魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
382 / 909
第二十二章 鬼の義肢と襲いくる災難

似非万魔殿

しおりを挟む
酒呑の血液から涌いた目の無い蛇はゼルクにまとわりつき、肌を食い破り、体内を目指した。
僕はその光景の凄惨さに目を背けた。

『くっくっ……見ているか?  ヘル、面白いぞ?  無様なものだな、天使ともあろうものが……』

人間と同じような見た目のものが身体中に穴を開けられて、そこから蛇に食われる。それの何が面白いのか僕には分からない。黙ったままでいるとアルの小さな笑い声は止む。

『…………済まない。貴方はこういったものは苦手だったな』

「うぅん、大丈夫。この戦いは僕のせいだし……ちゃんと見て、ちゃんと考えて、ちゃんと力を使うから」

偽物に目配せし、酒呑とベルゼブブにアルの魔力を分け与える。

『……あぁっ!  うっぜぇ!  クソがっ!』

ゼルクは涌き続ける蛇を毟り取るのを諦め、酒呑に殴りかかる。酒呑はその拳に噛みつき、無事な方の手でゼルクの首を掴んだ。

『離しやがれ雑魚がっ!』

膠着状態に陥った二人を見て、茨木はクレーターを駆け下り酒呑の背に寄り添って、呟いた。

『同胞の怨みを代弁する……』

酒呑の足元の血溜まりから大蛇が這い出でる。

『…………忌み給う、穢れ給え、神ながら呪い給う、災い給え』

血溜まりから生えた大蛇の首は八本。ゼルクは酒呑を振り解けず、その蛇に捕まった。
蛇はゼルクの手足、翼、首、胴に噛みつき、それぞれが別の方向へ引っ張る。抗い切れず、ゼルクの身体はめりめりと裂けていく。

『口寄せ代行、大蛇八つ裂き……ふふふっ、上手く出来ましたわぁ。なぁ酒呑様、褒めてくれへんのん?』

茨木は残骸を踏みつけ、酒呑の前に回り込む。酒呑はぼうっとサタンの方を眺めた後、その場に座り込んだ。茨木は不満そうな顔をしながらも再生を始める肉塊を踏みつけて壊した。



二人の天使を相手にするベルゼブブ。押されはしていないが善戦とは言えない。そんな彼女に歩み寄り、サタンは二人の天使に社交的な笑みを向けた。

『……ん?  人間……?  いや、なんだこれ』

イロウエルは戦闘から引き、サタンを眺める。強力な悪魔には見えないとしても、人間にも見えないのだろう。

『ブブ、余の身体を裂くのだ』

『……は?』

『感謝しろ。似非万魔殿を形成してやる』

『…………あぁ』

ベルゼブブは口の端を醜く歪ませ、カマエルを蹴り飛ばしてサタンの足元に着地した。

『……まずいっ!  イロウエル!  今すぐその男を殴り倒せ!』

カマエルの剣幕に戸惑いながらも、イロウエルは棘の付いた鉄球を生成する。だが、イロウエルがそれを振るうよりも速く、ベルゼブブがサタンを真っ二つに引き裂いた。
その断面は深淵の如き黒で、そこからは黒い炎が溢れ出した。炎は地を走り空を駆け、あっという間に魔法の国の領土だった全てを包み込むドームとなった。

『な……んか、やばい感じ?  カマさん?  どうなってんのこれ』

『……魔界だ。擬似的な……小規模の、魔界、それも最深の……』

ドームの中は赤黒く染まり、いつか見た魔界の景色に似る。物陰から再生を終えたザフィが現れ、シャルンを抱えてカマエルの傍に立つ。

『神からの力の供給が絶たれた。どうするんだカマエル、この結界は俺達では破れないぞ!』

『大丈夫だ、万魔殿が形成されたとなればミカエルが気付く。彼なら外から結界を破れるはずだ。それまで耐え凌ぐんだ、大丈夫……大丈夫、奴は私達の殺し方を知らないはずだ』

『殺されなくても痛めつけられるだろ!?  嫌だぞ私は!  アンタが代表だろ引き付けろよ!』

『ふ、ふざけるな!  私だって嫌だ!  第一お前は今まで散々人身売買やらに手を出していたくせに……自分の番になって往生際が悪いぞ!』

『人身売買!?  どういう事だイロウエル!  俺はそんな話聞いていないぞ!』

天使達はらしくもなく醜い争いを始める。それに混ざっていないのはシャルンとシャティエルだけだ。

「……ねぇ、アル。大丈夫?  前に魔界に行った時は眠っちゃってたけど……」

『平気だ。貴方が魔力を管理していてくれたからな。貴方の方こそどうなんだ?  ここまで継続して使った事など無かったろう』

気遣い合う僕達の前に鬼達が座り込む。酒呑は座ってすぐに目を閉じて口を開けて眠り、茨木は赤い塊をお手玉のように弄んでいた。

「……茨木?  それ、何?」

『あの天使はんや。だぁいじなとこのお肉やから、ここ持っといたら再生終わらへんやろ思うてなぁ』

「…………酒呑は、大丈夫?」

『疲れてはったとこにこの魔力……ちょーっと酔いが回ってしまはったんやろ』

「そっか。みんな大丈夫そうだね。良かった。もう僕達の勝ちは決まったって感じだし」

ここが魔界と同じ環境なら、天使達は人間並の身体能力になる。そしてベルゼブブはその逆。高みの見物と洒落込んでも良さそうだ。

『ちょっとちょっとぉー、なぁーにお喋りに花咲かせてくれてるんですかぁ?  帝王の御前ですよー?  平伏なさいな』

ベルゼブブは愉しそうに笑い、天使達に歩み寄る。

『今のうちに偉ぶっておくんだな!  この結界が破られれば貴様は一気に弱体化する、その時が貴様の終わりだ!』

カマエルは足と声を震わしながらも気丈に返す。

『結界を破る?  へぇ?  やっていいんですかそんなこと。出来るんですか天使なんぞに』

『ミカエルなら出来る!』

『いえ、可能不可能の話ではなく…………この結界を破れば、高濃度の魔力が人界に放出されるんですよ?  数千年経っても汚染されたままで、人の住めない土地になりますけど?  上級魔獣が自然発生する土地になりますけど?』

『…………え?』

『だーいばーくはーつ、ですよ。大陸包むんじゃないでしょうか。地図書き換えないといけなくなるかもしれませんね』

ベルゼブブは見た目に合った無邪気な笑みを浮かべ、カマエルの手を握る。手の甲に頬を擦り寄せ、手首に舌を巻き付ける。

『この大陸一つ、魔物の楽園になるんですよ。天使ってそういうの嫌いでしょう?』

棘の生えた長い舌が擦られると、カマエルの手首から血が流れ出す。

『……そんなこと、ミカエルが許可するはずがない!  ふざけんなよカマさん!  アンタに着いてきたせいで大損だ!  私達はここで一生こいつのオモチャだぞ!?  アンタのせいで!』

イロウエルはカマエルの翼を掴んで手をバタバタと振る。その光景を見てベルゼブブは大口を開けて笑う。

『動くなベルゼブブ!』

そんな騒ぎに隠れて、ザフィは一人で解決策を探っていた。

『こいつを殺されたくなければ、今すぐこの結界を解け!』

その解決策は至って単純。悪魔にとって重要な指揮官である魔物使いを人質に取り、結界を解かせること。

『……そ、それだザフィ!  よくやったぞ。そうだベルゼブブ!  お前らの大事な魔物使いを殺すぞ!?』

『破壊による爆発に比べたら、解除の後一国の跡地が汚染されるくらいどうってことはない!  万魔殿があるよりはマシだ、ミカエルも納得してくれるはず……!』

イロウエルとカマエルは揃って引き攣った笑顔を浮かべる。ベルゼブブは嘲笑を止めず、この状況を楽しむように質問を投げかけた。

『貴方、私が貴方を喰うより速くヘルシャフト様の首を刎ねられるんですかぁ?  魔界最速のこの私よりも速く!』

ザフィは眉を顰め、歯を食いしばり、そっと呟いた。

『……すまないヘル君。天界では良い暮らしをさせてやるから、許してくれ』

傘の先端を首に突きつける。そう、偽物の首に。ベルゼブブは僕の方に視線を一瞬やり、また深い笑みを作る。
偽物は傘に手を添えてザフィを見上げた。

『……僕、死んじゃうんですか?』

『…………すまない』

『……もう、にいさまには会えないんですか?』

『すまない、ヘル君』

『…………本当に僕が死んだとしても、にいさまは、きっと……悲しみも、怒りも、しないんだろうな……』

ベルゼブブはザフィに背を向け、カマエルの手首を食いちぎった。天使は悪魔が喰っても毒にしかならない。けれどその毒はこの結界の中では香辛料の痺れ程度になり、ベルゼブブはその不快な刺激を余裕の証として楽しんでいた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

処理中です...