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第二十二章 鬼の義肢と襲いくる災難
似非万魔殿
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酒呑の血液から涌いた目の無い蛇はゼルクにまとわりつき、肌を食い破り、体内を目指した。
僕はその光景の凄惨さに目を背けた。
『くっくっ……見ているか? ヘル、面白いぞ? 無様なものだな、天使ともあろうものが……』
人間と同じような見た目のものが身体中に穴を開けられて、そこから蛇に食われる。それの何が面白いのか僕には分からない。黙ったままでいるとアルの小さな笑い声は止む。
『…………済まない。貴方はこういったものは苦手だったな』
「うぅん、大丈夫。この戦いは僕のせいだし……ちゃんと見て、ちゃんと考えて、ちゃんと力を使うから」
偽物に目配せし、酒呑とベルゼブブにアルの魔力を分け与える。
『……あぁっ! うっぜぇ! クソがっ!』
ゼルクは涌き続ける蛇を毟り取るのを諦め、酒呑に殴りかかる。酒呑はその拳に噛みつき、無事な方の手でゼルクの首を掴んだ。
『離しやがれ雑魚がっ!』
膠着状態に陥った二人を見て、茨木はクレーターを駆け下り酒呑の背に寄り添って、呟いた。
『同胞の怨みを代弁する……』
酒呑の足元の血溜まりから大蛇が這い出でる。
『…………忌み給う、穢れ給え、神ながら呪い給う、災い給え』
血溜まりから生えた大蛇の首は八本。ゼルクは酒呑を振り解けず、その蛇に捕まった。
蛇はゼルクの手足、翼、首、胴に噛みつき、それぞれが別の方向へ引っ張る。抗い切れず、ゼルクの身体はめりめりと裂けていく。
『口寄せ代行、大蛇八つ裂き……ふふふっ、上手く出来ましたわぁ。なぁ酒呑様、褒めてくれへんのん?』
茨木は残骸を踏みつけ、酒呑の前に回り込む。酒呑はぼうっとサタンの方を眺めた後、その場に座り込んだ。茨木は不満そうな顔をしながらも再生を始める肉塊を踏みつけて壊した。
二人の天使を相手にするベルゼブブ。押されはしていないが善戦とは言えない。そんな彼女に歩み寄り、サタンは二人の天使に社交的な笑みを向けた。
『……ん? 人間……? いや、なんだこれ』
イロウエルは戦闘から引き、サタンを眺める。強力な悪魔には見えないとしても、人間にも見えないのだろう。
『ブブ、余の身体を裂くのだ』
『……は?』
『感謝しろ。似非万魔殿を形成してやる』
『…………あぁ』
ベルゼブブは口の端を醜く歪ませ、カマエルを蹴り飛ばしてサタンの足元に着地した。
『……まずいっ! イロウエル! 今すぐその男を殴り倒せ!』
カマエルの剣幕に戸惑いながらも、イロウエルは棘の付いた鉄球を生成する。だが、イロウエルがそれを振るうよりも速く、ベルゼブブがサタンを真っ二つに引き裂いた。
その断面は深淵の如き黒で、そこからは黒い炎が溢れ出した。炎は地を走り空を駆け、あっという間に魔法の国の領土だった全てを包み込むドームとなった。
『な……んか、やばい感じ? カマさん? どうなってんのこれ』
『……魔界だ。擬似的な……小規模の、魔界、それも最深の……』
ドームの中は赤黒く染まり、いつか見た魔界の景色に似る。物陰から再生を終えたザフィが現れ、シャルンを抱えてカマエルの傍に立つ。
『神からの力の供給が絶たれた。どうするんだカマエル、この結界は俺達では破れないぞ!』
『大丈夫だ、万魔殿が形成されたとなればミカエルが気付く。彼なら外から結界を破れるはずだ。それまで耐え凌ぐんだ、大丈夫……大丈夫、奴は私達の殺し方を知らないはずだ』
『殺されなくても痛めつけられるだろ!? 嫌だぞ私は! アンタが代表だろ引き付けろよ!』
『ふ、ふざけるな! 私だって嫌だ! 第一お前は今まで散々人身売買やらに手を出していたくせに……自分の番になって往生際が悪いぞ!』
『人身売買!? どういう事だイロウエル! 俺はそんな話聞いていないぞ!』
天使達はらしくもなく醜い争いを始める。それに混ざっていないのはシャルンとシャティエルだけだ。
「……ねぇ、アル。大丈夫? 前に魔界に行った時は眠っちゃってたけど……」
『平気だ。貴方が魔力を管理していてくれたからな。貴方の方こそどうなんだ? ここまで継続して使った事など無かったろう』
気遣い合う僕達の前に鬼達が座り込む。酒呑は座ってすぐに目を閉じて口を開けて眠り、茨木は赤い塊をお手玉のように弄んでいた。
「……茨木? それ、何?」
『あの天使はんや。だぁいじなとこのお肉やから、ここ持っといたら再生終わらへんやろ思うてなぁ』
「…………酒呑は、大丈夫?」
『疲れてはったとこにこの魔力……ちょーっと酔いが回ってしまはったんやろ』
「そっか。みんな大丈夫そうだね。良かった。もう僕達の勝ちは決まったって感じだし」
ここが魔界と同じ環境なら、天使達は人間並の身体能力になる。そしてベルゼブブはその逆。高みの見物と洒落込んでも良さそうだ。
『ちょっとちょっとぉー、なぁーにお喋りに花咲かせてくれてるんですかぁ? 帝王の御前ですよー? 平伏なさいな』
ベルゼブブは愉しそうに笑い、天使達に歩み寄る。
『今のうちに偉ぶっておくんだな! この結界が破られれば貴様は一気に弱体化する、その時が貴様の終わりだ!』
カマエルは足と声を震わしながらも気丈に返す。
『結界を破る? へぇ? やっていいんですかそんなこと。出来るんですか天使なんぞに』
『ミカエルなら出来る!』
『いえ、可能不可能の話ではなく…………この結界を破れば、高濃度の魔力が人界に放出されるんですよ? 数千年経っても汚染されたままで、人の住めない土地になりますけど? 上級魔獣が自然発生する土地になりますけど?』
『…………え?』
『だーいばーくはーつ、ですよ。大陸包むんじゃないでしょうか。地図書き換えないといけなくなるかもしれませんね』
ベルゼブブは見た目に合った無邪気な笑みを浮かべ、カマエルの手を握る。手の甲に頬を擦り寄せ、手首に舌を巻き付ける。
『この大陸一つ、魔物の楽園になるんですよ。天使ってそういうの嫌いでしょう?』
棘の生えた長い舌が擦られると、カマエルの手首から血が流れ出す。
『……そんなこと、ミカエルが許可するはずがない! ふざけんなよカマさん! アンタに着いてきたせいで大損だ! 私達はここで一生こいつのオモチャだぞ!? アンタのせいで!』
イロウエルはカマエルの翼を掴んで手をバタバタと振る。その光景を見てベルゼブブは大口を開けて笑う。
『動くなベルゼブブ!』
そんな騒ぎに隠れて、ザフィは一人で解決策を探っていた。
『こいつを殺されたくなければ、今すぐこの結界を解け!』
その解決策は至って単純。悪魔にとって重要な指揮官である魔物使いを人質に取り、結界を解かせること。
『……そ、それだザフィ! よくやったぞ。そうだベルゼブブ! お前らの大事な魔物使いを殺すぞ!?』
『破壊による爆発に比べたら、解除の後一国の跡地が汚染されるくらいどうってことはない! 万魔殿があるよりはマシだ、ミカエルも納得してくれるはず……!』
イロウエルとカマエルは揃って引き攣った笑顔を浮かべる。ベルゼブブは嘲笑を止めず、この状況を楽しむように質問を投げかけた。
『貴方、私が貴方を喰うより速くヘルシャフト様の首を刎ねられるんですかぁ? 魔界最速のこの私よりも速く!』
ザフィは眉を顰め、歯を食いしばり、そっと呟いた。
『……すまないヘル君。天界では良い暮らしをさせてやるから、許してくれ』
傘の先端を首に突きつける。そう、偽物の首に。ベルゼブブは僕の方に視線を一瞬やり、また深い笑みを作る。
偽物は傘に手を添えてザフィを見上げた。
『……僕、死んじゃうんですか?』
『…………すまない』
『……もう、にいさまには会えないんですか?』
『すまない、ヘル君』
『…………本当に僕が死んだとしても、にいさまは、きっと……悲しみも、怒りも、しないんだろうな……』
ベルゼブブはザフィに背を向け、カマエルの手首を食いちぎった。天使は悪魔が喰っても毒にしかならない。けれどその毒はこの結界の中では香辛料の痺れ程度になり、ベルゼブブはその不快な刺激を余裕の証として楽しんでいた。
僕はその光景の凄惨さに目を背けた。
『くっくっ……見ているか? ヘル、面白いぞ? 無様なものだな、天使ともあろうものが……』
人間と同じような見た目のものが身体中に穴を開けられて、そこから蛇に食われる。それの何が面白いのか僕には分からない。黙ったままでいるとアルの小さな笑い声は止む。
『…………済まない。貴方はこういったものは苦手だったな』
「うぅん、大丈夫。この戦いは僕のせいだし……ちゃんと見て、ちゃんと考えて、ちゃんと力を使うから」
偽物に目配せし、酒呑とベルゼブブにアルの魔力を分け与える。
『……あぁっ! うっぜぇ! クソがっ!』
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『離しやがれ雑魚がっ!』
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『同胞の怨みを代弁する……』
酒呑の足元の血溜まりから大蛇が這い出でる。
『…………忌み給う、穢れ給え、神ながら呪い給う、災い給え』
血溜まりから生えた大蛇の首は八本。ゼルクは酒呑を振り解けず、その蛇に捕まった。
蛇はゼルクの手足、翼、首、胴に噛みつき、それぞれが別の方向へ引っ張る。抗い切れず、ゼルクの身体はめりめりと裂けていく。
『口寄せ代行、大蛇八つ裂き……ふふふっ、上手く出来ましたわぁ。なぁ酒呑様、褒めてくれへんのん?』
茨木は残骸を踏みつけ、酒呑の前に回り込む。酒呑はぼうっとサタンの方を眺めた後、その場に座り込んだ。茨木は不満そうな顔をしながらも再生を始める肉塊を踏みつけて壊した。
二人の天使を相手にするベルゼブブ。押されはしていないが善戦とは言えない。そんな彼女に歩み寄り、サタンは二人の天使に社交的な笑みを向けた。
『……ん? 人間……? いや、なんだこれ』
イロウエルは戦闘から引き、サタンを眺める。強力な悪魔には見えないとしても、人間にも見えないのだろう。
『ブブ、余の身体を裂くのだ』
『……は?』
『感謝しろ。似非万魔殿を形成してやる』
『…………あぁ』
ベルゼブブは口の端を醜く歪ませ、カマエルを蹴り飛ばしてサタンの足元に着地した。
『……まずいっ! イロウエル! 今すぐその男を殴り倒せ!』
カマエルの剣幕に戸惑いながらも、イロウエルは棘の付いた鉄球を生成する。だが、イロウエルがそれを振るうよりも速く、ベルゼブブがサタンを真っ二つに引き裂いた。
その断面は深淵の如き黒で、そこからは黒い炎が溢れ出した。炎は地を走り空を駆け、あっという間に魔法の国の領土だった全てを包み込むドームとなった。
『な……んか、やばい感じ? カマさん? どうなってんのこれ』
『……魔界だ。擬似的な……小規模の、魔界、それも最深の……』
ドームの中は赤黒く染まり、いつか見た魔界の景色に似る。物陰から再生を終えたザフィが現れ、シャルンを抱えてカマエルの傍に立つ。
『神からの力の供給が絶たれた。どうするんだカマエル、この結界は俺達では破れないぞ!』
『大丈夫だ、万魔殿が形成されたとなればミカエルが気付く。彼なら外から結界を破れるはずだ。それまで耐え凌ぐんだ、大丈夫……大丈夫、奴は私達の殺し方を知らないはずだ』
『殺されなくても痛めつけられるだろ!? 嫌だぞ私は! アンタが代表だろ引き付けろよ!』
『ふ、ふざけるな! 私だって嫌だ! 第一お前は今まで散々人身売買やらに手を出していたくせに……自分の番になって往生際が悪いぞ!』
『人身売買!? どういう事だイロウエル! 俺はそんな話聞いていないぞ!』
天使達はらしくもなく醜い争いを始める。それに混ざっていないのはシャルンとシャティエルだけだ。
「……ねぇ、アル。大丈夫? 前に魔界に行った時は眠っちゃってたけど……」
『平気だ。貴方が魔力を管理していてくれたからな。貴方の方こそどうなんだ? ここまで継続して使った事など無かったろう』
気遣い合う僕達の前に鬼達が座り込む。酒呑は座ってすぐに目を閉じて口を開けて眠り、茨木は赤い塊をお手玉のように弄んでいた。
「……茨木? それ、何?」
『あの天使はんや。だぁいじなとこのお肉やから、ここ持っといたら再生終わらへんやろ思うてなぁ』
「…………酒呑は、大丈夫?」
『疲れてはったとこにこの魔力……ちょーっと酔いが回ってしまはったんやろ』
「そっか。みんな大丈夫そうだね。良かった。もう僕達の勝ちは決まったって感じだし」
ここが魔界と同じ環境なら、天使達は人間並の身体能力になる。そしてベルゼブブはその逆。高みの見物と洒落込んでも良さそうだ。
『ちょっとちょっとぉー、なぁーにお喋りに花咲かせてくれてるんですかぁ? 帝王の御前ですよー? 平伏なさいな』
ベルゼブブは愉しそうに笑い、天使達に歩み寄る。
『今のうちに偉ぶっておくんだな! この結界が破られれば貴様は一気に弱体化する、その時が貴様の終わりだ!』
カマエルは足と声を震わしながらも気丈に返す。
『結界を破る? へぇ? やっていいんですかそんなこと。出来るんですか天使なんぞに』
『ミカエルなら出来る!』
『いえ、可能不可能の話ではなく…………この結界を破れば、高濃度の魔力が人界に放出されるんですよ? 数千年経っても汚染されたままで、人の住めない土地になりますけど? 上級魔獣が自然発生する土地になりますけど?』
『…………え?』
『だーいばーくはーつ、ですよ。大陸包むんじゃないでしょうか。地図書き換えないといけなくなるかもしれませんね』
ベルゼブブは見た目に合った無邪気な笑みを浮かべ、カマエルの手を握る。手の甲に頬を擦り寄せ、手首に舌を巻き付ける。
『この大陸一つ、魔物の楽園になるんですよ。天使ってそういうの嫌いでしょう?』
棘の生えた長い舌が擦られると、カマエルの手首から血が流れ出す。
『……そんなこと、ミカエルが許可するはずがない! ふざけんなよカマさん! アンタに着いてきたせいで大損だ! 私達はここで一生こいつのオモチャだぞ!? アンタのせいで!』
イロウエルはカマエルの翼を掴んで手をバタバタと振る。その光景を見てベルゼブブは大口を開けて笑う。
『動くなベルゼブブ!』
そんな騒ぎに隠れて、ザフィは一人で解決策を探っていた。
『こいつを殺されたくなければ、今すぐこの結界を解け!』
その解決策は至って単純。悪魔にとって重要な指揮官である魔物使いを人質に取り、結界を解かせること。
『……そ、それだザフィ! よくやったぞ。そうだベルゼブブ! お前らの大事な魔物使いを殺すぞ!?』
『破壊による爆発に比べたら、解除の後一国の跡地が汚染されるくらいどうってことはない! 万魔殿があるよりはマシだ、ミカエルも納得してくれるはず……!』
イロウエルとカマエルは揃って引き攣った笑顔を浮かべる。ベルゼブブは嘲笑を止めず、この状況を楽しむように質問を投げかけた。
『貴方、私が貴方を喰うより速くヘルシャフト様の首を刎ねられるんですかぁ? 魔界最速のこの私よりも速く!』
ザフィは眉を顰め、歯を食いしばり、そっと呟いた。
『……すまないヘル君。天界では良い暮らしをさせてやるから、許してくれ』
傘の先端を首に突きつける。そう、偽物の首に。ベルゼブブは僕の方に視線を一瞬やり、また深い笑みを作る。
偽物は傘に手を添えてザフィを見上げた。
『……僕、死んじゃうんですか?』
『…………すまない』
『……もう、にいさまには会えないんですか?』
『すまない、ヘル君』
『…………本当に僕が死んだとしても、にいさまは、きっと……悲しみも、怒りも、しないんだろうな……』
ベルゼブブはザフィに背を向け、カマエルの手首を食いちぎった。天使は悪魔が喰っても毒にしかならない。けれどその毒はこの結界の中では香辛料の痺れ程度になり、ベルゼブブはその不快な刺激を余裕の証として楽しんでいた。
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