魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十一章 神が降りし国にて神具を探せ

貴方は神を信じますか

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僕はアルテミスに連れられ、王城の三階、アポロンの寝室に来ていた。ベッドの横、僕は杖を振り上げてじっと念じる。起きるようにと。

「……えい」

ぽこん、そんな擬音語が似合う威力で杖はアポロンの頭に当たる。

「もっと強く殴りなさいよ」

「…………ていっ」

ぽこんっ、なんて間抜けな音が聞こえてくる程に馬鹿らしく弱々しい威力で杖は再び振り下ろされた。

「馬鹿にしてんの?」

「し、してませんよ」

眠ったままのアポロンの額を何度も殴る。だが、一向に目が覚める気配はない。
アルテミスは強く殴らないからだと言うが、寝ている人間を思いっきり殴れるのは異常者だと思う。

「はぁ……貸して。こうするのよ、いい?  こうっ!」

アルテミスは杖を奪い取り、寝ているアポロンの顔を思いっきり殴った。異常者がこんなに近くにいたとは驚きだ。

「ぅ……ん?  おぉ我が妹よ!  最高の目覚め…………うん?  うわ、アルテミス、ティッシュくれティッシュ」

「いい歳こいた大人が鼻血出してんじゃないの」

あなたのせいですよね?  なんて言ってしまったらまた怒られる。杖だけあれば僕がいなくても良かったんじゃないですか?  なんて言ってしまったら僕も殴られる。
僕は口を真一文字に閉じ、自分の爪先を見つめた。

「何でベッドに……えぇと、確かヘルメスを見つけて…………ん?  あ!  ヘル君!」

「はぁい、どうどう、落ち着いて馬鹿にぃ」

アルテミスはアポロンの肩に手を置き、軽く叩き、素早く擦る。

「兄を馬扱いするな!」

「どうどう」

「…………何だ?」

「落ち着いてんじゃない」

「そうしなければ話してくれないだろう!」

僕は視線から逃れる為、アルテミスの背に隠れる。それがさらに気に障ったようで、アポロンは僕を睨みつけた。

「まず、この子は本当に悪くないのよ。ヘルメスの手伝いをしてたってだけで、コイツ自信にこの国をどうこうって考えはないの」

「……私を殴ったのは?」

腕を噛み砕かれたのは僕のせいではないと認識しているのか。当然か、僕が魔物使いだなんて彼は知らないし、魔物使いは魔物以外にはそう有名なものでもない。

「馴染みの先輩について行ったらそいつの兄貴が先輩を殺しかけてんのよ?  殴っただけで済んだのを感謝しなさい」

「…………ありがとう、これでいいか?」

「本当にするなんて本当に馬鹿正直……いえ、本物の馬鹿ね」

「あのなぁ!  兄を馬鹿にしすぎだぞ!」

「馬鹿を馬鹿にして何が悪いのよ」

話が進まないな。喧嘩をするのは仲が良い証拠とは聞くが……僕は兄と喧嘩した事はあったかな。いや、無いな。兄に逆らえば一方的に殴られる。逆にどうやったら兄と喧嘩できるのかを聞いてみたい。

「次にヘルメスが来た理由ね。これは単純、仕事よ。兜がなくなったらしくてね、その捜索を王様がヘルメスに依頼したのよ」

「兜……あの兜か!?」

「そ、何考えてんだか。あの馬鹿親父」

兄だけでなく父も馬鹿にするのか、彼女は反抗期なのだろうか。

「まずいな、あの兜が悪しき考えを持つ者の手に渡ったら……」

「犯罪やりたい放題よね」

「…………事情を話せば、射落としたりはしなかったのに」

「話す前に手が出るでしょ、馬鹿にぃは」

「……かもな」

兄としても王族としても、人間としても否定してほしかった。最初は真面目そうな善人に見えたが、彼への印象は改めた方が良さそうだ。

「兜か……どうやって探す気だったんだ?」

「さーぁ。アイツの神具は探知系じゃないし、地道にやる気だったんでしょ」

「ふむ…………なぁヘル君、君は捜索を手伝ってくれる気なのか?」

会話を傍観している時に不意に話を振られると困ってしまう。

「えっと……はい、報酬がたっぷり貰えるそうなので」

「はは、そうか。まぁ理由はなんでもいい、助かるよ」

……良い人、ではあるのだろう。
僕は何としてでも兜を取り戻して報酬を貰わなければならない。そうしなければ病院代が払えない。ヘルメスが退院する前に終わらせなければ。

「君には聞きたいことが山ほどある」

「……はい」

「まず、そうだな。後ろの魔獣についてだ」

アポロンは僕の背後を指差す。僕を守るように尾を絡め、周囲を警戒する二体の狼を。

「僕は……魔物使いなんです」

「魔物使い?  聞いたこともないな」

天使や悪魔の間では有名だが、人間の間ではそうでもない。前例は一万年前だし、仕方のない事だ。

「そう……ですか。まぁ、その名の通りですよ」

「魔物を操れるのか?」

「そうです」

「…………君は何を信仰しているんだ?」

信仰?  何故そんな質問をするのだろう。
僕は疑問に思いながらも、特に無いと答えた。

「本当か?  どの神も信仰していないとなると、それはそれで信用出来ないな」

創造主と答えていれば敵とみなされていたのだろう。この国は正義の国とは対立関係にあるようだから。
この国の神だと言えたならそれが一番良いのだが、この国に関わりのない僕がそれを言えるはずはないし、名を言ってみろと言われたらどうしようもない。

「信仰がないという事は君には信念がないという事だ。君には自分の意志がない」

「……魔物使いなんですよ?  神を信じてる方がおかしいと思いませんか?」

「悪魔崇拝ならそうと言え」

アポロンは少し苛立っている様子だ。僕も少し腹が立ってきた。

「崇拝なんてしていませんよ」

操るモノを崇拝するなんて、おかしな話だ。僕は吐き捨てるように言った。

「……悪いが君には国を出ていってもらいたい。正義の国と揉めていてな、不穏分子は出来る限り排除したいんだ。兜は私が探しておくよ、情報どうも」

手伝ってくれるのなら助かる、なんて言っていたくせに。信仰がないというだけで追い出されるのか?
駄目だ、出ていけない。仕事を果たすのはヘルメスとの約束だ、彼の体調も心配だし、旅費もない。

「…………じゃあ、ロキ」

「……何だって?」

「僕が信仰する神様の名前です。遠い場所にいるので、ご存知ないかと」

ロキとの関係は信仰というよりは親交だ。神に知り合いがいるというのはよく良く考えればとんでもない話だ。
ナイの名を挙げるのは嫌だし、他に知っていて良い印象を持っている神なんて彼くらいしかいない。この国の神の名は知らないし、他国の僕が信仰しているなんて言っても信じてもらえないだろう。

「……知っているさ」

異界の神なんて知らないだろうと思って名を挙げた。信仰対象で僕の考えを決めつけられるのが嫌だったから。だが、僕の狙いに反して彼はロキを知っていた。

「悪名高き悪神様じゃないか。そうか、君はあの神を信仰しているんだな。よし、出ていけ。すぐにだ」

悪が二つも……本当に評判が悪いんだな。恨むよ、ロキ。

「ちょっとにぃ、待ちなさいよ」

「可愛い妹の願いでもこれだけは聞けない。いいか?  あの神はタチが悪すぎる、その信仰者なんて国に置いておけない。そもそもアレはこの国どころかこの世界にすら関係の無い神だぞ?  それの信仰者なんて嘘吐きか狂人だけだ」

嘘と見破られている、と考えて問題はなさそうだ。僕は僕が狂っているとは思っていない。

「……兜を探すのに魔獣の嗅覚はかなり役に立つと思うけど?」

「魔獣の力を借りるなら私が操る。竪琴の音色で操れないものはない、アポロンの竪琴は彼の上位互換なんだよ」

「…………どうだか」

前言撤回、なんて通じないだろうな。どの神を挙げれば協力者として認められたのだろうか、正解なんて無かったのかもしれない。


そうして僕はヘルメスに渡された神具を取り上げられ、国を追い出された。
満天の星空を見上げ、せめて朝まで待ってくれたっていいのにと恨み言を呟く。
今晩は野宿だ。
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