞ!』
『そないな真似するかいな』
『……単純やね、どっちも』
どうやら話し合いは上手くいったようだ、思わず安堵のため息が漏れる。これ以上は見ていても仕方がないと『黒』に手を引かれ、屋敷を後にする。
『驚きだね、まさかあの三妖の心を弄って手を組むように仕掛けるなんてさ。前から思ってたけど君やる事えっぐいよね』
「えぐいって……どこが? 毒殺なんかよりもずっと平和じゃないか」
『自覚なしとはタチが悪い。洗脳の上の平和ね、理想郷に見せかけた……ってやつだね。ディスなんとか』
少し意地の悪そうな笑みを浮かべながら、『黒』は僕の頭を撫でている。タチが悪いなどとは言ってはいるが、その実喜んでいる。
それが分かったから僕は『黒』の手を握り返して目を合わせて、こう言ったんだ。
「この調子で世界を平和にしてみせるよ」
『それはそれは……素晴らしいねぇ。あぁ、何回も聞いた言葉だ』
髪をといていた手が頬に触れる、耳を指で挟むように動かし、首筋を撫でた。くすぐったくなって手首を掴む、だが『黒』は僕の思いを察して指を細かく動かした。
「やっ……もう! やめてよ!」
『あははっ、かーわいい。本っ当に……嫌んなるくらい変わんないんだから』
いつも以上に楽しげに笑って『黒』は両手をひらひらと揺らした。手のひらと首筋に感じていた温度が消えて、心の隅に影が差す。
『黒』はそんな僕を気にとめずに歩き出す。立ち止まっていた足を再び動かして、先を行く『黒』に追いすがるために手を握った。
『それにしても、あんなので協定結ぶなんてあの妖狐も案外単純だよね。君の力の影響もあるとはいえ、さ』
「手に入れるの大変だったみたいだよ? まぁ……僕がやらせたんだけどさ」
『山奥の名店の油揚げ、ね。所詮は狐ってことかな? そんなに美味しいものかな』
「さぁ……食べたことないし」
そんな会話をしていると、丁度ここがうどん屋の前だと気がついた。そろそろ正午、朝から鬼のせいで奔走していたために腹が減った。
「いらっしゃい! 何名様で?」
『ふたりー。きつねうどんね』
『黒』は僕に相談もせずに注文を決めた、だがそれを頼むために店に入ったのだから文句はない。それどころか人見知りな僕にとってはありがたい行動だ。
そうこうしてるうちにうどんが出来上がり、水とともに机に運ばれた。
「可愛い姉ちゃんだな、しっかり守れよーボウズ!」
「は、はぁ……どうも」
わしわしと頭を撫でられる、僕の頭はそんなに撫でやすいのか。
『僕、可愛いって』
「あぁ、うん。姉って言われたことには突っ込まないの?」
『どうでもいいよ、僕可愛いから』
すっかり機嫌を良くした『黒』を眺める。物珍しそうにうどんを見る彼女は確かに可愛い、だが姉弟に見えるだろうか。
「そんなに似てるかな?」
『目と髪の色かな? 顔はそこまでだと思うよ。僕は君みたいに目死んでないし』
「僕も死んでないよ! 前髪が長いから光が入らないだけ!」
『光とかそーいうんじゃなくてさ、感情が感じられないっていうか虚無っていうか、黒目っていうより穴みたいっていうか』
互い違いの瞳の色に、黒と白の混じった髪。そしてこの病的なまでに白い肌、不健康な細さ。
確かに似ている……のか?
『水揚げされて時間経った魚の目をしてるよ』
いい喩えを思いついたと手を叩く『黒』、健康的な笑顔は僕には真似できない。
「……そんなに、酷いの?」
『うん、なんかもう……親兄弟目の前で惨殺されたって感じ?』
「その通りだよ。知ってて言ってる?」
『いや、知らなかったよ。悪いね』
「……僕の両親は、僕の目の前で」
『悪かったって。ごめんごめん』
油揚げを食みながらの謝罪は全く誠意が見えない、元々無いのだろう。だがそれでいい、『黒』はそういう奴だ。
最後まで残しておいた油揚げを口に入れる。甘みとコクが広がっていく、軽く吸うとさらに甘みが溢れた。
「美味しいね、姉さん」
前から考えていた悪戯を実行に移す。丁度水を替えに来ていた店員がニヤニヤと笑っているのが視界の端に映った。
『そうだねぇ……可愛い可愛い僕の弟』
「えっ? あ、ぁ……うん、そうだね」
なんだろう、今の台詞。どこかで聞いたような……まさか兄……いや、気のせいだ。
『そんな手で僕を驚かせようなんて百万年早い』
想像以上に早い仕返しを食らってしまった。店員が小走りで他の店員に耳打ちをしに行ったのを見てしまう、頬がどんどん熱くなってくる。
「うぅ……ホントに百万くらい離れてるから困るよ」
『僕そんなに歳取ってな……い? よね?』
「知らないよ、なんで自分の歳も知らないのさ」
『年忘れ、ってやつさ』
僕よりも早く食べ終わった『黒』は、片目を閉じて演技じみた顔を作る。
「知らないけど多分違うよね?」
『あれ、バレた』
「そろそろ君の嘘も分かるようになってきたよ」
もう騙されないと心に決めた。怪しいのは『黒』が妙に格好つけている時、そして暇そうな時だ。
嘘に乗ってやるのも悪くは無いが、それを逆手にとって一杯食わせるのも良いだろう。
『黒』を驚かせているであろういつかの日に思いを馳せた。
まずは一般的な''視る''能力だ。
過去を視る、未来を視る、人の心を視る、などその種類は非常に多い。
メカニズムとしては、魔力による視力の超強化だ。
そしてもう一つ''視た対象''に影響を与える能力。
発火させる、麻痺させる、魅了する、こちらも非常に種類が多い。
こちらは視認により自分の魔力を対象の魔力に混ぜこみ、変質させている。
その中で最も珍しく強力とされるのが対象を支配する能力だ。正確には魔眼ともう一つ、特殊な声が必要とされている。
''視た''対象、声を''聴かせた''対象に自らの魔力を流し込む。一瞬でもその魔眼に視られたのなら、一言でもその声を聴いたのなら、操り人形と化す。
七色の光を放ち、不気味な魔法陣が描かれた瞳。
『……仰せのままに』
虚ろな瞳を僕に向ける茨木。蛇のようにのたうち回っていた黒髪、今はその蛇が死んでしまったかのように大人しい。
『はぁ……全く、素晴らしい能力だね。素晴らしすぎて使うのには時間がかかるらしい』
皮肉たっぷりの笑みを浮かべ、『黒』は僕の肩に肘を置いた。肘から先は、無い。畳の上に出来た血だまりに転がっている。
「大丈夫なの? 手……早く止血しないと!」
跪いた茨木の頭から手を離し、『黒』の腕を強く握った。傷口を縛るものを探す僕を嘲るように血は溢れ続けている。
赤い。赤は、嫌いだ。
『へーきへーき、僕よりあっちを何とかしてよ』
優しく僕の背を蹴って、赤髪の鬼に突き出した。後ろを振り返れば『黒』の両腕に光が集まっている、少しずつ光は腕の形に成形されていく。
心配は本当に必要ないらしい。
『おい! 茨木! お前まで俺から離れる気か……えぇ度胸しとんのぉ!』
割れて尖った酒瓶を逆手に持ち、僕へと振り下ろす。だがそれは茨木に防がれた。
僕の目の前で漆黒の髪が揺れる。その奥に見える顔はまさに鬼の形相だった。
『茨木! 邪魔……すんなぁ!』
茨木は簡単に投げ飛ばされ、柱を破壊した。だが十分に時間は稼いでくれた、懐に飛び込むだけの時間を。
「お前も……僕に服従しろ!」
髪を掴んでぶら下がるようにして下を向かせる。狂気に満ちた黄金の瞳に僕が映った。
高く澄んだ青空、雲一つ内晴天だ。
僕達は二人の鬼を連れて御前の屋敷に来ていた。空とは違って僕の心はどんよりと曇っている、なんなら雨も降っている。
『和平協定、とな?』
『仲良うしましょ、ちゅうこっちゃ』
『ふん、私を散々馬鹿にしておいて……どういう風の吹き回しじゃ?』
『まぁーそないなこと気にしぃな、手土産も持ってきたんや』
茨木は御簾の前にその手土産とやらを置いた。それを見た御前は目の色を変えて御簾を倒す。
『これは……ふむ、本物…………じゃな』
『これで手打ちといきましょうや』
『……ふん! いいじゃろう、だが裏切れば今度こそ首を貰い受けるぞ!』
『そないな真似するかいな』
『……単純やね、どっちも』
どうやら話し合いは上手くいったようだ、思わず安堵のため息が漏れる。これ以上は見ていても仕方がないと『黒』に手を引かれ、屋敷を後にする。
『驚きだね、まさかあの三妖の心を弄って手を組むように仕掛けるなんてさ。前から思ってたけど君やる事えっぐいよね』
「えぐいって……どこが? 毒殺なんかよりもずっと平和じゃないか」
『自覚なしとはタチが悪い。洗脳の上の平和ね、理想郷に見せかけた……ってやつだね。ディスなんとか』
少し意地の悪そうな笑みを浮かべながら、『黒』は僕の頭を撫でている。タチが悪いなどとは言ってはいるが、その実喜んでいる。
それが分かったから僕は『黒』の手を握り返して目を合わせて、こう言ったんだ。
「この調子で世界を平和にしてみせるよ」
『それはそれは……素晴らしいねぇ。あぁ、何回も聞いた言葉だ』
髪をといていた手が頬に触れる、耳を指で挟むように動かし、首筋を撫でた。くすぐったくなって手首を掴む、だが『黒』は僕の思いを察して指を細かく動かした。
「やっ……もう! やめてよ!」
『あははっ、かーわいい。本っ当に……嫌んなるくらい変わんないんだから』
いつも以上に楽しげに笑って『黒』は両手をひらひらと揺らした。手のひらと首筋に感じていた温度が消えて、心の隅に影が差す。
『黒』はそんな僕を気にとめずに歩き出す。立ち止まっていた足を再び動かして、先を行く『黒』に追いすがるために手を握った。
『それにしても、あんなので協定結ぶなんてあの妖狐も案外単純だよね。君の力の影響もあるとはいえ、さ』
「手に入れるの大変だったみたいだよ? まぁ……僕がやらせたんだけどさ」
『山奥の名店の油揚げ、ね。所詮は狐ってことかな? そんなに美味しいものかな』
「さぁ……食べたことないし」
そんな会話をしていると、丁度ここがうどん屋の前だと気がついた。そろそろ正午、朝から鬼のせいで奔走していたために腹が減った。
「いらっしゃい! 何名様で?」
『ふたりー。きつねうどんね』
『黒』は僕に相談もせずに注文を決めた、だがそれを頼むために店に入ったのだから文句はない。それどころか人見知りな僕にとってはありがたい行動だ。
そうこうしてるうちにうどんが出来上がり、水とともに机に運ばれた。
「可愛い姉ちゃんだな、しっかり守れよーボウズ!」
「は、はぁ……どうも」
わしわしと頭を撫でられる、僕の頭はそんなに撫でやすいのか。
『僕、可愛いって』
「あぁ、うん。姉って言われたことには突っ込まないの?」
『どうでもいいよ、僕可愛いから』
すっかり機嫌を良くした『黒』を眺める。物珍しそうにうどんを見る彼女は確かに可愛い、だが姉弟に見えるだろうか。
「そんなに似てるかな?」
『目と髪の色かな? 顔はそこまでだと思うよ。僕は君みたいに目死んでないし』
「僕も死んでないよ! 前髪が長いから光が入らないだけ!」
『光とかそーいうんじゃなくてさ、感情が感じられないっていうか虚無っていうか、黒目っていうより穴みたいっていうか』
互い違いの瞳の色に、黒と白の混じった髪。そしてこの病的なまでに白い肌、不健康な細さ。
確かに似ている……のか?
『水揚げされて時間経った魚の目をしてるよ』
いい喩えを思いついたと手を叩く『黒』、健康的な笑顔は僕には真似できない。
「……そんなに、酷いの?」
『うん、なんかもう……親兄弟目の前で惨殺されたって感じ?』
「その通りだよ。知ってて言ってる?」
『いや、知らなかったよ。悪いね』
「……僕の両親は、僕の目の前で」
『悪かったって。ごめんごめん』
油揚げを食みながらの謝罪は全く誠意が見えない、元々無いのだろう。だがそれでいい、『黒』はそういう奴だ。
最後まで残しておいた油揚げを口に入れる。甘みとコクが広がっていく、軽く吸うとさらに甘みが溢れた。
「美味しいね、姉さん」
前から考えていた悪戯を実行に移す。丁度水を替えに来ていた店員がニヤニヤと笑っているのが視界の端に映った。
『そうだねぇ……可愛い可愛い僕の弟』
「えっ? あ、ぁ……うん、そうだね」
なんだろう、今の台詞。どこかで聞いたような……まさか兄……いや、気のせいだ。
『そんな手で僕を驚かせようなんて百万年早い』
想像以上に早い仕返しを食らってしまった。店員が小走りで他の店員に耳打ちをしに行ったのを見てしまう、頬がどんどん熱くなってくる。
「うぅ……ホントに百万くらい離れてるから困るよ」
『僕そんなに歳取ってな……い? よね?』
「知らないよ、なんで自分の歳も知らないのさ」
『年忘れ、ってやつさ』
僕よりも早く食べ終わった『黒』は、片目を閉じて演技じみた顔を作る。
「知らないけど多分違うよね?」
『あれ、バレた』
「そろそろ君の嘘も分かるようになってきたよ」
もう騙されないと心に決めた。怪しいのは『黒』が妙に格好つけている時、そして暇そうな時だ。
嘘に乗ってやるのも悪くは無いが、それを逆手にとって一杯食わせるのも良いだろう。
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