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第二十二章 鬼の義肢と襲いくる災難
強襲
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陶器製の天使達を数に入れなければ、ベルゼブブ達と正面から争う天使は四人。
カマエルにゼルク、イロウエル。もう一人には見覚えがない。カマエルとゼルクは単純に強い。イロウエルは精神攻撃が厄介で、ベルゼブブはそれに弱い。
けれど、最優先はその四人の中にはいない。最優先は氷柱を落とす者達だ。
「茨木! あの二人を撃ち落として!」
『茨木! あの二人を撃ち落として!』
偽物が僕の声に被せる。偽物はサタンと共に瓦礫の影に隠れ、氷柱をやり過ごしていた。
右の義手が裂け、筒が伸びる。茨木は身体を反らせて銃を真上に向ける。放たれた光線は彼女の体よりも太く、射線上の氷柱を蒸発させ、黒雲を消し飛ばした。
「当たった……? アル、見える?」
『掠った、だな。既の所で躱したらしい。だが片翼と片腕は削れたぞ。傘も消えた、これで雨が止むな』
雨が……いや、氷柱が止み、黒いレインコートを着た天使が落ちてくる。彼は白いワンピースを着た小柄な天使を抱きかかえていた。
トドメを刺すように言いたいが、誰もそんな暇はない。
『ヘルシャフト様! こっちに魔力回してください! 全っ然足りませんよっ!』
カマエルの剣を噛み砕き、その腕を掴んだままベルゼブブが吼える。背後に忍び寄ったイロウエルを見て、僕は苦渋の決断を下す。
「目を潰せベルゼブブ!」
『っ、目を潰せベルゼブブ!』
偽物が少し遅れた。僕の複製だとは言っていたが、情報を常に更新し続けている訳でもないだろう。複製された後、僕と彼は別々の人生を送ってきた。だから、何度も叫ぶタイミングが合うとは限らない。
『……イロウエルが居るんでしたね…………まぁ、いいでしょう』
ベルゼブブは眼球を抉り出し、ぽっかりと空いた二つの穴から視神経を垂らしてニヤリと笑った。
『触角と翅と味覚さえあれば、空間認識は出来ますから』
口を開けて細長く刺々しい舌を垂らす。翅を揺らして浮遊し、静止する。
『くっ……イロウエル! 貴様の力は目を合わせんと使えんのか! 絶対なのか!』
『発動条件ってもんがあるんだよ、どシンプルなアンタと一緒にするな!』
イロウエルはその場から跳び退き、集中を切らしたカマエルはベルゼブブに腕を喰われる。
あの二人の天使はベルゼブブに任せていいだろう、となると次はゼルクだ。
『……てめぇが格闘最強と見た! 俺とやろうぜ!』
ゼルクは僕達をしばらく観察した後、相手を茨木に絞った。
『鬱陶しいのに捕まった……酒呑様! 援護を!』
『おう! 八の頭の水神よ……』
僕はアルの首筋を撫でて、魔力を移すタイミングを測る。
詠唱する酒呑の背の真ん中に、あの見覚えのない天使が掌底をくらわせる。小柄な彼女から繰り出された打撃は大したものではなかったようで、酒呑は軸をブレさす事もなかった。
『……っ! ……!?』
酒呑は口を押さえ、次に喉を引っ掻き、目を見開いて僕に何かを訴える。
「え……? な、何? アル?」
『…………済まない、あの天使は見た事も無い』
戸惑う僕を放って、偽物が叫ぶ。
『酒呑童子! そいつはシャティエル、沈黙を司る天使だ!』
『……沈黙を。成程。ヘル、あの鬼は声が出せないようだ、つまり……術が使えない』
酒呑の術が封じられたという事は、撹乱や治療はもちろん、結界すら張れなくなったという事だ。
「結構……まずい、よね。どうしよう……」
悩む僕の元に茨木が投げ飛ばされてくる。アルは翼で僕を隠しながら、追撃に来たゼルクの足に噛み付いた。
『てめぇ、いつかのキマイラ……っ! 男同士のタイマンに首突っ込んでんじゃねぇよ!』
ゼルクはアルを引き剥がそうと手を伸ばす。だが、茨木がゼルクの股間を蹴り上げ、それは未遂に終わる。
『……っ、ぁ…………てんっめぇ…………それ、反則っ……』
ゼルクは情けなくも内股になってずるずると崩れ落ちる。
『うち、タイマン張った覚えあれへんよ? しっかしまぁ……天使はんもこういうの効くんやねぇ。靴に鉄板入れてもろて正解やったわ』
『うるっせ……ちきしょう、男性体にしなきゃ良かった……無性体、せめて女性体なら……』
茨木の右腕が刀に変形する。
『……っ! くそっ!』
股間を抑えて蹲っていたゼルクは足を伸ばして飛び退く。だが、一瞬遅かった。額がぱっくりと割れて骨が露出している。
『掠っただけでこれかよ……とんでもねぇ武器仕込んでんだな』
『正々堂々、ゆうのは性に合わへん。化けて、誑かして、凶器使うて……喧嘩ゆうんはそういうもんやろ?』
『バカ言うなよ、喧嘩ってのは一対一で素手でやり合うもんだ』
『これやから男の人は嫌やわぁ、阿呆ばっかり』
茨木の腕が更に変形する。刀が三つに裂け、中から黒い糸が何本も垂れる。糸の先には釣り針のようなものがついており、途中にも小さな棘が見えた。
『素手のタイマンは男の浪漫ってもんなんだよ鬼野郎!』
『男の浪漫は……変形する機械兵器や!』
糸が勢い良く射出され、ゼルクに絡みつく。糸は容易に皮膚を裂き、肉にくい込んでいく。義肢からはキリキリと糸を巻きとる音が聞こえてくる。
『チェーンデスマッチなら慣れてんだよ! 伊達で闘技場の猛獣やってんじゃねぇ!』
ゼルクが自分と茨木の間にピンと張った糸を掴む。
『これは特別製の硬鋼線や、鎖と一緒にしてもらったら……困るなぁ!』
茨木が腕を引く、それと同時に糸は一気に巻き取られ、糸を掴んでいたゼルクの指が切れて飛んだ。
『なんつー機械だよ! 魔術回路も仕込んでねぇのに天使にこんな傷つけるとか……っ!』
『さぁ……次は体行こか! 天使の内臓はどんな味やろなぁ!』
『調子乗んなよ……鬼風情がっ!』
ゼルクは地団駄を踏むように地面を蹴りつける。するとゼルクを中心としてクレーターができ、茨木はその衝撃に転んでしまった。弛んだ糸を解き、ゼルクは茨木の両腕を足で押さえつける。
『正々堂々やり合ってりゃもっと時間稼げたかもなぁ……残念残念、てめぇとはいい試合出来そうだったのによ』
ゼルクの指が再生する。ゼルクは自分の羽根を一つ毟り、それに息を吹きかけた。すると羽根は白い光を放つ短剣に変わる。
『鬼は好きだぜ? 悪魔と違ってホイホイ再生しねぇし、内臓の作りが人間とほとんどおんなじで殺しやすい』
トドメを刺すつもりだ。
「アルっ……」
『駄目だ、私は貴方を守らなければ……』
「ベルゼブブ……」
ベルゼブブは眼孔から血を垂らしながら、カマエルに文字通り食らいついている。石を投げたり足を引っ掛けようとしたり、子供っぽい妨害を繰り出すイロウエルへの対応にも追われている。
アルもベルゼブブも手を貸せない。サタンは分身では無力だそうだし、酒呑は先程シャティエルに術を封じられた。
「どうしよう、どうしよう……やばいやばいやばい……っ!」
短剣が振り下ろされる。茨木はその先端を睨み付けていた。僕は目を覆ってしまった。
「…………ごめんなさい……」
『……ヘル、目を開けろ。形勢逆転だ』
「…………え?」
短剣が刺さったのは酒呑の腕だった。
『あぁ……? ははっ! てめぇイイな! てめぇもイイ、いやてめぇがイイ! さぁ喧嘩しようぜ!』
ゼルクは短剣から手を離し、二歩下がって拳を構える。
『酒呑様…………えぇ、分かりました』
茨木は酒呑の唇を読み、何かを理解してクレーターを這い上がった。
酒呑は茨木が離れた事を確認すると、腕に刺さった短剣を引き抜き、吹き出た血をゼルクに浴びせた。
血は目潰しとして機能し、その隙を突いてもう片方の腕でゼルクの顎に拳を叩き込んだ。
「……どこが形勢逆転なんだよ」
危機をやり過ごせただけだと思うのだが、アルにはそれだけで形勢逆転に見えたのだろうか。
『まぁ見てろ。鬼の血は恐ろしいぞ、指揮するなら個々に詳しくなければな』
ゼルクの顔や服、翼に付着した血。地面に出来た血溜まり。その全てが黒く変色する。腕から流れ続ける血も、地面に辿り着くと黒く濁った。
兄に似ている、なんて思っていると黒い血液の中から蛇が涌く。
無数に涌き出る蛇を見て僕は吐き気を催した。口を押さえながら、僕は見た。
一部始終を眺めていたサタンがニヤリと笑って物陰から出て行ったのを────
カマエルにゼルク、イロウエル。もう一人には見覚えがない。カマエルとゼルクは単純に強い。イロウエルは精神攻撃が厄介で、ベルゼブブはそれに弱い。
けれど、最優先はその四人の中にはいない。最優先は氷柱を落とす者達だ。
「茨木! あの二人を撃ち落として!」
『茨木! あの二人を撃ち落として!』
偽物が僕の声に被せる。偽物はサタンと共に瓦礫の影に隠れ、氷柱をやり過ごしていた。
右の義手が裂け、筒が伸びる。茨木は身体を反らせて銃を真上に向ける。放たれた光線は彼女の体よりも太く、射線上の氷柱を蒸発させ、黒雲を消し飛ばした。
「当たった……? アル、見える?」
『掠った、だな。既の所で躱したらしい。だが片翼と片腕は削れたぞ。傘も消えた、これで雨が止むな』
雨が……いや、氷柱が止み、黒いレインコートを着た天使が落ちてくる。彼は白いワンピースを着た小柄な天使を抱きかかえていた。
トドメを刺すように言いたいが、誰もそんな暇はない。
『ヘルシャフト様! こっちに魔力回してください! 全っ然足りませんよっ!』
カマエルの剣を噛み砕き、その腕を掴んだままベルゼブブが吼える。背後に忍び寄ったイロウエルを見て、僕は苦渋の決断を下す。
「目を潰せベルゼブブ!」
『っ、目を潰せベルゼブブ!』
偽物が少し遅れた。僕の複製だとは言っていたが、情報を常に更新し続けている訳でもないだろう。複製された後、僕と彼は別々の人生を送ってきた。だから、何度も叫ぶタイミングが合うとは限らない。
『……イロウエルが居るんでしたね…………まぁ、いいでしょう』
ベルゼブブは眼球を抉り出し、ぽっかりと空いた二つの穴から視神経を垂らしてニヤリと笑った。
『触角と翅と味覚さえあれば、空間認識は出来ますから』
口を開けて細長く刺々しい舌を垂らす。翅を揺らして浮遊し、静止する。
『くっ……イロウエル! 貴様の力は目を合わせんと使えんのか! 絶対なのか!』
『発動条件ってもんがあるんだよ、どシンプルなアンタと一緒にするな!』
イロウエルはその場から跳び退き、集中を切らしたカマエルはベルゼブブに腕を喰われる。
あの二人の天使はベルゼブブに任せていいだろう、となると次はゼルクだ。
『……てめぇが格闘最強と見た! 俺とやろうぜ!』
ゼルクは僕達をしばらく観察した後、相手を茨木に絞った。
『鬱陶しいのに捕まった……酒呑様! 援護を!』
『おう! 八の頭の水神よ……』
僕はアルの首筋を撫でて、魔力を移すタイミングを測る。
詠唱する酒呑の背の真ん中に、あの見覚えのない天使が掌底をくらわせる。小柄な彼女から繰り出された打撃は大したものではなかったようで、酒呑は軸をブレさす事もなかった。
『……っ! ……!?』
酒呑は口を押さえ、次に喉を引っ掻き、目を見開いて僕に何かを訴える。
「え……? な、何? アル?」
『…………済まない、あの天使は見た事も無い』
戸惑う僕を放って、偽物が叫ぶ。
『酒呑童子! そいつはシャティエル、沈黙を司る天使だ!』
『……沈黙を。成程。ヘル、あの鬼は声が出せないようだ、つまり……術が使えない』
酒呑の術が封じられたという事は、撹乱や治療はもちろん、結界すら張れなくなったという事だ。
「結構……まずい、よね。どうしよう……」
悩む僕の元に茨木が投げ飛ばされてくる。アルは翼で僕を隠しながら、追撃に来たゼルクの足に噛み付いた。
『てめぇ、いつかのキマイラ……っ! 男同士のタイマンに首突っ込んでんじゃねぇよ!』
ゼルクはアルを引き剥がそうと手を伸ばす。だが、茨木がゼルクの股間を蹴り上げ、それは未遂に終わる。
『……っ、ぁ…………てんっめぇ…………それ、反則っ……』
ゼルクは情けなくも内股になってずるずると崩れ落ちる。
『うち、タイマン張った覚えあれへんよ? しっかしまぁ……天使はんもこういうの効くんやねぇ。靴に鉄板入れてもろて正解やったわ』
『うるっせ……ちきしょう、男性体にしなきゃ良かった……無性体、せめて女性体なら……』
茨木の右腕が刀に変形する。
『……っ! くそっ!』
股間を抑えて蹲っていたゼルクは足を伸ばして飛び退く。だが、一瞬遅かった。額がぱっくりと割れて骨が露出している。
『掠っただけでこれかよ……とんでもねぇ武器仕込んでんだな』
『正々堂々、ゆうのは性に合わへん。化けて、誑かして、凶器使うて……喧嘩ゆうんはそういうもんやろ?』
『バカ言うなよ、喧嘩ってのは一対一で素手でやり合うもんだ』
『これやから男の人は嫌やわぁ、阿呆ばっかり』
茨木の腕が更に変形する。刀が三つに裂け、中から黒い糸が何本も垂れる。糸の先には釣り針のようなものがついており、途中にも小さな棘が見えた。
『素手のタイマンは男の浪漫ってもんなんだよ鬼野郎!』
『男の浪漫は……変形する機械兵器や!』
糸が勢い良く射出され、ゼルクに絡みつく。糸は容易に皮膚を裂き、肉にくい込んでいく。義肢からはキリキリと糸を巻きとる音が聞こえてくる。
『チェーンデスマッチなら慣れてんだよ! 伊達で闘技場の猛獣やってんじゃねぇ!』
ゼルクが自分と茨木の間にピンと張った糸を掴む。
『これは特別製の硬鋼線や、鎖と一緒にしてもらったら……困るなぁ!』
茨木が腕を引く、それと同時に糸は一気に巻き取られ、糸を掴んでいたゼルクの指が切れて飛んだ。
『なんつー機械だよ! 魔術回路も仕込んでねぇのに天使にこんな傷つけるとか……っ!』
『さぁ……次は体行こか! 天使の内臓はどんな味やろなぁ!』
『調子乗んなよ……鬼風情がっ!』
ゼルクは地団駄を踏むように地面を蹴りつける。するとゼルクを中心としてクレーターができ、茨木はその衝撃に転んでしまった。弛んだ糸を解き、ゼルクは茨木の両腕を足で押さえつける。
『正々堂々やり合ってりゃもっと時間稼げたかもなぁ……残念残念、てめぇとはいい試合出来そうだったのによ』
ゼルクの指が再生する。ゼルクは自分の羽根を一つ毟り、それに息を吹きかけた。すると羽根は白い光を放つ短剣に変わる。
『鬼は好きだぜ? 悪魔と違ってホイホイ再生しねぇし、内臓の作りが人間とほとんどおんなじで殺しやすい』
トドメを刺すつもりだ。
「アルっ……」
『駄目だ、私は貴方を守らなければ……』
「ベルゼブブ……」
ベルゼブブは眼孔から血を垂らしながら、カマエルに文字通り食らいついている。石を投げたり足を引っ掛けようとしたり、子供っぽい妨害を繰り出すイロウエルへの対応にも追われている。
アルもベルゼブブも手を貸せない。サタンは分身では無力だそうだし、酒呑は先程シャティエルに術を封じられた。
「どうしよう、どうしよう……やばいやばいやばい……っ!」
短剣が振り下ろされる。茨木はその先端を睨み付けていた。僕は目を覆ってしまった。
「…………ごめんなさい……」
『……ヘル、目を開けろ。形勢逆転だ』
「…………え?」
短剣が刺さったのは酒呑の腕だった。
『あぁ……? ははっ! てめぇイイな! てめぇもイイ、いやてめぇがイイ! さぁ喧嘩しようぜ!』
ゼルクは短剣から手を離し、二歩下がって拳を構える。
『酒呑様…………えぇ、分かりました』
茨木は酒呑の唇を読み、何かを理解してクレーターを這い上がった。
酒呑は茨木が離れた事を確認すると、腕に刺さった短剣を引き抜き、吹き出た血をゼルクに浴びせた。
血は目潰しとして機能し、その隙を突いてもう片方の腕でゼルクの顎に拳を叩き込んだ。
「……どこが形勢逆転なんだよ」
危機をやり過ごせただけだと思うのだが、アルにはそれだけで形勢逆転に見えたのだろうか。
『まぁ見てろ。鬼の血は恐ろしいぞ、指揮するなら個々に詳しくなければな』
ゼルクの顔や服、翼に付着した血。地面に出来た血溜まり。その全てが黒く変色する。腕から流れ続ける血も、地面に辿り着くと黒く濁った。
兄に似ている、なんて思っていると黒い血液の中から蛇が涌く。
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