魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十一章 神が降りし国にて神具を探せ

無意味な論争

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窓から日光が差し込み、僕の顔を照らす。昨晩カーテンを閉めておくのを忘れていたらしい。まだ僕が起きるのには早い。

「…………アル?」

アルは僕の隣に腰を下ろし、部屋の隅を見つめて唸っている。牙を見せつけ、瞳孔を狭め、銀色の毛を立たせて、何も無い場所に向かって威嚇している。

「何も……いない、よね?  ねぇ、アル?」

アルは僕の方を見もせず、返事もしなかった。

「…………何かいるの?」

もしかして、幽霊とか?
悪魔や天使に襲われておいて今更幽霊を怖がるなんて。ベルゼブブあたりに知られたら笑い者だ。

「ま、まさかぁ……幽霊なんていないよね。魂は全部回収されるって聞いたもん、うん、幽霊がいるなら僕の父さんと母さんも……一言くらいは寄越すだろうし」

怯えながらも何も無いと証明する為に部屋の隅に行こうとした。だが、アルの尾に押さえつけられベッドからも離れられなかった。

「…………ねぇ、アル。やめてよそれ、怖いんだよ、ねぇ……何もいないよね?」

アルは冗談を言うような性格……かもしれないが、こんなタチの悪い冗談はきっとアルは嫌いだろう。
僕はそっとベッドの中心に戻り、シーツを頭から被った。アルの翼の端を握り締め、目を閉じた──その時、コンコンと窓が叩かれた。ここは二階でバルコニーは無い。足をかける場所なんて無いはずなのだ。

「……ア、ァ、アルぅ……何?  何いるの?  ねぇ何がいるの?」

返ってくるのは唸り声ばかり。僕はそっと窓を見た、これで何も見えなければ僕はきっと恐怖で気絶してしまうだろう。
窓の外に見えたのは骨ばった男の拳。羽飾りの付いた靴に、深く帽子をかぶった頭だ。

「ヘ、ヘルさん?」

『…………ヘルだと?  行け、ヘル』

アルはようやく言葉を発した、けれどまだ僕の方を見はしない。僕がベッドを下りるとアルは部屋の隅を睨んだまま、僕の足にピッタリとくっついて後退する。

「ヘルさん、何してるんですか?」

この窓は外開きだから、指が入る分だけ開ける。ヘルメスはレンガの僅かな溝に指や爪先を引っ掛けていた。

「ちょっと手を借りたくてね、バイト代は出すから手伝ってくんない?」

「はぁ……それはいいんですけど。すいません、ちょっと今立て込んでて。部屋の中に何かいるみたいなんですけど、見えなくて」

「ふぅん……?  ちょっと入れてくれる?  人通り増えてきたし目立ちたくないんだよね」

宿の主人に待ち合わせだとか言えば良かったのでは、なんて言葉は飲み込んでおく。

『いや、ヘルも窓から出ろ』

「え?  うーん……オッケ。じゃ、おいで」

ヘルメスは手を離して飛び降りた。すぐに窓を開け放って下を覗くと、ヘルメスは両手を広げて待っていた。

「と、飛び降りろって?  待ってよ、無理だって、無理無理……」

僕が躊躇っていると、黒蛇が僕の足首に巻き付いて持ち上げた。
窓から頭は出していた、少し足が上がれば簡単にバランスは崩れる。僕は二階の窓から真っ逆さまに落ちてしまった。

「ぅおっとぉ!  よーしナイスキャッチ!」

「……自分で言いますか」

「頭から来るとは思わなかったよ。やっぱり度胸はあるんだね」

「…………落とされたんですよ」

見上げれば、アルの尾が窓から垂れていた。

「お尻から来る気かな?」

部屋にいる何かを睨んでおく為、だろう。
アルはヘルメスの予想通り後ろから飛び降りた。翼を持つアルが、狼のアルが二階から飛び降りた程度でどうにかなるとは思っていなかった。
安心しきっていたとはいえ、真下から動かなかったのは愚かとしか言えない。

『へ、ヘル?  大丈夫か?  まだ下にいたとは思わなくて、済まない』

「…………受け止めようとしたんだよ!  ほ、ほら、僕いつもアルに助けてもらってばっかりだからさ、たまには恩返ししたいなーって。ね、あはは……はは、は」

苦しい言い訳だ、声も裏返ってしまっている。

『そうなのか?  そうか……済まないな、重くて』

「え……あ、ううん!  全然!」

だがアルは信用した。前から思っていたが、アルは騙されやすいのではないか?  僕が言えた事でもないけれど。

「重くっても軽いって言う、老けて見えても若いって言う、それが女の子をモノにする時の鉄則さ」

「まだ酔ってるんですか?  アルは女の子じゃありませんよ。だからって重いとは言いませんけど」

前に重いと言ってアルの機嫌を損ねたことがある。

「どうかな……ちょっと確認させて」

ヘルメスはアルの後ろに回り込み、尾を持ち上げ、その尾で頬を打たれる。
宿の外壁に叩きつけられたヘルメスは打たれた頬を押さえ、アルを非難する。

「何すんだよ!  そんなに強くぶつことないだろ!」

『黙れこの変態!』

「ヘルさん変態だったんですか」

女遊びは激しそうだし、金遣いも荒いし、その上変態だったとは。もう尊敬出来るところの方が少なくなってきた。

「ちょっと確認しようとしただけだよ」

「……確認?」

「オオカミさんがオスかメスか」

そういえば僕も知らない。ずっと旅をしてきたのに、一緒に風呂にも入ったのに、何度も背に跨ったのに、聞いても聞かされてもいない。

『ヘル、いいか。この男は往来で服を脱がせ股を開かせたのと同じ事をした、どうだ?』

「変態だね」

『な?  変態だ。殴っても?』

「いい……ね?」

「君は全裸で四つん這いで散歩してることになるんだけど!?」

『私は狼だ。服を着ている方がおかしい』

「ずぅっっっるぅぅ!」

確かに、ずるいとは思う。だがアルは普通の獣とは違う、人と同じだけの知能を持ち人語を解する魔獣だ。なら人と同じように扱うべきだ。

「アルは格好良いし可愛いし綺麗だし、頭も良いし……性別なんでどうでもいいよ」

そもそも合成魔獣は人造物、性別なんて必要ないだろう。おそらくは無性別だ。

「うっわぁ人たらし」

『だろう?  これだからヘルは……本当に、もう、好きだ』

「既にたらされてる、人以外もたらしてるからもう人たらしじゃなくて生物たらしだね!」

「訳の分からない言葉を作らないでください」

擦り寄ってきたアルの頭を撫で、抱き締め、ヘルメスに避難の目を向ける。
アルが女の子だったら僕は困るのだ。一緒の風呂や布団に入ったり、こうやって撫でたり抱き締めたり、人格を認めている以上この羞恥心に姿は関係ない。アルが女の子だったらもう目を合わせられない。
頼むから無性別であってくれ。僕はそんな願いを込めてアルを強く抱き締めた。
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