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第十一章 混沌と遊ぶ希少鉱石の国
戦いの記憶
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天使からすればつい最近の出来事だが、人間にしてみれば過去の出来事。記録の中の一文でしかない。
武術の国は神に逆らい滅ぼされた。
当時の俺は人間を甘く見ていた、油断していた。人間ごときに負ける訳がないと奢り高ぶっていた。辺境の地を攻め落とせなど俺には役不足だった。
そのはずだった。
なんの手ごたえもなく、花を摘むよりも楽に殺せる人間達に嫌気がさした。こんな脆い生き物が何故神に歯向かったのか分からない。
本当はただ生きていただけなのだが、その時の俺は戦争の理由を知らなかった。だがあの男は知っていたのだろう、そして信じたくなかったのだろう。
神が自分達を蔑み、嫌っていると。
あの男は愚かにも俺の前に立ちはだかった。部下を逃がしてたった一人で俺の前に立っていた。目隠しをして、十本の剣を地に突き立てて。だから俺は言ってやった。
『……盲が俺に勝てると思っているのか?』
憐れみもあった。
圧倒的な力で押し潰していくのは性にあわない。
ここで震えて背を向けて逃げ変えれば追わないつもりだった。だがあの男はこう返した。
「これはこれは天使様。ごきげんよう。私の目はしっかりとあなたを映しておりますよ」
にこやかに挨拶をしてきた。そんな人間を切る訳にもいかず、生返事をした。
男は続けて俺にある人種について教えた。神には教わらなかった不幸な人間のことを。異形の、亜種人類と呼ばれる者達のことを。
『それを何故俺に教える? 今、何の関係がある?』
苛立っていた。天使を前にして余裕のある目の前の男に、俺は情けなくも腹を立てていた。
『この戦争にその亜種人類とやらが何の関係がある』
「……中心だ」
頭に血が登っていたから、冷静ではなかったから、後から言い訳はいくらでもできた。あの男は十本の剣を振るい、俺を切り刻んだ。
ああ、そうだ。あの男は、あの男こそが亜種人類だった。
再生も間に合わない、十本の剣は速すぎた。天使である俺の目にも止まらぬ早業。忌避され続けた異形だからこその剣技。
「……シュピネ族が巣を張って待ち構えるだけと思うな、私のように獰猛な化け物もいる」
手、足、翼。剣が刺し込まれて、地面に縫い付けられた。雨を降らせたところで意味はなく、天使の力をふるったところで当たらなければ意味がない。
速い、速すぎる、当たらない、見えない。
「こんなふうに標本にされた同族達が大勢いる。この国はそんな人間から守ってくれていたんだ。神もそれを喜んでいると思っていた、だけど違ったみたいだ。私達は神に穢らわしいモノだと思われていたんだ」
男の信仰が深いことは誰の目にも明らかだった。だからこそ彼の話は痛々しく、怨恨に満ちていた。
「それでは天使様さようなら。また会うことのないよう祈っております」
男の姿が見えなくなり、戦争が終結する頃。切り刻まれちぎれ飛んだ体の再生も無事に終わった。人間に負けた屈辱と神への不信感、俺があの戦争で手に入れたものはそれだけだった。
ザフィは人形の質問に答えてから、しばらく懐かしむように人形を眺めていた。
『ザフィ、鍵を』
『……ん、ああ、そうだったな』
シャルンに肩を叩かれ、ようやく目的を思い出す。
『さて、鍵を渡してもらおうか。質問には答えたのだから文句はないだろう? 納得いかないなんて言い訳は聞かないぞ』
『渡すかどうかはこちらの判断だ、頼み一つで鍵を渡すなんてルールはない』
『……なんだと? 渡さない気か?』
『ああ、もう一つ条件を追加する。ここで戦って私に勝ったら鍵を渡す。それでどうだ?』
『勝つ?』
『手合わせ願おう、天使様』
腰に下げた十本の剣、そのうちの二本を抜き、両手に構えた。
『……勝てばいいんだな? 分かった』
ザフィが虚空に手をかざすと黒い雨傘が現れた。漆を塗ったように黒い、骨の多い上等な傘だ。
「……ね、アイツなんであんなに剣持ってるわけ? 十本もいらないでしょ、使い捨て?」
戦いに巻き込まれないように部屋の端まで下がる。着いてきたアルテミスが僕に尋ねた。別に秘密話にする内容でもないのに、僕以外に聞こえないような声で話していた。
「多分……全部使うよ、僕の考えが正しければ」
そう、僕の予想が当たっていれば。人形がコピーしたのが植物の国の王だとすれば。
『シャルン、合図を頼む』
『了解』
『ああ、それとそこの人間達に流れ弾が当たらないように注意してやってくれ』
『了解』
シャルンは僕達の前に立ち、右手を挙げた。その手を振り下ろすと始まりの合図を送る。
シャルンの声と同時に響く金属音。二本の剣と雨傘が擦れ合い、火花が散る。
「何あれ、あの傘金属製?」
「天使の武器なんだから何で作られてるとかないと思うけど」
「……そういうもの?」
「ほら、その弓だって素材分かんないし」
「まぁ、そうね」
傘の先端は鋭く尖っている、武器の使い方としては剣よりも槍に近いのかもしれない。激しい応酬の中、傘の先端が人形の顔を掠めた。
目隠しの紐が切れてその顔があらわになる。翡翠のような八つの目にアルテミスが短い悲鳴を上げた。
しがみつかれた肩の痛みを感じながら、僕は植物の国での失態を思い出していた。
「……人、なの? アレ」
「亜種人類って呼ばれてる普通の人間だよ」
「普通……ってアンタ、獣人くらいなら見たことあるけど、あんなの……」
人形の背から飛び出す蜘蛛の足、節の目立つそれは一本一本が剣を掴み、器用に振るった。アルテミスに掴まれた肩にさらなる痛みを感じる、振りほどきたい思いを抑えてアルテミスを宥める。
十本全ての剣が振るわれるようになってから、ザフィは明らかな劣勢に追い込まれていた。傘を広げて防御に徹するも、手足を掠める剣先は減らない。
『ほら、天使様。もっと攻撃してきてくださいよ』
煽るような口調に応え、ザフィは人形の足を一本掴み、力に任せて引きちぎった。だが人形がそれにこたえた様子はない
『お見事、では……本気を出そう』
人形は目にも止まらぬ速さでザフィの背後に回り込み、足を地に縫い付けるように剣を突き立てた。
ザフィが振るった傘は当たらず、人形は背に生えた蜘蛛の足で天井に張り付いた。
『ザフィ、手を貸そうか』
『いらん! 馬鹿にするな、一人で勝てる!』
そう口では言っているが、ザフィに勝ち目はないように思える。目で追うことすらままならない相手にどうやって勝つというのか、僕には予想もできない。
『……シャルン、人間達を囲う部屋を作れ、今すぐだ、いいな』
少しずつ切り刻まれながらもザフィの表情からは勝利の確信が伺えた。
武術の国は神に逆らい滅ぼされた。
当時の俺は人間を甘く見ていた、油断していた。人間ごときに負ける訳がないと奢り高ぶっていた。辺境の地を攻め落とせなど俺には役不足だった。
そのはずだった。
なんの手ごたえもなく、花を摘むよりも楽に殺せる人間達に嫌気がさした。こんな脆い生き物が何故神に歯向かったのか分からない。
本当はただ生きていただけなのだが、その時の俺は戦争の理由を知らなかった。だがあの男は知っていたのだろう、そして信じたくなかったのだろう。
神が自分達を蔑み、嫌っていると。
あの男は愚かにも俺の前に立ちはだかった。部下を逃がしてたった一人で俺の前に立っていた。目隠しをして、十本の剣を地に突き立てて。だから俺は言ってやった。
『……盲が俺に勝てると思っているのか?』
憐れみもあった。
圧倒的な力で押し潰していくのは性にあわない。
ここで震えて背を向けて逃げ変えれば追わないつもりだった。だがあの男はこう返した。
「これはこれは天使様。ごきげんよう。私の目はしっかりとあなたを映しておりますよ」
にこやかに挨拶をしてきた。そんな人間を切る訳にもいかず、生返事をした。
男は続けて俺にある人種について教えた。神には教わらなかった不幸な人間のことを。異形の、亜種人類と呼ばれる者達のことを。
『それを何故俺に教える? 今、何の関係がある?』
苛立っていた。天使を前にして余裕のある目の前の男に、俺は情けなくも腹を立てていた。
『この戦争にその亜種人類とやらが何の関係がある』
「……中心だ」
頭に血が登っていたから、冷静ではなかったから、後から言い訳はいくらでもできた。あの男は十本の剣を振るい、俺を切り刻んだ。
ああ、そうだ。あの男は、あの男こそが亜種人類だった。
再生も間に合わない、十本の剣は速すぎた。天使である俺の目にも止まらぬ早業。忌避され続けた異形だからこその剣技。
「……シュピネ族が巣を張って待ち構えるだけと思うな、私のように獰猛な化け物もいる」
手、足、翼。剣が刺し込まれて、地面に縫い付けられた。雨を降らせたところで意味はなく、天使の力をふるったところで当たらなければ意味がない。
速い、速すぎる、当たらない、見えない。
「こんなふうに標本にされた同族達が大勢いる。この国はそんな人間から守ってくれていたんだ。神もそれを喜んでいると思っていた、だけど違ったみたいだ。私達は神に穢らわしいモノだと思われていたんだ」
男の信仰が深いことは誰の目にも明らかだった。だからこそ彼の話は痛々しく、怨恨に満ちていた。
「それでは天使様さようなら。また会うことのないよう祈っております」
男の姿が見えなくなり、戦争が終結する頃。切り刻まれちぎれ飛んだ体の再生も無事に終わった。人間に負けた屈辱と神への不信感、俺があの戦争で手に入れたものはそれだけだった。
ザフィは人形の質問に答えてから、しばらく懐かしむように人形を眺めていた。
『ザフィ、鍵を』
『……ん、ああ、そうだったな』
シャルンに肩を叩かれ、ようやく目的を思い出す。
『さて、鍵を渡してもらおうか。質問には答えたのだから文句はないだろう? 納得いかないなんて言い訳は聞かないぞ』
『渡すかどうかはこちらの判断だ、頼み一つで鍵を渡すなんてルールはない』
『……なんだと? 渡さない気か?』
『ああ、もう一つ条件を追加する。ここで戦って私に勝ったら鍵を渡す。それでどうだ?』
『勝つ?』
『手合わせ願おう、天使様』
腰に下げた十本の剣、そのうちの二本を抜き、両手に構えた。
『……勝てばいいんだな? 分かった』
ザフィが虚空に手をかざすと黒い雨傘が現れた。漆を塗ったように黒い、骨の多い上等な傘だ。
「……ね、アイツなんであんなに剣持ってるわけ? 十本もいらないでしょ、使い捨て?」
戦いに巻き込まれないように部屋の端まで下がる。着いてきたアルテミスが僕に尋ねた。別に秘密話にする内容でもないのに、僕以外に聞こえないような声で話していた。
「多分……全部使うよ、僕の考えが正しければ」
そう、僕の予想が当たっていれば。人形がコピーしたのが植物の国の王だとすれば。
『シャルン、合図を頼む』
『了解』
『ああ、それとそこの人間達に流れ弾が当たらないように注意してやってくれ』
『了解』
シャルンは僕達の前に立ち、右手を挙げた。その手を振り下ろすと始まりの合図を送る。
シャルンの声と同時に響く金属音。二本の剣と雨傘が擦れ合い、火花が散る。
「何あれ、あの傘金属製?」
「天使の武器なんだから何で作られてるとかないと思うけど」
「……そういうもの?」
「ほら、その弓だって素材分かんないし」
「まぁ、そうね」
傘の先端は鋭く尖っている、武器の使い方としては剣よりも槍に近いのかもしれない。激しい応酬の中、傘の先端が人形の顔を掠めた。
目隠しの紐が切れてその顔があらわになる。翡翠のような八つの目にアルテミスが短い悲鳴を上げた。
しがみつかれた肩の痛みを感じながら、僕は植物の国での失態を思い出していた。
「……人、なの? アレ」
「亜種人類って呼ばれてる普通の人間だよ」
「普通……ってアンタ、獣人くらいなら見たことあるけど、あんなの……」
人形の背から飛び出す蜘蛛の足、節の目立つそれは一本一本が剣を掴み、器用に振るった。アルテミスに掴まれた肩にさらなる痛みを感じる、振りほどきたい思いを抑えてアルテミスを宥める。
十本全ての剣が振るわれるようになってから、ザフィは明らかな劣勢に追い込まれていた。傘を広げて防御に徹するも、手足を掠める剣先は減らない。
『ほら、天使様。もっと攻撃してきてくださいよ』
煽るような口調に応え、ザフィは人形の足を一本掴み、力に任せて引きちぎった。だが人形がそれにこたえた様子はない
『お見事、では……本気を出そう』
人形は目にも止まらぬ速さでザフィの背後に回り込み、足を地に縫い付けるように剣を突き立てた。
ザフィが振るった傘は当たらず、人形は背に生えた蜘蛛の足で天井に張り付いた。
『ザフィ、手を貸そうか』
『いらん! 馬鹿にするな、一人で勝てる!』
そう口では言っているが、ザフィに勝ち目はないように思える。目で追うことすらままならない相手にどうやって勝つというのか、僕には予想もできない。
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