魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十章 欲望に満ち満ちた悪魔共

三魔王の一人

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アシュメダイの邸宅、その中庭。ヘルから奪い取った犬神の首を掴んだまま、アシュはギリギリと歯を食いしばっていた。

『……不肖アスタロト、進言させて頂きたく』

いつの間にか背後に立っていた執事風の男に声をかけられ、身を跳ねさせる。

『アスタロト様……? こんにちはぁ~……アシュちゃん今忙しいの』

『このまま追えば貴方様は確実に屠られます』

アシュは分かり切ったことを言われ、苛立ち紛れに舌打ちをする。変質したとはいえヴェーン薄汚い混血程度どうにでもなるが、合流した吸血種らしい悪魔は手強そうだ。そして何よりの問題は魔物使いの声がベルゼブブに届くだろうということ。自宅の結界内なら呼べはしないだろうが、ベルゼブブが住み着いているヴェーン邸近くでは確実に届く。そうなったら負け……だからアシュは手をこまねいていた。

『しかしこのまま放っておいても屠られます。この未来の回避は難しいでしょう』

『……不可能じゃない、ってこと~? 詳しく教えてぇ? アスタロト様ぁ~』

アシュは可愛らしい声を作ってアスタロトに絡み付く。声色も表情も全く変えることなく、アスタロトは機械的に言葉を紡ぐ。

『貴方様の当初の予定通り、魔物使いを食すことが出来れば……人界なら一時的にベルゼブブ様を凌ぐ力を手に入れられます』

人界なら、一時的に、という限定にアシュは眉を顰めた。

『十分でしょう? ベルゼブブ様をも喰らってしまえば完璧です』

『まぁ……そうだよねぇ~』

アスタロトは話の途中だというにも関わらず、革靴をコツコツと鳴らして門を抜ける。

『ちょ、ちょちょちょっ、アスタロト様ぁ~、どこ行くのぉ?』

『時間は有限ですから。貴方様が未来に抗うにしても抗わないにしても、その場所へ向かいながら話すべきだと』

『……抗うに決まってんじゃぁ~ん』

するりと腕に絡み付き、歩幅を合わせて歩く。

『最も警戒すべきは魔物使いが喚ぶ外の神。アレは……そうですね、創造神創造物特効とも呼べる存在です』

『…………どういう意味ぃ~?』

『あの神性は常識外れです。そしてその常識とは創造神が創ったモノ。異界の神ならそう驚くこともないのかも知れません。しかし創造神に創られた者共はアレを見ただけで異常なまでの恐怖と狂気に犯されます』

創造神、の言葉を聞いてアシュは分かりやすく機嫌を損ねた。

『一言で言うなら、冒涜的』

『……それは悪魔も同じコトでしょぉ~?』

『冒涜の種類が違いますから。悪魔は創造神に創られたくせに牙を剥いたモノ、アレらは創造神を否定するモノです』

『…………否定?』

『貴方様も元は天使。吸血鬼は創造神の信者。本能として十字架に罪悪感を抱く者と救いを求める者はアレを見てはいけません』

アシュはアスタロトの煙に巻くような言葉に苛立ったが、同時に「理解してはいけないものを理解しないままに説明しているから」だと察していたから、それを表に出さないよう務めた。

『あの霧は神なのね?』

『そう呼べるものですね』

『なら、気を付けるわ。だ~かぁ~らぁぁ~……そろそろ、抗い方を教えてくれない? あ、す、た、ろ、と、さ、まぁ?』

アスタロトは自分の腕に胸を押し付けるアシュを一瞥し、もう片方の手で市場を指差した。説明無用は未来を視て分かっていた。

『何よぉ~もぅ、つれないひと……』

無反応さに頬を膨らまし、指し示したモノを探す。
黒蛇が揺れている……店員に買った物を詰めさせ、その鞄を絡め、蛇は店の外へと向かう。黒蛇そのものではない、蛇はあくまで尾。首にも買ったもの入れた袋を下げ、蛇に咥えさせたメモを見る──美しき銀狼。

『…………なぁ~るほどぉ。あのコを使うのねぇ~?』

『どう使うかは御自由に。貴方様の好き勝手は最も貴方様らしい。私が口を出せば未来は変わります』

『……ね、アスタロト様ってぇ~、魔物使い、邪魔だと思ってるのぉ~? ベルゼブブ様やサタン様みたいにぃ、使おうと思ってるならぁ、アシュちゃんが食べる協力してくれないよねぇ~?』

アスタロトはようやく表情を変えた、不敵な笑みだ。この質問も予見している、回答も用意している。

『ベルゼブブ様、いけ好かないんですよ』

そう残し、アスタロトは姿を消した。少しずつ透明になった彼に通行人は誰一人として気が付かず、己の欲に忠実になるため歩いていた。

『ふぅ~ん?  真偽不確かって感じぃ~』

自らの欲望を満たす為だけに活動するのが悪魔。アスタロトも例に漏れず、何らかの目的を持ってアシュに接触しているはず。アシュはそれを理解していたからこそ、アスタロトへの利が薄いことを証拠に不信感を抱いた。
魔物使いの存在は悪魔にとって大きい。食えば魔王に、敵対すれば塵に、下れば今まで通り──いや、気に入られれば何らかの恩恵を得られる。とにかく、他の悪魔が喰うのを助けるような行為は有り得ない。

『…………まぁ、いいかぁ。魔物使い食べたいしぃ~、ベルゼブブ様も食べたら……次の魔王は絶対アシュちゃん!』

いつもの笑顔を作り、アシュはアルの前に躍り出る。

『……アシュメダイ様? 御機嫌よう……』

アルは首を傾げながらも礼儀を重んじる。

『どうかなされましたか?』

『……ワンちゃんってさ~、確かぁ~、耐性! 無いんだよねぇ~? 魅了チャーム!』

目に悪い明るいピンク色の瞳が、ハート型の瞳孔が、アルの真っ黒な瞳を見つめる。

『さて、どうしよっかなぁ~。無難に人質か……手足でもちぎって送り付けるか……それとも、寝取っちゃおっかなぁ~?』

アシュの小さな手がアルの額に触れる。アルは心地良さそうに目を閉じ、自らその手に擦り寄った。

『ん~、可愛い可愛い。よし! た~っぷりじ~っくり育ててあげるね!』

魔力によって首輪が生成され、アルの首に巻かれる。アシュがそれに繋がる紐を引くとアルは黙ってついて行く、買い物袋を投げ捨てて。


アシュは何の障害もなく魔物使いを手に入れる為の道具が手に入ったことに喜んでいた。邸宅の前で出迎えたサキュバス達一人一人と濃厚なキスを交わし、魔力を吸い取って更に上機嫌になった。

『んっふふふ~、さてさてワンちゃん、ワンちゃんは~……女の子だったよね?』

アルを連れて自室のベッドに腰掛け、アルをベッドに乗せると背を撫でた。

『…………イヌ科って年中発情期じゃないから面倒なんだよねぇ~。まず発情させないと魅了してても嫌がるしぃ~……もぅ、面倒臭い……ほら、ワンちゃん、こっち向いてこっち向いてー』

再び目を合わせ、魔眼を発動させる。

『む……なかなか……』

普通、魔獣というのは長命な生き物ほど発情期の感覚が長い。そして大抵の人工の生き物は生殖機能を有していない。不老不死で合成魔獣のアルもその例に漏れず、生殖機能そのものが存在しなかった。

『はぁ……まず身体の作り弄らなきゃ……ワンちゃん、目あんまり閉じないでね~?』

無いなら付けてやればいい。アシュはそう考え、当初の目的を頭の隅に追いやって、久しぶりの魔眼フル稼働に目薬を指した。

『んふふふ~……だーいじなコが帰ってきたと思ったらぁ~、他所の人の孕んでたってなったらぁ~、戦意喪失間違いなしだよねぇ~!』

どれだけの時間がかかったとしても、その嫌がらせを必ず決行する。
悪魔は自らの欲望を満たす為だけに活動する。回り道だろうとそちらの方が楽しければそちらを選ぶ。大罪の呪の悪魔なんて呼ばれる六悪魔は特にその傾向が顕著だった。
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