魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第十五章 惨劇の舞台は獣人の国

今はもう無い国

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真っ白い髪、それを掻き分けて生えた猫の耳。紺と金のオッドアイ、縦長の瞳孔。赤い首輪に揺れる鈴に、尻尾の先のピンクのリボン。
白い家猫、なんて。失礼かな。

「にゃー……?  どうかしたにゃ?  じっと見て」

「あ、いや。その……初めて見たから」

「にゃにを?」

「えーっと……獣人?  でいいのかな」

「そうだったのにゃ。私は獣人じゃない人初めて見たにゃー」

「あ、そうなんだ。ここは……僕みたいな人はいないの?」

「普通の人間」と言いかけて、「僕みたいな」と慌てて変えた。
何を普通とするかは人によって違うだろう。そもそも僕の普通は世界的に見ればかなり異質だ、魔法は常識外れなものだったらしいから。

「いないにゃー。ここは獣人と……あとはせいぜい鳥人くらいにゃ」

「ちょうじん?」

「鳥さんにゃ。羽根があったりして飛べる子もいるにゃ」

「へぇ……飛べるの?  凄いね」

そういえばさっき翼が生えた人が通ったな。
天使やらと違って腕が翼と同化していたが、不便ではないのだろうか。それとも生来のものなら不便なんて考えないのだろうか。僕は生まれついて動きが鈍い身体を疎ましく思っているけれど。

「……ね、虫とかいないの?」

「虫……にゃー、いないにゃ。亜種人類のことにゃら種族が違うにゃ」

「あ、そうなの?」

「獣人や鳥人は、神獣の末裔って言われてるにゃ。だから神様には割と好かれてる方にゃ。でも亜種人類は神様には嫌われてるにゃ、魔物の血が交じったからなんて伝承があるらしいにゃ」

「色々あるんだね」

「言われている」だとか「伝承がある」だとか、神や天使は当然分かっているのだろうが、人間には確たる証拠がある訳ではないようだ。それでも亜種人類が追いやられていたのは、神や天使を絶対とする人が多いからだろう。

「亜種人類は大体虫っぽいけど、にゃかには違うのもいるにゃ。私が子供の頃に滅びた武術の国には、とっても強い亜種人類さんが居たらしいにゃ。その人は虫とはビミョーに違ってたらしいにゃ」

「へぇ……強い人」

「にゃんでも二刀流にゃらぬ十刀流で、神速の軍曹ってあだ名がついてたにゃ。新聞で見ただけだから詳しくは知らにゃいにゃ」

「十分詳しいよ」

当初の疑問はほぼ解消された、感謝しなければ。
端的な礼を伝えると、ミーアは照れくさそうに笑った。そういった幼い表情を見るのは久しぶりで、少し安らいだ。

「にゃ、今度は私が質問する番にゃ!」

「あ、うん、どうぞ……何かあるの?」

目や足についてだったらどう誤魔化そうか。僕はそればかりを考える。

「たっくさんあるにゃ。まず……ちゃんと聞こえてるにゃ?」

「耳はあるからね?  っていうか、こっちにも僕と同じような耳の人はいるでしょ」

道行く人の中にも頭の上に獣のような耳が生えていない人は確認出来た。

「にゃー……尻尾なくて不便じゃないにゃ?」

「あったことないからね。それに、ここにも尻尾ない人はいるでしょ」

耳や尻尾が見当たらない人は大抵腕に羽根を生やしていた。彼らが鳥人と呼ばれる者達だろう。

「それもそうにゃ。あとは……えーっと、あ!  ヘルさんのいた国のことが聞きたいにゃ!」

ミーアの無邪気な発言に僕の思考は止まってしまった。よりによって僕の故郷の話だなんて。
何か適当なことを言わなければ、当たり障りのない世間話をしなければ、どこにでもあるような話をしなければ。

早く、早く答えろ。そう自分を急かせば急かすほど、何も思いつかなくなっていく。

「あー」だとか、「えっと」だとか、意味の無い音を発して沈黙を避ける。ミーアは目を輝かせて僕を見つめている。未知のものへの期待で溢れている。
ああ、まずい、手が震えてきた。

「僕が……いた国はね、その、薬草作りとか盛んだったかな」

「へー!  すごいにゃすごいにゃ!  詳しく聞くにゃ!」

「え!?  あ、ああ、分かった」

話題を出したのは僕だが、大して詳しくもない話を掘り下げられても困る。
薬草……薬草か、学校を辞めてしばらくは兄に習っていたが、全く頭に入っていなかったな。

「なんか……ほら、日当たりが良い方に歩くやつとか、抜いたら叫ぶやつとか、葉に触ったら肌が緑になるやつとか」

「怖いにゃ」

「えーっと、ピリピリするやつもあったし、まぁ大体苦かったかな、たまに美味しいのもあるけどそういうのに限って毒があるんだよ」

「………食べたのにゃ?  食べてもいいやつなのにゃ?」

兄に無理矢理食べさせられた薬草の数々、その味の感想を話してしまった。
食用の薬草など食べた覚えがない、そもそも人間用ですらないものばかりだった。作物に虫が寄らないように、薬草を煮た液を巻く……なんて使い方だったか。
それを生で食べさせられていたのだが、そんな話をする訳にはいかない。誤魔化さなければ。

「実験という名の拷問で……いや、臨床試験?」

「怖いから薬草はもういいにゃ、どんな人が居るのにゃ?」

「人かぁ……僕、引きこもってたから、あんまり」

「にゃー……あ、家族は? どんな人か聞きたいにゃー」

家族か、一番聞かれたくないところを突かれてしまった。だが、両親も兄も外面はいい。誤魔化すのは容易だろう。

「えっと、確か……母は医者、父は塾の先生、兄は………………読者好き」

「職業と趣味を聞きたかった訳じゃないにゃ」

「じゃあ何を聞きたいのさ」

これ以上掘り下げないでくれ。そんな苛立ちが声に表れる。

「獣人じゃない人に興味があるのにゃ、その人だけの特徴とか人となりが聞きたいのにゃ」

そう言われても、答えられない。
両親とは終ぞまともに話すことはなかった、性格も話し方も知らない。何が好きで何が嫌いなのか、どんな時に笑ってどんな時に泣くのか、何も知らない。

「にゃー……?  難しいにゃ?  じゃあヘルさんのお兄さんが好きな本が知りたいにゃ。きっとここにはないような本にゃ」

「………古代魔法?  とか」

「にゃ!?  すごいにゃ!  そんなの魔法の国くらいにしかないにゃ!」

そう言った直後、ミーアの顔が硬直する。
気が付いたのだ。薬草作りが盛んで古代魔法の本が手に入る国なんて、今はもうない魔法の国以外にありえないと。滅びた国の話をその国の生き残りにさせてしまった、ミーアは血の気が引くのを感じた。

「あとは………人体解剖学とか読んでたかな」

ミーアの変化に気がつかなかった僕はそのまま話を進めた。

「にゃ、も、もういいにゃ。ごめんなさいにゃ」

「………そう?」

「にゃー………ヘルさん、魔法の国の人なのにゃ? 魔法使いなのにゃ? 」

「出身だけど、魔法の才能は無いよ」

「………ごめんなさいにゃ」

「ん、いいよ。気にしないでよ」

そうやって気の毒そうにされるのも嫌だ、憐れまれるのは嫌いだ。だってそういう人は可哀想だと口で言うだけで、何もしてはくれないだろう。

「にゃー……ヘルさん、一人なのにゃ?」

「ううん、今はアルがいるから。それに旅の間に知り合いも増えたし」

無理矢理笑ってみせて、ふと思った。今までの旅で知り合った人達は、僕が魔物使いでなくなっても付き合いを続けてくれるのだろうか、と。
魔物使いでない僕に価値はない、幼い頃のような無意味な人間に戻ってしまう。僕は途端に恐ろしくなった。
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