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第二十六章 貪食者と界を守る魔性共

死霊使い

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二体の獣達の背後、泥臭いながらもどこか魅了される竜骨と獣達の戦いを眺め、リンは密かに歓声を上げる。その腕の中、俯いたフェルはじっと考える。どうしてこの人は自分がヘルではないと分かっていて守ろうとしてくれているのか──と。

『…………リンさん、あの……』

「ん?  何、フェル君」

『……すいません、何でもないです』

聞こうとしてはやめ、聞けばよかったと後悔する。リンは何度も名を呼ばれては撤回され不思議に思っていたが、この戦いに怯えているのだろうと判断し、優しく頭を撫でた。

『……っ!』

フェルはそれに驚き、顔を上げる。笑顔を返され、更に困惑する。経験も知識も自分より大きなものは自分に危害を加えるものだと認識している。それが壊れていく、壊されていく。

『僕、は……ヘルじゃ、ないです』

「知ってるよ?」

『…………なら、どうして優しくしてくれるんですか?』

「えっ?  いや、子供だからだけど……」

きっとどれだけ時間をかけて幾つ質問をしてもフェルの疑問が晴れることはない。自分がヘルの複製でしかないという認識がある限りは。


竜の骨は再び雄叫びを上げ、首を四方に振り回す。人間が羽虫を手で払うように、獣達を吹き飛ばす。

『まだなの?』

『あと十秒──九、八、七、六……』

砲身をエアの肩と獣の頭で固定し、動き回る頭ではなく軸となる背骨を狙う。

『三、二……』

「狙うべき対象を間違えるな、愚図」

雄叫びと咆哮の中、透き通った女の声が響く──竜は獣達に構うのをやめ、エアと茨木に向かって口を開ける。

『零!』

直視すれば視力を失うような強い光と共に竜の上顎が蒸発する。だが、残った下顎と首で竜は二人と獣を吹っ飛ばした。

「……人間などに手こずりおって」

竜の足の隙間を通り、黒いローブに身を包んだ女が現れる。手や喉、顔にまで包帯を巻いて、微かに見える口は醜く裂けていた。

『貴様が呪術師か』

「ほぅ、人語を解する獣とは珍しい」

青い瞳に色の濃い肌、女は砂漠の国の民らしい。

「……他の獣は死んだか?」

エアが作り出した獣達は皆ぐったりと横たわっている。エア本人はといえば、こちらも同様に茨木の隣で倒れていた。

「動けるのは……魔獣一体、人間三体と言ったところかだな」

リンとフェル、酒呑の三人。そしてアル。女は全員を順々に見て笑った、使い魔が居なくとも倒せる面々だ……と。

「よくも私の可愛い使い達を壊してくれた」

『貴様……これはっ……!』

「呪術のエネルギーが何か知っているか?  恨みだよ。故郷を滅ぼされ、男共に嬲られ、今ようやく全てを取り返せると思えば……邪魔者が現れた。その恨みだ」

アルと酒呑は心臓を握られているような苦痛を感じていた。それは女の呪術によるものだ、自分や自分の使い魔に傷を負わした者に発動する呪いだった。

「……お前らは私の使い達に手を出していないらしいな」

苦痛に倒れた者達を通り抜けるのは容易く、女はフェルとリンの前に立つ。

「名乗っておこうか、私の名はシャバハ。通称だ、ファミリーネームは無い。さて……恨みが無いとなればお前らはこの手で殺さなければな」

シャバハと名乗った女は腰に下げていた曲刀を抜き、切っ先をリンの顔の前で揺らす。リンはゆっくりと立ち上がり、フェルを背後に隠した。

「……事情も目的も複雑みたいだ。でも、その為に何の罪もない子供を殺せるの?」

「あぁ、勿論。私達の大義の為なら」

「その結果、第二第三の君が生まれるとしても?」

「生まれんさ。私は私を虐げた連中とは違う、全て根絶やしにする」

リンはふぅと息を吐き、目を閉じた。

「覚悟は出来たか?  遺言は?」

「……覚悟は決まった。遺言は──」

リンは左腕に曲刀を貫かせ、右手で切っ先を握った。

「──フェル君、逃げて!」

「なっ……馬鹿な、人間の身体ごときでこの刀が……」

シャバハは曲刀を引き抜こうとし、リンの腕から火花が散っている事に気が付く。

「何してるのフェル君、早く逃げて!」

フェルはリンが自分を逃がそうとしていることに困惑し、思考と動きを止める。シャバハはリンが他所を向いた隙を見逃さず、曲刀を手放し彼の身体を蹴り飛ばした。そして素早く太腿に固定していた短剣をフェルの喉元に突き立てる。

「……焦らせるな。さて、次はお前──」

『我は我が敵を討ち滅ぼすものを求めん、黄衣の王は我に力を貸したもうた』

喉から溢れ出るのは黒い粘着質な液体。

『汝、切り刻まれるべし。裂風!』

杖を起点として巻き起こる真空の刃はシャバハの衣服と皮膚を切り刻む……が、倒れはしなかった。

「ふふ、ふ……はは、恨みを、手に入れたっ……ぁ?」

シャバハの瞳が怪しく輝き、フェルを睨み付ける。だが、呪いの発動よりも早く触手が彼女の背に突き刺さった。触手は体内で裂けて人の手のように心臓を握り、絶妙な力加減で揉みしだく。

『……人の弟に手を出さないでもらえるかな』

『にいさまっ!  にいさま、平気なの?』

『あぁ、吹っ飛ばされて気絶した振りをして、トドメを刺しに来るのを待ってたんだけど……来なかったからね。ねぇ、呪いだけで殺せると思わない方がいいよ?』

シャバハは血を吐きながらも自分の顔を覗き込むエアを睨む。

『僕に痛覚は無いんだ、心臓潰されたって死なないしね、君と違って』

ぐちゃっ、と熟し過ぎた果実が地に落ちるような音が鳴る。触手を引き抜くと支えを失った身体が倒れ、血溜まりを作り上げた。
エアは突き刺していた触手を振るって血を払い、シャバハの首飾りを別の触手で持ち上げる。

『変な模様。魔力も感じるし、これが地下室への鍵かな』

首を飾っていた七つの石の真ん中、一番大きな石の表面には文字のようなものが刻まれていた。エアはそれを触手に引っ掛けたまま、獣を呼び集め取り込んだ。

『……平気かい?』

リンに手を貸し、立ち上がらせ、赤黒く染まった椅子に座らせる。

「あぁ、お兄さん。無事だったんですね……フェル君も怪我はないね、良かった」

『……庇わなくたって良かったのに』

「子供を守るのは大人の義務だよ、大人に甘えるのは子供の権利だ。無事で良かった、フェル君」

今のフェルには感謝の言葉を述べるという発想すらなく、ただ、困惑し涙を流した。エアはそんなフェルの背を優しく押し、リンに任せるとアルの元へ向かった。

『大丈夫かい、アル君』

『…………済まない。役に立たなくて……』

アルは呪いや毒、その他諸々のあらゆる術に耐性を持たない。どんな稚拙なものでも最大限の効果を発揮させてしまう。今回は相性が悪かったと言えるだろう。

『私はもう平気だ、それよりベルゼブブ様を──』

エアとは違い本当に頭を打って気絶していた茨木も起き上がり、酒呑の傍に居る。その膝の上で眠るベルゼブブは呼吸すらしていない。

『鬼、体調は?』

『疲れた。あと気分悪い』

『酒呑様に同じく』

『……蝿女は?』

酒呑は黙って首を振る。何も分からない──と。

『さっきスキャンしてみてんけど、魔力不足による冬眠ってのが一番近いと思うわ』

『魔力不足、ね。放っておいたら消えるかな?』

『かもしれんね。どないする?』

エアは内心「一番厄介なのが片付く好機だ」と思っていたが、それを口に出す訳にもいかず押し黙った。

『……地下室へは行けるようなったんやろ?  王さんは俺が見てるさかい、自分らはそっち行っといで』

『…………ありがと、よろしくね』

内心舌打ちしつつ、笑顔を作ってアルの元へ。擦り寄るアルの頭を撫で、リンに抱き着いて泣きじゃくるフェルに声をかけ、首飾りを見せる。

『どこで使うと思う?』

「隠し扉とか隠し階段って感じなんですよね?」

『だと思いますよ』

「なら……物の影とか、見えにくいところですかね」

エアはぼうっと館内案内図を思い浮かべ、ため息をついた。それからアルを見てフッと笑う。

『ねぇ、君の鼻で何とかならない?』

『……ここは人の出入りが多くてな』

『そこに死体があるし、首飾りもある。この匂いだけを辿るってのも無理かな?』

『ふむ……嗅がせてくれ、やってみる』

アルの鼻先が石に触れ、次に床に触れる。不意に頭を上げ、また鼻を床に擦る。

『ダメかな……』

「いや、あれは何か匂いがある時の仕草ですよ」

『あぁ、そうなの?  僕も犬の本とか読んだ方がいいかな』

尾の黒蛇も床を這い舌を揺らす。アルはふらふらと劇場の奥に向かっていく。
エアは鬼達に一度視線をやり、眉を顰めてまたアルに視線を戻す。表情を整え、フェルと手を繋いだ。
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