魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十章 欲望に満ち満ちた悪魔共

自己紹介しよう

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以前の僕と同じ姿のフェルを見てメルとセネカが大声を上げた。叫び声が途切れると背もたれにしたカルコスが身を捩る。

『騒がしい……眠れない……』

静かだと思ったら眠っていたのか。そのまま静かに寝ていてくれと願いを込めて頭を撫でる。

『だっ、誰誰誰誰!? 前に会ったヘルシャフト君……いやでも魔力的にはお兄さん!?』

『見慣れただーりん……懐かしい』

困惑する二人が落ち着くのを待って紹介しよう。兄の分身だとか面倒臭い説明ではなく、生き別れだった双子の弟だと言い張ろう。フェルも同じ思考のようで、騒ぐ二人をじっと見つめていた。

「えっと、落ち着いた? じゃあ、フェル、自己紹介して」

しばらく経つと二人は驚くのをやめて説明を求めてきた。

『あ……えっと、フェルです、フェルシュング。魔法使いです、よろしく』

『…………い、いやいやいや、名前じゃない名前じゃない』

気持ちは分かるが、名前じゃないは酷くないか。

「僕の弟だよ、双子の」

『だーりんそんなの居たの?』

そんなのも酷いな。メルもセネカももう少し言葉に気を使ってもらいたい。フェルは僕と同じで繊細なのだから。

「えっと、生き別れでさ。僕も最近知ったばっかりなんだ」

『そ、そうなの……? 本当に似てる……』

『…………何で髪半分白いの? ヘルシャフト君のって勝手に色抜けるんでしょ? 魔物使いだからとかで……フェルシュング君は違うよね?』

案外とセネカは勘がいい。今まで誰もその事には触れてこなかった、まさか初めてがセネカだとは予想していなかった。

『えっ……と、染めてるんです』

『何で?』

『……お兄ちゃん、魔物使いで……よく狙われるから、少しでも撹乱しようって。でもお兄ちゃん最近急に髪白くなって、伸びたりして、追い付かないんですよね』

流石はフェルだ、相変わらず嘘が上手い。

『ふーん……そんなことしたら君も狙われるのに。良い弟さんだね、ヘルシャフト君』

「ぁ、うん、本当、いい子……」

近頃は違いが出てきたとはいえ、複製である彼を元来苦手な言葉である「いい子」で褒めるのは気が乗らない。

『うーん……だーりん二号、はちょっと響きが悪いし、うーん……』

メルは呼び名を考えている。二人とも大した疑問なくフェルを受け入れてくれたらしい。

『普通にフェルでいいですよ?』

『ダメ! 何か可愛い名前じゃないと、呼んだ時楽しくないのよ。だからダメ』

『…………フェル可愛くないかなぁ』

響きとしては可愛らしい気もするが、フェルシュングなんて僕も本当は呼びたくない。

『……にしてもお兄ちゃん凄いね。大富豪がお金チラつかせたみたいな感じになってる』

例えにひねくれ者らしさが溢れ出ている。

「フェルもおいで。クリューソス、結界解いてよ」

『様を付けろ下等生物!』

「…………お願いしますクリューソス様、フェルを通してあげてください」

扱いやすいとは思うが、やはり面倒臭い。

『い、いや、僕はいいよ、ちょっと伝えることあっただけだし、ご飯の準備しなきゃだから』

「……フェルはお兄ちゃんの誘い断るの?」

『ほんと、にいさまに似てきたね。断るよ、ダメ?』

「…………お兄ちゃん寂しい」

『わぁにいさまと違って精神攻撃してくる、罪悪感凄い。仕方ないなぁ』

フェルがベッドの上に乗ってくる。と言っても僕の周りに隙間はほとんどなく、フェルは足元に遠慮がちに腰掛けた。何故か結界の向こうに居た時よりも寂しさを感じる。

「話って何?」

『にいさまがさ、情緒不安定だから……早めに仲直りしてくれないかな。酷いんだよ、急に泣いたり急に怒ったり、壁に頭ぶつけたり僕のことヘルって呼んだり、酒呑さんの部屋の扉叩きまくって喧嘩したり、階段で寝ようとしたり、冷蔵庫開けっ放しにしたり』

「途中から意味分かんない」

最後に至っては関係ないだろう。

『ただでさえトールさんが居なくて抑えられないのに、ベルゼブブさんに虐められたりお兄ちゃんとあんまり話せなかったりで不安定なのに、喧嘩なんてしないでよ』

「……いや、僕は知らないよ」

『…………兄君には反省が必要だと私が判断した。迷惑をかけたなら謝るし、責任も取る。だがヘルには会わせない』

ベルゼブブに虐められている……のか? アレは。ただ喧嘩をしているだけに見えていた、時折仲良さそうにしていたし、頭が良い者同士通じているのだろうと思っていたのだが。

『だってねフェルシュング君、お兄さんさっきヘルシャフト君のこと殺そうとしたんだよ?』

『まぁまぁいつもの事ですよ』

『え……? へ、ヘルシャフト君?』

「いや、最近はそうでもないと思いますよ」

『最近……?』

兄は僕に殺意を向けたことはない。殺害はあくまでも手段であって、目的ではない。例え殺したとしてもきっとすぐに生き返らせてくれる、やり過ぎたと抱き締めてくれる、だから僕はそれについての不満は少ない。

『……だーりんのお兄さんがブラコンだってのは知ってたけど、今回のは酷かったわ』

『そうそう、それだよ。ボクもメルちゃんに聞いてて、魅了使おうとしてたくらいだから相当好きなんだなーって微笑ましくなってたのに』

実弟に魅了を使おうとしている人間をよく「微笑ましい」で済ませられるな。やはりセネカは少し抜けている。

『うーん……でも、本当に酷いからさ。反省ならお兄ちゃんの前でさせてあげてよ、無理に離したらにいさま思考能力失って溶けちゃうから』

「…………アル? 溶けたらどうしようもなくなると思うけど……」

『ね、お願い狼さん。にいさまは本当にお兄ちゃんが好きなだけなんだよ、ちょっとやり方が酷いだけで、大事にはしてるんだよ』

僕とフェルは揃ってアルを説得しようとする。メルとセネカはアル派なようで、会わない方がいいと言ってくる。メルだって兄がどうなるかは知っているはずだ、スライム化した兄の凶暴さを分かっているはずだ、ああなったらもう下手に手を出せなくなる。

『そのやり方を考えさせたいんだ。それにな、私は反省してその論を述べろと言った。考えがまとまったら部屋に来て、結界の前で話せとな。もう一度伝えておけ』

『……分かった。そろそろ言語認識すら怪しいんだ、ダメだったらお兄ちゃんから来てね』

言語認識が怪しいなら兄から来ようと僕から行こうと同じだろう。

『あ、そうそう、晩御飯だけど、みんな食べる?』

『食べるよ。食べない人居ないよ』

『いや、それが……結構食べない人居るんだよ、今日はヴェーンさん以外全員食べるみたいだけど』

「ヴェーンさん食べないの?」

『お腹痛いとか言って寝込んでるよ』

それは僕のせいだろうか。やはり無闇に血を与えるのは危険だ。

『あ、忘れてた。ベルゼブブさんも今日は要らないって言ってた。アシュメダイ? が急に居なくなって、国の体制に問題が起きてるから、それを修正するとか』

それも僕のせいだろうか。いや、僕自身はアシュに何もしていないし、アシュがどこに行ってしまったかも理解していない。

『……なら、今日は広間で食べよう。メルとセネカの紹介も兼ねてな。兄君はどうなんだ?』

近付くなと言った三人が居ては気まずいという訳か。

『さぁ……多分どこかの廊下か階段で倒れてるよ』

『だ、大丈夫なの?  それ……』

『平気ですよ。来たばかりで分からないとは思いますけど、にいさまには基本関わらない方がいいです、関わったら確実に不幸になりますから』

セネカは黙ったまま僕に視線を寄越す。その通りだと首を縦に振ると眉尻を下げた。

『……兄弟仲は微妙なのかな』

『良いですよ?』
「良いと思いますよ」

『そうなの……?』

三人同じ家に暮らして致命的な問題はまだ起こっていないのだから仲良しと言える。先程兄が僕を殺しかけたのだってライアーが原因な訳だし。

『……そろそろ行くね。晩御飯楽しみにしてて』

「あ、ばいばーい」

『うん、ばいばーい』

扉の前で手を振るフェルに手を振り返す。

『…………色違いのヘルを楽しめると思えば、弟君も更に愛おしくなるものよ』

『俺は弟の方がマシだと思う、知能的にな』

『我も弟の方だ、おやつくれる』

三体の魔獣は僕とフェルのどちらが良いか軽口を叩く。

『……ね、狼さん。フェルシュング君の料理ってどうなの?』

『美味いぞ』

『そっかー……良かった、外見以外はそんなに似てないんだね』

失礼な会話が目の前で行われている。僕の料理が下手なような言い方だ。僕は料理が得意なのに。
まぁいい、晩まではもうしばらくある。それまではこの暑苦しいベッドを楽しむとしよう。
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