魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
430 / 909
第二十六章 貪食者と界を守る魔性共

炎信仰

しおりを挟む
ヘルを置き去りに砂漠の国へ来た一行は街の外れで物陰に隠れ、ヒソヒソと喧嘩をしていた。

『ですから!  情報収集なら酒場一択です!  昼間から空いていますから、そこへ行きましょうと言ってるんです!  私何か変なこと言ってますか?  言ってませんよね?』

『あっづ……水、水飲みたい……』

『だから!  この国で一番人が集まるのは劇場なんだって!  劇が終わった後も日が沈むまでは館内から出ないだろうから、そこで暇を持て余してる奴等に聞こうって言ってるんだよ。僕何か間違ってる?  僕が間違ってるわけないよね?』

『あら……酒呑様が酒以外飲みたい言うなんて珍し……』

喧嘩をしているのはベルゼブブとエア。理由は聞き込みの場所についてだ。
探知魔法を使わない理由は「ナイと同界のモノであれば魔法を感知するだろうから」とのベルゼブブの推測だ。魔法を察知するような者はこの国には居ないのだが、それを知る者はここには居ない。

『酒場はならず者や噂好きが集まるものなんです!』

『狼さん、ぐったりしてるけどどうしたの?  体調悪い?』

『酔っ払いだらけでろくに話せる奴が居ないと思うけどね!  劇場なら劇を見るような人間ばかりだから、会話が成立すると思うよ?』

『……暑いのだ。ついこの前夏毛に生え変わったところだが……それでも、真昼間のこの国は屋内の石畳の上でなければやり過ごせんな』

フェルは二人の喧嘩が終わる時は遠いと判断し、ぐったりと地に臥したアルの前で杖を振る。

『……我等人類など貴殿の前では無意味、冷たき炎よ、灰色の炎よ、貴殿の燐光を此処に再現す……氷塊!』

人の頭ほどの大きさの氷が現れ、フェルはその氷をアルに抱かせる。

『あぁ……これは良いな。冷たくて気持ち良い。有難う、弟君』

『お兄ちゃんは狼さんが大好きだからね、狼さんには優しくしておかなくちゃ、お兄ちゃんに嫌われちゃう』

『ふっ……貴方は本当にヘルによく似ている、可愛らしい人だ』

アルは尾をフェルの腕に巻き付ける。この炎天下でも黒蛇の鱗は冷たく、触れさせるのに適していた。

『常に他者の事ばかりを考えて、自分を蔑ろにして、他者の為に心身を傷付けて……本当に、可愛い人』

『…………弱いだけだよ。人に尽くして人に気に入られないと生きていけないだけ』

『その不器用さが堪らなく愛おしい』

黒蛇の額がフェルの頬に寄せられる。

『貴方が他者に尽くすなら、私は貴方だけに尽くそう。私の全てを貴方に捧げる、私は貴方だけを愛し守ろう。何があっても私だけはヘルだけを見ていよう』

フェルは自分のオリジナルに向けられた愛情を受け、複雑な気持ちになりながらも笑みを浮かべる。勿論その笑みは心からではなく、アルに媚びる為に作ったものだ。

『……お兄ちゃんは幸せ者だ』

きっとこの狼は本心からヘルの幸せを願っている。それだけの為に生命すら捨てられる愛がある。だが、彼女も生き物だ。聖人のような愛情ばかりな訳がない、矛盾する欲望も持ち合わせているはずだ。
フェルはそう考え、意地の悪い質問を投げかけた。

『ねぇ狼さん、お兄ちゃんが自分の願いを全て叶えて、この世の誰よりも幸せになって、その幸せに狼さんが必要無かったとしたら、どうする?』

アルは目を見開き、それから穏やかな表情を作った。

『……私が必要無いのなら離れるだけだ。ヘルの邪魔には成りたくない』

『そっか、良かった。狼さんも人間らしい所ある……この言い方はおかしいかな、でも、うん、安心したよ。完璧に綺麗なモノに愛されるのは苦痛だから』

清らかな愛なんて自分の醜さを写す鏡でしかない。
フェルはアルの一瞬の表情を読み取り、アルの醜さを見つけた。

『本当に必要無いのなら私は本当に離れるさ。それがヘルの為だ』

『……にいさまと違って薄っぺらくはないね。嘘が上手、お兄ちゃんは騙せてるのかな?  僕が嘘だって分かるのは人間じゃないから、視力も記憶力もお兄ちゃん以上だからってだけだし、お兄ちゃんは騙されてるんだろうね。可哀想に、愛されてて羨ましいよ』

例え話を振った時、ほんの一瞬だけアルは瞳に憎悪を滾らせた。ヘルが幸せになった時、ヘルの隣に居る者を妬み、眼光だけで殺せるような殺意を抱いた。

『きっと、お兄ちゃんは醜い愛情を向けられた方が喜ぶよ?  この蛇で痣ができるまで締め付けて、その爪や牙で皮膚を裂くんだよ。そうしたらきっと泣き叫びながら嬉しそうに笑うと思うよ、そういう人間なんだ、ヘルシャフト・ルーラーは』

フェルはベルゼブブと睨み合うエアに目線をやって、冷笑する。
アルはフェルの発言と表情に怒りを覚え、腕に巻いた尾を解き、軽く睨む。

『……痛みこそ、愛情。傷跡は愛の証。そんな歪んだ認識がヘルシャフト、所有を望む支配者。全く可哀想にねぇ、ヘルを好きになれば、ヘルに好かれれば、きっとみんな不幸になる。本人達は幸せを感じられたとしても、傍から見れば憐れで仕方ない』

『弟君、貴方の脳がヘルと同じだとは分かっている。その思考もヘルと同じものなのだろう。だが、敢えて言わせてもらう。貴方はヘルとは別の生き物で、ヘルはまだ成長する、ヘルの歪みは私が修正する。だから…………それ以上口を開かないでくれ、私にヘルの姿を壊させるな』

一回り小さくなった氷に尾を巻いて砕き、拳ほどの大きさの氷を一つ飲み込み、アルは喧嘩の仲裁に向かう。フェルはそんなアルの後ろ姿を見ながら口の端を吊り上げる。

『……その歪みが好きなくせに』

置いて行かれた氷の欠片を摘む手が一つ。

『もらうで』

『どーぞ』

『しっかしまぁ……自分、頭領より腹黒そうやな』

『何言ってるの、みんな腹黒だよ。特にあの狼はタチが悪い。依存させたくて仕方ないくせに、自立させようと必死になってる。外面に凝りすぎて自分が分からなくなるタイプだね、アレは。そのうち最低な爆発の仕方するよ』

酒呑は比較的小さく割れた氷を瓢箪に詰め、ガラガラと振る。茨木は手のひらに収まる大きさの氷を丸呑みし、胸を擦る。

『狼もにいさまもベルゼブブもグロル……いやアザゼルも、全員ヘルと自分以外邪魔者だと思ってる。互いに利用価値が無かったらとっくに殺し合ってるよ。よくこの人数でやっていけてる、奇跡だと思うね』

『嫌やねぇ……うちは頭領はんになーんも思てへんから、ほっといてや?』

『そんなの誰も信用しないし、仮にそうだったとしてもどうでもいいよ。にいさまとアザゼルはやがて魔物を統べる力が欲しくてヘルを手に入れようとしてるだけだけど、狼は違う。彼女はヘル自身を求めてる、きっと眼は無いままがいいと思ってるね、そうしたらずっと自分に頼るからさ。だからつまり、個人の思いがどうだろうと邪魔者であることには変わらない』

『怖っ……』

『ふふ、まぁ、恋言うんはそういうもんや。知らんけど』

『何言うとるんや茨木……』

『酒呑みの鬼さんにもう一つ怖いこと教えてあげる。多分ヘルも目を戻したくないと思ってる。狼にずっと構ってもらえるからね』

『怖っ……』

酒呑は寒気がしてきたと氷を放り、茨木はまた一つ氷を口に含む。
フェルが話のネタを尽きさせると同時に喧嘩が収まり動向が定まる。

『決まりましたよ、酒場に行きましょう』

『決まったよ、劇場に行こう』

『決まってへんやんけ』

『決まりましたよ。何も全員でゾロゾロ行く必要は無いんです、手分けした方が集まる情報も増えるでしょう?』

ベルゼブブとエアが出した結論は砂漠の国に来る前に決められる内容だった。酒呑は呆れながらも酒が飲めるからとベルゼブブに付き、茨木もそれに倣う。

『組み分けも決まりましたね。大体分かってましたけど』

フェルは当然エアに付き、余ったアルは少ない方に付く。

『じゃあ、日が落ちたら合流ね』

『はいはーい、蝿送りまーす』

『気持ち悪いからやめて』

ベルゼブブとエアは喧嘩などなかったかのように仲良さげに手を振り合い、正反対の方へ歩き出す。二人ずつ続き、各々の建物を目指す。
 
『……私はこの見た目だが、平気なのか?』

『国連に入ってないし、魔獣のペット認めてる国だし、刻印あるし、平気だと思うけど』

『うむ……以前来た時も不都合は無かったが……』

『何かあったら見た人の記憶消すから。それくらいなら魔法使わなくてもなんとかなるし』

『…………万能だな』

皮肉と煽てを込めて吐き捨てる。エアはそれに当然だと満足気な表情を浮かべ、劇場の扉を開いた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

処理中です...