魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
381 / 909
第二十二章 鬼の義肢と襲いくる災難

強襲

しおりを挟む
陶器製の天使達を数に入れなければ、ベルゼブブ達と正面から争う天使は四人。
カマエルにゼルク、イロウエル。もう一人には見覚えがない。カマエルとゼルクは単純に強い。イロウエルは精神攻撃が厄介で、ベルゼブブはそれに弱い。
けれど、最優先はその四人の中にはいない。最優先は氷柱を落とす者達だ。

「茨木!  あの二人を撃ち落として!」
『茨木!  あの二人を撃ち落として!』

偽物が僕の声に被せる。偽物はサタンと共に瓦礫の影に隠れ、氷柱をやり過ごしていた。
右の義手が裂け、筒が伸びる。茨木は身体を反らせて銃を真上に向ける。放たれた光線は彼女の体よりも太く、射線上の氷柱を蒸発させ、黒雲を消し飛ばした。

「当たった……?  アル、見える?」

『掠った、だな。既の所で躱したらしい。だが片翼と片腕は削れたぞ。傘も消えた、これで雨が止むな』

雨が……いや、氷柱が止み、黒いレインコートを着た天使が落ちてくる。彼は白いワンピースを着た小柄な天使を抱きかかえていた。
トドメを刺すように言いたいが、誰もそんな暇はない。

『ヘルシャフト様!  こっちに魔力回してください!  全っ然足りませんよっ!』

カマエルの剣を噛み砕き、その腕を掴んだままベルゼブブが吼える。背後に忍び寄ったイロウエルを見て、僕は苦渋の決断を下す。

「目を潰せベルゼブブ!」
『っ、目を潰せベルゼブブ!』

偽物が少し遅れた。僕の複製だとは言っていたが、情報を常に更新し続けている訳でもないだろう。複製された後、僕と彼は別々の人生を送ってきた。だから、何度も叫ぶタイミングが合うとは限らない。

『……イロウエルが居るんでしたね…………まぁ、いいでしょう』

ベルゼブブは眼球を抉り出し、ぽっかりと空いた二つの穴から視神経を垂らしてニヤリと笑った。

『触角と翅と味覚さえあれば、空間認識は出来ますから』

口を開けて細長く刺々しい舌を垂らす。翅を揺らして浮遊し、静止する。

『くっ……イロウエル!  貴様の力は目を合わせんと使えんのか!  絶対なのか!』

『発動条件ってもんがあるんだよ、どシンプルなアンタと一緒にするな!』

イロウエルはその場から跳び退き、集中を切らしたカマエルはベルゼブブに腕を喰われる。


あの二人の天使はベルゼブブに任せていいだろう、となると次はゼルクだ。

『……てめぇが格闘最強と見た!  俺とやろうぜ!』

ゼルクは僕達をしばらく観察した後、相手を茨木に絞った。

『鬱陶しいのに捕まった……酒呑様!  援護を!』

『おう!  八のこうべの水神よ……』

僕はアルの首筋を撫でて、魔力を移すタイミングを測る。
詠唱する酒呑の背の真ん中に、あの見覚えのない天使が掌底をくらわせる。小柄な彼女から繰り出された打撃は大したものではなかったようで、酒呑は軸をブレさす事もなかった。

『……っ!  ……!?』

酒呑は口を押さえ、次に喉を引っ掻き、目を見開いて僕に何かを訴える。

「え……?  な、何?  アル?」

『…………済まない、あの天使は見た事も無い』

戸惑う僕を放って、偽物が叫ぶ。

『酒呑童子!  そいつはシャティエル、沈黙を司る天使だ!』

『……沈黙を。成程。ヘル、あの鬼は声が出せないようだ、つまり……術が使えない』

酒呑の術が封じられたという事は、撹乱や治療はもちろん、結界すら張れなくなったという事だ。

「結構……まずい、よね。どうしよう……」

悩む僕の元に茨木が投げ飛ばされてくる。アルは翼で僕を隠しながら、追撃に来たゼルクの足に噛み付いた。

『てめぇ、いつかのキマイラ……っ!  男同士のタイマンに首突っ込んでんじゃねぇよ!』

ゼルクはアルを引き剥がそうと手を伸ばす。だが、茨木がゼルクの股間を蹴り上げ、それは未遂に終わる。

『……っ、ぁ…………てんっめぇ…………それ、反則っ……』

ゼルクは情けなくも内股になってずるずると崩れ落ちる。

『うち、タイマン張った覚えあれへんよ?  しっかしまぁ……天使はんもこういうの効くんやねぇ。靴に鉄板入れてもろて正解やったわ』

『うるっせ……ちきしょう、男性体にしなきゃ良かった……無性体、せめて女性体なら……』

茨木の右腕が刀に変形する。

『……っ!  くそっ!』

股間を抑えて蹲っていたゼルクは足を伸ばして飛び退く。だが、一瞬遅かった。額がぱっくりと割れて骨が露出している。

『掠っただけでこれかよ……とんでもねぇ武器仕込んでんだな』

『正々堂々、ゆうのは性に合わへん。化けて、誑かして、凶器使うて……喧嘩ゆうんはそういうもんやろ?』

『バカ言うなよ、喧嘩ってのは一対一で素手でやり合うもんだ』

『これやから男の人は嫌やわぁ、阿呆ばっかり』

茨木の腕が更に変形する。刀が三つに裂け、中から黒い糸が何本も垂れる。糸の先には釣り針のようなものがついており、途中にも小さな棘が見えた。

『素手のタイマンは男の浪漫ってもんなんだよ鬼野郎!』

『男の浪漫は……変形する機械兵器や!』

糸が勢い良く射出され、ゼルクに絡みつく。糸は容易に皮膚を裂き、肉にくい込んでいく。義肢からはキリキリと糸を巻きとる音が聞こえてくる。

『チェーンデスマッチなら慣れてんだよ!  伊達で闘技場の猛獣やってんじゃねぇ!』

ゼルクが自分と茨木の間にピンと張った糸を掴む。

『これは特別製の硬鋼線や、鎖と一緒にしてもらったら……困るなぁ!』

茨木が腕を引く、それと同時に糸は一気に巻き取られ、糸を掴んでいたゼルクの指が切れて飛んだ。

『なんつー機械だよ!  魔術回路も仕込んでねぇのに天使にこんな傷つけるとか……っ!』

『さぁ……次は体行こか!  天使の内臓はどんな味やろなぁ!』

『調子乗んなよ……鬼風情がっ!』

ゼルクは地団駄を踏むように地面を蹴りつける。するとゼルクを中心としてクレーターができ、茨木はその衝撃に転んでしまった。弛んだ糸を解き、ゼルクは茨木の両腕を足で押さえつける。

『正々堂々やり合ってりゃもっと時間稼げたかもなぁ……残念残念、てめぇとはいい試合出来そうだったのによ』

ゼルクの指が再生する。ゼルクは自分の羽根を一つ毟り、それに息を吹きかけた。すると羽根は白い光を放つ短剣に変わる。

『鬼は好きだぜ?  悪魔と違ってホイホイ再生しねぇし、内臓の作りが人間とほとんどおんなじで殺しやすい』

トドメを刺すつもりだ。

「アルっ……」

『駄目だ、私は貴方を守らなければ……』

「ベルゼブブ……」

ベルゼブブは眼孔から血を垂らしながら、カマエルに文字通り食らいついている。石を投げたり足を引っ掛けようとしたり、子供っぽい妨害を繰り出すイロウエルへの対応にも追われている。
アルもベルゼブブも手を貸せない。サタンは分身では無力だそうだし、酒呑は先程シャティエルに術を封じられた。

「どうしよう、どうしよう……やばいやばいやばい……っ!」

短剣が振り下ろされる。茨木はその先端を睨み付けていた。僕は目を覆ってしまった。

「…………ごめんなさい……」

『……ヘル、目を開けろ。形勢逆転だ』

「…………え?」

短剣が刺さったのは酒呑の腕だった。

『あぁ……?  ははっ!  てめぇイイな!  てめぇもイイ、いやてめぇがイイ!  さぁ喧嘩しようぜ!』

ゼルクは短剣から手を離し、二歩下がって拳を構える。

『酒呑様…………えぇ、分かりました』

茨木は酒呑の唇を読み、何かを理解してクレーターを這い上がった。
酒呑は茨木が離れた事を確認すると、腕に刺さった短剣を引き抜き、吹き出た血をゼルクに浴びせた。
血は目潰しとして機能し、その隙を突いてもう片方の腕でゼルクの顎に拳を叩き込んだ。

「……どこが形勢逆転なんだよ」

危機をやり過ごせただけだと思うのだが、アルにはそれだけで形勢逆転に見えたのだろうか。

『まぁ見てろ。鬼の血は恐ろしいぞ、指揮するなら個々に詳しくなければな』

ゼルクの顔や服、翼に付着した血。地面に出来た血溜まり。その全てが黒く変色する。腕から流れ続ける血も、地面に辿り着くと黒く濁った。
兄に似ている、なんて思っていると黒い血液の中から蛇が涌く。
無数に涌き出る蛇を見て僕は吐き気を催した。口を押さえながら、僕は見た。
一部始終を眺めていたサタンがニヤリと笑って物陰から出て行ったのを────
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

処理中です...