魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
442 / 909
第二十六章 貪食者と界を守る魔性共

小型化と発見

しおりを挟む
エア達がアルの鼻を頼りに地下室を探し始めた頃、鬼達はピクリとも動かないベルゼブブを眺め、術者が死に灰となった骨の山の中心で座り込んでいた。

『……起きませんなぁ。血でも垂らしてみます?』

『それで齧りつかれでもしたらこっちがあかんようなるわ。あにさんなら腕や足や食われても戻るやろうけど、俺らはそんな再生せぇへんねんから』

『あにさん腕置いていってくれたら良かったんに』

『これから敵本陣やいう時に力削れへんやろ』

茨木はふぅっとため息をつき、シャバハの死体を義肢からワイヤーを飛ばして引き寄せ、二の腕の肉を摘んで喰った。

『あにさん心臓潰しよったからなぁー』

『みそいきます?』

『みそアテに丁度ええんやけど、今酒あらへんからな』

人差し指を引き抜き、口の中でコロコロと転がす。

『王さん食べさせてみよか』

『流石は酒呑様、ええこと思い付きはる。どこにします?』

『……そら心臓の次に魔力溜め込んでるん言うたら──』

酒呑はローブを捲り、その下の服を破り、臍に指を引っ掛けて腹を引き裂いた。溢れ出る血や零れる脂肪には目もくれず、一つの臓器を引き摺り出す。鶏の卵ほどの大きさで、茄子のような形をしたものだ。

『──これやろ』

『おぉー……?  大したことあれへんよぅですけど』

『せやな、子供居るんちゃう』

ベルゼブブの顎を掴み、口を開けさせ、毛の生えた触手のような舌の隙間に臓器を突っ込む。口を閉じさせると幾本もの中で一際長い舌が唇の端から飛び出した。

『……えらい長い舌しとんなぁ』

『口の中納めんの大変そうですねぇ』

茨木がその舌の先端を摘み、引っ張る──と、ベルゼブブの真っ赤な目が開き茨木の指を口に含んだ。

『……かふぁいれふ』

指をぺっと吐き出し、酒呑に支えられながら上体を起こす。

『起きたんか王さん。どや、調子は』

『…………ダメですね、ろくに動けもしません。とりあえず魔力消費を抑える為、低燃費モードになりますね。大事に扱ってくださいよ』

ベルゼブブはそう呟きながら身体を丸め、徐々にその姿を歪ませていった。重みが消え、肉体がどんどんと萎み、酒呑は薄緑色のドレスを膝に乗せただけとなった。

『……消えましたん?』

茨木がそのドレスをまるで牛乳を拭いたあとの雑巾を摘むように持ち上げると、ドレスの中から黒く丸いものがコロンと出てきた。
酒呑の膝の上に転がった手のひらに乗る大きさのそれは、よくよく見れば脚と翅と触角を身体にピッタリとくっつけた蝿だと分かった。

『うわ気持ち悪っ』

瞼が無いため目を閉じている訳ではないが、その大人しさから眠っているのだろうと鬼達は推測する。
丸々と太り、尖った針のような毛が生えた脚は短く、緑色の透ける翅には髑髏の模様があり、目玉は血のような赤。身体は全体的に緑っぽく光沢があり、メタリックな美しさを感じさせはしたが、蝿であるが故、全身に生えた細かな毛がその美しさを不快感でかき消していた。

『コレが低燃費もぉど?  ってやつなんか。えっらい細こうなったなぁ。ま、煩のぉてええわ』

『ポケット入れときます』

茨木はスカートのひだに隠れたポケットにベルゼブブを入れ、シャバハの死体から肉を摘んで蓋をした。

『……臭そうやな』

『蝿と死肉ですからねぇ。お気に入りなんやけど……戦って破れてもうたところもあるし、他の汚れも酷いし、帰ったら買い替えますわ』

『帰ったら、なぁ?』

茨木はもう酒色の国のあの家を自宅と認識していたのか、と酒呑は意地の悪い笑みを浮かべる。

『…………頭領はんも居はるし。しばらくはあれがうちの家や』

茨木はその笑みから酒呑が言わんとしていることを察し、ぷいと顔を背けた。




無人の舞台、赤い幕の裏。アルは鼻を壁に近付け、髭を這わせ、一声鳴いた。

『此処だ』

エアは黙って頷き、シャバハから奪った首飾りを壁に向けて掲げた。その途端、壁に黒い円が現れた。

「何たら陣ってやつですか?」

『……いや、門だね』

黒い円に手を触れさせる──と、指先がその中に飲み込まれた。

『三次元を二次元的に扱って壁の中に出入り口を作ったんだ。要するに別の場所に繋がる便利な門って訳』

そう言うとエアは何の躊躇いもなく円の中に入り、右手だけを残して手招きをした。アルがそれに続くとエアの手は消え、後には戸惑うフェルとリンだけが残された。

「……ど、どうする?  行く?」

『そりゃあ……行かなきゃ、でしょ』

キッと円を睨みつけ、その前に足を肩幅に開いて立つ。踏み出そうという気概は見受けられない。

「…………怖いならイバラキさんとかと向こうで待ってようよ」

『でも、にいさまに着いて行かないと……』

円の中心から突如黒い触手が伸び、フェルの手に絡み、中へ引き込んだ。リンは慌ててフェルのローブの端を掴み、同じように中に引き込まれた。

『……何してんの?』

不思議そうに首を傾げ、不機嫌そうに長い髪──いや、触手を揺らし、エアは転んだ二人を助け起こす。

「いや、人間そんな簡単に変なもんに触れないんですよ」

『ここには君以外人間はいないから、それは誰も同意しないよ』

エアはそう言って床に描かれた魔法陣に視線を戻す。リンはフェルを見て頭を撫でた。人間は自分以外居ないと言われ、フェルの正体を知らない彼は「ならフェルは?」と不審に思ったものの、自分の理想に近い少年の顔を見てその考えは吹っ飛んだ。

『……なんです?』

「いや、可愛いなぁって。ヘル君は女装させたら嫌っそうな顔しながらも諦めるんだけど、君はかなり諦め悪そうで……いやぁー、露出過多のメイド服とか着てみない?」

『…………今後一切お兄ちゃんに近付かせませんからね』

「べっ、別に何もしないよ!  俺の趣味は見るだけだから!  科学の国で一二を争う紳士だから俺!」

『科学の国って酷いところなんですね』

妄想を垂れ流し青少年に無用な不快感を与えている時点で紳士ではない。フェルはそう判断し、リンの手を払ってエアの腕に抱き着いた。
実際のところ、子供の羞恥の表情に興奮するリンと弟の心身を虐げ屈服させることに興奮するエアとでは、エアの方が余程危険なのだけれど。

『にいさま、その魔法陣読めた?』

『……書きかけだよ、使ってる文字は似てるけど魔法じゃないし。でも、理解は出来た。これは召喚陣だ』

『召喚か……契約すればどんな人間でも行えるが』

『契約自体が難しいでしょ。しかもそれは悪魔や精霊に限った話だ、これは神性を喚び出すもの』

床に描かれた魔法陣はほとんど完成していたが、一本だけ線が足りなかった。エアはこの陣を完成させただけでは何も喚び出せないと予想していたが、線を足すほどの好奇心はなかった。

『どんな神が喚び出されるんだ?』

『火の神性……だけど、その他は分からないな』

『火か。ロキも確かそうだった』

『……アレとは違う。アレは五属性に当て嵌めるとしたら、の話だろ。変身術とあの性格からして、固有属性と定義した方がいいと思うね。ま、こっちには滅多に来ないから適当な区分で良いんだろうけど』

エアはナイに与えられた知識によって召喚陣を解読することが出来た。だが、魔法の国の魔法知識しかないフェルには読めず、彼はエアの隣で頭を抱えて唸っていた。

『火の神性ってのは大抵荒っぽい。でも、知恵を象徴するものでもある。人は火によって人と成ったからね。恐ろしい闇夜を照らし、正体不明の化け物を追い払うんだ。知らないモノを知っているモノに変えることが出来る』

『……私は人間と違って夜闇も平気だからな』

『今は僕もだよ、フェルもね』

『ヘルは今もずっと闇の中に居るのだろうな』

アルはぼうっと天井を見つめ、もう眠っているであろう主を思い描く。早く目を見えるようにしてやりたいものだ、と。
だが、アルにも欲はある。暗闇に囚われたヘルが自分の感触を求める姿を、自分に頼るであろう震えた声を、手探りで乱暴に毛皮を掴む指先を、それを永遠のものにするには目が戻らない方がいいと考える。

『…………なぁ兄君、ヘルの目はいつ戻すんだ?』

『魔物使いの力が使えるようになったら……とか言ってられないよね。天使に見つからず特訓出来る場所があれば、もしくは天使に襲撃されても大丈夫な戦力があれば良いんだけど』

すぐには戻らないことにアルは口で残念だと言いながら心は歓喜していた。
そして、今考えるべきは召喚の阻止だと意識を改め、姿勢を正した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

処理中です...