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第十九章 植物の国と奴隷商
会話での支配者は
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壁や天井の装飾……金や銀、宝石が光を反射して輝く。その様は美しく、見惚れるべきものだろう。だが、僕は眩しいという感情以外抱くことはなかった。
『ヘルシャフト様、お手を』
ベルゼブブの声に手を差し出す。メルもまだ状況が理解出来ていないらしく、僕の腕に抱きついている。
「……何、ここ」
『知り合いの家ですよ』
ベルゼブブはそう言いながら僕の手のひらを自分の腕に当てた。すると、酷い匂いの煙を立てて僕の名が彼女の腕に印される。
『契約完了、おめでとうございます』
「……痛くないの?」
『痛いに決まってるじゃないですか、焼き印ですよ?』
捲り上げていた袖を下ろすとその醜い焼け跡は隠れてしまう。だが、焦げた匂いはまだ辺りに漂っていた。
『さて、ここには大抵のものがありますし、私の知り合いに言えばないものも揃います。リリムはここでしばらく暮らすといいでしょう、そこのサキュバスも』
『あ、ありがとうございます……?』
眠ったままのセネカと兄は床に放り出されたままだ、できることなら柔らかいものの上に寝かせたいのだが。
「ねぇ、家主さんは? 挨拶とかしたいんだけど」
『彼はよく出かけていますからね。気にする必要はありませんよ。私が連れてきたんですから、追い出すことは出来ません』
「……悪魔の中で一番偉いんだっけ?」
『私は悪魔の最高指揮官、王は一応サタンですが……まぁ、私の方を信用してくださって構いませんよ。彼はよく怒りで我を失います、リリスのことになると特にね』
「サタン、前に会った」
『そうですか、どうでした?』
悪魔の王、サタン。全てを圧倒するその魔力、視線だけで金縛りにしてしまう鋭い瞳。そして、真の姿は巨大な邪竜。それら全てを一言で表せというのなら、僕に思いつくのは──
「…………怖かった、かな」
──そんな、幼稚な言葉だけ。
『でしょうね、無意味に威圧しますから。王を名乗るくせに品がない』
「もしかしてだけど、仲悪い?」
確かにベルゼブブは品性を重んじようとしているように感じる。それは所作と口調には表れているが、他者を蔑む本性は隠せていない。
『悪魔は実力主義、上の者に取り入ろうと媚を売ることはあれど、同程度の相手と仲良くする義理などありません』
「そっか……」
ようやくきらびやかな部屋に落ち着いたらしいメルが、僕とベルゼブブの間に頭を垂らす。
『ベルゼブブ様、その……少し、疲れてしまいまして、眠りたいのですが』
『ベッドルームはあちらですよ、天蓋付きです。全く成金趣……豪華ですよねぇ、ええ、良いと思います』
メルは深々と礼をし、教えられた部屋へ向かう。
「あ、メル! 待って」
『なぁに、だーりん。夜這いは事前報告なんていらないのよ?』
「セネカさんも連れてってよ、まだ起きないみたいだし」
『……まぁだーりんがそういうこと言うとは思ってなかったけど、少しくらい反応してくれてもいいのに』
メルはセネカを担ぎ上げて軽々と運ぶ。あの細い腕からは想像も出来ない力は、やはり僕とは違う生き物なのだと、悪魔なのだと実感させられる。だからといって怯えもしなければ、寂しさも感じないけれど。
『……邪魔者が消えましたね、二人きりですよ?』
「君もそういうこと言うんだ」
『そういうこと、の意味が分かりませんが、早速始めましょう。これからについての相談を』
「……え? あ、ああ、相談。相談ね」
メルと話したせいか、僕は随分と下品な思考をしてしまっていたらしい。
『何を期待していたんですか?』
「べっ、別に期待なんてしてないよ!」
『今は一応見た目は十代の少女にしていますし、人間と同じ器官がありますけど、私は本来完全な無性ですからね。抱いてもそう楽しくはないと思いますよ、それでも抱きたければお好きにどうぞ』
ベルゼブブは赤いソファに深く腰掛け、僕を隣に招く。近くに寄ると、ソファの骨組みの飾りに金剛石が使われていると分かった。
『……沈みますねぇ、腰が痛くなって嫌いなんですよ』
「それで、相談って?」
『これから何をするのか、最終的にどうなりたいのか、ですよ』
「あぁ……」
真面目な話をしていても、視界の端にチラつく触角が気になって集中が続かない。そのせいで生返事をしてしまった。
『全ての魔物を従えたいなら、もう少し修行が必要ですね。人間を魔物の脅威から解放したいならそうするしかないかと』
「人間を魔物からってだけじゃなくてさ、その……笑わないでね? 僕の夢はね、世界平和なんだよ」
『へぇ? 人間にとっての、ではなく?』
「うん、ほら……酒食の国とかはさ、共存してるでしょ? ああいうのが理想」
無数の瞳は見つめるには適さない。僕は彼女の翡翠の髪に視線を置いた。
『ふむ、魔性のモノにとっての食事は魔力。別に人をまるごと喰う必要はない。貴方様が統率すれば可能ではあるでしょう。人をまるごと喰わなければ追いつかないような上級悪魔は大抵魔界から出て来ませんしね』
「ホント? 出来そう? あとさ、ほら……獣人とか、亜種人類とか、あの人達もみんなで暮らせたらなって」
僕の子供じみた夢をベルゼブブは真面目な顔で聞いている。それがとても嬉しくて、僕の口は次から次へと言葉を紡いだ。
「あと、書物の国であったんだけど、天使がね、神への叛逆だって襲ってきたんだよ。何もしてないのに。それに、神を信仰していないと、たとえ死にかけてても天使は見向きもしないよね。ああいうのも何とかできないかなって」
『……天使は、少し難しいかもしれませんね。アレには意志というものがない。ですが、それ以外なら何とかなるかもしれませんよ』
「意志がない……って、どういうこと?」
『天使は神の命令をこなすだけの人形ですから。自由意志が目覚めた天使は即座に堕とされます。堕ちた天使は神へのあらゆる感情を膨らませ、やがて全てを恨みます。ですから、神を信仰していない人々や悪魔が天使と共存するのは難しいかと』
たった一度だけ会遇した堕天使。恨みと妬みに支配された天使の成れの果て。自分の感情を持っただけでああなると?
「人形……でも、僕が今まで会ってきた人は、そんなんじゃなかった」
表情があった。自分の言葉を話していた。娯楽に溺れた者もいたし、悪魔と親交を深めていた者もいた。
『そう見えましたか? 貴方様は私のこともいい人だと思っていそうですね』
「…………今は、思ってるけど」
ベルゼブブは髪飾りを外し、曲面に自らの顔を映した。王冠を模したその飾りに映るのは当然の事ながら歪んだ景色だ。
『貴方様の視界は、随分と歪んでいらっしゃる。それも純粋に。純粋や無邪気以上にタチの悪いものはありませんよ』
「……僕は、間違ってるの?」
『どうでしょう。貴方様が望むのなら悪魔はその通りに変わりますし、貴方様の思うままに改造することだってできます』
「改造って……」
セネカは僕が変えてしまった。死を待つだけの吸精鬼から人の血を求める悪魔へと。アレは結局……セネカにとっていいことだったのだろうか。
『仮定の話ですよ』
「…………僕は、どうすればいいの?」
『夢を叶えるには力が必要です、絶対的な力が。力を手に入れるには練習が必要です』
「つまり?」
『各地を回って便利屋でもすればいいんじゃないですか?』
突き放すような言い方だが、正論だとは思う。
「……各国の問題解決?」
『まぁそうですね、都合のいいことに魔物による問題には事欠きません。魔物は最近凶暴化してるみたいですし』
「じゃあ、これまで通り旅をするってことでいいのかな」
『いいんじゃないですか? 今まで何をしてきたか知りませんけど』
ベルゼブブは提案と肯定しかしない。自分の好みの結論に着地させるにはこれが一番だ。
軌道修正をしつつ、あくまでも結論は僕に出させる。力をつけろというのは、そうした方が美味くなるからだろう。
気がつかないうちに行動を操られていようとどうでもいい。
魔物使いの力が強力になればベルゼブブだって操ることができる。ベルゼブブが満足するよりも早く、ベルゼブブを支配できるようになればいい。
僕はそんな楽観的な思考で、彼女の望んだ通りの結論を出した。
『ヘルシャフト様、お手を』
ベルゼブブの声に手を差し出す。メルもまだ状況が理解出来ていないらしく、僕の腕に抱きついている。
「……何、ここ」
『知り合いの家ですよ』
ベルゼブブはそう言いながら僕の手のひらを自分の腕に当てた。すると、酷い匂いの煙を立てて僕の名が彼女の腕に印される。
『契約完了、おめでとうございます』
「……痛くないの?」
『痛いに決まってるじゃないですか、焼き印ですよ?』
捲り上げていた袖を下ろすとその醜い焼け跡は隠れてしまう。だが、焦げた匂いはまだ辺りに漂っていた。
『さて、ここには大抵のものがありますし、私の知り合いに言えばないものも揃います。リリムはここでしばらく暮らすといいでしょう、そこのサキュバスも』
『あ、ありがとうございます……?』
眠ったままのセネカと兄は床に放り出されたままだ、できることなら柔らかいものの上に寝かせたいのだが。
「ねぇ、家主さんは? 挨拶とかしたいんだけど」
『彼はよく出かけていますからね。気にする必要はありませんよ。私が連れてきたんですから、追い出すことは出来ません』
「……悪魔の中で一番偉いんだっけ?」
『私は悪魔の最高指揮官、王は一応サタンですが……まぁ、私の方を信用してくださって構いませんよ。彼はよく怒りで我を失います、リリスのことになると特にね』
「サタン、前に会った」
『そうですか、どうでした?』
悪魔の王、サタン。全てを圧倒するその魔力、視線だけで金縛りにしてしまう鋭い瞳。そして、真の姿は巨大な邪竜。それら全てを一言で表せというのなら、僕に思いつくのは──
「…………怖かった、かな」
──そんな、幼稚な言葉だけ。
『でしょうね、無意味に威圧しますから。王を名乗るくせに品がない』
「もしかしてだけど、仲悪い?」
確かにベルゼブブは品性を重んじようとしているように感じる。それは所作と口調には表れているが、他者を蔑む本性は隠せていない。
『悪魔は実力主義、上の者に取り入ろうと媚を売ることはあれど、同程度の相手と仲良くする義理などありません』
「そっか……」
ようやくきらびやかな部屋に落ち着いたらしいメルが、僕とベルゼブブの間に頭を垂らす。
『ベルゼブブ様、その……少し、疲れてしまいまして、眠りたいのですが』
『ベッドルームはあちらですよ、天蓋付きです。全く成金趣……豪華ですよねぇ、ええ、良いと思います』
メルは深々と礼をし、教えられた部屋へ向かう。
「あ、メル! 待って」
『なぁに、だーりん。夜這いは事前報告なんていらないのよ?』
「セネカさんも連れてってよ、まだ起きないみたいだし」
『……まぁだーりんがそういうこと言うとは思ってなかったけど、少しくらい反応してくれてもいいのに』
メルはセネカを担ぎ上げて軽々と運ぶ。あの細い腕からは想像も出来ない力は、やはり僕とは違う生き物なのだと、悪魔なのだと実感させられる。だからといって怯えもしなければ、寂しさも感じないけれど。
『……邪魔者が消えましたね、二人きりですよ?』
「君もそういうこと言うんだ」
『そういうこと、の意味が分かりませんが、早速始めましょう。これからについての相談を』
「……え? あ、ああ、相談。相談ね」
メルと話したせいか、僕は随分と下品な思考をしてしまっていたらしい。
『何を期待していたんですか?』
「べっ、別に期待なんてしてないよ!」
『今は一応見た目は十代の少女にしていますし、人間と同じ器官がありますけど、私は本来完全な無性ですからね。抱いてもそう楽しくはないと思いますよ、それでも抱きたければお好きにどうぞ』
ベルゼブブは赤いソファに深く腰掛け、僕を隣に招く。近くに寄ると、ソファの骨組みの飾りに金剛石が使われていると分かった。
『……沈みますねぇ、腰が痛くなって嫌いなんですよ』
「それで、相談って?」
『これから何をするのか、最終的にどうなりたいのか、ですよ』
「あぁ……」
真面目な話をしていても、視界の端にチラつく触角が気になって集中が続かない。そのせいで生返事をしてしまった。
『全ての魔物を従えたいなら、もう少し修行が必要ですね。人間を魔物の脅威から解放したいならそうするしかないかと』
「人間を魔物からってだけじゃなくてさ、その……笑わないでね? 僕の夢はね、世界平和なんだよ」
『へぇ? 人間にとっての、ではなく?』
「うん、ほら……酒食の国とかはさ、共存してるでしょ? ああいうのが理想」
無数の瞳は見つめるには適さない。僕は彼女の翡翠の髪に視線を置いた。
『ふむ、魔性のモノにとっての食事は魔力。別に人をまるごと喰う必要はない。貴方様が統率すれば可能ではあるでしょう。人をまるごと喰わなければ追いつかないような上級悪魔は大抵魔界から出て来ませんしね』
「ホント? 出来そう? あとさ、ほら……獣人とか、亜種人類とか、あの人達もみんなで暮らせたらなって」
僕の子供じみた夢をベルゼブブは真面目な顔で聞いている。それがとても嬉しくて、僕の口は次から次へと言葉を紡いだ。
「あと、書物の国であったんだけど、天使がね、神への叛逆だって襲ってきたんだよ。何もしてないのに。それに、神を信仰していないと、たとえ死にかけてても天使は見向きもしないよね。ああいうのも何とかできないかなって」
『……天使は、少し難しいかもしれませんね。アレには意志というものがない。ですが、それ以外なら何とかなるかもしれませんよ』
「意志がない……って、どういうこと?」
『天使は神の命令をこなすだけの人形ですから。自由意志が目覚めた天使は即座に堕とされます。堕ちた天使は神へのあらゆる感情を膨らませ、やがて全てを恨みます。ですから、神を信仰していない人々や悪魔が天使と共存するのは難しいかと』
たった一度だけ会遇した堕天使。恨みと妬みに支配された天使の成れの果て。自分の感情を持っただけでああなると?
「人形……でも、僕が今まで会ってきた人は、そんなんじゃなかった」
表情があった。自分の言葉を話していた。娯楽に溺れた者もいたし、悪魔と親交を深めていた者もいた。
『そう見えましたか? 貴方様は私のこともいい人だと思っていそうですね』
「…………今は、思ってるけど」
ベルゼブブは髪飾りを外し、曲面に自らの顔を映した。王冠を模したその飾りに映るのは当然の事ながら歪んだ景色だ。
『貴方様の視界は、随分と歪んでいらっしゃる。それも純粋に。純粋や無邪気以上にタチの悪いものはありませんよ』
「……僕は、間違ってるの?」
『どうでしょう。貴方様が望むのなら悪魔はその通りに変わりますし、貴方様の思うままに改造することだってできます』
「改造って……」
セネカは僕が変えてしまった。死を待つだけの吸精鬼から人の血を求める悪魔へと。アレは結局……セネカにとっていいことだったのだろうか。
『仮定の話ですよ』
「…………僕は、どうすればいいの?」
『夢を叶えるには力が必要です、絶対的な力が。力を手に入れるには練習が必要です』
「つまり?」
『各地を回って便利屋でもすればいいんじゃないですか?』
突き放すような言い方だが、正論だとは思う。
「……各国の問題解決?」
『まぁそうですね、都合のいいことに魔物による問題には事欠きません。魔物は最近凶暴化してるみたいですし』
「じゃあ、これまで通り旅をするってことでいいのかな」
『いいんじゃないですか? 今まで何をしてきたか知りませんけど』
ベルゼブブは提案と肯定しかしない。自分の好みの結論に着地させるにはこれが一番だ。
軌道修正をしつつ、あくまでも結論は僕に出させる。力をつけろというのは、そうした方が美味くなるからだろう。
気がつかないうちに行動を操られていようとどうでもいい。
魔物使いの力が強力になればベルゼブブだって操ることができる。ベルゼブブが満足するよりも早く、ベルゼブブを支配できるようになればいい。
僕はそんな楽観的な思考で、彼女の望んだ通りの結論を出した。
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