魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第十五章 惨劇の舞台は獣人の国

彼の嫌いなハッピーエンド

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''これはとある村の物語''

''そこは多種多様な獣人達が自然と共に暮らす、美しい村でした。
住民達の暮らしは豊かなものではありませんでしたが、平和で温かい暮らしを送っておりました"

"ある日の午後のこと、太陽が燦々と輝く青い空の下。
住民達は気がつきました、村に化物が居ることに。
住民達は皆叫びました、「化物を殺せ! 」と。
住民達は気がつきました、自分以外全て化物だと。
住民達は決めました、自分以外のモノを皆殺しにするのだと。
そうすれば、あの平和で温かい日常が戻ってくると信じて"

"ですが、あぁ、あぁ何ということでしょう。
住民達が化物だと言ったのは、全て住民達だったのです。
他者が化物に見えてしまっていたのです。
なんという真実!  なんという悲劇!
住民達はとうとうその真実に気がつかぬままで、一人残らず死んでしまいました''




不気味なまでによく通る声で、ルートは誇らしげに気味の悪い物語を語った。やはりこの惨状はルートが引き起こしたことだ、怒りと憎しみがふつふつと湧き上がる。

「ヘル……さん、ヘルさんっ」

泣きながら僕の手を握るミーアに、大丈夫と声をかける。何も大丈夫ではないというのに、解決策も見つからないくせに。

「っと、少し長くなりましたかね。日没までには家に帰りたいので……そろそろ終わらせましょうか。そこでアナタ方にご協力いただきたいのでございます」

ルートは「今すぐにでもお前らを殺せるぞ」とでも言いたげに、筆を本に当てている。あの本を取り上げない限り、ルートの遊戯に付き合わない選択肢はない。

「未だ立てこもっている人々を、ここに引きずり出して欲しいのです」

「何のために?」

「決まっているでしょう?  物語を完成させるためですよ、「一人残らず」と書いてしまいましたからね」

「……ふざけるなよ。そんな真似出来る訳ないだろ!  僕に殺せって言ってるようなもんじゃないか!」

「そうですけど?  何ですか、アナタ。自分よりも他人の命を優先するんですか?  理解し難い思考ですね」

他人を優先する?  そんなつもりはない、僕は人殺しの汚名を被さりたくないだけだ。

「ま、一人くらいならいいでしょう」

どん、と腹に重い衝撃。見れば僕の腕よりも太い槍が腹を貫いていた。
ルートの嘲笑が聞こえた気がして、槍は消える。
血がどんどん溢れ出てきて僕はアルから落ちた。

『ヘル!?  どうした……まさか!』

アルにもミーアにも腹の穴は見えていないらしい。
ルートが僕にだけ幻覚を見せているのだ。幻覚だと分かっているのに、今も自分に言い聞かせているのに、血も痛みも止まらない。

「さてさて、取引と参りましょう。家の中にこもっている人を残らず連れてきてください。そうすれば彼の傷は消して差し上げますよ。あぁ、見えていませんか?  お腹に大きな穴が開いているのですよ、そろそろ意識も危ういのではないでしょうか。早くした方が良いですよ」

アルとミーアは何も見えていないだろうに僕の腹と顔を交互に見ていた。
ミーアはそのうちに泣き出して僕の胸に縋り付いた。「ごめんなさい」と謝りながら。会ったばかりの僕のために自分が生まれ育った村を犠牲にすることは出来ないと、そういう旨の謝罪だった。
アルは僕の目をじっと見つめた後、民家の方に走っていった。
ルートの笑い声は大きくなるばかりだ。

「間に合うでしょうかね。ふふ……まぁ、間に合ったところで、ですけど」

笑い過ぎて腹が痛いとまた笑い、ルートはアルが家に入ったことを確認して話した。

「流石に傷は治せませんよ。幻覚といえども物語の中では本物の傷ですし、ワタクシは物語の中で癒しの魔術を使う気などありませんから。だってそんなのがあったら、ハッピーエンドが目に見えてしまってつまらない。ハッピーエンドは嫌いなんですよ、決まりきった物語なんて面白くありませんから」

「……嘘、ついたの?  ヘルさん、死んじゃうの?」

「ま、そういうことですね。せいぜい悲劇のヒロインぶってくださいな。泣き叫ぶだけの無能なヒロインは物語には欠かせませんから」

ミーアは僕の頭を抱き締め、何も言わずに泣き続けた。
僕は靄のかかった視界の奥でルートの背後にアルを見た。ルートはアルに気が付かず、まだ何か物語を綴っていた。
数秒後にその腕が喰いちぎられるとも知らずに。
地に落ちたルート、血に染まる本。隣に寄り添うアルさえも、今はよく見えない。

『貴方が他人を犠牲にするのを嫌ったようだから、本を奪えば幻覚は終わるはずだから、ああしたんだが……ダメなのか、ヘル』

ルートの嘘を見破った訳でも盗み聞きした訳でもなく、アルは僕の言葉を勘違いしてそれに従ったのだ。僕をまるで善人のように思ってくれていたから、家に入ったフリをしてルートに忍び寄ったのだ。

今、腹に穴は見えないし痛みも感じない。幻覚は終わっているのだろう。
傷自体は消えたが、出血や内蔵への損傷の錯覚はそのままだ。
狭くなっていく視界が光で溢れる、死ぬのかななんて胡乱に思った。




『邪悪な人間に惑わされし神獣の子らよ、神の癒しを受け給え』

優しい声に、獣人達の傷が癒えていく。血を流し倒れていた人々は起き上がり、記憶の欠如に混乱した。

「ん?  ここァ……広場?  何でンなとこに」

「コルネイユ……!?  怪我、怪我は……無い?」

瀕死の重傷を負っていたコルネイユは何事もなかったかのように起き上がった。
獣人の少女達の前に居たのは大きな翼を持った天使だった。

「……天使様?」

『貴女も傷がありますね、さぁ……診せてくださいな』

「天使ィ……?  本物かよ」

唖然とするコルネイユをよそに、天使はミーアの腕の引っ掻き傷を癒す。

「……ありがと、天使様。ヘルの怪我も治してもらえる?」

『ヘル……?  この子ですか。人間……ですね』

「…………ダメなの?  ヘルは私を助けてくれた、良い人よ。天使様は善人は救ってくれるのよね?」

『そうですか……なら、駄目だなんて言いませんよ』

少し考え込む素振りを見せたが、天使はヘルにそっと手をかざした。
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