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第十五章 惨劇の舞台は獣人の国
職人鴉
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朝、いや昼に起きた時、アルは隣に居なかった。
代わりだとでも言いたげに放置された朝食は冷めきっている。端が固くなったパン、挟まった味気ないハムにしなしなのレタス。楽しくない朝食を終えると皿を重しに置かれた紙を見つけた。
アルの書き置きらしい。
──出かけてくる 夜には戻る──
蛇がのたうち回ったような字だ、どうやって書いたかは知らないがアルの体で書いたのだから仕方ない。右下の判代わりの肉球印が可愛らしい。
「………今日は寝てろってことか」
動かない左足を睨む。昨日は無理矢理外に連れ出されたが、倒れたことで事実上の外出禁止となった。
「行くなって言われると行きたくなるなぁ」
行くなと言われてはいないが、その思いは書き置きから伝わる。そもそも今の足では一人で歩けない。
だが、今日の僕は反抗的だ、何をしてでも外に出てやる。
まずはベッドから降りなくては、これは簡単だ。
寝返りでそのまま落ちればいい。
しっかりと受け身を取れば痛くも──ドンッ
痛い。受け身は取れなかった。
まぁ今のは失敗だ。気にしないで行こう。僕は今日から明るい人間に……なれたらいいな。
さて、次は部屋を縦断してドアを開けなければならない。腕だけで移動するのは大変だが、ベッドからドアまでの距離ならそう難しくもない。
右足は動くので、それを軸に体を起こし、ドアノブを支えに立ち上がる。
ドアを開けてもドアノブを掴んだまま、数歩ほど進んでみる。
よし、歩けない訳でもない。左足も感覚が薄くて動きが鈍いだけで、歩行に支障はない。
足が太腿の付け根辺りから痺れた時を想像してもらいたい、そのまま歩いた時どうなるかを。
歩行自体に大きな問題はないだろう? 捻挫したりはするかもしれないが。
ああ、その通り。捻挫するかもしれない。足の感覚が鈍いから地面が分からずに足首を捻って、転ぶ。
僕の場合、その転んだ場所が階段だった。
「だ、大丈夫ですか! お客様……お怪我は!?」
バタバタと駆け寄ってきたのは宿の店主。彼は狐の獣人だろうか、金と黒の立派な尻尾が揺れていた。
「……大丈夫です、構わないで」
「あ、あの、出かけるのでしたら杖か何かをお持ちになった方が……」
「構わないでったら! ぁ……その、すみません。でも大丈夫ですから、気にしないで」
全身が痛い、特に右腕が。
利き手は転んだ時に頭を勝手に庇うのだ、僕はそんな事望んでいないのに。強く打ったせいで腫れている、放っておけば大きな青痣になるだろう。そうなったらアルは心配してくれるだろうか。
店主の制止を振り切って宿の外へ……出たはいいが行き先を決めていない。また公園にでも行こうか。いや、ミーアに会ったら気まずい、やめておこう。
アルは昨日今日とどこに行っているのだろうか。何の用事があって僕を放置しているのだろう。
僕がこんなに痛がってるのに。
「よォ、ダンナ。ンなとこで何寝転がってんだ」
民家の前でまた転んでしまった僕の顔を無遠慮に覗き込んだのは黒い髪の少女だった。
「……ほっといてよ」
「そうもいかねェ。ここァ俺の家ン前だ」
「え、あ、ごめん」
お節介でもなんでもなく、ただ邪魔だっただけか。勘違いしてしまって少し恥ずかしい。
体を起こして少女をよく見れば、腕に黒い羽根が生えている事に気が付いた。鳥人……カラスだろうか。
「……まァ待てやダンナ、ここァひとつ迷惑代ってことで寄ってけや」
「え? あ、今お金ないですすいません」
「金払えたァ言ってねェだろ。俺の店の手伝いしなってンだ」
ギラギラとした黒い瞳と細いながらも筋肉質な腕は僕を捕らえて離さない。
「見ての通り怪我人ですから殴らないで…………え? み、店?」
「どうせヒマだろ? 駄賃はやるからよ、グダグダ言うなやウブなネンネじゃあるめェし」
「いやちょっと何言ってるか分からな……は、離して! やめてよ! 後でお金持ってくるから許して!」
家の中に引きずり込まれ、座らされたのは長机の前。
木の香りが漂う不思議な部屋だ。床には木屑が散らばり、壁にはネックレスやらが打ち付けられている。長机の端には妙な人形が並んでいた。
「あ、あの……何ここ」
「俺の店、ンの裏方だな」
「何のお店なの?」
「まァちょっとした木の細工だ。からくり人形は中々の人気だぜ」
「へぇ……コレとか? すごいね」
「そりゃ全自動くるみ割り人形だ、巻けば動くがくるみとくるみ以外の見分けがつかねェらしい」
人形の作りも獣人の国らしい。動物の耳や尻尾があったり、腕に羽根があったり、こうして見ると可愛らしい。
手に取ったくるみ人形とやらの背中についたネジを回すと、カタカタと動き出した。歯車の音がどこか懐かしく心地良い。
「くるみくるみ……ねェな、コレでいいか」
少女は人形の前に木片を置く。すると人形の手が伸び、木片を口に運ぶ。がきんと音が響いて木屑がパラパラと落ちていった。
「わぁ……すごい」
「こンな感じでくるみを拾っちゃ割るのサ、まァまだくるみの見分けがつかねェンだが」
人形に木の実を見分けろというのも酷な話だろう。くるみ割り人形は俯いて木片の残りを吐き出している。そして僕の指を掴んで、持ち上げ、口元に持っていく。
「……うわぁっ!?」
咄嗟に指を引く。その直後がきんと閉まった人形の口を見て寒気を覚えた。
「手ェ出してちゃ危ねェぞ、見分けつかねェンだからよ」
「見分けつかないって……僕の指砕こうとしたよ!?」
木製の人形に人の指が砕けるのかどうかは知らないが、あの威力なら爪は折れそうだ。
「砕けてねぇンだからガタガタ言うなィ」
「言うよ……あ、止まった」
人形は口を開いたまま止まる。机の端に置き直すと良い具合に収まった。
「ダンナにゃヤスリがけをしてもらいたい。なァにそう難しく考えるこたねェさ、擦りゃイイんだからヨ」
「う、うん」
少女が木からくり抜いてナイフで成型したパーツにヤスリをかける。簡単そうに思えたが加減が難しい。あまり削り過ぎると上手く動かなくなるのだと、当然不十分でも他のパーツと組み合わない。
だが、擦る度に平らになり、ツルツルとした感触になっていくのは面白い。黙々と続ける作業は好きだ。僕がヤスリがけに夢中になっていると、扉を叩く音が聞こえた。
「開いてるぜィ、勝手に入ンな」
「はーい、昨日ぶりに遊びに来たよー」
少女が返事をすると扉が開き、明るい声が入ってきた。
「おゥ、寂しかったぜィ。我が友よ」
一応挨拶をしておこうかと顔を上げると、昨日会った獣人の少女が立っていた。
「ミーア……?」
「あ、ヘルさん! 具合はどうにゃ?」
「え……まぁ、別に大丈夫だけど…………なんで」
まさかまた会うことになるとは思わなかった。予想通り、気まずい。
「なんでィ知り合いかィ。あ……あぁ、アレか、ミーア、とうとう好ィ人見つけたって訳か」
「にゃ!? ち、違うにゃ! 何言ってるにゃ! 昨日ちょっとお話しただけにゃ!」
「顔が真っ赤だぜィ。あとその変な喋り方やめな、気味悪ィ」
「にゃあー! コルネイユが変なこと言うから赤くにゃっちゃうのにゃ! こーんなつるつるハゲ嫌いにゃ!」
ミーアは手と尻尾を振り回して抗議する。つるつるハゲとは誰のことだろうか、この場にその言葉に当てはまる人物はいないと思うのだが。
「ヒッヒッヒッ、そうかィそうかィ。まァどうでもいい、ゆっくりしてきな。俺ァチョイと花でも摘みに行くからよ」
パタパタと手を振って少女は作業部屋を出た。
舞い落ちる羽根が床に積もっていく、よく見れば木屑に黒い羽根が混じっている。掃除をする気はなさそうだ。
それにしても、つるつるハゲとは誰のことだろうか。
代わりだとでも言いたげに放置された朝食は冷めきっている。端が固くなったパン、挟まった味気ないハムにしなしなのレタス。楽しくない朝食を終えると皿を重しに置かれた紙を見つけた。
アルの書き置きらしい。
──出かけてくる 夜には戻る──
蛇がのたうち回ったような字だ、どうやって書いたかは知らないがアルの体で書いたのだから仕方ない。右下の判代わりの肉球印が可愛らしい。
「………今日は寝てろってことか」
動かない左足を睨む。昨日は無理矢理外に連れ出されたが、倒れたことで事実上の外出禁止となった。
「行くなって言われると行きたくなるなぁ」
行くなと言われてはいないが、その思いは書き置きから伝わる。そもそも今の足では一人で歩けない。
だが、今日の僕は反抗的だ、何をしてでも外に出てやる。
まずはベッドから降りなくては、これは簡単だ。
寝返りでそのまま落ちればいい。
しっかりと受け身を取れば痛くも──ドンッ
痛い。受け身は取れなかった。
まぁ今のは失敗だ。気にしないで行こう。僕は今日から明るい人間に……なれたらいいな。
さて、次は部屋を縦断してドアを開けなければならない。腕だけで移動するのは大変だが、ベッドからドアまでの距離ならそう難しくもない。
右足は動くので、それを軸に体を起こし、ドアノブを支えに立ち上がる。
ドアを開けてもドアノブを掴んだまま、数歩ほど進んでみる。
よし、歩けない訳でもない。左足も感覚が薄くて動きが鈍いだけで、歩行に支障はない。
足が太腿の付け根辺りから痺れた時を想像してもらいたい、そのまま歩いた時どうなるかを。
歩行自体に大きな問題はないだろう? 捻挫したりはするかもしれないが。
ああ、その通り。捻挫するかもしれない。足の感覚が鈍いから地面が分からずに足首を捻って、転ぶ。
僕の場合、その転んだ場所が階段だった。
「だ、大丈夫ですか! お客様……お怪我は!?」
バタバタと駆け寄ってきたのは宿の店主。彼は狐の獣人だろうか、金と黒の立派な尻尾が揺れていた。
「……大丈夫です、構わないで」
「あ、あの、出かけるのでしたら杖か何かをお持ちになった方が……」
「構わないでったら! ぁ……その、すみません。でも大丈夫ですから、気にしないで」
全身が痛い、特に右腕が。
利き手は転んだ時に頭を勝手に庇うのだ、僕はそんな事望んでいないのに。強く打ったせいで腫れている、放っておけば大きな青痣になるだろう。そうなったらアルは心配してくれるだろうか。
店主の制止を振り切って宿の外へ……出たはいいが行き先を決めていない。また公園にでも行こうか。いや、ミーアに会ったら気まずい、やめておこう。
アルは昨日今日とどこに行っているのだろうか。何の用事があって僕を放置しているのだろう。
僕がこんなに痛がってるのに。
「よォ、ダンナ。ンなとこで何寝転がってんだ」
民家の前でまた転んでしまった僕の顔を無遠慮に覗き込んだのは黒い髪の少女だった。
「……ほっといてよ」
「そうもいかねェ。ここァ俺の家ン前だ」
「え、あ、ごめん」
お節介でもなんでもなく、ただ邪魔だっただけか。勘違いしてしまって少し恥ずかしい。
体を起こして少女をよく見れば、腕に黒い羽根が生えている事に気が付いた。鳥人……カラスだろうか。
「……まァ待てやダンナ、ここァひとつ迷惑代ってことで寄ってけや」
「え? あ、今お金ないですすいません」
「金払えたァ言ってねェだろ。俺の店の手伝いしなってンだ」
ギラギラとした黒い瞳と細いながらも筋肉質な腕は僕を捕らえて離さない。
「見ての通り怪我人ですから殴らないで…………え? み、店?」
「どうせヒマだろ? 駄賃はやるからよ、グダグダ言うなやウブなネンネじゃあるめェし」
「いやちょっと何言ってるか分からな……は、離して! やめてよ! 後でお金持ってくるから許して!」
家の中に引きずり込まれ、座らされたのは長机の前。
木の香りが漂う不思議な部屋だ。床には木屑が散らばり、壁にはネックレスやらが打ち付けられている。長机の端には妙な人形が並んでいた。
「あ、あの……何ここ」
「俺の店、ンの裏方だな」
「何のお店なの?」
「まァちょっとした木の細工だ。からくり人形は中々の人気だぜ」
「へぇ……コレとか? すごいね」
「そりゃ全自動くるみ割り人形だ、巻けば動くがくるみとくるみ以外の見分けがつかねェらしい」
人形の作りも獣人の国らしい。動物の耳や尻尾があったり、腕に羽根があったり、こうして見ると可愛らしい。
手に取ったくるみ人形とやらの背中についたネジを回すと、カタカタと動き出した。歯車の音がどこか懐かしく心地良い。
「くるみくるみ……ねェな、コレでいいか」
少女は人形の前に木片を置く。すると人形の手が伸び、木片を口に運ぶ。がきんと音が響いて木屑がパラパラと落ちていった。
「わぁ……すごい」
「こンな感じでくるみを拾っちゃ割るのサ、まァまだくるみの見分けがつかねェンだが」
人形に木の実を見分けろというのも酷な話だろう。くるみ割り人形は俯いて木片の残りを吐き出している。そして僕の指を掴んで、持ち上げ、口元に持っていく。
「……うわぁっ!?」
咄嗟に指を引く。その直後がきんと閉まった人形の口を見て寒気を覚えた。
「手ェ出してちゃ危ねェぞ、見分けつかねェンだからよ」
「見分けつかないって……僕の指砕こうとしたよ!?」
木製の人形に人の指が砕けるのかどうかは知らないが、あの威力なら爪は折れそうだ。
「砕けてねぇンだからガタガタ言うなィ」
「言うよ……あ、止まった」
人形は口を開いたまま止まる。机の端に置き直すと良い具合に収まった。
「ダンナにゃヤスリがけをしてもらいたい。なァにそう難しく考えるこたねェさ、擦りゃイイんだからヨ」
「う、うん」
少女が木からくり抜いてナイフで成型したパーツにヤスリをかける。簡単そうに思えたが加減が難しい。あまり削り過ぎると上手く動かなくなるのだと、当然不十分でも他のパーツと組み合わない。
だが、擦る度に平らになり、ツルツルとした感触になっていくのは面白い。黙々と続ける作業は好きだ。僕がヤスリがけに夢中になっていると、扉を叩く音が聞こえた。
「開いてるぜィ、勝手に入ンな」
「はーい、昨日ぶりに遊びに来たよー」
少女が返事をすると扉が開き、明るい声が入ってきた。
「おゥ、寂しかったぜィ。我が友よ」
一応挨拶をしておこうかと顔を上げると、昨日会った獣人の少女が立っていた。
「ミーア……?」
「あ、ヘルさん! 具合はどうにゃ?」
「え……まぁ、別に大丈夫だけど…………なんで」
まさかまた会うことになるとは思わなかった。予想通り、気まずい。
「なんでィ知り合いかィ。あ……あぁ、アレか、ミーア、とうとう好ィ人見つけたって訳か」
「にゃ!? ち、違うにゃ! 何言ってるにゃ! 昨日ちょっとお話しただけにゃ!」
「顔が真っ赤だぜィ。あとその変な喋り方やめな、気味悪ィ」
「にゃあー! コルネイユが変なこと言うから赤くにゃっちゃうのにゃ! こーんなつるつるハゲ嫌いにゃ!」
ミーアは手と尻尾を振り回して抗議する。つるつるハゲとは誰のことだろうか、この場にその言葉に当てはまる人物はいないと思うのだが。
「ヒッヒッヒッ、そうかィそうかィ。まァどうでもいい、ゆっくりしてきな。俺ァチョイと花でも摘みに行くからよ」
パタパタと手を振って少女は作業部屋を出た。
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