魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
262 / 909
第十九章 植物の国と奴隷商

武術の国が滅びた時

しおりを挟む
広い食堂でアルと二人きり、僕は遅めの朝食をとっていた。アルメーの少女達の朝は早く、もうこの洞穴にはほとんど残っていない。

『なぁヘル』

「んー?」

『……何か夢を見たか?』

「夢?  夢……別に?」

脈絡のない質問はアルにしては珍しい気がした。

『本当か?』

追求するほどのものか?  夢なんて覚えていないのが大半だろう。こんなに聞いてくるなんて、まさか寝言でも言ってしまったのか。

「見てないよ。何?  僕何か言ってた?」

『魘されていた。来るな、とも言っていたな』

「来るな……?  なんだろ、分かんない」

『そうか?  なら構わないが……嫌な夢を見たのなら私に言え、話せば楽になる事もあるだろう』

「そうかもね、そうするよ」

僕が見る夢なんて決まっている、あれ以外の夢を見ることなんて滅多にない。
赤、黒、それだけで構成された世界に一人で立って、生臭い血の海で亡者に襲われる。昨晩見たのもきっとこれだ、話すのは憚られる。

「ヘルシャフト君、今いいかな?」

「ウェナトリアさん、大丈夫ですよ。どうかしたんですか?」

「なに、世間話さ」

「そうですか……?」

ウェナトリアは顔に手拭いを巻いている、前よりも厳重になっているように思えた。蜘蛛の足も服の中にしまいこんで、今のウェナトリアは僕達と同じような人間にしか見えない。

「昨日は大変だったね、そっちの……アル、だったかな」

「はい、アル……アルギュロスです」

「その子は君の何かな?」

「何?  え、えっと……大事な、人」

「そう……あの子はいないのかな?  『黒』と言ったか、天使のお嬢さん」

「…………はい、僕の隣には、もう来ません」

よりにもよって『黒』の話か、そういえば植物の国に来たのは『黒』とだった。ウェナトリアはアルを今回初めて見たはずだ、そういえば話もしていなかった。

「好きな人は離すなよ、離してしまった愚かな大人からのアドバイスだ」

「はい、勿論……愚かな大人って、ウェナトリアさんのことですか?」

「ああ、私の場合は恋人ではなく、家族だった」

「家族……ですか。ぁ、いや、僕恋人いませんよ……」

家族なら僕はもう離してしまっている。いや、そもそも掴んですらいなかった。

「武術の国は知ってるかな、亜種人類を匿って滅ぼされた国だよ」

「あ、はい。知ってます」

あの国が滅んだのは世界的なニュースになり、鎖国状態にあった魔法の国にも伝わった。強い軍事力を持ちながら国連から脱退し、その直後に滅ぼされたとしか報道されていなかったけれど。

「……私はそこに住んでいてね、あるキュッヒェンシュナーベ族の女と兄妹だったんだ、もちろん血は繋がっていない。匿われた先で共に暮らしていたんだ」

「それって、その……ツァールロスさんの」

「母親だよ」

「そう、でしたか」

武術の国が滅ぼされたのは十年ほど前、ツァールロスは見た目からして二十歳は越えていると思うのだが……それなら、ツァールロスとも共に暮らしていたのか?

「暗い話になるが、構わないかな?」

「あ、はい。大丈夫です」

「亜種人類は人間に虐げられてきた、と言ってもそれは種族によって様々だ。シュメッターリング族やナハトファルター族は娼婦として、ホルニッセやアルメーは斥候として、シュピネ族は鉱夫が多かったかな」

「……そう、なんですか」

「で、だ。その中でもキュッヒェンシュナーベ族は違った。あの種族はとても足が速く、また捕まえられたとしても僅かな隙間から抜け出したり、多少の壁や檻なら食い破った。だから奴隷として全く扱えなかったんだ、どれだけ暴力を振るっても彼らは決して従わず逃げる機会を常に伺った。他の亜種人類達はその思考回路が理解できなかったようだし、いい迷惑だとも思っていたようだね」

ツァールロスがホルニッセの少女達から逃げた時なんて、僕には目で追うこともできなかった。

「だからまぁ、基本的には手足を切り落としてから遊ばれたんだが……」

「……え」

「っと、この話は君には刺激が強いか」

「あ、いや、大丈夫です。大丈夫……」

「そうか?  まぁとにかく色々あって、キュッヒェンシュナーベ族は虐殺されるだけになっていった。手間をかけて捕獲したところで働かせられないし、遊んでも大して面白くなかったらしい。見つければ即、殺害。容易ではなかったが、彼らは確実に数を減らした」

ツァールロスが人を怖がるのも、嫌われていると思い込んでいるのもそのせいなのだろうか。

「殺害方法も酷くてな……丈夫と言われる亜種人類の中でも彼らは群を抜いている、頭を潰されても走った、なんて話も聞いたな」

「頭って……それは、流石に」

「私もそう思ったが……私も手足を落とされでもすぐに生えるしな。流石に頭はまずいが。私達は人間に較べて丈夫なんだよ、人間の間でそんな話が広まってもおかしくないだろうね」

ウェナトリアはまるで自分が人間ではないような話し方をする、僕はそれが少し苦手だ。
愛玩犬と野生の狼程度の違いなのに、仔犬とアルのような違いにして話すのだ。違和感がある。

「ツァールロスの母親は武術の国にやってきた頃には彼女を孕んでいた。父親を教えてはくれなかったがな」

「殺されちゃったんでしょうか」

「…………望んでいなかったのかもな」

「それって、生まれてきても殺されちゃうかもしれないから、ですか?」

「いや、行為事態を……あ、いや、君にはまだ早い」

「なんですかそれ……」

ウェナトリアはアルに睨まれて顔を逸らした、アルには言おうとしたことが分かったらしい。

「産んだ後もツァールロスを可愛がろうとはしなかったな、彼女はほとんど私が育てた。だから私には少し心を開いてくれているんだ」

あれで?  と言いかけた口を噤む。

「だからツァールロスは私が仕事中、保育所に預けていたんだ。友達は一人も居なかったし保育士達も嫌がっていたが……あの母親と一緒に居るよりは、な」

「へぇ……ぁ、ウェナトリアさんって何のお仕事されてたんですか?」

母親の性格は気になったが、本人の居ないところで勝手に家庭事情を詮索するのはよくない。

「軍人、の教育だな。剣の扱いは得意だ、君にも教えてやろうか?  少しくらいの心得はあった方がいい」

『必要無い』

アルが僕の肩から顔を出し、勝手に返答する。

「そうか。それで……えぇと、国連軍との戦争には私も出向いたんだ。街に入れなければ傍に居なくても守れると思っていてね」

「……ツァールロスさんのお母さん、どうなったんですか?」

「…………死んだよ、私が前線で剣を振るっている間にな。天使まで来るとは思わなかったし、来たのを見た時は私達を助けてくれると思ったんだ……だから、私は、陣形が維持出来なくなった後も彼女の元に戻らなかった。一人で天使を引き受けて、部下を逃がして……もっと早く戻っていたら彼女だけは助けられたかもしれないが、そうしていたらあの天使は何人殺しただろうな。少なくとも部下は全員死んだだろう」

「難しいですね……そういうの。ぁ、ツァールロスさんはどうしてたんですか?」

「死体の山の中に隠れていたらしい。数日間の蹂躙が一通り終わった後、私が廃墟で立ち尽くしていたところに来てくれた」

死体の山の中、想像しただけで吐き気がした。
そんな中に何日も隠れていたなんて……食事は?  なんて答えが分かりきっている質問はやめておいた。

「その後私は各地を転々とし、植物の国……ここに来たんだ。そして王の座を奪った」

「奪った、って、何か理由があったんですか?」

「モナルヒは……ああ、前の女王はな、階級制度を気に入っていて、他の種族を虐げることが多かった。だから王位を譲らせたんだ」

「へぇ……やっぱり、戦ったりしたんですか?」

「いや、口説き落とした」

「…………は?」

「だから、口説いたんだよ。自分を強く見せようとするのは怖いからだ、不安だから、襲われないように自分を強く見せようとする」

「そうなんですかね」

イマイチ賛同できないような、できるような。ウェナトリアの真摯な態度でものを言われては、どんな非常識なことでも納得してしまう気もする。

「私が王になれば大丈夫だ、と。誰も傷つけない、当然君も……と、言い続けたら簡単に譲ってくれたぞ。そのせいで彼女の娘達には嫌われているが」

「娘って……旦那さんいるんじゃないですか!  ダメですよ、それ」

「死んでるから………大丈夫、だろう」

「え、あ……そう、でしたか。すいません」

「子供を作ってすぐに死ぬんだよ、何故か知らないが……そういえば、息子は見たことがないな、いるはずなんだが……」

「……よく分かりませんけど、色々あるんですね」

重苦しい過去の話、今の奇妙な色恋沙汰の話。世間話というには少々濃い。
未来は明るく楽しい話ができるように、今、僕に出来ることをやらなければならない。
この国に来た目的を果たさなければ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

【完結】まもの牧場へようこそ!~転移先は魔物牧場でした ~-ドラゴンの子育てから始める異世界田舎暮らし-

いっぺいちゃん
ファンタジー
平凡なサラリーマン、相原正人が目を覚ましたのは、 見知らぬ草原に佇むひとつの牧場だった。 そこは、人に捨てられ、行き場を失った魔物の孤児たちが集う場所。 泣き虫の赤子ドラゴン「リュー」。 やんちゃなフェンリルの仔「ギン」。 臆病なユニコーンの仔「フィーネ」。 ぷるぷる働き者のスライム「モチョ」。 彼らを「処分すべき危険種」と呼ぶ声が、王都や冒険者から届く。 けれど正人は誓う。 ――この子たちは、ただの“危険”なんかじゃない。 ――ここは、家族の居場所だ。 癒やしのスキル【癒やしの手】を頼りに、 命を守り、日々を紡ぎ、 “人と魔物が共に生きる未来”を探していく。 ◇ 🐉 癒やしと涙と、もふもふと。 ――これは、小さな牧場から始まる大きな物語。 ――世界に抗いながら、共に暮らすことを選んだ者たちの、優しい日常譚。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流@3/19書籍発売!
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

処理中です...