魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十二章 鬼の義肢と襲いくる災難

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リンの案内を受け茨木が辿り着いたのは薄暗い怪しい店だった。実際はただのコスプレ衣装専門店なのだが、黒を基調とした内装は茨木に不信感を覚えさせた。

「何着ます何着ます?  メイド服いっちゃいます!?」

『メイド……?  前着たんと似ても似つかへんけど』

メイド服と聞いて茨木が思い出すのは、神降の国で着ていた長い袖とスカートに実用的なエプロンが付いた服だ。

「着たことあるんですか?」

『神降の国で働いた時になぁ』

「へぇー……すごいですね。あぁ、このメイド服はあくまでも萌用で…………ま、実用的じゃないですよ」

『実用的やないんやったら嫌やわ』

茨木が求めているのは機能性。手足を振るう邪魔にならず、また簡単には破れないものの事だ。

「実用的って言っても何するかで変わってきますよ」

リンはヘルに服を勧めた時とは打って変わって簡単に諦めた。
リンはあくまでも「子供が好きでもない格好をさせられて嫌がる姿」が好きなのだ。その派生として女装に執着しているだけで、その執着から茨木を美しいと認めただけで、茨木自信に好意を持ってはいない。
端的に言うと、リンにとって茨木は割とどうでもいいという事だ。

「セーラーとかどうです?」

だが、完璧な女装を見たいという欲望はある。この場合は美しければ何でもいいので、扇情的である必要はない。

「メルヒェン風ドレス!」

露出の少ない服であろうと、女性的なものであれば勧める。

『…………あ、これええね』

当の茨木はリンのオススメを気にせず、一人で服を見回っていた。
一人では服を鏡の前に持っていくことも出来ないので、リンを呼び付けて服を運ばせる。

「これかなりひらっひらするスカートですけど……実用的ですか?  360度系ですよ」

『実用的も実用的、最高や』

茨木が選んだのは黒く分厚い布のスカートだった。リンの価値観から見て可愛らしいものではなく「これを着られても面白くないな」なんて感想しか浮かばなかった、

「……ふぅん?」

『広がらんと足開かれへんし、こんだけシルエット誤魔化せたら武器も仕込める。実用的やろ?  布もなかなかごっついわ。これなら何縫い付けても平気やし、ちょっとやそっとで破けへん』

「武器……はぁ、そういう実用的ですか」

茨木は以前メイド服を着た時もスカートの中に散弾銃を隠していた。着物を着ていた頃は短刀を懐に忍ばせていた。
茨木にとっての実用的とはいかに武器を隠せるか、だ。

『あとは……ブーツやね。鉄板仕込めば鉄下駄代わりにはなるやろうし』

「…………物騒」

リンはすっかり落ち込んでいた。仕込み武器というのはロマンではあるが、目の前でされると恐怖が勝つ。
茨木はリンと反比例するようにはしゃいでいた。服を何着も選び、金を持っていないからとリンに払わせる。
自分の身を切らずして得る物のなんと素晴らしい事か!  茨木はそう考えていた。
だが、そんな楽しい時間も店を出た直後に声をかけてきた警官隊によって終わってしまう。

「ぃやぁこんにちは、リーイン・カーネーションさん……だよね?」

「あ、はい。そうですけど」

警官隊はリンに用事があるらしい。そう察した茨木は今のうちにこの場所を離れようかとも思ったが、リンに持たせた服を惜しんで躊躇った。

「あ、彼女さんもちょっといい?」

『……なんでしょう』

「ちょっと待っててね~……」

躊躇っているうちに別の警官に逃げ道を塞がれる。
リンに声をかけた警官は端末を操作し、ある画像をリンに見せる。

「この子に見覚えは?」

それは酒場のトイレの監視カメラに映ったヘルだった。

「あぁ、ヘルシャフト君です」

「そう、こっちは?」

もう一つは以前リンが撮り匿名掲示板にアップしたヘルの女装写真だった。

「これ……も、ヘルシャフト君ですね」

「撮ったの君?」

警官は既に写真を撮ったのはリンだと分かっている。特定済みだ。だが念の為、リンのパソコンを使って別の人物がアップした可能性もある為、一応尋ねた。もしくはただ単に警官の性格が悪かったか。

「…………ええ、まぁ」

「ん、手ぇ出して」

警官はリンが差し出した手に手錠をかける。

「なんで!?」

「十六時二十八分……身柄確保」

「俺が何を!?」

「写真の子はある事件の重要参考人……ってのは関係なく、君は普通に児ポ」

「…………はぁ!?」

茨木はリンと警官の様子を横目で見て、イマイチよく分からないが不味い状況だと理解した。

「彼女さんはこの写真の子知ってる?」

こちらの警官は監視カメラの画像とリンが撮った写真を同時に見せた。

『…………いえ?  見たことある気はするんやけど、知らんわぁ』

「……そっか。じゃあちょっと彼女さんも本部まで来てくれる?」

茨木はとぼけたが、警官は仮の入国管理局の監視カメラ映像もしっかり入手している。街にくまなく設置された監視カメラは管理局からリンの家まで、ヘル達が共に歩いて向かったのを記録している。
だから警官は初めから二人を参考人として引っ張るつもりだった。

「いっやいやいやよ~っく見てよ刑事さん!  この子のどこが児童!?  童顔なだけで十五歳越えてるよ、パスポートも就労ビザも持ってる!」

「ビザがあるからと言って売春は……」

「してないよ!  多分!  いや絶対、純粋なあの子がそんなことするわけない!」

リンの美学として純潔は絶対であった。
だからほとんど理想の少年として見ているヘルが……というのは考えたくもない事だ。

「……この国の成人は?」

「十九だろ?」

「この子は十九?」

「いや……」

リンはヘルの正確な歳は知らない。だが見た目からして十九を越えてはいないと思っていたし、越えていたら困るとも思った。

「なら児ポ」

「…………うそー」

「ほんとー」

「ふざけんなよ!  なにが「ほんとー」だふざけやがって上司にチクるぞ!  ふざけた態度で仕事してますって!  なんか罪状略してますって!」

リンは子供じみた抵抗まで始めたが、問題無く警察車両に押し込まれた。

「ってか児ポってなんだよ!?  これはただの記念写真!  俺写真が趣味なの!」

「……成人未満の者に対し性的好奇心を満たすための行動は──」

「性的好奇心なんか微塵もないよ!  純粋に美を追い求める心!  芸術!」

「…………普通に撮った写真とかね、せいぜいヌードなら芸術ってのもまだ、分かるんだけど……この格好は、ちょっと」

「可愛いよね」

「そういう趣味はないかな。あとその発言も証拠になるね。録ってるし」

警官は胸ポケットからペンのような機械を取り出す。それはこの国では一般的なボイスレコーダーで、リンにもそれは分かった。

「子供に可愛いって言っちゃいけないのかよ!」

「君、やましい気持ちになったりしないの?  あんな趣味して」

「国家権力に趣味を否定された!  もうダメだ、もう終身刑確定だ!」

「俺、正直……子供に手を出す輩は死刑でいいと思ってるんだよねー、設備代や食事代より鉛玉一発の方が安あがりだし」

「それ問題発言として騒いでやるからな!」

手錠をされ、車に乗せられ、両隣に警官が座る。そんな状況でもリンは足をばたつかせて暴れた。だが当然そんな抵抗には何の意味もなく、運転手はエンジンをかける。
リンが乗せられた車の前にはもう一台同じ警察車両がある。茨木はその車に乗せられ、こちらもエンジンがかかる。

『どこ行くん?』

「本部だよ」

茨木は拘束されていない。手錠をかける腕がない事と、大人しい事が理由だった。
それに加え、茨木はリンと違って容疑者でもなんでもない。茨木のパスポートが偽造だということはまだバレていないのだ。
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