魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第十七章 滅びた国の地下に鎮座する魔王

稲光と黒炎

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格子を殴り続けたせいだろう、関節部分の皮が剥がれて手の甲に血が垂れてきた。鮮やかな赤を見て僕の頭が少し冷やされる、ローブにかけられた魔法のおかげで痛みはないし、もう傷口もない。血を拭えば髪の毛ほどの傷もない肌が見えた。

「……出してよ。アルに、会わせてよ」

膝を曲げ、座り込む。正座の体勢になって、今度は頭を格子にぶつけた。

「出せ、出せ、出せ、出せ……」

一瞬、瞳に鋭い痛みが走る。

「……いっ、たぁ……」

ローブの魔法は?  まさか効果が終わったのか。見た目では残りの魔力量など分からない、兄ならば分かるのだろう。僕には無理だ。僕は、何も出来ない。

何も出来ない?

僕に出来るのは、僕の力は──魔物使いだ。
僕をここに閉じ込めたのは、悪魔。
魔物だ。

立ち上がって両手を上に掲げ、目を見開いて集中する。真上に居るはずの悪魔を狙い、怨みを込める。

「僕に従え、僕に降れ、僕に跪け」

右眼の痛みが酷くなっていく。先程の痛みを「針で刺されるよう」と表現するなら、今は「万年筆でほじくられるよう」だ。
悪魔の王など遥か格上を操ることなど不可能なのに、僕は痛みに耐え続けた。

「出せ、出せよ……ここを 開 け ろ !」

心の底からの絶叫が檻の中に響く。視界の端で蠢いた白い物体は、突然の騒音に思わず身を起こしたミカだ。
僕にはそんなことどうでもよかった。ここから出て、アルにもう一度会えるのなら何もかもどうでもよかった。

右眼からぽたぽたと液体が落ちる、左眼でその液体を確認する。
赤い。涙──ではない、血だ。
瞳から流れる液体なんて、涙以外は許されないだろうに。右眼はもう何も映さない、その代わりなのか格子が歪み人一人通れるほどの楕円形の穴が開いた。

『すごい……サタンを、いちぶとはいえ、あやつるなんて!  すごいよ!』

「サタン……って?」

『さっきの、ほら、えらそうなやつ。悪魔のおうさま』

「ふぅん……そいつを今操ったの?」

『あやつったのは、まったんのまったん。かみのけの、さきくらいだけ』

檻から出た途端に元気になったミカはそのまま解説を始めた。腰に手を当て、もう片方の手は人差し指を立て、得意げな顔をする。

『このおりは、ううん、このしろは、サタンのまりょくで、つくられてる。だから、そのまったんに、きみは、かんしょうしたんだよ。すごいことだよ』

「末端末端言われると馬鹿にされてるみたいでなんだけど」

『してないよ、ほめてる』

「……どうも」

ミカの好感度を上げる?  機嫌をとる?  ゴマをする?  もう全てに意味が感じられない。
ついさっきまで全力を注いでいたことに何の興味も湧かない。メリットが明確に示されているのに、僕の体も口も動いてはくれない。
無限に続くような道ももう一度力を使えば縮められるのだろうか。だとしても、僕の右眼は使い物にならない。それが今だけなのか、これからずっとなのかはまだ分からない。

『……ん?  今、揺れなかった?』

「……そう?」

ミカは立ち止まって周囲を見渡している。僕はそんなミカに構うことなく、足を早めた。走って追いかけてきたミカが僕の腕に抱きつく、苛立ちながらも仕方なく速度を落とした。
その時だ。
轟音を伴った揺れが城を襲ったのは。降ってきた瓦礫に僕達が押し潰されたのは。



魔界に似つかわしくない閃光が走り、光に包まれた魔王城は土塊のように崩れていく。

『このっ……外来種が!』

魔獣を生み出し玉座付近の守りを固め、サタンは城を破壊した者を目に捉えた。その者はサタンの放った魔獣を容易く蹴散らし、空中で静止した。

『ちょっとだーりん何してんのー!  ぱぱっとやっちゃってよー!』

『黙れ』

『む……何よそれ』

リリスの手を振り払ったサタンは再び魔獣を放つ。アルはサタンの注意が完全に自分から逸れたことを確信し、ゆっくりと玉座を離れる。崩れていく地の底を覗き、ヘルを探していた。

『トール……か?  何故ここに来たのかは知らんが、好機だ。待っていろよヘル……今行くからな』

生み出されては壊されていく魔獣に僅かばかりの同情を与え、アルは崩れていく瓦礫に混ざった。一応見つからないようにと、岩陰に隠れながら。


魔獣を放ちながらサタンは冷静にトールを観察していた。協力な神性で、雷の性質を持っている。今のところそれ以外の属性は見受けられない。武器は柄の短い槌だけで、それは生み出した魔獣を一撃で消し飛ばす力を持っている。

『……分からないのは、狙いか』

サタンには異界の強力な神性が魔界に来る理由の見当もつかない。今日は厄日だ、柄にもなくそう思った。

『だーりんだーりん!  何でやっちゃわないのー!  さっきから様子見ばっかー!』

『黙れ、と言っただろう』

『だーりんがやらないならぁ、私がやっちゃうよ?』

『……っ、ダメだ!  下がれ、余の前に出るな!』

『何よけちー!  まさか……私が女だからって舐めてるの?』

『それは違う、それだけは否定させてもらおう。君を軽んじるなど有り得ない、いつも君を敬愛している』

魔王城を簡単に破壊し、生み出す魔獣も一撃で消してしまう。その上未だに全力を出しておらず、考えの予想もつかない。自分が混乱している状態でリリスを前に出す訳にはいかない。

『紳士だな』

トールは嘲りでも煽りでもなく、ただ単純な感想を伝えた。だが、サタンにはその言葉が罵倒に聞こえた。

『リリス……もっと下がれ…………余が巻き込む』

『え?  なーんだ、そういうこと?  ならそうと言ってよー!』

玉座の後ろに隠れ、あざとく耳を塞ぐ仕草をするリリス。サタンはそれを確認し、両の手のひらに魔力を溜める。

『ああ、そうだ。桃は好きか?』

『……は?』

『缶詰を持ってきていてな、少し焦げてしまって……あれ?  ない』

トールはエアに与えるつもりでいた空っぽの缶詰をサタンに見せる。城を破壊した時に中身を落としたのに気が付かなかったのだろう、不思議そうに缶詰を覗いている。

『ふざけているのか?  貴様』

『いや?  大真面目だが』

『もういい、時間はたっぷりと貰った』

十二分に溜められた魔力を炎に変え、撃ち出す。
浮遊した玉座付近の瓦礫を巻き込み、無事だった魔界の土地を壊しながら、炎の螺旋はトールへ一直線に進む。
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