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第十一章 混沌と遊ぶ希少鉱石の国

銀弓の神具

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セツナが賢者の石の制作に取り掛かってからもう三日目。
僕は夕飯の買い出しに出かけていた。「これを買ってきて」と渡された走り書きのメモは解読不能。さてどうしよう。

「ねぇ、ちょっといい?」

果物屋で見知らぬ女に声をかけられる。金色のグラデーションの髪が特徴的だ。気の強そうなつり目に睨まれて、思わず体が強ばる。

「アンタよね、ヘルメスの後輩って」

「ヘルメス……って?」

聞き覚えはあるが今ひとつ思い出せない、女は苛立った様子で深く息を吐く。

「弓、持ってるよね。返してもらえる?」

「弓?  弓ってもしかして、銀色の……光るやつですか?  矢がいくらでも出てくる……」

「そうよ。分かってるなら早く返して」

温泉の国で渡されたあの銀の弓、そういえばあの青年の名はヘルメスだったか。本人から名乗られていないせいかすぐには思い出せなかった。

「ヘルさんのお姉さん……ですか?」

「姉?  違うしアンタには関係ない、早く返して」

返せ、と言われても。
あの弓は僕の手元にはない。ルシフェルとの戦いで紛失した。弓だけではない、黒い本も何もかも、光に紛れて見失った。
それらを探しもせずに獣達の石だけを回収して、新しくカバンを買うこともなくこの国まで来た。

「すみません、その……持ってないです」

「はぁ?  じゃあ何?  今の所有者はアンタじゃないの?」

金の瞳が僕を睨んだ。美しい輝きは余計に女の感情を増幅させて伝える、僕は萎縮してしまって黙り込んだ。

「……なんだ。じゃあアンタを探さなくてよかったんじゃん」

面倒臭そうにため息をつき、女は水をすくうように両の手を胸の前に。大気からこぼれたような銀の光が集まり、光は次第に長く細く、弓の形をとった。

「アルテミスの弓よ、我の元へ戻れ!」

女の声を合図に光は実体化し本物の弓へと変わる。何度か弦を引き、女は僕に向き直った。

「ろくに使えもしない上に失くすとかありえない。この弓がなんだか知ってる?  十二神具の一つよ?」

「え、ご、ごめんなさい……?」

「はぁ……ありえない、マジありえない。何でこんなのに渡したんだか。ってかあのバカ神具盗むとか最っ低」

少々汚い言葉遣いで文句を垂れる。
僕は居心地の悪さから早く買い物をすまそうと急いだ。セツナに頼まれたのは多分リンゴだ。それと『黒』が桃を欲しがっていたな。他は思い出せないしメモも読めない。僕も何か買おうか、なんてのんびり考えていた。その時だ。


真昼間だというのに急に窓の外が暗くなる、太陽が何かに隠されたらしい。
分厚い雲?  違う、今日は快晴だ。
航空機?  それにしては影が大きすぎるし、何よりエンジンやプロペラの音がない。聞こえるのは羽音だ。

店を飛び出した僕の目に飛び込んできたのは巨大な鳥だった。
鳥──いや、鳥なのか?  羽根がない、あの翼は蝙蝠によく似ている。それに体を覆うあれは鱗だ。顔は馬に似ているような……不気味な見た目だ、魔獣には間違いないだろう。
ぎょろんと下を向いた目は僕を捉えた。あれが鳥かどうかなんて分からない、唯一分かるのは危険だということだけだ。

奇声を上げ、急降下する鳥。咄嗟に横に飛び回避するも、羽の端が僕を吹き飛ばす。頭を果物屋に突っ込んだ鳥は果物の汁で汚れた顔を不機嫌に振り、僕を睨む。

「とっ、 止 ま れ ! 」

何なのかは分からないが、見た目からして魔物だろうと思い込んでいた僕は声を張り上げる。微かな耳鳴りと一瞬の目の痛み、魔物使いとして魔物に命令を下した。
手応えは確かにあった、効いたはずだ。なのにどうしてあの鳥は僕に向かってくるんだ。

「さっさと逃げればいいのに、アンタもバカね」

鳥の後ろから女の声が聞こえた。その直後に銀の矢が鳥の頭を射抜き、鳥は力なく地に伏した。

「この弓はこうやって使うのよ、まぁアンタには無理だろうけど」

不敵な笑みを浮かべ、女は鳥を乗り越えて僕の前に立った。そして目の前に手のひらが差し出される。

「何してんのよ、ほら」

「あ、ありがと」

ぼうっと女の手を眺めていると、腕を掴まれて無理矢理に立たされる。鳥のようなモノはだらしなく舌を垂らしており、見開いたままの目は焦点が合わず、動かない。死んでいる。

「アルテミスの弓は一撃必殺、射られたモノに安らかな死を与える。その効力を引き出すには特別な才能と努力がいるのよ。だーかーらー、これはアンタには勿体無い代物なの」

「は、はぁ……別に、いりませんけど。この鳥、死んじゃったんですよね?」

「アンタ意外と失礼なのね……言ってるでしょ、一撃必殺だって。絶対死ぬの」

馬のような頭に蝙蝠のような羽、爬虫類を思わせる鱗。落ち着いて観察してもこの生き物の正体は分からない。
見覚えのない魔物。いや、魔物使いの力の影響を受けない魔物がいるのか?

「あの、これ……魔物、なんですかね」

「じゃなかったらなんだって言うのよ。でも……確かに、魔力が……違うような」

女の顔に浮かべられていた自信が不安に取って代わる。そして、頭上から曇りガラスを引っ掻くような──酷く不快な鳴き声が降り注いだ。
商店の屋根の上でその巨体は不安定に揺れた。レンガの壁は悲鳴を上げ、ひしゃげたガラスが割れ散った。

「嘘……ちょっと、多すぎ」

反射的に矢を番えた女は、無数に飛来する鳥を見てそれきり言葉を失った。立ち尽くす女の手を引き、僕は鳥の反対方向に走り出す。
頑丈そうな建物の路地に入り込む、間髪をいれず鳥がその馬のような頭を突っ込むが、巨体がアダとなり僕達には届かない。

「な、なんとか……助かった?」

「…………どこが?  ホンットに呑気ね」

女は路地に頭を突っ込んで大口を開けていた鳥の喉を射る、鳥はそれきり動きを止めた。

「あんなにいたんじゃ弓で戦うのは無理ね、とてもじゃないけど捌ききれない。アンタ何かできないわけ?」

「さっきやろうとしたんですけど、僕の力は相手が魔物じゃないとダメで」

「どう見たって魔物なのに……それっぽい魔力を感じないのよね、でも神獣って訳でもないし」

路地の外からは人々の叫び声が聞こえた、鳥は逃げ惑う人々を追うのに気を取られ、近くにいる僕達を素通りした。

「しばらくはここでやり過ごす、アンタもそうしなさい。アンタが出ていったらアタシまで見つかるかもしれない、そうなったら一生恨むから」

「分かりました……けど、街の人が」

「どうしようもないの。見なさい、さっき頭を突っ込んできた奴のせいで壁にヒビが入ってる。あと二、三匹来ればアタシ達は瓦礫の下か胃袋の中。弓で相手取るには多すぎるって言ってるでしょ?」

女は足元のガラスの破片に映った景色を見て弦を引く。銀の光が矢に変わり、神々しく輝く。

「一匹こっちに来る。騒いだらアンタを先に殺るからね」

女は本気だ。口を塞いで何度も頷く。
こちらに向かってきている鳥は歩いているらしく、大きな足音が響いた。
少しずつ少しずつ、近づいてくる。
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