魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第十章 眠りに落ちた植物の国

御白様

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その白は生贄の印。

だからあの娘の親は子供が流れたと嘘をついた。あの娘の親は成人するまで子供を外に出さないと決めた。成人してしまえば生贄には出来ないと。

隣に住んでいた私はあの娘の親とも仲が良かった。
家に遊びに行った時にあの娘と会ったが、絶対に口外するなと言われた。だけど幼かった私は両親に話してしまった。

「パパ、ママ、お隣さんの赤ちゃんすっごく可愛いの!  肌も髪も真っ白なの!」

両親はそれを族長に報告した。
程なくしてあの娘の両親は事故で亡くなり、私の家には大量の報酬が与えられた。
族長に引き取られたあの娘に私は毎日会いに行った。それは償いに近かった。
あの娘の両親が殺されたのは私のせいなのだから。あの娘の両親を事故に見せかけて殺したのは私の両親なのだから。

「ねぇロージー、外が見たいわ」

「……窓からだけよ。アナタを外には出せない」

あの娘は体がとても弱かった。生贄として大切に育てられているからなのか、成人する必要がないからなのかは分からない。魔獣を退けることは出来ない、縄梯子を掴む力もない。族長は私に外に出たがるあの娘の見張りを命じた。


カラカラ、カラカラ、頭の上に乗った木霊はずっと揺れている。
言葉を繰り返さなくなったのはいいが、これはこれでうるさいのだ。
涙ながらの彼女の話がよく聞こえないではないか。

『それで、族長さんも寝てるの?』

「ええ、今の族長は代替わりしたばかりでまだ若いんだけど……叩いても起きないのよ」

『ふぅん?  歳関係ないと思うけど。で?  どうして君は無事なのかな』

「無事って訳でもないわよ、さっきまで眠っていたもの。姫子が心配で頑張って起きてるの」

『頑張りで悪魔の呪いを防げるとはねぇ……ま、耐性が異常に高いのはたまに居るから、不自然って程でもないけどさ』

頭の上の木霊を掴む。涙混じりになり細くなっていくロージーの声が聞き取れないからだ。それに木霊に気を取られては道に迷ってしまうかもしれない。この木の密度なら前を行く二人を簡単に見失うだろう。

『で?  その娘は死んだの?』

「なっ!?  ち、違う、違うわ!  姫子は生きてる!  そうじゃなきゃ……私はもう、生きていけない」

『仲のよろしいことで。希望的観測は大事だけどね』

ロージーは俯き、それきり何も話さなくなった。心の底ではもう生きてはいないと思っているのだろう。
重苦しい沈黙に包まれた、その時だ。ロージーは突然歩みを止めた。

「ロージーさん?  どうかしましたか」

「……ここ、アイツらの縄張りよ」

「アイツら?」

前に回り込み顔を覗く、女の顔は真っ青だ。大きな目は恐怖に満ちている。

「ホルニッセ族よ!  ここならまだ間に合うわ、引き返して違う道から行きましょ」

『寝てるんじゃないの?』

「……分からない」

『ま、僕はどっちでもいいけどさ。君の友達は大丈夫なのかな』

意地の悪い笑みを浮かべながら挑発するように両手を広げる。『黒』の悪い所が出ている。僕は彼女達のやり取りから目を背けることにした。決定権は僕にはない、嫌味の言い合いに発展しないように祈った。

「姫子!  でも、アイツらに見つかったら……でも、姫子が……でも!」

『迷ってる間にも時は進む──なんてね』

「……アンタ、天使なのよね」

『でもある、って感じかな。正確には違うし』

「人間如きに遅れは取らない、そうよね」

ロージーは縋るような、脅すような目をしていた。

''人間''

僕にはどうしても彼女が人には見えない、魔物やその類に見えてしまう。頭では分かっていてもどうしようもないのだ。ホルニッセ族とかいうのも彼女と同じ亜種人類なのだろう。異形……なのだろう。

『どうかな』

不敵な笑みを浮かべる『黒』だが、戦闘となれば人間に劣る。『黒』の能力は自分だけに作用するもの、その気になれば僕の方が強いかもしれない。
だがロージーは『黒』を強いと勘違いした、『黒』の思惑通りだ。

「大丈夫ね?  なら早く最奥に行くわよ」

『止まったのは君なんだけどね』

再び歩み始めたロージーには聞こえない程度の声でそう呟く。全く……性格が悪い。

「姫子、私の姫子、待ってて」

森を行くうちに小走りなるロージー、気持ちは分かるが体力の温存は必要だ。置いていかれても困る、僕は歩くように声をかける。苛立ち気味に振り返ったロージーは足を何かに引っ掛けて尻餅をついた。

『あーあ、大丈夫かな?  ちゃんと前見て歩かないと』

「誰のせいだと思っ、て……」

ロージーの反論はそこで止まる、足を引っ掛けたのは木の根でも石でもない。
人だ。
彼女と同じ亜種の者。

『眠ってるみたいだね』

「ソイツがホルニッセ族よ、コイツらも眠っているなら安心して森を抜けられるわね」

黄と黒の警戒色の薄い鎧に鋭い槍。透き通る四枚の翅、頭から生えた二本の触覚。ホルニッセという名前通りの見た目だ。

『雀蜂って凶暴なんだってね、あんまり知らないけど』

「私達を虫と同じにしないで欲しいわ。確かに生態はほとんど同じだけど……一応人間なの」

『あぁ、悪いね。ところでさ、長いツノいっぱいあるカブト虫とかいないの?』

「……虫と同じにしないで」

『これは失礼、気になったもので』

わざとらしく気取ったように言う『黒』には、謝罪の意は感じられない。ロージーは更に機嫌を悪くし、黙ったまま森を早足で抜けた。


しばらく歩くと目に映る景色から植物が消えた。後ろを振り返ればまだ緑は目に入るが、なんとも国名に反した地だ。

「ここが島の最奥部。一応国をまとめてる王様がいるはずなんだけど」

『王様居るの?  城とかないみたいだけど』

「何年か前に急に現れたのよ、武術の国からって言ってたかしら。その人がバラバラに暮らしてた島の住人をまとめあげたのよ。昔は色々あったみたいだけど、今ここでなら私達みたいな亜種人類も安心して暮らせるの」

『安心、ね。その対価が生贄ってわけ?』

「……行きましょ。穴はもうすぐよ」

意地悪な質問には答えず、ロージーは再び歩み始めた。穴はもう見えてはいるが、まだまだ遠い。相当大きな穴らしい。

『穴って何か住んでるの?』

「言い伝えには名は記されていないわ、他の種族の言い伝えも似たようなものよ。意図的に隠されてるって感じもするのよね」

ロージーが他の部族達の言い伝えを思い出しながら話した。生贄を捧げるのはナハトファルターの一族だけで、ほとんどの部族の言い伝えがそれに言及しているらしい。押し付けられているという訳だ。


果ての見えない大きな穴、底の見えない深い穴。ここに、年端もいかぬ少女を落とすと?
怖くて覗き込むことすら出来ない、離れているというのに身震いがした。

『なーんにも見えないけど』

恐れずに穴を覗き込む『黒』、自力で空を飛べるというのは羨ましい。ロージーは少女の名を叫びながら穴の淵を歩き回っている、彼女の翅は飛ぶことは出来るのだろうか。

『降りてみる?』

「絶対やだ」

『そう言うと思った』

僕もロージーにならって姫子を探すとしよう、呪いをかけた悪魔探しはまた後で。『黒』から離れ、ロージーと反対方向に歩く。
姫子、と名を叫ぼうとしたその時。
何者かに足首を掴まれた。
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