魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十一章 神が降りし国にて神具を探せ

少し好かれるだけ

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額や頬を押し付け、くるくると喉を鳴らして僕に甘えてくる双頭の狼。この子は王城で飼われている魔獣なのだろう。それならあまり僕の都合で動かすのは……とは思うが、今は人命を優先する。

「オルトロス。ヘルさん、えっと……この青い髪のお兄さんを運んでほしいんだ」

ぐるる、と応えてヘルメスを咥える。二つの口でしっかりと固定しているようだ、これなら落とす心配もないだろう。

「ヘルさん、病院ってどっちですか」

「向こう……ってなにこれ、なんで?  オルトロスどうしたの?」

「よし、行こ。オルトロス」

僕は尾を足場に背の上に。アルよりも背が高い、いい眺めだ。僕はヘルメスに教えられた方向をオルトロスにそのまま伝え、まずは塀を飛び越えさせた。

『ヘル!  何だその魔獣は……何があったヘルメス!』

「にぃに……見つかった、オルトロスは、もうよく分かんない」

人通りの多い道を避け、オルトロスは屋根から屋根に飛び移る。アルはオルトロスに並走し、ヘルメスを問い詰める。

「アポロンさん、戻って、来て……っ、と。ぅわっ……あ、なんだっけ、弓が……病気?」

人を乗せ慣れていないのか、ただ単に気遣いが足りないのか、オルトロスの上は揺れが酷い。ただでさえ説明が下手なのに、しがみつくのに必死になって頭がまとまらない。

「……にぃの弓矢は疫病を流行らせる力があってさ、流石に弱めたとは思うけど」

『あの男か。あれも神具所持者だろう?  協力を仰いだらどうだ』

「にぃは俺嫌ってるからなぁー、王様が口利きしてくれりゃいいんだけど。ちょっとそれは期待出来ない」

「……そもそもどうして王様は国に入れないヘルさんに頼んだんですか?」

「知らないよ。王様の考えなんて知りたくもない」

白い建物が見え、屋根から飛び降りるように指示する。着地した衝撃がそのまま伝わって、尾骶骨が痛む。アルなら翼を使って衝撃を殺してくれるのに。

「ここですね、病院……ヘルさん不法入国ですよね?  大丈夫なんですか?」

「…………パス貸して?」

「……大丈夫なんですか?」

「平気平気、病院に渡すのは写真ないやつだろ?  バレないって」

「歳書いてますけど」

「三歳の差が分かるとは思えないね」

三歳……ヘルメスは十八歳なのか、見えないな。酒に博打に女遊び…………十八歳なのか。僕も見た目と年齢がズレているとよく言われるが、彼も相当だ。
オルトロスとアルを外で待たせ、僕は口と鼻を押さえてヘルメスに肩を貸す。受付を済ませ、診察を受け、大騒ぎをやり過ごす。僕まで検査を受けさせられた。

「あっははは、かっくりぃー。仕事どうしよ」

「……やっておきますよ」

『ありがとヘル君、俺の神具は好きに使っていいからね』

「使える気しませんけど、善処します」

分厚いガラスの向こう、真っ白な部屋で真っ白な服を着て、ヘルメスは変わらない笑顔を見せている。
ヘルメスが別人のパスを使った事はまだバレておらず、僕の検査結果は陰性だった。最良の結果と言えるだろう。

「その病気ってどんな感じなんですか?  いつ治ります?」

「んー……分かりやすいのは敗血症かな?  結構キツいんだよこれ。どのくらいで出れるかはちょっと分かんないなぁ」

「敗血症……?」

「うん、見た目悪くなるからさ、しばらくお見舞いには来なくていいよ。治ったら俺から行くから」

「……大丈夫なんですか?」

ヘルメスは変わらない笑顔を浮かべているが、それが僕の不安を煽る。

「平気だって、心配症だなぁ。言ったろ?  昔流行ったやつだから、今ならすぐ治せるって」

「…………早く、治してくださいね」

ヘルメスの笑顔は信用出来ない、彼は自分の苦痛を隠すのが上手だ。だが、重篤だと僕が見破ったとしても何にもならない。嘘かどうかも分からないのに、僕は騙されたフリをして病院を後にした。


検査が長引いたせいで日が沈みかけている。
病院の外で僕を待っていたのはアルとオルトロスだけではなかった。

「……ハァイ、さっきぶり。オシャレな帽子と靴ね」

「アルテミスさん……」

長い金色のツインテールが風に揺れ、夕陽を受けて寂しげに輝く。

「あのドロボーの調子は?」

「……ヘルさんの事ですか?  分かりませんよ、本人は平気だって言ってましたけど」

口は悪いが、心配しているような雰囲気もある。正直に答えて問題無いだろう。

「どんな病気なの?」

「敗血症、とか言ってましたけど」

アルテミスはふぅと息を吐き、腕を組んで空を見上げる。その反応に僕は言いようのない不安を感じた。

「…………そ、まぁそれはいいのよ。アンタにちょっと用事があるの」

「忙しいんですけど」

「アンタ馬鹿にぃ眠らせたでしょ?  起こしてくれない?  あの馬鹿あれで一応王族だから、眠ったままじゃ色々と困るのよ」

「眠らせた……って、僕が?」

僕は杖で殴っただけだ。

「ケリュケイオンは仮所持者が使えば睡眠を引き起こす。アンタまた効果も知らずに神具使ったわけ?」

「……お兄さん起こしたら、ヘルさんに何かしませんか?」

「アタシが説得してあげる、病人だしね。こっちは神具さえ返してくれればそれでいいのよ」

紛失してしまったらしい兜を探しているというのは言っておいた方がいいのだろうか。もしかしたら協力を仰げるかもしれない。

「実は、兜探してるんですよ」

「はぁ!?  アンタまだ盗む気!?」

「ち、違います。ヘルさんがこの国に来たのは、誰かに貸してなくなったっていう兜を探すためで、僕はその手伝いを……」

説明の途中でアルテミスが僕の肩を掴み、激しく揺さぶる。

「兜がなくなったぁ!?」

「……え、知らなかったんですか?」

「知るわけないでしょ!  アタシ先週帰ってきたばっかりなんだから!」

「それこそ知りませんよ……」

「兜って……あの兜よね?  あんなの盗まれたら探しようがないじゃない!」

兜の力は確か……麩菓子になる。じゃなくて、不可視化だったな。盗みを生業としている者なら喉から手が出る程欲しいだろう。

「……とにかく、それも含めて話したいから王城に来てちょうだい」

「捕まえようとか殺そうとかしませんか?」

「アンタねぇ、そんなにアタシが信じられないわけ?」

信じられない。と正直に言うのは悪手だろう。
今この状況で彼女を信じられるほど僕は純粋な子供ではない。けれど、それをごまかせないほど馬鹿でもない。

「……そういうんじゃないですけど」

「なら黙って着いてきなさい」

「…………一応警告しておきます。僕に危害を加えたら、辺り一帯の魔物が敵になるって」

脅しは少し大袈裟に。
僕の言葉に現実味を持たせる為にアルが僕の腕に擦り寄る。それに倣ってオルトロスも僕の両肩に顎を置いた。

「合成魔獣を買ってもらった金持ちのボンボン、とか思ってたけど……違うみたいね。アンタ、何者?」

「……少し魔物に好かれるだけの、ただの人間です」

そう言って微笑みかけると、アルテミスは僕に侮蔑の視線を返した。
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