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第十一章 混沌と遊ぶ希少鉱石の国
薄氷の天使
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女が路地から体を半分出し、矢を番えた。その直後、突然雨が降り出した。
そして異常なまでの冷気に襲われる。雨のせいではない、自然現象とは思えない。
「寒っ!? なんなのよ……もう! ちょっとアンタなにしてんの! 今のうちに逃げるの!」
女に手を引かれて路地から飛び出す。走りながら空を見ると、レインコートらしきものを着た天使がこちらを見た気がした。
「ねぇ、アンタ家どこ? とりあえずそこに逃げ込みたいんだけど」
「僕の家じゃないけど、泊めてもらってるところならそこを右に行ったところだよ」
「襲われてなきゃいいけどね」
来た道を戻る、冷気が段々と強くなっていく。この感覚には覚えがあった、牢獄の国であの人と会った時と同じ異常なまでの冷気、僕は凍えと同時に希望を手に入れた。
「ここがその家!? 外より寒いじゃない、どうなってるのよ!」
「わ、分かりませんよ……けど。もしかしたら」
あの人が来ているのかもしれない、僕はそんな淡い期待を抱いて扉を開いた。雨に濡れた体には薄く氷が貼る、払い落としても落としても再び現れた。
『あ、おかえり。無事だったんだ』
『黒』は僕に毛布を被せながら心配していたとは思えない口振りで続けた。
『あのローブ野郎が色々やってたみたいでね、その調査に天使が来てるんだよ……あれ? 誰?』
あの黒ローブに対して少し口の悪くなった『黒』はようやく女に気がついた。
「アタシはアルテミス・ハイリッヒ。その子の知り合いなら感謝して欲しいところね。アタシがいなかったら今頃あの鳥の胃袋の中よ?」
『ふーん……別に、僕が感謝する理由なんてないけど。一応ありがと、管理の甘い神具所持者様』
神具所持者と見破られたからか、はたまた『黒』の態度の悪さからか、アルテミスは微かに顔をしかめた。そういえばあの弓をヘルメスに持ってこさせたのは『黒』だったような……この件はこれ以上考えない方がいいのか?
「天使が来てるって……なんか、レインコート着てる人?」
『寒そうな格好してる人と、無愛想を極めた人』
僕をさらに毛布で包み、獄炎石を中に入れた。アルテミスの方にももう少し気を使って欲しいのだが、おそらく無理だ。『黒』は身動きの取れなくなった僕を抱えてリビングに向かった、アルテミスを置いて。
『やあシャルン、何か分かった?』
シャルン、そう呼ばれ振り返ったのは薄氷の如き少女。真夏の海辺で着るような白いワンピース、涼し気なサンダル。氷で作られた小さな翼と凍りついた光輪から天使だと推測した。透明に近い色の瞳は周囲の景色を反射しながら僕を捉えた。
『魔物使い、あの鳥は?』
僕を指差し、無表情のままに首を傾げる。『黒』が呆れたように言った。
『あの鳥は魔物使いの力で操れないのか、って聞きたいみたいだよ? シャルンはいい加減話し方を勉強した方がいいね』
「あ……無理、でした。なんか魔力が違うみたいで」
『違うけど、在る』
『あの鳥に魔力はあるけど、一般的に魔力と呼ばれているものとは少し違う。って言いたいんだね。ところで僕あの鳥ってのが何か分かってないんだけど』
シャルンは『黒』の疑問に答えずに庭で拾った小石をいじるセツナに目を向けた。
『人間、話せ』
「……やだね。僕はまだ裁かれたくない」
『話さないのなら、お前は裁かれない』
『話さないならここで死ね、って感じかな?』
セツナが黙ったまま時計の針が進んでいく。アルテミスは別の部屋から毛布を取ってきたらしく、包まりながら異様な状況に疑問を抱いた。
セツナが握っていた小石に僅かな赤い光が灯る、だがそれは一瞬のまたたき。
『話せ』
シャルンの手にはいつの間にか剣が握られていた。
氷で作られたそれはセツナの首に当てられる。話さなければ首を飛ばす、と脅している。
「……僕は関係ないからな」
セツナは戸棚から取り出した紙束を掴むと天使に投げ渡す、貼り付いていたような笑みは今はない。
『クローン開発……不敬』
『生命を創っていいのは神だけだって言いたいみたい』
「僕は知らない。友人と言っても研究は別。その資料は彼の自慢の産物さ』
資料を捲るシャルンの目線は高く、僕に内容は読めそうにない。僕は『黒』の手を引いて内容を教えるように頼んだ。
『体細胞を核を除去した卵子に直接注入する……いや、これは違う。あくまでも公式だ』
「それを元に錬金術と魔術、それに呪術を加える。それによって本来解析しきれないはずの魔力の本質を完全にコピーする。魔力が同じでも器は有合せだから質は低い、オリジナルと比べれば弱いよ」
『……この鳥、まさか、あいつ』
僕の手を握ったままの『黒』の手が震えた。その怯えの元を聞く暇もなくシャルンがセツナに詰め寄った。
『人間には出来ない。ザフィの仕事は?』
「君が何を言っているのかは分からないけど、彼は黒っぽい男に教えて貰ったと言っていたよ。生み出した鳥もその男が連れていたモノを試験的にコピーしたってね」
僕の頭が鈍いのか話の内容がイマイチ理解出来ない。あの鳥達が複製品だというのなら、無数の疑問が生まれてくる。一番大きな疑問は何の為にやったのか、だ。
「……気になるなら友人の家に行くといい」
走り書きのメモを無理矢理渡して、セツナはシャルンを追い出した。シャルンの後を追おうとしたのだが、『黒』は僕の手を握ったまま離さなかった。
唇を固く結んだまま睫毛を震わせて佇んでいた。余程怖い何かがあるのだろう、だが僕にはどうすることも出来ない。
「ねぇ、君。彼を……何でもない」
赤い明滅はひどく弱々しい、セツナは疲れたように光りきらない小石を置いた。
「言いたいことがあるなら言ってください、一方的に頼んでるだけじゃ申し訳ないです」
「……彼は、唯一の親友なんだ。実績や技術の関係ない、たった一人の本物の友達。ちゃんと止めればよかった、得体の知れない技術なんて使うものじゃないって、危ないからやめろって」
声が震えている。変わらない鉱石の瞳で、泣きそうな顔で僕を見た。
「……助けて。お願い」
僕は『黒』の手を解いてシャルンを追う。
「待ちなさい! アタシも行く!」
「え、でも、危ないかも……」
「行くったら行く、アタシに指図しないで、アタシがアンタに指図するの。分かった? 神具所持者としてアンタみたいな命知らずのバカ見過ごせないのよ」
僕の返事を待たずアルテミスは扉を開いた。今までとは比べもにならない冷気が肌を刺し、凍りついた街が出迎えた。
驟雨はこの冷気に凍りつき、鳥達を地面に縫い止めている。生きたまま、目を見開いたまま氷の中に閉じ込められた鳥が恨めしそうに僕を見ていた。
そして異常なまでの冷気に襲われる。雨のせいではない、自然現象とは思えない。
「寒っ!? なんなのよ……もう! ちょっとアンタなにしてんの! 今のうちに逃げるの!」
女に手を引かれて路地から飛び出す。走りながら空を見ると、レインコートらしきものを着た天使がこちらを見た気がした。
「ねぇ、アンタ家どこ? とりあえずそこに逃げ込みたいんだけど」
「僕の家じゃないけど、泊めてもらってるところならそこを右に行ったところだよ」
「襲われてなきゃいいけどね」
来た道を戻る、冷気が段々と強くなっていく。この感覚には覚えがあった、牢獄の国であの人と会った時と同じ異常なまでの冷気、僕は凍えと同時に希望を手に入れた。
「ここがその家!? 外より寒いじゃない、どうなってるのよ!」
「わ、分かりませんよ……けど。もしかしたら」
あの人が来ているのかもしれない、僕はそんな淡い期待を抱いて扉を開いた。雨に濡れた体には薄く氷が貼る、払い落としても落としても再び現れた。
『あ、おかえり。無事だったんだ』
『黒』は僕に毛布を被せながら心配していたとは思えない口振りで続けた。
『あのローブ野郎が色々やってたみたいでね、その調査に天使が来てるんだよ……あれ? 誰?』
あの黒ローブに対して少し口の悪くなった『黒』はようやく女に気がついた。
「アタシはアルテミス・ハイリッヒ。その子の知り合いなら感謝して欲しいところね。アタシがいなかったら今頃あの鳥の胃袋の中よ?」
『ふーん……別に、僕が感謝する理由なんてないけど。一応ありがと、管理の甘い神具所持者様』
神具所持者と見破られたからか、はたまた『黒』の態度の悪さからか、アルテミスは微かに顔をしかめた。そういえばあの弓をヘルメスに持ってこさせたのは『黒』だったような……この件はこれ以上考えない方がいいのか?
「天使が来てるって……なんか、レインコート着てる人?」
『寒そうな格好してる人と、無愛想を極めた人』
僕をさらに毛布で包み、獄炎石を中に入れた。アルテミスの方にももう少し気を使って欲しいのだが、おそらく無理だ。『黒』は身動きの取れなくなった僕を抱えてリビングに向かった、アルテミスを置いて。
『やあシャルン、何か分かった?』
シャルン、そう呼ばれ振り返ったのは薄氷の如き少女。真夏の海辺で着るような白いワンピース、涼し気なサンダル。氷で作られた小さな翼と凍りついた光輪から天使だと推測した。透明に近い色の瞳は周囲の景色を反射しながら僕を捉えた。
『魔物使い、あの鳥は?』
僕を指差し、無表情のままに首を傾げる。『黒』が呆れたように言った。
『あの鳥は魔物使いの力で操れないのか、って聞きたいみたいだよ? シャルンはいい加減話し方を勉強した方がいいね』
「あ……無理、でした。なんか魔力が違うみたいで」
『違うけど、在る』
『あの鳥に魔力はあるけど、一般的に魔力と呼ばれているものとは少し違う。って言いたいんだね。ところで僕あの鳥ってのが何か分かってないんだけど』
シャルンは『黒』の疑問に答えずに庭で拾った小石をいじるセツナに目を向けた。
『人間、話せ』
「……やだね。僕はまだ裁かれたくない」
『話さないのなら、お前は裁かれない』
『話さないならここで死ね、って感じかな?』
セツナが黙ったまま時計の針が進んでいく。アルテミスは別の部屋から毛布を取ってきたらしく、包まりながら異様な状況に疑問を抱いた。
セツナが握っていた小石に僅かな赤い光が灯る、だがそれは一瞬のまたたき。
『話せ』
シャルンの手にはいつの間にか剣が握られていた。
氷で作られたそれはセツナの首に当てられる。話さなければ首を飛ばす、と脅している。
「……僕は関係ないからな」
セツナは戸棚から取り出した紙束を掴むと天使に投げ渡す、貼り付いていたような笑みは今はない。
『クローン開発……不敬』
『生命を創っていいのは神だけだって言いたいみたい』
「僕は知らない。友人と言っても研究は別。その資料は彼の自慢の産物さ』
資料を捲るシャルンの目線は高く、僕に内容は読めそうにない。僕は『黒』の手を引いて内容を教えるように頼んだ。
『体細胞を核を除去した卵子に直接注入する……いや、これは違う。あくまでも公式だ』
「それを元に錬金術と魔術、それに呪術を加える。それによって本来解析しきれないはずの魔力の本質を完全にコピーする。魔力が同じでも器は有合せだから質は低い、オリジナルと比べれば弱いよ」
『……この鳥、まさか、あいつ』
僕の手を握ったままの『黒』の手が震えた。その怯えの元を聞く暇もなくシャルンがセツナに詰め寄った。
『人間には出来ない。ザフィの仕事は?』
「君が何を言っているのかは分からないけど、彼は黒っぽい男に教えて貰ったと言っていたよ。生み出した鳥もその男が連れていたモノを試験的にコピーしたってね」
僕の頭が鈍いのか話の内容がイマイチ理解出来ない。あの鳥達が複製品だというのなら、無数の疑問が生まれてくる。一番大きな疑問は何の為にやったのか、だ。
「……気になるなら友人の家に行くといい」
走り書きのメモを無理矢理渡して、セツナはシャルンを追い出した。シャルンの後を追おうとしたのだが、『黒』は僕の手を握ったまま離さなかった。
唇を固く結んだまま睫毛を震わせて佇んでいた。余程怖い何かがあるのだろう、だが僕にはどうすることも出来ない。
「ねぇ、君。彼を……何でもない」
赤い明滅はひどく弱々しい、セツナは疲れたように光りきらない小石を置いた。
「言いたいことがあるなら言ってください、一方的に頼んでるだけじゃ申し訳ないです」
「……彼は、唯一の親友なんだ。実績や技術の関係ない、たった一人の本物の友達。ちゃんと止めればよかった、得体の知れない技術なんて使うものじゃないって、危ないからやめろって」
声が震えている。変わらない鉱石の瞳で、泣きそうな顔で僕を見た。
「……助けて。お願い」
僕は『黒』の手を解いてシャルンを追う。
「待ちなさい! アタシも行く!」
「え、でも、危ないかも……」
「行くったら行く、アタシに指図しないで、アタシがアンタに指図するの。分かった? 神具所持者としてアンタみたいな命知らずのバカ見過ごせないのよ」
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