魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十二章 鬼の義肢と襲いくる災難

羅刹

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警察車両の中、リンは両隣の警官に身の潔白を訴えていた。

「俺なんもしてないんだってぇ!」

「ハイハイ」
「性犯罪者はみんなそう言うの」

警官は慣れた様子で聞き流している。
運転席に座った警官は渋滞に苛立っているようで、トントンと指を鳴らしていた。そして彼は前の車の様子がおかしい事に気が付く。

「……なんか揺れてないか?  前」

運転手の声にリンの両隣の警官達も前の車を見る。
左隣の警官が無線で聞いてみろと提案した。
ザザっと無線特有の雑音が響き、直後、車内に絶叫が響き渡る。警官達にはそれが同僚のものだと分かった。

「お、おい!?  何があった、おい!  どうしたんだ!」

運転手は無線機を叩き、応答を求める。だが、返ってくるのは悲鳴だけだ。

「まっ、前!  前見ろ前!」

リンの右隣に座った警官の言葉に、車内の全員が前の車を見つめる。
激しく揺れ、車内に血飛沫が見え、リアガラスに蜘蛛の巣に似たヒビが入る。

「な……なんだ?」

車を降りて向かう事も出来ず、警官達はその光景に目を奪われていた。

「前の車は確か…………おい性犯罪者!  お前のツレが乗ったとこだよなぁ!  あの女まさか違法義肢でも付けてんじゃねぇだろうな!」

「義肢は注文したところだよ!  合法のやつだ!  俺だって何が何だか……後、性犯罪者って言うな!  まだ容疑者だろ!?」

リンが警官と争い始めた丁度その時、彼らが乗っている車が揺れた。
車内が微かに薄暗くなり、ボンネットに飛び乗った足が見え、リンと警官達はその身を強ばらせる。
ごつりとフロントガラスに大きな丸いものが当たり、ボンネットに転がる。それは前の車に乗っていた警官の首だった。
飛び乗った者がフロントガラスを蹴りつける。防弾仕様のはずのガラスは簡単に割れ、長い黒髪を垂らした頭が入ってくる。

「ぁ……あ、ぁ、なっ、何してる!  早く撃……っ」

運転手は拳銃を抜きながら同僚に指示を出す、が、その声は途中で止まる。
あまりの恐怖に誰も叫ぶこともなく、静まり返っていた車内に咀嚼音が響く。

「…………い、いばらき、さん?」

リンは震え声を絞り出し、のたうつ蛇のような黒い髪の塊に話しかける。
咀嚼音が止み、一瞬の静寂の後、運転手の首を咥えた茨木が後部座席を覗く。
にぃと妖艶な笑みを浮かべ、咥えた首をリンの右隣の警官に投げ、左隣の警官が構えた拳銃に噛み付く。

「いっ、い、ぃい、いばっ、らき、さん?  な、何……な、に」

硬いものが砕ける音──茨木が警官の手と拳銃を噛み砕いた音が車内に響く。
リンは上手く言葉が紡げずにいた。
茨木は手首を噛み砕いた警官の額に角を突き刺し、同僚の首を抱えて硬直してしまった警官の腹に足をめり込ませた。爪先はそのまま内臓を潰し、口から血を吐かせる。茨木はその首筋に牙を突き立て、首を食いちぎった。

「…………ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい、許してっ、許してください!  なんでもしますから、どうか、どうか、こっ、殺さないで……」

リンは顔の前で手を組み、神に祈るように茨木に命乞いをした。
茨木はそれを見て首を傾げ、それからケラケラと笑った。

『おかしな人やねぇ、なに恐がっとんの』

「ひっ…………」

『うちや、茨木や。そない怯えな』

「こっ、ここ、こ、こ」

『……鶏?  よう似てはるよ』

「こ、殺さないで、ください」

茨木はがっちりと組まれたリンの手に頬を擦り寄せ、肘に爪先を引っかけて腕を下ろさせる。
リンの目の前で血まみれの口が開き、中から真っ赤な長い舌が伸びる。舌はリンの頬を舐め、飛び散った血を拭った。

『うち今腕あれへんからなぁ、あんた抱えるのは無理なんや。自分で掴まってくれるか』

「…………え?」

『なんでもする言うたやろ?  うちの首に腕回して、なんやったらうちの腰に足も回して、しっかり掴まり』

「はっ、はい……」

リンは言われた通りに茨木にしがみつく。茨木はドアを蹴破り、隣の車を踏みつけ歩道に移る。
今の惨状を見ていた者も見ていなかった者も、血まみれの茨木を見て悲鳴を上げる。
茨木はそんな通行人の一人の頭を踏み台に、高層マンションのベランダに飛び乗る。
柵を足場に上の階へ、上の階へと登っていく。数秒で屋上へ辿り着き、柵にもたれてふぅと息を吐く。

『離してええよ』

「は、はい」

『…………こわい?』

「……へっ?」

リンの腰は抜けていて、それでも腕を使ってみっともなく後退りをしていた。

『うちが恐いん?』

「そっ、そんな……こと、は」

そりゃそうだ、の回答を飲み込み、リンは返事を誤魔化そうとする。

「…………あなた、は、人ですか?」

『ちゃうよ?』

「で、ですよねー。あはは……分かってた……はは」

防弾ガラスを蹴り割る力、人の首を食いちぎる力、そして額に生えた角。リンはそれらを見てまだ茨木が人間だと思えるようなおめでたい頭はしていない。

「あなた……は、俺に、危害を加えますか?」

『…………されたいんやったらしたるけど』

「あっ、あーっ!  されたくないですされたくないです!  えっと……しません、よね?」

『……うっとーしぃわぁ。そない恐がるんやったらもうええわ』

リンは柵に飛び乗ろうとした茨木の足にしがみつき、待ってと叫ぶ。

「こ、恐がってないです!  えっと、ほら、俺グロ耐性なくて、そ、それで気持ち悪くなっちゃっただけで、あなたのことは恐くありませんからぁ!」

置いて行かれてこのまま屋上でぼーっとしていたら、刑務所行きは間違いない。リンはそう思い込んでいた。
だから喰われる危険が無いように思えてきた茨木との行動を望んだ。

『……ふぅん?  まぁ、嘘でもええわ。それ言えるんやったら大したもんや。もっかい掴まり』

「は、はーい……」

リンは今度は茨木におぶさるように抱き着く。リンの義肢は金属音と機械音を鳴らし、しっかりと組まれた。

『酒呑様と合流するわ。どこおるかはなんとなーくしか分かれへんから、結構かかるで。しっかり掴まらんで落ちても迎えに行けへんからな』

「ちゃんと掴まります!  絶対離しません!」

『ん、ええ子や』

茨木は屋上の柵に飛び乗り、辺りを見回す。
マンションの下には大量の警察車両が集まっていた。
リンがしっかりと掴まっている事を確認し、屋上に向かってくる足音を聞き、茨木は隣のマンションに飛び移る。そこからまた隣へと移り、リンの家がある方向へ向かう。

『…………酒の匂い』

茨木は背の低いビルの屋上で止まり、強い酒の匂いを嗅ぎつける。
予想以上に早く酒呑を見つけられた事に微笑み、方向を変えてまた進む。
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