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第十九章 植物の国と奴隷商
善行か悪行か
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教会の扉を開くと、その隙間から冷気が溢れ出る。建物の中の方が外よりも寒いというのは、ここでなければ味わえない感覚だ。
扉が開いたのに気がついたのか、神の像に祈りを捧げていた男が走りよる。
「いらっしゃーい……あれ!」
彼は僕を見て、ふにゃりと笑う。
「ヘルシャフト君じゃないかぁ。おかえり……びしょ濡れだねぇ。ほら、早くお入り」
「神父様……お久しぶりです」
零は僕を柔らかいタオルで包み、パンを手渡した。パンを食みながらアルについて話すと、零はコロコロと表情を変えながら聞いてくれた。
「よかったねぇ。あ、お墓どうしよう」
「……どうしましょうね。まぁ、とりあえずそれは置いておいて……」
服を借りて、本題に移る。
ウェナトリアが亜種人類の王だということは隠して、知り合いの家族が攫われたと。奴隷商船の航路を知りたい、と。
零は僕の下手くそな話にも根気よく付き合ってくれる──のだが、今は一刻を争う事態だ。説明はアルに丸投げした。
「そっかぁ……大変なことになってるんだねぇ。でも、奴隷商船なんて大っぴらにはならないよぉ? 国連で人身売買は禁止されてるから……多分、貨物船とかって言うんじゃないかなぁ」
「貨物船、ですか」
「うんうん、零は船のあれこれがどこで扱われてるか知らないんだぁ。ごめんねぇ」
「いえ、気にしないでください。王城にでも行きますから……あ、そういえば王様ってどうなったんですか?」
「前王様の弟の子供がなったよぉ。今度は人間だからぁ、きっと大丈夫」
真面目な話をする中でベルゼブブは僕の隣でパンを貪っていた。息を吸う暇もないほどに次から次へと口に放り込んでいる。
「……この子は?」
「あ、えぇと……べ、あ、いや……」
『バアルちゃんでぇーす』
「…………ばある? ちゃん、です」
突然の偽名に戸惑いながらも復唱する。零に不審に思われなければいいが──
「バアルちゃんかぁ、よろしくねぇ。そっちの君はぁ?」
「……ウェナトリアと申します」
「ご丁寧にありがとう、よろしくねぇ」
──助かった。零はウェナトリアもベルゼブブも人間だと思っている。
零は神父だ。神に仕える者が亜種人類と握手をするなんてありえない、悪魔を教会に招き入れるなんてありえない。
笑顔で受け入れてくれたということは気が付いていないということ。零は僕を全く疑っていない。
「それで、うぇにゃとりゃ……うぇに、うぇにゃ…………トリア君」
「は、はい。お好きに呼んでください」
「トリア君。目、どうかしたの?」
やはりウェナトリアの分厚い目隠しは不審に思われたか。さて、どう誤魔化そうか。
「あ……えぇと、目、というよりは顔で……火傷がありまして、醜いので隠しております」
「そっかぁ……ふぅん」
零の目が一瞬暗く濁る。だが次の瞬間には明るく輝いており、僕はそれを見間違いだと結論付けた。ウェナトリアの嘘はよく出来ていたと思う、きっとバレてはいないはずだ。
「雪華は今往診中なんだぁ、待っててって言いたいところだけど、急いでるんだよねぇ。解決したらまた会いに来てあげてよ。ヘルシャフト君のこと、とっても心配してたから」
「……はい、必ず」
「あぁ、そうそう。僕の親友の神父がね、この国に来てるんだぁ。僕と同じ祭服着てるからすぐ分かると思う。何かあったら彼に頼ってもいいよぉ、君のことは何回か話しちゃったからぁ、多分、大丈夫」
「分かりました、ありがとうございます」
零に別れを告げ、教会を後にする。次は王城だ、大臣とは面識がある。航路を聞き出すのもそう難しくはないだろう。
岩山から街に繋がる山道の途中、ベルゼブブが僕の顔を覗き込む。
『あの神父、加護受者ですよね?』
「そうだよ、あの力もそのせい」
『加護受者が悪魔に気がつかないなんてありえません。あの男、見逃しましたね』
「……え?」
『貴方もバレてたんじゃないですか?』
ウェナトリアの方を振り返る。彼は少し顔を俯けて、目隠しの位置を修正する。
「ああ、そう思う。やはり目隠しは怪しいのか……?」
「ま、待ってよベルゼブブ。神父様は君が悪魔だって分かってたって言うの?」
『だと思いますけどね。加護受者……それも神父が悪魔に気がつかないなんてありえないんですよ、つまり彼はパチモノ。もしくは、超がつくほどの馬鹿』
零は気がついていた?
僕の嘘も分かっていた?
何もかも分かった上で、見逃した?
どうして。
「善人と言ったらどうだ」
『悪人ですよ、悪魔と悪魔の末裔を見逃したんですから』
「……それは、人間にとっては、そうだろうが、私達は助かっただろう」
『見逃された、となると癪に障るんですよねぇ』
彼はいい人だ、それは間違いない。
今回悪魔を見逃したのは僕にとってはいい事だが、人間にとっては──神父としては、間違っている、悪いことだ。
『ヘル? 何を考えている、そんな顔をして』
「え……僕、変な顔してた?」
『あまり思い詰めるなよ』
「う……ん、分かってる」
深く考えるな、零は僕に情けをかけただけだ。
きっと今度目の前に悪魔を連れていったら、今度こそ裁くに決まっている。そうだ、そうでなくてはならない、神父は人間の味方なのだから。
『で、ヘルシャフト様。先程の話を聞く限り大臣には恩があるそうで』
「うん、だから聞けると思う」
『……知ってればいいんですけどね。黙るのなら吐かせますけど、知らなかった場合が面倒ですよ』
大臣が奴隷商船の行方を知ることが出来る立場にあると祈りながら、王城の門の前に立つ。
門の前では顔色が悪い二人の兵士が剣を携えていた。
「……あの、大臣さんと話したいんですけど」
「誰だお前は」
「ヘルシャフト、ですけど」
「そんな名は知らん、帰れ帰れ!」
門前払い、当然だ。
過去の一件を話しても信じてもらえるかどうか分からないし、信じてもらえても通してもらえるかは別問題だ。
「……気絶させるか?」
『そんな野蛮な真似しませんよ、ねぇヘルシャフト様。ここは私にお任せを』
拳を握ったウェナトリアを嘲笑い、ベルゼブブは僕を押しのけて兵士達の前に立つ。
「お嬢ちゃんも同じか? 来客があるって話は聞いてない、帰んな」
『……お兄さん達、バアルの目、見て?』
見た目以上に子供らしい声と話し方で演じ、真っ赤な目を見開く。
兵士達はその幼さに警戒心を薄れさせ、ベルゼブブと目を合わせる。
『これ、欲しい?』
ベルゼブブは足元に落ちていた石片を拾い、兵士達の目の前でゆっくりと振った。
「……はら、減った……」
「ぁ、あぁ、俺も……急に」
『チョコ欲しい?』
「欲しい! くれ、頼む!」
「俺だ! 俺によこせ!」
『落ち着いて。ほーら、とってこーい!』
ベルゼブブが投げた石片は高く遠く飛び、塀の向こうに落ちていった。兵士達は仕事を放棄してそれを追う。
『さ、早く行きますよ』
ベルゼブブは僕の手を引いて門を開く。城の中は驚くほどに静かで、人気がない。
その冷たい雰囲気に過去の記憶を掘り返され、視界が歪んだ。
扉が開いたのに気がついたのか、神の像に祈りを捧げていた男が走りよる。
「いらっしゃーい……あれ!」
彼は僕を見て、ふにゃりと笑う。
「ヘルシャフト君じゃないかぁ。おかえり……びしょ濡れだねぇ。ほら、早くお入り」
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零は僕を柔らかいタオルで包み、パンを手渡した。パンを食みながらアルについて話すと、零はコロコロと表情を変えながら聞いてくれた。
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「……どうしましょうね。まぁ、とりあえずそれは置いておいて……」
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零は僕の下手くそな話にも根気よく付き合ってくれる──のだが、今は一刻を争う事態だ。説明はアルに丸投げした。
「そっかぁ……大変なことになってるんだねぇ。でも、奴隷商船なんて大っぴらにはならないよぉ? 国連で人身売買は禁止されてるから……多分、貨物船とかって言うんじゃないかなぁ」
「貨物船、ですか」
「うんうん、零は船のあれこれがどこで扱われてるか知らないんだぁ。ごめんねぇ」
「いえ、気にしないでください。王城にでも行きますから……あ、そういえば王様ってどうなったんですか?」
「前王様の弟の子供がなったよぉ。今度は人間だからぁ、きっと大丈夫」
真面目な話をする中でベルゼブブは僕の隣でパンを貪っていた。息を吸う暇もないほどに次から次へと口に放り込んでいる。
「……この子は?」
「あ、えぇと……べ、あ、いや……」
『バアルちゃんでぇーす』
「…………ばある? ちゃん、です」
突然の偽名に戸惑いながらも復唱する。零に不審に思われなければいいが──
「バアルちゃんかぁ、よろしくねぇ。そっちの君はぁ?」
「……ウェナトリアと申します」
「ご丁寧にありがとう、よろしくねぇ」
──助かった。零はウェナトリアもベルゼブブも人間だと思っている。
零は神父だ。神に仕える者が亜種人類と握手をするなんてありえない、悪魔を教会に招き入れるなんてありえない。
笑顔で受け入れてくれたということは気が付いていないということ。零は僕を全く疑っていない。
「それで、うぇにゃとりゃ……うぇに、うぇにゃ…………トリア君」
「は、はい。お好きに呼んでください」
「トリア君。目、どうかしたの?」
やはりウェナトリアの分厚い目隠しは不審に思われたか。さて、どう誤魔化そうか。
「あ……えぇと、目、というよりは顔で……火傷がありまして、醜いので隠しております」
「そっかぁ……ふぅん」
零の目が一瞬暗く濁る。だが次の瞬間には明るく輝いており、僕はそれを見間違いだと結論付けた。ウェナトリアの嘘はよく出来ていたと思う、きっとバレてはいないはずだ。
「雪華は今往診中なんだぁ、待っててって言いたいところだけど、急いでるんだよねぇ。解決したらまた会いに来てあげてよ。ヘルシャフト君のこと、とっても心配してたから」
「……はい、必ず」
「あぁ、そうそう。僕の親友の神父がね、この国に来てるんだぁ。僕と同じ祭服着てるからすぐ分かると思う。何かあったら彼に頼ってもいいよぉ、君のことは何回か話しちゃったからぁ、多分、大丈夫」
「分かりました、ありがとうございます」
零に別れを告げ、教会を後にする。次は王城だ、大臣とは面識がある。航路を聞き出すのもそう難しくはないだろう。
岩山から街に繋がる山道の途中、ベルゼブブが僕の顔を覗き込む。
『あの神父、加護受者ですよね?』
「そうだよ、あの力もそのせい」
『加護受者が悪魔に気がつかないなんてありえません。あの男、見逃しましたね』
「……え?」
『貴方もバレてたんじゃないですか?』
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「ああ、そう思う。やはり目隠しは怪しいのか……?」
「ま、待ってよベルゼブブ。神父様は君が悪魔だって分かってたって言うの?」
『だと思いますけどね。加護受者……それも神父が悪魔に気がつかないなんてありえないんですよ、つまり彼はパチモノ。もしくは、超がつくほどの馬鹿』
零は気がついていた?
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どうして。
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今回悪魔を見逃したのは僕にとってはいい事だが、人間にとっては──神父としては、間違っている、悪いことだ。
『ヘル? 何を考えている、そんな顔をして』
「え……僕、変な顔してた?」
『あまり思い詰めるなよ』
「う……ん、分かってる」
深く考えるな、零は僕に情けをかけただけだ。
きっと今度目の前に悪魔を連れていったら、今度こそ裁くに決まっている。そうだ、そうでなくてはならない、神父は人間の味方なのだから。
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