魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
274 / 909
第十九章 植物の国と奴隷商

神父の友人

しおりを挟む
頭が痛い。
零が僕を庇って大怪我をした記憶が──
アルが僕を護って死んだ記憶が──
何度も何度も瞼の裏を駆け巡る、赤い光景がいつまでも消えない。
赤、てらてらと、不気味に光を反射する赤。
生物らしさを象徴し、生理的嫌悪感を煽る赤。
あの赤が瞼の裏に焼き付いて、消えない。

『ヘルシャフト様?  どうなされました』

「……なんでもない」

『私の上に乗れ、ヘル。体を冷やしたからな、私で暖を取るといい』

「大丈夫だって」

『大丈夫じゃなさそうですね。ぶっ倒れられて困るのは私達なんですよ。それは遠慮じゃなく我儘です、言う通りにしなさい』

ベルゼブブに叱られて、僕は仕方なくアルの背に跨る。そのまま姿勢を崩してアルの首に腕を巻く。

『……大丈夫か』

「平気だよ、大げさだな」

「……すまない、貴方を守るなどと言っておきながら、貴方に辛い思いばかりさせている」

温かさに癒されていく。けれど、その辛そうな声には心を抉られる。

「何だよ、急に。僕はそんな……」

『……ヘル、貴方の心を痛めつけているのは、他ならぬ私だ。責めてくれて構わない、恨んでくれて構わない、憎んでくれて構わない。だが、私は……貴方を誰よりも愛している、貴方に尽くす、貴方を守りたいんだ』

「な、何だよ……僕、アルを憎んだりしないよ。僕も、アルのこと大好きだから、そんなこと言わないでよ」

『……ああ、そうか。そうだな。すまない』

僕とアル以外には聞こえない、いや、聞かせない秘密の会話。ぎゅっとアルを抱き締めて、目を閉じた。
アルの鼓動と呼吸だけを耳に感じて、アルの温もりだけを体に残して、僕はゆっくりと自分を隠す。過去の記憶も、今の思いも、全て心の奥底に隠す。
冷静に話をするために──

「おお、久しいな……英雄の、おや?  その獣は死んだはずでは……」

「お久しぶりです、大臣。今日はお願いがあって参上しました」

「願い?  ああ、言うがよい」

王の間の下の部屋で大臣を見つけた。大臣は前に見た時に比べれば健康そうだ。

「……奴隷商船の航路を教えてください」

「ど、奴隷!?  何を言っておる、わしはそんなもの知らんぞ!」

『奴隷と言いましても、亜種人類のものですよ、大臣?』

ひょこっと僕の肩から顔を出し、服装に似合った上品な声を出す。もっとも、その姿勢は無礼なものだけれど。

「あ、亜種……?  どちらにしても、わしは船のことなど分からん」

『……本当ですか?』

「嘘は言っておらん!」

声を荒らげる大臣の胸倉を掴み、ベルゼブブは打って変わって低い声で脅しをかける。

『嘘吐きは食べられるっていうのは、昔からの決まり事ですよね?』

人間のものではない細長い棘の生えた舌を出し、大臣の首元で揺らす。

「しっ、し、知らんと言ったら知らん!」

「ベルゼブブ、やめなよ。乱暴だよ」

『はいはい、じゃあどうぞお上品に聞いてくださいよ』

「……すいません。彼女、ちょっと血の気が多くて。えっと……貨物船に偽装してるかもしれません。お願いします、友人が捕まったんです。友人の姉も捕まったんです。早く助けないと、誰に何をされるか……」

「そう言われても本当に知らんのじゃ。そもそも牢獄の国は国連加盟国の中でも異質で……関わりある貿易船ならともかく、加盟国だからという理由で他国同士の……ましてや奴隷商船など、分からんよ」

「…………なら、航路を調べられる場所とか」

大臣はしばらく考える素振りを見せたが、首を横に振った。

「牢獄の国はつい最近まで魔王のものじゃった、そう簡単にはいかん。他国は魔王を恐れて牢獄の国を孤立させておった、現国王が関係回復を図ってはいるが……」

眉尻を下げ、声は次第に小さくなる。それらは僕に大臣の言葉を真実だと信じ込ませるには十分過ぎた。


何も得られないまま城を後にして、僕達は城下町の喫茶店で再び会議を始めた。

『これなら船を直接追った方がよかったんじゃないですか?』

「とっくに出発して追えるものではなかった、仕方ないよ」

「僕なんかの提案じゃ、やっぱりダメでしたね……」

「ヘルシャフト君のせいじゃない、そう自分を下げるな」

下げるなと言われても、何の手がかりも得られなかったのだ、自分を卑下して当然だろう。
椅子の下のアルを撫でて気持ちを落ち着かせていると、ふと隣の席に座っていた男に視線が流れた。見るからに不健康そうな青白い顔、骨と皮だけに思える細い体を包んでいるのは紺色の長い祭服……零と同じ、神父の服装だ。

「……あの、すいません」

ベルゼブブとウェナトリアは次の策を考えるのに必死だ、僕は勇気を出してその男に話しかけた。

『何?  誰アンタ?』

男はサンドイッチを頬張りながらこちらを向く。海のような深い青色の髪の隙間から覗く見開かれた目が少し不気味だ。なんて、失礼な印象を抱く。

「ヘルシャフト、です。あの……零さんの、お友達の方ですか?」

『ヘルシャフト……ああ、聞いてるよ。零が言ってた、確か……魔物使いやったっけ?』

独特な抑揚──を無理矢理矯正したような話し方だ。妖鬼の国で会った鬼達を思い出した。

「あ、はい。そうです」

サンドイッチを食む口に並んでいるのは鋭い牙…………いや、見間違いだ。そんなはずはない。
国連の審査がある神父に人間でないものがいるなんて、ありえない。

「……あの、お名前を伺っても?」

『ツヅラや、ツヅラ・リョウイチ。零はりょーちゃんとか呼んでたけど……アンタはやめてな、アレ恥ずかしいんや』

「あ、はい。じゃあ……ツヅラさん」

『おう、で、何かあったん?』

ツヅラは最後の一口を飲み込むと体ごと僕の方を向いた。食後のコーヒーを飲む指は細く、爪は鋭い。

「……知り合いが、奴隷にされそうで……船を追っかけたいんですけど、どこに行ったか分からなくて」

『ほんま?  めっちゃやばいやん。想像以上やわ』

「今、城に……大臣に、聞いてみたんですけど、知らないって」

肉があるとは思えない、骨に直接皮膚を貼り付けたような、そんな骨ばった手は死体のように青白い。しかし、その肌は乾燥しておらず、どちらかと言うとみずみずしい。

『そらなぁ……大臣はちょっと違う思うわ』

「零さん、もしツヅラさんを見かけたら頼ってみたらって、言ってたので……声をかけました。すいません、こんな話聞かされても迷惑ですよね……」

ツヅラはコーヒーを飲み干し、僕の隣に席を移す。足元を見てみればツヅラが裸足だと分かった。
城下町までは零の力が届いていないとはいえ、裸足で歩き回るような気温ではない。石造りの床は氷と肩を並べるほどに冷たい。

『……アンタさっき船言いよったな?』

「はい。奴隷商船です」

『船言うたら海やな?』

「……海、だと思いますけど」

『せやったら分かるわ』

そう言ったツヅラは悪戯っ子のように、にっと笑っていた。僕はきっとそんな彼とは対照的な、間抜けな顔をしていただろう。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

処理中です...