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第十五章 惨劇の舞台は獣人の国
神の癒しを与える者
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目を覚ますと、僕は見知らぬ青年の膝の上に座っていた。
『幻の傷とは厄介なモノを受けましたね』
幼げで中性的な顔立ちの青年は、僕と目が合うと驚く程に優しい声で話しかけてきた。
「え? あ、あぁ……はい……?」
状況が全く理解出来ないが、意識も視界もはっきりとしている。
とにかく情報を得ようと青年を観察すると、薄い水色の髪の上に光輪を見つけた。白い翼も視界の端に捉えられた、彼は天使らしい。
『ヘル……大丈夫か?』
くい、と袖を引かれて振り返ると、心配そうに僕を見上げるアルと目が合う。アルは僕の袖を咥えたまま、きゅうんと可愛らしい声を出した。
「多分大丈夫。ねぇアル、この人は?」
『天使だという以外は分からん。私に敵意を向けんのも理解出来ん』
魔獣に構わない天使も少数だが居る、アルもその事は分かっている。
アルが「理解出来ない」と言っているのはこの状況で魔獣を疑わないというその特異性だ。
神獣の末裔とも伝わる獣人が襲われたのなら、犯人は魔物だと決めつけるのが天使というものなのに。アルはそう考えているようだし、僕も少なからずそう思っている。
『足と目も治しておきましたよ』
「あ、ありがとうございます……あの、あなたは、アルがやったって思わないんですね」
『……ええ、降りるのに手間取りましたが状況は理解していますので、寧ろ感謝致します』
状況を理解している──つまり、ルートがやったと知っている。アルが僕や獣人を守ろうと動いていたことを知っている。そしてそれを正直に認識している。
彼は話の分かる天使だ、それが分かれば安心できる。
治癒の効果はどんなものかと軽く左足を揺らしながら、右眼に手をやった。左足の感覚は戻っていたし、右眼も見える。
『こんな酷い怪我をして、辛かったでしょう? こんなに小さいのに……苛酷な運命に良く耐え切りました、偉いですよ』
僕はそんなに幼い子供に見えるのか? それは少し不満だが、褒められて悪い気はしない。
『少し話して頂けますか? この男の力の詳細と、貴方とそこの魔獣について』
天使と話していると……いや、この微笑みを見ていると、心が浄化されていくのを感じる。心身の全ての傷が癒されて、温かい光で満ちていく。
断る理由もなく僕はここであった出来事を話した。
『……成程、この男がトートでしたか』
「トートって?」
『死神兄弟、なんて呼ばれる作家ですよ。ただ……報告と違いますね。報告ではトート兄弟の力は本物の現実改変でしたから』
「え、じゃあ、違う人?」
『かも知れませんね、サリエル!』
天使が声をかけた先には、もう一人天使がいた。
サリエルと呼ばれたのは、大鎌と小瓶を持った白い髪の天使。彼女の瞳は白目がなく真っ黒な……穴のようだった。
『彼はルートヴィク・トート。トートには間違いありませんが報告のトート兄弟とは違います。このトートは彼等のさらに下の弟で、力の弱い者です』
『そうでしたか、トート兄弟は出来れば片付けておきたい問題でしたが……仕方ありませんね。彼らに関する命令はありませんし』
サリエルはルートの体の上で大鎌を振るい、小さな小瓶に何かを詰めた。小瓶の中は淡く光る玉でいっぱいになっている。
『魂の回収、完了致しました』
『お疲れ様、先に帰っておいてもらえるかな』
『承知しました』
サリエルは深々と頭を下げ、その白く長い髪を振り、翼を広げて飛び立った。
『……さて、次は貴方達についてです』
天使はまた僕の頭を撫でながら、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
『話すのは構わんが、名も知らぬ相手となると警戒せざるを得ないな』
『これは失礼、自己紹介を忘れていましたね。ラファエルと申します。どうぞお手柔らかに』
『……ラファエル? 本当か? 貴様ら大天使は天界から降りられないと聞いたが』
ラファエルの名を聞き、アルはピンと耳を立たせる。
『ですから、手間取ったと申しましたでしょう? 神獣の子らの傷を癒すのに適任は私しかおりませんから』
『獣人に対しては優しいんだな』
『……神の御意志です』
僅かに笑みが固くなる……が、一瞬あとにはもう戻っていた。淡い黄色の瞳はどこか寂しそうに見える。
『さて、貴方について教えていただけますか? 賢者の石を扱った合成魔獣なんて、冒涜にも程がある。天使によっては問答無用で攻撃されるでしょう』
『科学の国で造られ、希少鉱石の国で手直しされた』
『希少鉱石……ああ、錬金術師がまだ残っていましたね』
『攻め滅ぼす気か?』
『神にはそんな気はありませんよ、錬金術を衰退させようというのは人間の意思ですから』
神への冒涜とされる錬金術、それを潰えさせるのは信仰心溢るる人間。たまに暴走してしまう天使もいるけれど──ラファエルはそう語った。神はあまり人間界に手出ししないのだと。
『どうして合成魔獣が人間に付き従っているのですか?』
『…………惚れただけだ』
『へぇ……? そこまでの魔力を持っているようには感じませんが』
僕はもう魔物使いではない、治してもらった右眼は黒いのだろう。黒い毛先を見てそう思う。ラファエルの癒しはアシュの言葉を借りれば「時間を進める」類のものだということだ。
『ヘルは魔法の国で生まれたんだがな、魔法を使えないために虐げられていたのさ。それを憐れに思って寄り添っているうちに、本当に可愛くなった、惚れてしまった。これでいいか?』
適当に真実を加えた嘘、スジは通っている……のか?
魔力は魅力に直結する、特に魔物にとっては。今の僕には何の魅力もない、そんな嘘が通じるとは思えなかった。
『成程、素晴らしい』
意外なことにアルの話を信じたのか、ラファエルは満面の笑みでアルの頭を撫でた。
……なんだろう、今、少し、胸の奥がチリっとしたような。アルに触れられたのが嫌だった? いや、いくら僕でもそんな幼稚な感情を抱くなんてありえない。
『合成魔獣には天界に出入りする者もおりますし、貴方もそうなっても良いかもしれませんね。人の子を愛する魔獣とは、なんと素晴らしい』
『…………世間知らずが幸いしたな』
アルはラファエルに聞こえないように呟いた。
『さて、貴方は魔法の才を持たない魔法使い、ということでよろしいのですね?』
「あ、はい。でも魔物……」
魔物使いです、と言おうとして止めた。
今は違うから……ではなく、『黒』との会話を思い出したからだ。
──『天使は君を狙ってる、隊長様が号令を出したからね、魔物使いを殺せって』
『黒』の言う隊長様とやらが誰かは知らないが、号令ならば全ての天使に伝わっているだろう。
『魔法使いでも魔法が使えないならなんら問題は…………魔物がどうかしましたか?』
「あ、いえ、アルのおかげで魔物には馬鹿にされないなって。それだけです」
『そうですか、良き友を持ちましたね』
僕が魔物使いだということを言わずに誤魔化した理由を察したのか、アルは何も言わずに頷いた。
『貴方達の友情に敬意を表しまして、これをお渡し致します』
ラファエルは自分の羽根を一枚毟って僕に渡した。
『賢者の石を扱った合成魔獣ということで天使と問題を起こすこともありましょう、その時はこの羽根を見せてください。ラファエルが認めたと言えば引きがらぬ者はおりませんから』
「ありがとうございます。ラファエルさんって、凄いんですね」
『大天使ではありますが……凄い、というのは』
困ったように笑う、照れていると言った方が正しいかもしれない。
『これを持てば天使に襲われない……と?』
『ええ、基本的には』
「基本的?」
不安になることを言う、これで安心できるかと思ったのに。
『現在の実質的な天使長が命令すれば私の羽根では力不足でしょう、ですが彼が魔獣一体を気にするとも思えません、大丈夫ですよ』
ラファエルはそう言って微笑んでいるが、僕の不安は形を明らかにしていく。
『黒』の言う隊長様に、天使の言う天使長は同じ天使なのではないか、と。
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神獣の末裔とも伝わる獣人が襲われたのなら、犯人は魔物だと決めつけるのが天使というものなのに。アルはそう考えているようだし、僕も少なからずそう思っている。
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状況を理解している──つまり、ルートがやったと知っている。アルが僕や獣人を守ろうと動いていたことを知っている。そしてそれを正直に認識している。
彼は話の分かる天使だ、それが分かれば安心できる。
治癒の効果はどんなものかと軽く左足を揺らしながら、右眼に手をやった。左足の感覚は戻っていたし、右眼も見える。
『こんな酷い怪我をして、辛かったでしょう? こんなに小さいのに……苛酷な運命に良く耐え切りました、偉いですよ』
僕はそんなに幼い子供に見えるのか? それは少し不満だが、褒められて悪い気はしない。
『少し話して頂けますか? この男の力の詳細と、貴方とそこの魔獣について』
天使と話していると……いや、この微笑みを見ていると、心が浄化されていくのを感じる。心身の全ての傷が癒されて、温かい光で満ちていく。
断る理由もなく僕はここであった出来事を話した。
『……成程、この男がトートでしたか』
「トートって?」
『死神兄弟、なんて呼ばれる作家ですよ。ただ……報告と違いますね。報告ではトート兄弟の力は本物の現実改変でしたから』
「え、じゃあ、違う人?」
『かも知れませんね、サリエル!』
天使が声をかけた先には、もう一人天使がいた。
サリエルと呼ばれたのは、大鎌と小瓶を持った白い髪の天使。彼女の瞳は白目がなく真っ黒な……穴のようだった。
『彼はルートヴィク・トート。トートには間違いありませんが報告のトート兄弟とは違います。このトートは彼等のさらに下の弟で、力の弱い者です』
『そうでしたか、トート兄弟は出来れば片付けておきたい問題でしたが……仕方ありませんね。彼らに関する命令はありませんし』
サリエルはルートの体の上で大鎌を振るい、小さな小瓶に何かを詰めた。小瓶の中は淡く光る玉でいっぱいになっている。
『魂の回収、完了致しました』
『お疲れ様、先に帰っておいてもらえるかな』
『承知しました』
サリエルは深々と頭を下げ、その白く長い髪を振り、翼を広げて飛び立った。
『……さて、次は貴方達についてです』
天使はまた僕の頭を撫でながら、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
『話すのは構わんが、名も知らぬ相手となると警戒せざるを得ないな』
『これは失礼、自己紹介を忘れていましたね。ラファエルと申します。どうぞお手柔らかに』
『……ラファエル? 本当か? 貴様ら大天使は天界から降りられないと聞いたが』
ラファエルの名を聞き、アルはピンと耳を立たせる。
『ですから、手間取ったと申しましたでしょう? 神獣の子らの傷を癒すのに適任は私しかおりませんから』
『獣人に対しては優しいんだな』
『……神の御意志です』
僅かに笑みが固くなる……が、一瞬あとにはもう戻っていた。淡い黄色の瞳はどこか寂しそうに見える。
『さて、貴方について教えていただけますか? 賢者の石を扱った合成魔獣なんて、冒涜にも程がある。天使によっては問答無用で攻撃されるでしょう』
『科学の国で造られ、希少鉱石の国で手直しされた』
『希少鉱石……ああ、錬金術師がまだ残っていましたね』
『攻め滅ぼす気か?』
『神にはそんな気はありませんよ、錬金術を衰退させようというのは人間の意思ですから』
神への冒涜とされる錬金術、それを潰えさせるのは信仰心溢るる人間。たまに暴走してしまう天使もいるけれど──ラファエルはそう語った。神はあまり人間界に手出ししないのだと。
『どうして合成魔獣が人間に付き従っているのですか?』
『…………惚れただけだ』
『へぇ……? そこまでの魔力を持っているようには感じませんが』
僕はもう魔物使いではない、治してもらった右眼は黒いのだろう。黒い毛先を見てそう思う。ラファエルの癒しはアシュの言葉を借りれば「時間を進める」類のものだということだ。
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『成程、素晴らしい』
意外なことにアルの話を信じたのか、ラファエルは満面の笑みでアルの頭を撫でた。
……なんだろう、今、少し、胸の奥がチリっとしたような。アルに触れられたのが嫌だった? いや、いくら僕でもそんな幼稚な感情を抱くなんてありえない。
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『さて、貴方は魔法の才を持たない魔法使い、ということでよろしいのですね?』
「あ、はい。でも魔物……」
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『黒』の言う隊長様とやらが誰かは知らないが、号令ならば全ての天使に伝わっているだろう。
『魔法使いでも魔法が使えないならなんら問題は…………魔物がどうかしましたか?』
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困ったように笑う、照れていると言った方が正しいかもしれない。
『これを持てば天使に襲われない……と?』
『ええ、基本的には』
「基本的?」
不安になることを言う、これで安心できるかと思ったのに。
『現在の実質的な天使長が命令すれば私の羽根では力不足でしょう、ですが彼が魔獣一体を気にするとも思えません、大丈夫ですよ』
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