魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十六章 貪食者と界を守る魔性共

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劇場とは砂漠の国て最も大きな施設である。踊りに芝居、音楽、朗読、あらゆる劇がここで行われる。
入ってすぐは券売や食事、公演を待つ休憩所などが並ぶ広間だ。

『広いね……人いっぱいだし、ちょっと、怖いかも』

フェルはエアの腕に抱きつき、顔を片方隠してしまう。

『聞き込みは手分けしてやろうか。危険はないだろうし、何かあっても各々対処出来るよね?』

エアはフェルを振りほどき、昼食を楽しむ者の群れの中に入っていく。アルは休憩所で暇そうに冊子を捲る者達の元へ。

『…………ヘルだったら放って置かれないのに……』

フェルはそんな恨み言を呟き、大きな円柱に背を預ける。積極的に話しかけられるような性格はしていない、ここで時を待とう、と。



先程観た芝居の感想を言い合い、デザートを食べながらはしゃぐ。エアはそんな女達に社交的な笑みを浮かべて話しかけた。

『こんにちは、お嬢さん達。僕とちょっとお話してくれないかな』

一つの机につき椅子は四つ、女は三人。エアは余った椅子を指差し、首を傾げる。

「……な、何、ナンパ?」
「めちゃくちゃカッコイイ……!」
「ど、どうする?  どうする?」

顔を寄せ合い相談を始めた女達を見てエアは成功を確信する。

「ど、どうぞ……」

女の一人は顔を真っ赤にして空いた椅子を引き、先程までのお喋りとは打って変わって小さな声を出す。

『ああ、ありがとう』

「ぇ……と、な、何か頼みます?」

『いや、さっき食べたばかりなんだ。休憩所で本でも読もうかと思っていたんだけど、偶然君達を見かけてね。お話したいな、って思ったんだ』

エアは生来整った顔をしている。しかも魔法を使い自分の身体を良好な状態に保っていた。肌は赤子よりもきめ細やかに、髪は何日放置しても艶を失わず、爪は滑らかさを保ち、人間でなくなって身体が作り替えられるようになってからは手足を伸ばした。

「か、顔が良い……声も、良い……」

穏やかな話し方や温和な表情も人に好感を与え、虚ろな瞳はまた違った魅力を持つ。

『でも、僕は君達に話せるような面白い話を持っていなくてね……』

「いえいえ!  えっと……あ!  お、面白いと思うかどうかは分からないんですけど、さっき変な噂を聞いて──」

どれだけストレスが貯まっていたとしてもエアがそれを赤の他人に晒すことはまず無い。
上っ面はいつも笑顔だ。



休憩所に置かれた本は様々だ。演劇の元となった小説であったり、流行りを捉えた雑誌であったり、演者のインタビュー記事であったり、読み物は様々だ。
軽くペラペラと捲るだけの者、目を滑らせてしまっている者、行間まで読み解こうとしている者、読む者も様々だ。
アルはそんな中からニマニマと笑みを浮かべて『砂漠の国では見られない!  寒冷地に住むモフモフのわんちゃん特集!  ダブルコートって何?』というタイトルの本を読む若い男を見つける。

『…………その本、面白いか?』

「えぇそりゃもう……可愛いのなんのって。この辺に住んでいるのは毛が無かったり短かったりする子ばかりで……」

『確かに、私もこの毛皮は憎くなっている。無い方が住みやすいだろうな』

毛皮という言葉に男はようやく顔を上げ、声をかけていたのが人間ではないと気が付いた。

「わぁぁっ!?」

『あぁ、済まない。驚かないでくれ、私は合成魔獣で……刻印もしっかり……』

「もっふもふだぁぁーっ!」

『…………声をかける奴を間違えた』

魔獣を恐れる者や嫌う者では情報を集められないと、アルは自分を好みそうな者を探していた。だが、アルは加減を見誤った。

「ま、待って行かないで!  えっと、何か用があったのかな?  ご主人様は?」

『尾を掴むな。主人は、えぇと……観劇中だ。この国の劇を見たいと遥々やって来て私を置いて行ってしまわれたののだ。暇で仕方ないから話し相手を探していた』

アルは適当に話を作り、男が座る椅子の前に腰を下ろした。

「なるほど……本読む?」

『犬に興味は無い。私が好きなのは……そうだな、少々不穏な話だ。何か無いか?  怪事件だとか、陰謀論だとか、不気味な生き物だとか、そういう話は』

「あぁ!  あるよ、さっき変な噂を聞いたんだ。なんでも──」

男は本を棚に戻し、アルの首を恐る恐る撫でながら仕入れたばかりの噂を話した。



二人が順調に情報を集めている間、フェルは柱の影でぼうっと俯いていた。暇潰しに杖でコツコツと床を打ち、自分が如何に役に立たないかを心の中で呟き続ける。
そんなフェルの顔を覗き込む影が一つ。フェルは少し遅れて彼に気が付き、杖を握り締めた。

「やっぱり!  ヘル君だよね、久しぶり!」

『えっ……?  えっと』

フェルはベルゼブブの話を思い出す、砂漠の国にはヘルの知り合いが居ると。このボサボサ頭の男がそうなのか……とフェルは彼をまじまじと観察する。

「……え、まさか俺のこと忘れた?  リンさんだよー?」

『リ、リンさん、ちゃんと覚えてます、驚いただけですよ』

ここはヘルのフリをした方が話しやすいだろう。フェルはそう判断し、笑顔を作る。

「……君、本当にヘル君?」

フェルの誤算はリンの疑り深さだ。いや、理想の少年と謳うヘルの姿を目に焼き付けている変態性と言うべきか。

「髪切った?  色も……違う」

ヘルの髪は毛先から白く変色していっている。リンが最後に見た時のヘルは前髪が眉の辺りまで白くなっていた。
しかしフェルは目の下辺りまでしか白くなっていない。変色の理由も聞いていたリンは黒が戻ることはないと知っていた。

「…………お前、誰だ」

『ぁ……あの、僕は……フェル、です。フェルシュング。すいません……紛らわしくて。別に騙すつもりじゃなくて、その……』

杖を握る手は震え、声は上擦り、目は潤む。

「……君、ヘル君の何?」

ポロポロと涙を零し、頭を振り、謝罪を繰り返す。その仕草は痛々しく憐れだったが、リンは追求の手を緩めなかった。

「泣いてないで答えてよ、別に何かしようって訳じゃないからさ、怒ってないし。ただ、誰なのかって聞いてるだけ。答えて」

フェルは自分の頭を抱き締めて蹲る。リンがため息をついて屈もうとしたその時、フェルの背を黒蛇が撫でた。

『戻ったぞ。どうしたんだ』

「アルギュロス!  久しぶり!」

『む、リンか。久しいな』

一人目の聞き込みを終え、二人目を探していたアルはフェルの啜り泣きを聞いてやって来た。

「……知り合い?  何、その子。誰なの?」

『弟君か?  フェルシュングという名だ、フェルと呼ばれている』

「弟……?」

『ああ、ヘルの弟だ』

「うっそそんなの居たの!?  えっ、ごめん!  魔物か何かが化けてるのかと……ごめん、ほんっとごめん!」

フェルはアルを支えに立ち上がり、目を擦って無理矢理に涙を止めようとする。

『…………君、フェルに何してるの……?』

どうやって宥めようかと焦るリンの襟首が背後から掴まれる。身を捩ったリンは自分を睨むヘルによく似た顔の青年と目を合わせた。

『それも一応僕のなんだけど?』

「えっ、あ、あの、ごめんなさい!?  その、ア、アルギュロス!  助けて!」

『…………兄君、何も無かった。その者は私やヘルの恩人でもある、離してやってくれ』

エアはリンを柱に叩きつけるようにして離し、にわかに騒がしくなった民衆からの視線を遮るようにフードを目深に被った。

「あ、あに……?  お兄さん!?  え、ヘル君って兄弟そんな居たの?  国滅びてるのに……え?  三人兄弟?  聞いてないよ……」

『あぁ……その、最近見つかった』

「え、生き別れか何か?  うーん、複雑そうだし聞かないでおくけど……ヘル君は?」

『少し体調を崩していてな、留守番だ』

「そ、そっか…………残念」

フェルはエアに抱き着き、ようやく啜り泣きを止める。だがまだ呼吸は落ち着かないようで肩を不規則に上下させていた。エアはそんなフェルに目をやる事もなく、リンを睨み続けている。

「……お兄さん、怒ってる?」

『気にするな、ヘル以外には基本これだ』

『…………君にお兄さんとか呼ばれたくないんだけど』

「あっごめんなさい……って待って君年下だよね!?  もうちょっと敬意を払って!」

『は?  何で僕が敬意払わなくちゃいけないの?  僕より優秀なのなんて居ないんだから、全人類は僕を敬うべきだろ?  ほら、もっと頭下げなよ、意味も無く歳だけ取った凡愚さん?』

「うっわ何この子性格悪っ!  ヘル君とは大違いだよ!  どうしてここまで差がついたの!?」

エアはわざとらしく深いため息をつく。
どうして大人しいヘルに騒がしい奴ばかりが集まるのか、理解出来ない──いや、大人しいからか。

『……ヘルは、本当にいい子だよねぇ』

こんなゴミにも優しく接するのだろう。
エアは打って変わって楽しげに笑い出し、周囲の者を戸惑わせた。
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