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第三十章 欲望に満ち満ちた悪魔共
夢見心地
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窓とは反対側、ベッド横の床に座り、床にランチョンマットを広げて菓子を食べているメルとセネカ。先程のアルへの発言は恥ずかしいが、それ以上のことを言う前に気が付いて良かったと思おう。
「……あの、メル? セネカさん?」
『あ、だーりんおはよぉー』
『やっと起きた、クラッカー食べる?』
見覚えのある包装紙、アルが連日買ってきては魔物共の酒盛りの席に置かれているツマミだ。二人はそれにチーズやベリーを乗せて食べている。
「何で、ここに……っていうか入れたの?」
『お前が駄犬の元に向かう直前、お前の兄に向かって軽度の魔力支配を行った。家を覆う結界を揺らがさない為、個別の結界を一時的に解いたらしい』
日向ぼっこをしていたクリューソスがベッドの上に乗ってくる。黄金と黒の毛皮は陽射しを受けて熱くなっていた。
『……兄君が反省するまではクリューソスにこの部屋に結界を張らせる、それでいいな?』
「僕は別にいいけど」
『張らせる、とはなんだ駄犬。張っていただく、と言え』
クリューソスはベッドの上で良い位置を探してくるくると回る。僕の足を毛布越しに踏んで、そのまま腰を下ろし、太腿に頭を置いた。
「クリューソス様、結界を張っていただけますか」
『もう張っている、感謝しろ下等生物』
「……ありがとうございます、クリューソス様」
『うむうむ、結構! 駄犬とは大違いだな』
礼儀を重んじると言うより、正しい敬語を使うと言うより、尊敬しているような素振りを見せていれば彼は勝手にふんぞり返って力を貸してくれる。扱いやすい。
「…………クリューソス様、重うございます」
『喧しい! 寝床が喋るな、動くな! 少し甘い言葉をかけるとすぐこれだ、これだから下等生物は!』
『ヘルを寝床扱いするな!』
隣に伏せていたアルが顔を上げ、牙を剥く。落ち着かせるために撫でているとベッドが軋んだ。背後にマットが沈む感覚があって後ろを見ると赤銅色の鬣が見えた。
「カルコス……君も来たの。枕踏まないでよ」
窓を見れば日は傾いていて、そろそろ陽射しが入ってこなくなる頃だった。
『もたれかかることを許してやるぞ』
「ほんと? じゃあ遠慮なく」
恐る恐る薄橙の背に少しずつ体重をかける。腰の方に腕を置いて完全な背もたれとして扱うと、反対の腕を大きな頭が持ち上げた。無理矢理脇の下に入り込まれて、視界の半分が鬣で埋まる。
『だーりん楽しそうね』
「……うん、まぁ、楽しいかな」
『ボクも何か動物になって参加した方がいいかな』
「お気になさらず、もう乗るとこありませんから」
手慰みに赤銅色の鬣を整える。しばらくするとカルコスは僕に頭を預け、ゴロゴロと喉を鳴らした。何だか可愛らしく思えてきた──と、もう片方の手が甘噛みされる。
「アル? 何?」
『私も……』
「撫でて欲しいの?」
アルは黙って頭を押し付ける。やはり背中や胸元の毛の撫で心地が一番なのだが、額の短い毛もなかなかイイ。唸り声が聞こえて正面を向くとクリューソスが僕を睨み付けていた。
「ご、ごめんね? 僕、手は二本しかないんだ」
『……誰が撫でろと言った? お前のような下等生物に触れられてたまるか』
「ならなんで怒ってるのさ……」
大きな舌打ちをしてクリューソスは上ににじり寄って僕の胸に頭をもたれさせた。不機嫌そうに唸っている。撫でたら撫でたで怒られそうだ。
『……だーぁーりーん、ワタシもー!』
メルがベッドの右端に飛び乗り、僕に体を寄せる。僕の肩に頭を預け、クリューソスの尻尾ごと僕の足の上に足を乗せた。
『えっ、えっ……ヘルシャフト君、ボクどこかな、どこがいいかな』
「…………お気になさらず」
これ以上増えられても困る。左も右も埋まっているし、後ろと上も埋まっている。暑苦しいし重いし、隙間はもうない。
『えっ……ぁ、コウモリになるって約束してたよね! 待ってね、行くよ、行くよ……えいっ』
ぽん、とコルクを抜くような音を立て、セネカが立っていた床に丸いコウモリが落ちた。コウモリはその短い足でぽてぽてと走り、翼の先の爪をシーツに立ててベッドによじ登ろうとする。
「なんて飛ばないんですか……メル、上げてあげて、シーツ破れちゃう」
『もう、セネカもだーりんもどれだけ強くなっても世話がかかるんだから』
何故僕は今巻き添えを食らわされたのだろう。世話がかかるに否定はしないけれど、傷付きはする。
『頭の上でいい?』
「えっ、ちょ、ちょっと……ぁ、重い……」
自分の頭と同じくらいの大きさのコウモリが頭に乗る。首周りに触れる翼や羽根の端が擽ったいし、上手く乗れないのか頭頂部で足踏みされている。
砂漠の国ではよく頭に乗っていたな、なんて懐かしくなったり…………髪留めや髪ゴムで整えていると頭に触られるのは腹が立つものだな。前までは髪をぐしゃぐしゃにされてもさほど気にならなかったのに、今では少し崩されるだけでも頭に来る。
『本当、会いたかったんだから。だーりん全然来てくれないし、連絡もしてくれないんだもの』
「ごめんね? 立て込んでてさ。僕は腕輪通して会話するってやつやり方分からないし、そっちからくれれば良かったのに」
『……弱っちゃって出来なくなったのよ。そういうの全部』
「え……そ、そっか」
『だーりんが魔力くれれば、あの時ほどじゃないけど、力戻るかも……』
血でも寄越せと言いたいのか? 治癒はカルコスに頼めるが、痛覚は消えない。兄との接触が許可されるまであまり怪我はしたくない。
メルは少しずつ顔を近付けてくる。意図も分からずとりあえず目を背ける──と、顎を掴まれて見つめ合うように傾けられる。
『そこまでだ』
視界いっぱいに白い羽根が現れる。クリューソスの翼だ。
『何すんのよぉっ! 口に入った……汚ぃ、うぇぇ……』
『俺の翼は何よりも綺麗だ下等生物が!』
メルはベッドから飛び降り、洗面所に走った。対応に困っていたところだと礼を言うと怒鳴られた。
『お前はもう少し警戒心を持て! 自覚が足りん!』
「じ、自覚って何の……」
目の前で牙を剥かれては流石に怖い。
『番の片割れであるという自覚だ、不貞は許さんぞ』
『クリューソス! 何を……私は、そんな……別に』
『黙れ雌犬! お前もお前だ! 嫉妬深いくせして寛容に振舞って! ストレスを溜め込んでどうなったか忘れたのか!?』
クリューソスはアルにまで吼え出した。どう仲裁するか迷っていると頭の上のコウモリが落ち、メルが居た場所で幼い子供の姿になる。
『ヘルシャフト君! やっぱり狼さんとそういう仲だったの!?』
「な、何が……」
『いやだって番って言ったじゃん』
「…………番って何ですか?」
『この阿呆め! おい駄犬、首輪でも付けておけ』
また怒鳴られる。やめて欲しいな、怒声には条件反射で怯えてしまう。
『ただいま~、あーちょっとセネカー! 場所取らないでよ!』
『メ、メメ、メルちゃん、やばいよやばいよ……聞いて聞いて』
『何よ、くだらないことだったらおかず一品取るからね』
セネカはベッドの上に立ち、少し屈んだメルに耳打ちする。少しするとメルは目を見開き、呆然と僕を見つめた。
『嘘……』
『いや本当だよ、多分』
『多分って何よ! おかず二品没収だから!』
『ひ、酷い……もうパンとスープしか残ってないよ……』
メルは元の場所……僕の隣に乗った。その時のマットの傾きでセネカはベッドから落ちた。
「な、何? メル、どうしたの?」
真剣な表情にセネカを心配することも出来ない。
『ワンコとそういう仲って、ホント?』
「そういうって何さ」
『だから、その、恋人だって……』
恋人、か。僕は家族が良いのだけれど。でも、アルが望むならその言葉でも構わない、恋人らしいことは何も出来ないけれど。僕の結論はそれだけど、声に出すには少し難しい。言い方を考えていると扉が叩かれる。
『……入れ!』
クリューソスが勝手に返事をして扉が開く。
『お兄ちゃん、ちょっと話が……痛っ!』
入ってきたのはフェルだ、数歩進んでクリューソスの結界であろう見えない壁にぶつかる。
「入れって言ったなら結界通してあげてよ」
『そこから話せ』
「厳しいね。安心だけどさぁ」
フェルは困惑した様子で結界を軽く叩いている。メルとセネカはそんなフェルの姿を見て大声を上げた。そういえば彼女達はフェルのことを知らないんだったな、なんて他人事のような感想を抱き、耳を塞いだ。
「……あの、メル? セネカさん?」
『あ、だーりんおはよぉー』
『やっと起きた、クラッカー食べる?』
見覚えのある包装紙、アルが連日買ってきては魔物共の酒盛りの席に置かれているツマミだ。二人はそれにチーズやベリーを乗せて食べている。
「何で、ここに……っていうか入れたの?」
『お前が駄犬の元に向かう直前、お前の兄に向かって軽度の魔力支配を行った。家を覆う結界を揺らがさない為、個別の結界を一時的に解いたらしい』
日向ぼっこをしていたクリューソスがベッドの上に乗ってくる。黄金と黒の毛皮は陽射しを受けて熱くなっていた。
『……兄君が反省するまではクリューソスにこの部屋に結界を張らせる、それでいいな?』
「僕は別にいいけど」
『張らせる、とはなんだ駄犬。張っていただく、と言え』
クリューソスはベッドの上で良い位置を探してくるくると回る。僕の足を毛布越しに踏んで、そのまま腰を下ろし、太腿に頭を置いた。
「クリューソス様、結界を張っていただけますか」
『もう張っている、感謝しろ下等生物』
「……ありがとうございます、クリューソス様」
『うむうむ、結構! 駄犬とは大違いだな』
礼儀を重んじると言うより、正しい敬語を使うと言うより、尊敬しているような素振りを見せていれば彼は勝手にふんぞり返って力を貸してくれる。扱いやすい。
「…………クリューソス様、重うございます」
『喧しい! 寝床が喋るな、動くな! 少し甘い言葉をかけるとすぐこれだ、これだから下等生物は!』
『ヘルを寝床扱いするな!』
隣に伏せていたアルが顔を上げ、牙を剥く。落ち着かせるために撫でているとベッドが軋んだ。背後にマットが沈む感覚があって後ろを見ると赤銅色の鬣が見えた。
「カルコス……君も来たの。枕踏まないでよ」
窓を見れば日は傾いていて、そろそろ陽射しが入ってこなくなる頃だった。
『もたれかかることを許してやるぞ』
「ほんと? じゃあ遠慮なく」
恐る恐る薄橙の背に少しずつ体重をかける。腰の方に腕を置いて完全な背もたれとして扱うと、反対の腕を大きな頭が持ち上げた。無理矢理脇の下に入り込まれて、視界の半分が鬣で埋まる。
『だーりん楽しそうね』
「……うん、まぁ、楽しいかな」
『ボクも何か動物になって参加した方がいいかな』
「お気になさらず、もう乗るとこありませんから」
手慰みに赤銅色の鬣を整える。しばらくするとカルコスは僕に頭を預け、ゴロゴロと喉を鳴らした。何だか可愛らしく思えてきた──と、もう片方の手が甘噛みされる。
「アル? 何?」
『私も……』
「撫でて欲しいの?」
アルは黙って頭を押し付ける。やはり背中や胸元の毛の撫で心地が一番なのだが、額の短い毛もなかなかイイ。唸り声が聞こえて正面を向くとクリューソスが僕を睨み付けていた。
「ご、ごめんね? 僕、手は二本しかないんだ」
『……誰が撫でろと言った? お前のような下等生物に触れられてたまるか』
「ならなんで怒ってるのさ……」
大きな舌打ちをしてクリューソスは上ににじり寄って僕の胸に頭をもたれさせた。不機嫌そうに唸っている。撫でたら撫でたで怒られそうだ。
『……だーぁーりーん、ワタシもー!』
メルがベッドの右端に飛び乗り、僕に体を寄せる。僕の肩に頭を預け、クリューソスの尻尾ごと僕の足の上に足を乗せた。
『えっ、えっ……ヘルシャフト君、ボクどこかな、どこがいいかな』
「…………お気になさらず」
これ以上増えられても困る。左も右も埋まっているし、後ろと上も埋まっている。暑苦しいし重いし、隙間はもうない。
『えっ……ぁ、コウモリになるって約束してたよね! 待ってね、行くよ、行くよ……えいっ』
ぽん、とコルクを抜くような音を立て、セネカが立っていた床に丸いコウモリが落ちた。コウモリはその短い足でぽてぽてと走り、翼の先の爪をシーツに立ててベッドによじ登ろうとする。
「なんて飛ばないんですか……メル、上げてあげて、シーツ破れちゃう」
『もう、セネカもだーりんもどれだけ強くなっても世話がかかるんだから』
何故僕は今巻き添えを食らわされたのだろう。世話がかかるに否定はしないけれど、傷付きはする。
『頭の上でいい?』
「えっ、ちょ、ちょっと……ぁ、重い……」
自分の頭と同じくらいの大きさのコウモリが頭に乗る。首周りに触れる翼や羽根の端が擽ったいし、上手く乗れないのか頭頂部で足踏みされている。
砂漠の国ではよく頭に乗っていたな、なんて懐かしくなったり…………髪留めや髪ゴムで整えていると頭に触られるのは腹が立つものだな。前までは髪をぐしゃぐしゃにされてもさほど気にならなかったのに、今では少し崩されるだけでも頭に来る。
『本当、会いたかったんだから。だーりん全然来てくれないし、連絡もしてくれないんだもの』
「ごめんね? 立て込んでてさ。僕は腕輪通して会話するってやつやり方分からないし、そっちからくれれば良かったのに」
『……弱っちゃって出来なくなったのよ。そういうの全部』
「え……そ、そっか」
『だーりんが魔力くれれば、あの時ほどじゃないけど、力戻るかも……』
血でも寄越せと言いたいのか? 治癒はカルコスに頼めるが、痛覚は消えない。兄との接触が許可されるまであまり怪我はしたくない。
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『そこまでだ』
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『何すんのよぉっ! 口に入った……汚ぃ、うぇぇ……』
『俺の翼は何よりも綺麗だ下等生物が!』
メルはベッドから飛び降り、洗面所に走った。対応に困っていたところだと礼を言うと怒鳴られた。
『お前はもう少し警戒心を持て! 自覚が足りん!』
「じ、自覚って何の……」
目の前で牙を剥かれては流石に怖い。
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『クリューソス! 何を……私は、そんな……別に』
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クリューソスはアルにまで吼え出した。どう仲裁するか迷っていると頭の上のコウモリが落ち、メルが居た場所で幼い子供の姿になる。
『ヘルシャフト君! やっぱり狼さんとそういう仲だったの!?』
「な、何が……」
『いやだって番って言ったじゃん』
「…………番って何ですか?」
『この阿呆め! おい駄犬、首輪でも付けておけ』
また怒鳴られる。やめて欲しいな、怒声には条件反射で怯えてしまう。
『ただいま~、あーちょっとセネカー! 場所取らないでよ!』
『メ、メメ、メルちゃん、やばいよやばいよ……聞いて聞いて』
『何よ、くだらないことだったらおかず一品取るからね』
セネカはベッドの上に立ち、少し屈んだメルに耳打ちする。少しするとメルは目を見開き、呆然と僕を見つめた。
『嘘……』
『いや本当だよ、多分』
『多分って何よ! おかず二品没収だから!』
『ひ、酷い……もうパンとスープしか残ってないよ……』
メルは元の場所……僕の隣に乗った。その時のマットの傾きでセネカはベッドから落ちた。
「な、何? メル、どうしたの?」
真剣な表情にセネカを心配することも出来ない。
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『……入れ!』
クリューソスが勝手に返事をして扉が開く。
『お兄ちゃん、ちょっと話が……痛っ!』
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「入れって言ったなら結界通してあげてよ」
『そこから話せ』
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