魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第十九章 植物の国と奴隷商

短気な帝王

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僕はベルゼブブを黙らせる為、自分に出されていたケーキを彼女の口に押し込んだ。
ベルゼブブは突然現れた甘い味に目を見開き、それから表情を蕩けさせた。

「……えっと、ツヅラさんは神学校を卒業なされたのですよね」

「結構成績良かったんだよ、りょーちゃんは人一倍信仰心が強かったからねぇ」

「遠く離れた国の人ならざるものでも、神の教えは通じるのですね!」

「…………りょーちゃんはね、人だよ。人なんだよ、泳ぎが上手な……優しい子なんだ」

零の視線が微かに暗く、冷たく変わる。雪華は弱々しく謝罪をして、両手でマグカップを包んで落ち込んだ。

『信仰心が強い、ですか。物は言いようですねぇ』

ケーキを食べ終えたベルゼブブがまた話し出す。僕のケーキはもうない、彼女の口はもう塞げない。

『……何を信仰しているんでしょう』

「神様だよ」

『…………それは、誰にとっての?』

「神様は神様だよ」

「そうです!  神様は神様、ただ一人!  誰にとってとかそんなのありません!」

顔を上げた雪華は自分に酔ったように神とは何たるかを語り出す。零はそんな雪華を落ち着かせて、ベルゼブブを見つめて微笑んだ。

「りょーちゃんはいい子なんだ。とってもいい子、だから虐めないであげてね」

『……いい子、ねぇ』

「りょーちゃんは、なるようにしかならないんだ。だから放っておいてあげてよ」

部屋の温度が急激に下がる。それはベルゼブブへの威嚇だった。
ベルゼブブの考えは分からないが、ツヅラに何かしらの危害を加えようとしていたのだろう。少なくとも零はそう感じたらしい。

『……彼、何か力はあるんですか?』

「…………精神感応能力が少し。生まれついてのテレパスだよ」

『それはそれは!  優秀ですねぇ、放っておけませんよ』

「まだ分からないのかなぁ、零はね、りょーちゃんに関わるなって言ってるんだよ!」

机を叩いて立ち上がり、零はベルゼブブを睨みつける。僕は机を叩いた音に怯えて硬直してしまい、仲裁の言葉すら考えられなくなった。

「親友なんだ……!」

『…………はっ!  よく言いますねぇ。アイツらにとって人間なんて仲間を増やす道具ですよぉ?  貴方がどう思っていても向こうは……っ!?』

そう言って笑ったベルゼブブの下卑た声が止まる、横を見れば彼女の腹には巨大な氷柱が突き刺さっていた。

「へ、ヘル君!  こっちに……」

リンに抱きかかえられ、ソファの後ろに押し込まれる。僕達は背もたれの横から顔を少し出して、様子を伺う。

「し、神父様!?  何をしてらっしゃるんですか。いくら悪魔とはいえ、そんな突然……」

雪華が零の腕を引っ張り、彼の野蛮な行動を責める。僕はいつの間にか横に来ていたアルを抱き締め、意味もなく小声で話した。

「な、何?  これ……」

『友を馬鹿にされて怒った、と言ったところだ。どうするヘル、あの神父……ベルゼブブ様に殺されるぞ』

「そ、そんなのダメだよ。止めないと!」

立ち上がろうとした僕をリンが押さえつける。

「ダメだって!  やばいよあの人!」

「恩人なんです!  僕を、庇ってくれて……」

零には数え切れないほどの恩がある。それを除外しても僕に優しい大人を死なせたくない。

『あぁー……痛い、痛いじゃないですかぁ。聖なる力は結構効くんですよ。しかも力の弱まる人界でこんな傷…………あぁ、もう……ダメですね、お腹空きました』

ベルゼブブは腹に刺さった氷柱を引き抜き、零に投げ返す。零の眼前で氷柱は霧と消える。

「下がってて、雪華」

「神父様!  ダメです!  この悪魔、かなり強いですよ……勝てません!」

「…………下がってて」

雪華は悔しそうに、悲しそうに引き下がる。ベルゼブブはその様を見て嫌らしい笑みを浮かべた。

『弟子は生かしておいてほしい、とでも言いますかぁ?』

「バアルちゃんには死んでほしい、って言うかなぁ」

『貴方には無理ですけど……もし神父が私を殺せば神魔戦争が始まりますよぉ?』

「だからただの願望なんだよ」

ベルゼブブは翅と触角を現し、零に飛びかかる。
真っ直ぐに首を捉えたその爪は氷に起動を逸らされ、零の姿は部屋を満たす細氷の中に紛れる。細氷は宝石のようにキラキラと輝き、目を眩ませる。

『これで目くらましのつもりですか』

「ベルゼブブ!  やめろ、神父様は僕の恩人だって言っただろ!」

『うるさいんですよ、何様のつもりですか?  本当に私に命令出来ると思ってるんですか?  馬鹿にするのもいい加減にしてください』

「僕は……僕は契約者だ!  だから、僕に従えよベルゼブブ!」

『あーあーあー鬱陶しい!  栄養価の高い餌だからって生意気言ってると殺しますよ!』

「…………やってみろよ!」

売り言葉に買い言葉、とはまさにこの事。止めるつもりが僕に標的を移動させただけ。
迫る爪に死を悟る。

『はぁ……もう、ホント、腹が立ちますね』

爪は僕の眼前で止まっていた。
ベルゼブブの足にアルとカルコスが噛みつき、クリューソスが光弾で腕を撃ち抜き彼女の爪を鈍らせた。そして鈍った爪は僕を庇ったリンの腕を貫き、僕の眼前で止まった──と。

「ぎ、義肢でよかった……」

「…………リンさん」

「君の顔に傷でもついたら僕の心が死ぬからね!」

「……それを言わなかったら女装ぐらいいくらでもしたんですけどね」

「えっ……」

自身の発言を後悔して静止してしまったリンの腕の中を抜け出し、ベルゼブブの髪を掴んだ。頭皮と額を引っ掻いたその爪は赤く彩られる。

『偉っそうに……』

「……僕に従え」

『分かってるんですか?  今、一人だったら死んでましたよ?  一人でもいなかったら死んでましたよ?』

額にくい込んだ爪を通して嫌な感触が伝わってくる。

「君が僕に従ってくれたら、そんな心配は二度となくなるんだけど」

『あぁ……ホンット、腹が立つ。どうして同じこと言うんですか?  一万年前もそんなこと言って、結局勝手に死んじゃったじゃないですか。私を置いて、婚約者を置いて、死んじゃったじゃないですか』

「それは……僕は知らないよ。でも、ごめん」

『……そこの神父を殺す理由はムカついた以外にはありませんけど、ツヅラとやらは違いますよ。アレは殺さなければなりません』

自分の顔に傷がついたのにも気にせず、瞳だけで零を睨む。
冷気を収めた零は申し訳なさそうに僕を見つめた。

「……それはさせないよ」

『貴方達人間が一番危ないって分かってます?』

「りょーちゃんはいい子なんだ、だから……放っておいてあげてよ。何もしないから、何も出来ないんだから」

無茶に顔を捩るから、額はどんどん裂けていく。僕は流石に罪悪感を覚えてベルゼブブの髪から手を離した。
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