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第十章 眠りに落ちた植物の国
ナハトファルター
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何時間も休まずに森の中を歩き通し、ようやく村らしきものを見つけた。
木の上に建てられた小さな家、それからぶら下がる縄梯子。
声をかけても中の住民が降りてくる様子はない。呼吸音は聞こえても声は聞こえない。
『ツリーハウスかぁ……憧れるよねぇ』
「そう? 上り下り大変そう」
『まぁ本気で住みたい訳じゃないよ、憧れ憧れ』
「虫多そうだし、雨降ったら腐りそうだし」
『夢のない子だね』
この村に来てから頭の上の木霊は僕の言葉を繰り返さなくなった、だがその代わりにと言わんばかりに踊っている。
休むことなく聞こえ続けるカラカラという音は癪に障る。
『上ってみようか?』
「勝手に家に入るのもなぁ……でも誰にも話を聞けないってのもやだし」
『よし、じゃあ上ろう。僕は天使だからね』
「……天使だから、の意味が分からないんだけど」
知らない人が家に入ってくるのと、知らない天使が家に入ってくるのと、どちらが良いだろうか。
止めようかとも思ったが、情報が欲しいという気持ちが勝った。もし住民が悲鳴をあげたらその時に駆けつけたフリをしよう、そして『黒』を追い払ったフリをして、住民に話を聞こう。
我ながら完璧な計画だ。
「きゃぁぁぁぁ!?」
若い女性の悲鳴、僕は咄嗟に物陰に隠れた。悲鳴の主が見えたら息を切らして走ってきたフリをすればいい。
『わわ……っと、危ないなぁ』
「な、な、何よアンタ!」
『あー……この国の調査に来た天使です、こっちは助手の人間』
『黒』に腕を掴まれ、女の前に引っ張り出された。突然の無礼な来訪者に怯える女、僕はその見た目に驚いた。
まず、派手なピンクと黄色の髪の隙間から伸びた葉脈のような触覚。そして羽根、髪と同じ色合いの四枚の羽根には細かな毛が生えている。
「て、天使ぃ?」
大きな黒い瞳をまん丸にして、怪訝そうな顔をする。『黒』は翼と光輪だけを現し、天使だと証明して見せた。童顔の女は警戒を強め、じっと僕達を見つめた。
『この国にはなーんか異常が起こってるよね? 詳しく聞きたいなぁ』
「……天使なんかに、教えることないわよ」
『へ? ……あー、そっか。天使嫌いだよね君達は……失敗したかな…………まぁ安心してよ、鬼でもあるから』
『黒』は角を生やし、光輪と翼を消した。よくもまぁそこまで自由自在に出来るものだ。
「よく分からないけど……攻めてきた訳じゃないのね?」
『そんな理由ないし、僕は神にあんまり従ってないから』
「……そう、信用するわ」
国についても聞きたいが、女についても聞きたい。変な意味ではなく種族をだ。
魔の気配は感じない、だからといって天使のような神聖な気配でもない。だがこの羽根と触覚は間違いなく人ではない。それに天使をここまで警戒する理由も気になる、人間なら天使を嫌う理由はないと思うのだが。
『で? この国の異常、心当たりある?』
「異常……そうね、姫子がいなくなってからよ。やっぱりあんな風習とっととやめるべきだったのよ!」
『あー、あー、落ち着いて。まず深呼吸して名前を言おうか』
「ご、ごめんなさい…。取り乱しちゃった」
触覚が目のあたりまで垂れる、彼女の感情はくみ取りやすそうだ。
「私はロージー、ロージー・メイプルよ。ナハトファルター族なの。この東の森に住んでるわ、最近は誰も家から出て来ないの」
『ナハト……聞いたことがあるよ。それで異常っていうのはどんなものかな? 風習や姫子って人についても教えて欲しいなぁ』
「ま、待ってよ。ナハ……何だっけ、それって何?」
『黒』の手を引く、訳が分からないまま話を進められるなんてたまったもんじゃない。
『亜種人類の民族だよ、知らない? ナハトファルター族は特に閉鎖的だって聞くね』
「その亜種人類って呼び名嫌いよ、下等種族って意味でしょ?」
『あぁ、悪いねぇ。差別語だとは知らなかった。謝るよ』
珍しくも深々と頭を下げる『黒』。こんな真面目な対応をする彼女など見た事がない。
「あ、えっと……そんなに気にしないで。別に私はそこまで拘らないから。ただ、気にする人もいるから……一応、ね」
ロージーは『黒』の顔を無理矢理上げさせ、困ったように眉尻を下げた。
人であり人でないもの、だったか? 亜種人類というのは。
遥か昔、魔性のモノと交わった者達の末裔だと教わったがその話は正しいのだろうか。
──教わった? 誰に? 僕は学校を初日に辞めさせられて、それからずっと家に引き篭っていたのに。誰に教わったんだろう。
「ナハトファルター族は確かに閉鎖的よ、亜人と呼ばれ蔑まれた中でも最も嫌われた一族だもの。隣の森のシュメッターリング族と違って美しくないから」
『そう……僕は君がとても美しいと思うけどね。この美しさが分からないなんて馬鹿な人間もいたものだ』
「な、ぁ……もう! 変な冗談言わないで! アナタみたいに綺麗な娘にそんな事言われたって……ぜ、全っ然嬉しくないんだから!」
ロージーは顔を真っ赤にして『黒』の肩を叩く、『黒』は冗談のつもりじゃないんだけど、と笑っていた。羽根で体を覆うように丸まるロージー、その羽根は確かに美しい色だが、どこか毒々しい。
『っと、話がそれたね。風習や姫子ってのについて聞こうか』
「分かったわ。この島には時折生まれるナハトファルター族の娘を生贄にするっていう忌まわしい風習があるのよ。新しい王様は嫌がってたけど。それで今回の生贄が姫子……私の友人なの」
ロージーはそう言いながら縄梯子を引き、僕達を家に招いた。ロージーに渡された古い本からその風習についての詳しい情報が手に入った。
この島の中心に深い深い穴がある。その穴に住むモノに島を守ってもらうために生贄を捧げる。
生贄にするのは生まれた時から肌も髪も真っ白な娘、御白様と呼ばれ大切に育てられる。そして成人直前に様々な供物とともに穴に落とす。
それがこの島の因習。
「姫子は二週間以上前にいなくなった。多分穴に連れていかれたのよ。まだ蛹にもなっていないけど、もうすぐだろうし……蛹になったらもう終わりよ、姫子は殺される」
『異常が起きたのはいつから?』
「ハッキリしたのは一週間前、かしら? 私ももうずっと眠くて……あまり日にちの感覚がないのよ。姫子が心配で起きてようとはしてるんだけど」
『なるほど、この異常は悪魔の呪いと見て間違いないけど……時期が気になるねぇ』
『黒』は何かを考えだし、ロージーは机に涙のあとを作っている。あまり話についていけていない、古い本を捲りながら頭の中で話を反芻する。
「悪魔なんてどうでもいい。姫子を助けて、お願い……大切な友人なの」
『さて、君はどうしたい? 賢者の石はこの国にはなさそうだよ』
「……なんとかしたい」
涙を見ていながら目を背けるような真似はできない。
『分かっていたよ、君は遠くの最愛のモノよりも目の前の人を助けてしまうとね。本当にいいのかい? 君の目的は遠ざかる一方だよ』
「この国に呪いがかかっているのなら、それは僕とアルの旅の目的と同じだよ! アルもきっと許してくれる、僕を待っていてくれる!」
『ま、僕としては目的が遠ざかるほど君との旅を長く楽しめるわけだし。異論はないよ』
冗談めかして言いながら『黒』は僕の手を取る。そっと手の甲に唇が落とされた。その顔にはいつも通りの笑みが張り付いている。
「……姫子を、助けてくれる?」
「もちろん、呪いも解くよ。以前の平和な国に戻してみせる」
「あぁ……本当に、ありがとう」
垂れていた触覚が跳ね上がる。ロージーは涙を拭って立ち上がり、穴まで案内すると縄梯子を使わずに飛び降りた。
森の更に深くへと進みながら、ロージーは姫子について語り出した。
木の上に建てられた小さな家、それからぶら下がる縄梯子。
声をかけても中の住民が降りてくる様子はない。呼吸音は聞こえても声は聞こえない。
『ツリーハウスかぁ……憧れるよねぇ』
「そう? 上り下り大変そう」
『まぁ本気で住みたい訳じゃないよ、憧れ憧れ』
「虫多そうだし、雨降ったら腐りそうだし」
『夢のない子だね』
この村に来てから頭の上の木霊は僕の言葉を繰り返さなくなった、だがその代わりにと言わんばかりに踊っている。
休むことなく聞こえ続けるカラカラという音は癪に障る。
『上ってみようか?』
「勝手に家に入るのもなぁ……でも誰にも話を聞けないってのもやだし」
『よし、じゃあ上ろう。僕は天使だからね』
「……天使だから、の意味が分からないんだけど」
知らない人が家に入ってくるのと、知らない天使が家に入ってくるのと、どちらが良いだろうか。
止めようかとも思ったが、情報が欲しいという気持ちが勝った。もし住民が悲鳴をあげたらその時に駆けつけたフリをしよう、そして『黒』を追い払ったフリをして、住民に話を聞こう。
我ながら完璧な計画だ。
「きゃぁぁぁぁ!?」
若い女性の悲鳴、僕は咄嗟に物陰に隠れた。悲鳴の主が見えたら息を切らして走ってきたフリをすればいい。
『わわ……っと、危ないなぁ』
「な、な、何よアンタ!」
『あー……この国の調査に来た天使です、こっちは助手の人間』
『黒』に腕を掴まれ、女の前に引っ張り出された。突然の無礼な来訪者に怯える女、僕はその見た目に驚いた。
まず、派手なピンクと黄色の髪の隙間から伸びた葉脈のような触覚。そして羽根、髪と同じ色合いの四枚の羽根には細かな毛が生えている。
「て、天使ぃ?」
大きな黒い瞳をまん丸にして、怪訝そうな顔をする。『黒』は翼と光輪だけを現し、天使だと証明して見せた。童顔の女は警戒を強め、じっと僕達を見つめた。
『この国にはなーんか異常が起こってるよね? 詳しく聞きたいなぁ』
「……天使なんかに、教えることないわよ」
『へ? ……あー、そっか。天使嫌いだよね君達は……失敗したかな…………まぁ安心してよ、鬼でもあるから』
『黒』は角を生やし、光輪と翼を消した。よくもまぁそこまで自由自在に出来るものだ。
「よく分からないけど……攻めてきた訳じゃないのね?」
『そんな理由ないし、僕は神にあんまり従ってないから』
「……そう、信用するわ」
国についても聞きたいが、女についても聞きたい。変な意味ではなく種族をだ。
魔の気配は感じない、だからといって天使のような神聖な気配でもない。だがこの羽根と触覚は間違いなく人ではない。それに天使をここまで警戒する理由も気になる、人間なら天使を嫌う理由はないと思うのだが。
『で? この国の異常、心当たりある?』
「異常……そうね、姫子がいなくなってからよ。やっぱりあんな風習とっととやめるべきだったのよ!」
『あー、あー、落ち着いて。まず深呼吸して名前を言おうか』
「ご、ごめんなさい…。取り乱しちゃった」
触覚が目のあたりまで垂れる、彼女の感情はくみ取りやすそうだ。
「私はロージー、ロージー・メイプルよ。ナハトファルター族なの。この東の森に住んでるわ、最近は誰も家から出て来ないの」
『ナハト……聞いたことがあるよ。それで異常っていうのはどんなものかな? 風習や姫子って人についても教えて欲しいなぁ』
「ま、待ってよ。ナハ……何だっけ、それって何?」
『黒』の手を引く、訳が分からないまま話を進められるなんてたまったもんじゃない。
『亜種人類の民族だよ、知らない? ナハトファルター族は特に閉鎖的だって聞くね』
「その亜種人類って呼び名嫌いよ、下等種族って意味でしょ?」
『あぁ、悪いねぇ。差別語だとは知らなかった。謝るよ』
珍しくも深々と頭を下げる『黒』。こんな真面目な対応をする彼女など見た事がない。
「あ、えっと……そんなに気にしないで。別に私はそこまで拘らないから。ただ、気にする人もいるから……一応、ね」
ロージーは『黒』の顔を無理矢理上げさせ、困ったように眉尻を下げた。
人であり人でないもの、だったか? 亜種人類というのは。
遥か昔、魔性のモノと交わった者達の末裔だと教わったがその話は正しいのだろうか。
──教わった? 誰に? 僕は学校を初日に辞めさせられて、それからずっと家に引き篭っていたのに。誰に教わったんだろう。
「ナハトファルター族は確かに閉鎖的よ、亜人と呼ばれ蔑まれた中でも最も嫌われた一族だもの。隣の森のシュメッターリング族と違って美しくないから」
『そう……僕は君がとても美しいと思うけどね。この美しさが分からないなんて馬鹿な人間もいたものだ』
「な、ぁ……もう! 変な冗談言わないで! アナタみたいに綺麗な娘にそんな事言われたって……ぜ、全っ然嬉しくないんだから!」
ロージーは顔を真っ赤にして『黒』の肩を叩く、『黒』は冗談のつもりじゃないんだけど、と笑っていた。羽根で体を覆うように丸まるロージー、その羽根は確かに美しい色だが、どこか毒々しい。
『っと、話がそれたね。風習や姫子ってのについて聞こうか』
「分かったわ。この島には時折生まれるナハトファルター族の娘を生贄にするっていう忌まわしい風習があるのよ。新しい王様は嫌がってたけど。それで今回の生贄が姫子……私の友人なの」
ロージーはそう言いながら縄梯子を引き、僕達を家に招いた。ロージーに渡された古い本からその風習についての詳しい情報が手に入った。
この島の中心に深い深い穴がある。その穴に住むモノに島を守ってもらうために生贄を捧げる。
生贄にするのは生まれた時から肌も髪も真っ白な娘、御白様と呼ばれ大切に育てられる。そして成人直前に様々な供物とともに穴に落とす。
それがこの島の因習。
「姫子は二週間以上前にいなくなった。多分穴に連れていかれたのよ。まだ蛹にもなっていないけど、もうすぐだろうし……蛹になったらもう終わりよ、姫子は殺される」
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『黒』は何かを考えだし、ロージーは机に涙のあとを作っている。あまり話についていけていない、古い本を捲りながら頭の中で話を反芻する。
「悪魔なんてどうでもいい。姫子を助けて、お願い……大切な友人なの」
『さて、君はどうしたい? 賢者の石はこの国にはなさそうだよ』
「……なんとかしたい」
涙を見ていながら目を背けるような真似はできない。
『分かっていたよ、君は遠くの最愛のモノよりも目の前の人を助けてしまうとね。本当にいいのかい? 君の目的は遠ざかる一方だよ』
「この国に呪いがかかっているのなら、それは僕とアルの旅の目的と同じだよ! アルもきっと許してくれる、僕を待っていてくれる!」
『ま、僕としては目的が遠ざかるほど君との旅を長く楽しめるわけだし。異論はないよ』
冗談めかして言いながら『黒』は僕の手を取る。そっと手の甲に唇が落とされた。その顔にはいつも通りの笑みが張り付いている。
「……姫子を、助けてくれる?」
「もちろん、呪いも解くよ。以前の平和な国に戻してみせる」
「あぁ……本当に、ありがとう」
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