魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十五章 本拠地は酒色の国に

乱入者達

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『黒』が作ってくれた料理を食べ終え、砂漠の国に行ったアルを心配しながら時間を無駄にする。
魔眼が無い今、僕には他の国で問題を解決する事も味方を増やす事も『黒』の名を取り戻す努力すらも出来ない。
アザゼルは疲れたとグロルに戻り、僕の腕を抱いて『黒』と話している。

「ねー、ね、おねぇちゃん。おねぇちゃんは、おーさまのことすきー?」

『そりゃあ、旦那様だからね』

「じゃあ、おねぇちゃんはじょーおーさま?」

『そうだね』

参加する気にもなれず、暇の潰し方も分からず、ただ聞き耳を立てている。

『……君はお姫様かな?』

「ぐろるおひめさまー?  やったー!」

『お姫様は妹や弟は何人欲しいかな?』

「いっぱい!」

『おやおや、頑張らなきゃだね?  おーさま?』

『黒』はグロルを抱き上げて膝に乗せ、僕の肩に頭を置く。僕は恐る恐る『黒』の腰に腕を回した。

『…………ふふっ、良かった。君に会ってすぐの頃、僕の記憶も無かった頃、僕は君に優しく接してはいなかった、君に迷惑も随分かけた、だからね、嫌われてるかなって思ったんだ、でも……こうしてくれるってことは、嫌われてないってことだよね?』

僕は返事をせず、もう片方の手でグロルの頭を撫でた。

「……グロルちゃん、そろそろお昼寝の時間じゃないかな。今日はみんな居ないから、好きなところで寝ておいで」

「ぐろる、ちょっとねむい。じゃあ、おーさまのとこでねる!  あのべっどでねてみたかったの!」

「ちょっと獣臭いけど、それも含めて寝心地は保証するよ」

アザゼルとグロルは身体を共有している、当然体力も。アザゼルがあれだけ力を使ったのだからグロルも疲れているだろうとの僕の予想は当たって、グロルは『黒』の膝から飛び下り僕の部屋に駆けて行った。

『獣臭い、ねぇ?  獣人でも連れ込んだのかな?』

「アルだよ、分かってるだろ」

グロルの頭を撫でた手を『黒』の手に重ねる。同じくらいの大きさで、僕よりも柔らかく頼りなく、手首も指も細い。

『…………今まで反応しなかったから僕には興味無いのかと思ってたけど、そうでもないみたいだね?』

腰に回した手をゆっくりと上げていく。背筋をなぞり、首を撫で、髪を梳きながら頭皮に触れる。
僕の手は慎重に鈍重に、一つ一つの動きに許可を求めているように、そっと『黒』の頭を抱き寄せた。

「……必ず、名前を思い出すから」

ほんの瞬きの間だけ唇同士を触れさせて、自分自身を縛る為に約束を口に出す。

「指輪も、渡すから」

繋いでいた手に力を入れる。

「だから僕と、僕……と」

その次の言葉が中々出てこない。目が見えていたのなら、余裕そうに僕を小馬鹿にした表情が見えただろう。

『僕と…………何?』

「僕、と……その、あの……」

大きく息を吸い、自分を鼓舞する。表情は見えないのだ、緊張の度合いはマシなはずだ。目が戻ってからでは絶対に言えないだろう。
覚悟を決めて口を開く──が、窓を破って入って来たらしい物音とその者達の大声にかき消される。

『独りだと聞いて来てやったぞ魔物使いのガキ!』

『この仔猫はともかく俺が来てやったんだ、感謝しろ下等生物!』

聞き覚えのある声だ。今だけは聞きたくなかった。せめてあと数秒遅かったのなら──いや、こんな後悔に意味は無い、早く言ってしまえなかった僕が悪い。

『…………おい、一人じゃないぞ』

『……タイミングも間違えたな、お前のせいだ、お前が「あのガキが心配だ早く行こう」なんて急かしたからだ』

『誰が心配した!  誰が!  我は「アルギュロスが居ないうちにガキを喰らおう」と言ったのだ!』

『喧しい!  言い訳をするなニート!』

カルコスとクリューソスか。どこでどうやって知ったのかは知らないが、この邸宅に置いて行かれた僕を心配してやって来たらしい。
窓が割れた音がしたが兄の防護結界はどうなっているのだろう。まさか効果が切れたのか?  兄がもっとしっかりしていたら、覗かれはしても雰囲気と窓を壊されたりはしなかったのに。

「……カルコス、クリューソス。何でここ分かったのかとか、どうやって結界破ったのかとか、心配してくれてありがとうとか、言いたいことはいっぱいあるけど、まず言わせて?」

『様を付けろ下等生物!』

僕は『黒』から手を離し、立ち上がる。散乱しているであろうガラスを踏みたくはないから、彼らの元へは向かわず机を両手で思いっきり叩いた。

「タイミングが悪いんだよっ!  あと少しで……あと、五秒でもあれば…………もうちょっとだったのに!  この馬鹿ぁ!」

『なっ……わ、わざわざ来てやったんだ!  馬鹿とはなんだ下等生物が生意気に!  確かに……タイミングは悪かったが』

『ふふっ、まぁ、また今度言ってよ。ちゃんと目を合わせて、指輪と一緒に、ね?』

『黒』に後ろから抱き締められ、背中に胸を押し当てられ、僕の怒りは萎んで羞恥心が膨れ上がる。

「ぅ……うわぁぁぁんっ!」

『えっ……なんで逃げ……あっ』

『黒』の手を振りほどき、扉があるはずの方向に向かって走った僕はソファの足に爪先をぶつけて派手に転んだ。

『うっわ……凄い音したよ?  頭ぶつけてたよね?  大丈夫?』

足の薬指と小指の間にソファの足が割り入って、バランスを崩し冷たい床に膝を打ち付け、壁に頭をぶつけた。

『おい仔猫、お前の出番だ。治してやれ』

『打ち身なんか放っておけ』

爪先を握り締めるか、膝を抱きかかえるか、打った頭を抱いて蹲るか、痛い箇所が多くてどこが痛いとも喚けない。

『よしよし……見えてないのに走るからだよ?』

『黒』は僕の頬を撫で、頭を抱き上げて膝枕をしてくれる。僕は『黒』の手を握り、痛みが引くのを待って魔獣達との会話に移行した。

「何で僕が置いて行かれたって、ここに僕がいるって分かったの?  あと、この家には結界張ってあるはずだけど、どうやって破ったの?」

『その体勢のまま話すのか?  我は構わんが』

『……科学の国で着けられた首輪には通信機能があってな、砂漠の国からリンに呼ばれて住処を移したんだ。あの国なら首輪を着けていなくてもいいし、飯も美味い。寒暖差が激しいのは難点だな』

『今日、突然アルギュロスがやって来てな。ガキが一人だから見に行ってくれと頼まれた。我はアルギュロスの居ない今がガキを喰らうチャンスだとやって来た訳だ』

科学の国に茨木の義肢を作りに行って襲われ、魔法の国に逃げた後リンをベルゼブブに砂漠の国へ転移させてもらった。あの後に彼らも砂漠の国へ飛んだのだ。そこでアルが余計な気遣いを……

『結界とやらは我は知らん』

『これだから仔猫は。下等生物の兄とやらが張った結界だろう?  会ったのだから許可を受けたに決まってきるだろう』

「……なんで窓割ったの?」

以前までの兄なら絶対に許可を与えたりしなかっただろうな、としみじみ思う。

『アルギュロスじゃあるまいし、扉から入るわけがなかろう』

『俺は飼い犬とは違う、窓が割れようが何しようが俺には関係ない』

「……にいさま居ないから直せないし、結界貼ってあるから業者さんも呼べない、にいさま帰ってくるまでこのままなんだよ!?」

割れた窓は見えないけれど、吹き込む風のおかげで有様は容易に想像出来る。結界のおかげで侵入者はないだろうが、自然現象である雨風は入ってくるだろう。

『知らん』

『関係ない』

「誰が割ったんだよ!」

『我だが。それがどうかしたか?』

『お前よく女に膝枕されながら怒鳴れるな』

「うるさいよ!  もう、やだ……『黒』ごめん…………どこかの部屋で一人にして……」

怒鳴るのは苦手だし、先程の失態は心の真新しい傷だ。
グロルが居るから自分の部屋にも帰れず、僕はフェルの部屋で扉の前に蹲り、日が落ちるまで泣き続けた。
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