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第二十二章 鬼の義肢と襲いくる災難
評定は
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サタンは床に散らばったカマエルの左手と右足首、それに左足を順に見て、嗜虐的な笑みを浮かべた。
『粗末な騙し討ちだ。作戦と呼べたものでもない。だが、全て成功させた事は評価してやろう。よくやった、魔物使い』
「あ、ありがとうございます……?」
茨木の義肢に搭載された銃は威力と連射を同居させられない。高威力で放てば再びの蓄電と筒の冷却に時間がかかる。低威力で放てばその欠点はある程度補えるが、防がれてしまう。
だから、腕の形のまま、腕を下げたまま、蓄電してもらった。天使達は銃が義肢にあるとは知らない、目に見えなければ警戒が薄れると踏んだのだ。
『……で、どうする?』
サタンはザフィを見上げ、口の端を邪悪に歪める。
『近接戦でもええんよ、そっちのが性に合っとるしなぁ。どないするん? 頭領はん』
『天使は不味そうやから俺ぁやらへん』
「……なに? 結局あれ演技だったんだよね? ヘル君俺殺そうとか本当は思ってないよね?」
茨木はザフィとの肉弾戦を望み、酒呑は戦闘を面倒臭がり、リンはまだ困惑している。アルは僕の守りに専念しているようだし、ザフィを倒すなら茨木に頼む以外の選択肢はなさそうだ。
けれど、倒す以外の選択肢はまだある。僕はそう思いたい。
「……お久しぶりです、ザフィさん」
『…………ヘル君か。会ったのは希少鉱石の国の一件でだったな。あの時……魔物使いの抹殺命令が出ていた。俺はまだ聞いていなかったし、すぐに取り下げられてしまったがね』
僕はカマエルの残骸を跨いで、ザフィが乗った機械の前に立つ。ポケットから一枚の羽根を取り出し、彼に見せる。
『それは…………ラファエルの羽根か』
「僕はあの人に認められた。その時はアルが一緒にいた。でも認めた」
あの時、僕は魔物使いの力を失っていた。もし失っていなかったなら、ラファエルも僕を殺そうとしたのだろうか。
「……偉い人なんでしょ?」
『偉い……まぁ、人間の感覚で言えばそれが妥当かな』
「カマエルは僕の話なんて聞かないだろうからこうしたけど……天使はこれでも死なないんでしょ? 後で伝えておいてください」
『後で?』
「…………見逃してくれますよね? いえ、そうしなくちゃならないはずです。この羽根はそういうふうに使えって渡されましたから」
ザフィはため息を吐き、僕の隣に飛び降り、レインコートのフードを目深に被った。
閉じた傘の先端、鋭く尖ったそれが床を穿つ。ザフィは真剣な目で僕を見つめる。
『俺は魔物が起こした事件で呼ばれたんだ。魔物使いを捕まえに来たんじゃない。お前を見逃す見逃さないなんて話はハナからないんだよ』
「…………酒呑達ですか? 彼らは僕の知り合いで、この国には義手を作りに来ただけです。それだけで裁かれるんですか? 魔獣を造ってる国なのに?」
『事件、と言っただろう。警官に死傷者が出てる。国連加盟国で人が死んでるんだ、天使が無視する訳にはいかない』
「……死んでる? え……? いや、だって、ここに来てまだ一日も経ってないし、僕もほとんど一緒にいて……」
僕が警察から逃げて、この工場にいる間に人を殺した?
そんな馬鹿な。いや、僕を探していた警官を排除していったのなら有り得るか。
『それに、お前自身も人を殺しかけたな。その上ハッキングを仕掛けてそのデータを消した。重罪だぞ。いくらなんでも見逃せない』
「……あれは、僕じゃない。僕は何もしてない」
『どの魔物にやらせたんだ?』
「やらせてない!」
そうだ。カヤが勝手に腕を喰いちぎっただけだ。データを消させるよう言ったのはアルだ。だから僕は悪くない、僕が裁かれるのは間違っている。
『それともう一つ……これは天使が介入することじゃないが、犯罪は犯罪だ。言っておく。お前、売春をしていただろう。今回の殺人未遂もそれが原因らしいな』
「はっ……?」
『まぁ、これは映像があるわけじゃないし。証言に基づくものだから…………あぁ、詐欺の方か?』
「な、何言ってるんですか?」
『写真があるんだよ。女物の服を着て、扇情的なポーズをとって、全く…………それとな、言い逃れはするな、罪が重くなるぞ』
鬼達が警官と争った。僕が男を殺しかけた。それらはまだ分かる。後者は誤解だけれど、理解は出来る。
けれど、売春がどうとか写真がどうとか、その話には全く思い当たる節がない。
『……ヘル、話し合いは終わりか? やるか?』
『魔物使い、早く指示を出せ』
俯いた僕の視界にアルが割り込む。サタンが背後から僕を急かす。
『…………俺はそう強くない。やめてくれよ、死ななくても痛いものは痛いんだ。話し合う気がないなら俺は降参する』
ザフィは少し後ろに下がってそう言った。
「ま、待ってください。まだ話したい……その、売春…………って、なんですか?」
『……知らずにやってたのか? いや、やらされたのか? 胴元がいるならそいつを教えてくれればそいつを──』
「そうじゃなくて! 僕、そんなことしてません! 本当に……思い当たることがなんにもないんですよ!」
ザフィは怪訝そうな顔をして、レインコートのポケットから端末を取り出す。眉間に皺を寄せて操作しているところを見るに、あまり使い慣れていないらしい。
「あぁーっ! あっ……あぁ…………うわ……やっば」
ザフィの次の言葉を待っていた僕の耳にリンの叫び声が届く。少し離れた彼を見れば、彼は顔を真っ青にしていた。
「て、天使様ぁ~? その……お伝えしたいことがー……」
『……なんだ』
「いえその、ははっ……それ多分俺のせいです」
『…………なに?』
「匿名掲示板にヘル君の女装写真上げてー、適当なこと書き込んでー、ちょっと話が大きくなってきたから怖くなって俺は降りたんだけど……ははは…………人の口に戸は立てられない、というか。ネット怖ぇ、というか……」
リンのザフィへの説明を聞いているうちに僕も思い出した。以前この国に来た時、奴隷として連れて行かれた亜種人類達の居場所を調べる為にリンに協力してもらった時の事だ。
リンは報酬として僕の写真を要求した。
そしてその写真を見て勘違いした男が酒場で僕に絡み、カヤが腕を喰いちぎって、僕は警察に追われて──
「…………全部リンさんのせいじゃないですか! 僕が殺人未遂の犯人になったのも! 酒呑達が警官さん達殺しちゃったのも! 全部!」
「シュテンさん達のは俺知らないよ! 楽しそうに美味しそうにやってたもん! どーせ警官が向かってこなくてもやってたよ!」
「元凶が何言ってるんですか!」
「元凶は君の表情だよ! ルックスは正直上の中だし不健康そう過ぎて興奮より心配が先に来るけど、嫌悪や羞恥の表情が人一倍出やすくて質も良くてとにかく最高なんだよ!」
「……っ! 気持ち悪い!」
恩も尊敬も忘れて、僕は本心をそのまま叫んだ。
「あー! 俺そういう趣味未開拓だから罵らないで、心が折れる!」
リンは「悪気はなかった」と繰り返しながらザフィの背に隠れる。ザフィは呆れた目で僕達を見て、深呼吸のようなため息を吐いた。
『……魔物共の件は別だぞ。殺人未遂もな』
「あの人の腕は僕がやったんじゃないんです、やらせてもいません」
『…………証拠も無しに信じろと?』
「僕を信じてくれないんですか?」
何を期待しているのか、自分でも分からない。
人間への情など天使にはないし、僕は神に敵対する存在だ。ザフィが僕を信じるはずがない。
「ヘル君、そこはもっと虐げられた仔犬のような目を……コイツ多分そういう部類の変態だから……」
『違う! 後でしっかり裁いてやるから黙れ!』
ザフィはリンを一蹴し面倒臭そうに僕に向き直ると、また傘を差した。
『俺個人としてはお前を気に入っているし、魔物使いだからというただそれだけで殺すというのは反対だ。けど、それはあくまでも俺個人の話だ』
「ほーら見ろそういう部類の変態じゃないか!」
『黙れと言ったろう! 罪を重くしてやろうか! そもそもお前ら人間と違って天使に性欲は無い!』
破壊された天井から差し込む陽光に影が差す。その影は人の形をしていた。
『はぁ……ったく。さてヘル君、天界で会えたらまた菓子をやる。今のうちに現世に別れを告げておけ』
見上げれば、無数の陶器製の天使達が投げた槍が雨のように降ってきていた。
『粗末な騙し討ちだ。作戦と呼べたものでもない。だが、全て成功させた事は評価してやろう。よくやった、魔物使い』
「あ、ありがとうございます……?」
茨木の義肢に搭載された銃は威力と連射を同居させられない。高威力で放てば再びの蓄電と筒の冷却に時間がかかる。低威力で放てばその欠点はある程度補えるが、防がれてしまう。
だから、腕の形のまま、腕を下げたまま、蓄電してもらった。天使達は銃が義肢にあるとは知らない、目に見えなければ警戒が薄れると踏んだのだ。
『……で、どうする?』
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「……なに? 結局あれ演技だったんだよね? ヘル君俺殺そうとか本当は思ってないよね?」
茨木はザフィとの肉弾戦を望み、酒呑は戦闘を面倒臭がり、リンはまだ困惑している。アルは僕の守りに専念しているようだし、ザフィを倒すなら茨木に頼む以外の選択肢はなさそうだ。
けれど、倒す以外の選択肢はまだある。僕はそう思いたい。
「……お久しぶりです、ザフィさん」
『…………ヘル君か。会ったのは希少鉱石の国の一件でだったな。あの時……魔物使いの抹殺命令が出ていた。俺はまだ聞いていなかったし、すぐに取り下げられてしまったがね』
僕はカマエルの残骸を跨いで、ザフィが乗った機械の前に立つ。ポケットから一枚の羽根を取り出し、彼に見せる。
『それは…………ラファエルの羽根か』
「僕はあの人に認められた。その時はアルが一緒にいた。でも認めた」
あの時、僕は魔物使いの力を失っていた。もし失っていなかったなら、ラファエルも僕を殺そうとしたのだろうか。
「……偉い人なんでしょ?」
『偉い……まぁ、人間の感覚で言えばそれが妥当かな』
「カマエルは僕の話なんて聞かないだろうからこうしたけど……天使はこれでも死なないんでしょ? 後で伝えておいてください」
『後で?』
「…………見逃してくれますよね? いえ、そうしなくちゃならないはずです。この羽根はそういうふうに使えって渡されましたから」
ザフィはため息を吐き、僕の隣に飛び降り、レインコートのフードを目深に被った。
閉じた傘の先端、鋭く尖ったそれが床を穿つ。ザフィは真剣な目で僕を見つめる。
『俺は魔物が起こした事件で呼ばれたんだ。魔物使いを捕まえに来たんじゃない。お前を見逃す見逃さないなんて話はハナからないんだよ』
「…………酒呑達ですか? 彼らは僕の知り合いで、この国には義手を作りに来ただけです。それだけで裁かれるんですか? 魔獣を造ってる国なのに?」
『事件、と言っただろう。警官に死傷者が出てる。国連加盟国で人が死んでるんだ、天使が無視する訳にはいかない』
「……死んでる? え……? いや、だって、ここに来てまだ一日も経ってないし、僕もほとんど一緒にいて……」
僕が警察から逃げて、この工場にいる間に人を殺した?
そんな馬鹿な。いや、僕を探していた警官を排除していったのなら有り得るか。
『それに、お前自身も人を殺しかけたな。その上ハッキングを仕掛けてそのデータを消した。重罪だぞ。いくらなんでも見逃せない』
「……あれは、僕じゃない。僕は何もしてない」
『どの魔物にやらせたんだ?』
「やらせてない!」
そうだ。カヤが勝手に腕を喰いちぎっただけだ。データを消させるよう言ったのはアルだ。だから僕は悪くない、僕が裁かれるのは間違っている。
『それともう一つ……これは天使が介入することじゃないが、犯罪は犯罪だ。言っておく。お前、売春をしていただろう。今回の殺人未遂もそれが原因らしいな』
「はっ……?」
『まぁ、これは映像があるわけじゃないし。証言に基づくものだから…………あぁ、詐欺の方か?』
「な、何言ってるんですか?」
『写真があるんだよ。女物の服を着て、扇情的なポーズをとって、全く…………それとな、言い逃れはするな、罪が重くなるぞ』
鬼達が警官と争った。僕が男を殺しかけた。それらはまだ分かる。後者は誤解だけれど、理解は出来る。
けれど、売春がどうとか写真がどうとか、その話には全く思い当たる節がない。
『……ヘル、話し合いは終わりか? やるか?』
『魔物使い、早く指示を出せ』
俯いた僕の視界にアルが割り込む。サタンが背後から僕を急かす。
『…………俺はそう強くない。やめてくれよ、死ななくても痛いものは痛いんだ。話し合う気がないなら俺は降参する』
ザフィは少し後ろに下がってそう言った。
「ま、待ってください。まだ話したい……その、売春…………って、なんですか?」
『……知らずにやってたのか? いや、やらされたのか? 胴元がいるならそいつを教えてくれればそいつを──』
「そうじゃなくて! 僕、そんなことしてません! 本当に……思い当たることがなんにもないんですよ!」
ザフィは怪訝そうな顔をして、レインコートのポケットから端末を取り出す。眉間に皺を寄せて操作しているところを見るに、あまり使い慣れていないらしい。
「あぁーっ! あっ……あぁ…………うわ……やっば」
ザフィの次の言葉を待っていた僕の耳にリンの叫び声が届く。少し離れた彼を見れば、彼は顔を真っ青にしていた。
「て、天使様ぁ~? その……お伝えしたいことがー……」
『……なんだ』
「いえその、ははっ……それ多分俺のせいです」
『…………なに?』
「匿名掲示板にヘル君の女装写真上げてー、適当なこと書き込んでー、ちょっと話が大きくなってきたから怖くなって俺は降りたんだけど……ははは…………人の口に戸は立てられない、というか。ネット怖ぇ、というか……」
リンのザフィへの説明を聞いているうちに僕も思い出した。以前この国に来た時、奴隷として連れて行かれた亜種人類達の居場所を調べる為にリンに協力してもらった時の事だ。
リンは報酬として僕の写真を要求した。
そしてその写真を見て勘違いした男が酒場で僕に絡み、カヤが腕を喰いちぎって、僕は警察に追われて──
「…………全部リンさんのせいじゃないですか! 僕が殺人未遂の犯人になったのも! 酒呑達が警官さん達殺しちゃったのも! 全部!」
「シュテンさん達のは俺知らないよ! 楽しそうに美味しそうにやってたもん! どーせ警官が向かってこなくてもやってたよ!」
「元凶が何言ってるんですか!」
「元凶は君の表情だよ! ルックスは正直上の中だし不健康そう過ぎて興奮より心配が先に来るけど、嫌悪や羞恥の表情が人一倍出やすくて質も良くてとにかく最高なんだよ!」
「……っ! 気持ち悪い!」
恩も尊敬も忘れて、僕は本心をそのまま叫んだ。
「あー! 俺そういう趣味未開拓だから罵らないで、心が折れる!」
リンは「悪気はなかった」と繰り返しながらザフィの背に隠れる。ザフィは呆れた目で僕達を見て、深呼吸のようなため息を吐いた。
『……魔物共の件は別だぞ。殺人未遂もな』
「あの人の腕は僕がやったんじゃないんです、やらせてもいません」
『…………証拠も無しに信じろと?』
「僕を信じてくれないんですか?」
何を期待しているのか、自分でも分からない。
人間への情など天使にはないし、僕は神に敵対する存在だ。ザフィが僕を信じるはずがない。
「ヘル君、そこはもっと虐げられた仔犬のような目を……コイツ多分そういう部類の変態だから……」
『違う! 後でしっかり裁いてやるから黙れ!』
ザフィはリンを一蹴し面倒臭そうに僕に向き直ると、また傘を差した。
『俺個人としてはお前を気に入っているし、魔物使いだからというただそれだけで殺すというのは反対だ。けど、それはあくまでも俺個人の話だ』
「ほーら見ろそういう部類の変態じゃないか!」
『黙れと言ったろう! 罪を重くしてやろうか! そもそもお前ら人間と違って天使に性欲は無い!』
破壊された天井から差し込む陽光に影が差す。その影は人の形をしていた。
『はぁ……ったく。さてヘル君、天界で会えたらまた菓子をやる。今のうちに現世に別れを告げておけ』
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